26.また濃い人が出てきたよ
あれからトムとの接触もなく、ソニア様に再び連れ去られることもなく、平穏な日々が戻った。
こっちは内心悶々としていますがね!
ロイとまた飲む約束をしたけれど、彼に相談するのも何か違う気がする。
よし、ここはいつも通りの愚痴で終わらせよう。
ところが、私の願望はアッサリと叶えられた。
「悪いな、ミワ。こいつらがどうしてもお前と話したいって言って聞かなくて」
「んっふふ、隊長殿もぉ、部隊長二人に逆らわれるのはイタいですもんねえぇ」
「おいやめろマリク、いつもの調子で喋ると嬢ちゃんが気味悪がるぞ」
「んふふ、もう遅いですよおぅ、テオ。だぁいじょーぅぶぅ、ミワちゃん引いてなぁいですよぉ」
「どう見ても固まってるじゃねぇか。嬢ちゃん、すまねえな、変態が同席しちまって」
「……えぇと。ロイ、このお二方は?」
話からすると傭兵隊の人なんだろうけども。
「ああ。こっちの変態が第二部隊長のマリク。こっちのむさ苦しいのが第三部隊長のテオ」
「ちょおっとぉ!? 隊長殿までぇ、ボクを変態扱いしないでくれますぅ?」
「おいこらロイさんよ。お前自分のこと差し置いて俺をむさい扱いするな」
「よっし! とりあえず傭兵隊が凄い集まりなのは把握しました!」
「多大なる誤解を含んでいそうな理解だが、マリクを見れば致し方なしか……」
マリクさんの存在を今まで知らなかったことが、我ながら信じがたい。濃い。
ロイの率いる傭兵隊は、全部で三部隊。それぞれに部隊長がいるのは知っていたけれど、漠然と『顔に傷ある渋いおっちゃん』って集まりを想像していたよ。
テオさんはその雰囲気に近い、40がらみの美丈夫(少々大雑把な雰囲気だろうとイケメンなんだよ、この世界の人たちは!)。
ビックリするのはマリクさん。年齢不詳。傭兵に見えない華やかさ。薄いグレーの髪に赤と緑とオレンジのメッシュが入ってるんだよ。染めているのか。そして中性的な美声。いわば『逃げちゃダメだ』とか『エクスペリアームス!』的な。変声期前の少年か。さすがに少年には見えないぞ。何者だ。
「一応な、こんなんでもマリクはナンバー3だからな」
「馬術・剣術・槍術・弓術・魔術、何でもござぁれぇ~」
ぴ、と私の目の前に出された指先から、キラキラとした小さな氷の花が生まれて、私の飲んでいたモヒートへ添えられた。
これは……もしやこの人なら! トムの行動を説明してくれるんじゃなかろうか!?
「マリクさん!」
身を乗り出し、がしぃっと両手で彼の手を掴む。テオさんがマリクさんの飲んでいたエールをさっと避けてくれなければ、テーブルの上が大惨事になるところだった。
「そのチャラさを見込んで、ご相談があります!!」
「ええぇ……なぁんかぁ、引っかかる言い方された気がするなぁ……」
******
とはいえ、どうやって切り出したものか悩む。結果、とりあえず『何がきっかけか分からないけれど初対面のチャラい男から急に迫られた、社交辞令か本気か分からなくて困っている』という話にした。
話し終わると、テオさんは眉をハの字に下げ、マリクさんは腹を抱えてンフンフ笑い、そしてロイはむっすーーーとしていた。
「んっっふふっふっっふっ! いやあぁ、胴元として面白すぎるぅ」
「嬢ちゃん、それぁあまりにも……いや……えっと、ロイ? 大丈夫か?」
「俺は多少は話を知ってたからな」
「そ、そうか」
「色んな意味で腹は立つ」
「……おう」
笑いが止まらないらしいマリクさんの横で、テオさんとロイがぼそぼそと声を掛け合っていた。
「え、知ってたの? ね、ロイ、どこまで話を聞いてるの!?」
「あー……簡単に無碍にできない相手だってこととか……」
「そこまで知ってるなら話は早い! あっちは何を考えてるの!? 私はどうすべき!?」
「いや、どうするも何も……俺はミワじゃないから決められないっていうか……。
個人的にはアレはやめておけ、とは思うが、強制はできないし……あの話を今言っていいのかも……」
ロイには珍しく、なかなか煮え切らない話し方をする。
あの話、ってことはロイは何か事情を知っているらしい。それでも話してくれないということは、たぶん聞いても答えてくれないやつだ。
むむぅ、と腕を組んで考える。ロイがやめておけ、というなら、やっぱり遊びなんだろうか。でも明言されなかったしなぁ。
と、笑い続けるマリクさんを横目で見ながら、テオさんが口を開いた。
「嬢ちゃんが悩んでいるのは、相手が本気か遊びなのかが分からない、って点なんだよな?」
「そうですね。誰かから迫られたことがないので、見破るスキルもないんです」
「おう、じゃ、もし何らかのきっかけで相手の本心が分かったならよ。
遊びなら無視すれば良いとして、相手が本気だったらどうするつもりだ?」
「へ?」
相手の本心が分からなくてそこで思考が止まっていたけれど、それは一旦脇に置いておいてその先を考えろ、ということ?
トムのことはあんまり知らない。それは追々知っていけばいいし、どうしても受け入れられない要素が出てこれば、その時点で離れればいい。
彼はお貴族様だけれど……そこは努力次第ってやつだろう。ラルドとエマちゃんみたいに、元孤児と貴族という身分差でも結ばれる、って例も知っている。まあ、あの二人は真実が別にあるから参考にならないかもしれないけどさ。
筆頭騎士で、仕事もしっかりしているし周りからの信用も厚い人。辺境伯令息だから実力もあるはず。安心感はある。
見た目は言わずもがな。むしろ私が隣に立っていいのだろうかレベル。気後れしないようにするのが必要か。
ただし周囲のご令嬢が怖すぎる。負けないだけの胆力を練らねば。
ただ、どうしても引っかかる。
ソニア様の人物評と、その後の彼の行動に隔たりがあること。得体の知れなさが先に立つ。
それは、相手を知らないからなのか、それとも本当に裏表のある人物だからなのか。
トムが本気だったとしても、その説明がないと安心できない。いつまで経っても疑心暗鬼にとらわれるだろう。
好意を寄せられるのは嬉しい。だけど、現時点で私が相手を好きかと言われれば、よく分からない。
だから、私も好きになるためにはもっと相手を知らなければならない。じゃないと、誠実に向き合うことにならない気がする。
「本気だとしても……相手を知らなさすぎます。もう少し相手を知らなければ、たとえあちらが本気でも、すぐにどうとはならない、かな」
「おう、じゃ、それでいいじゃねぇの」
テオさんが黒ビールをお代わりしながらニカッと笑う。
「何にせよ、相手を知ろうとするのが第一。どういう迫り方をされるにせよ、嬢ちゃんはまず相手を知るところから始める、ってな。
自分が納得できるまで歩み寄ってから、それから相手の本心を確かめればいいじゃねぇの」
そ、そうか。そうなのか。今すぐ答えを出さなくてもいいのか。本心を知ってから自分が動くんじゃなくて、自分が動いてから確かめる……順序が逆でもいいのか。
「ただな、俺としちゃあ、相手が本気でも嬢ちゃんには別の相手を選んでほしいところだなぁ」
「んっふふふぅ、ボクはどちらでもぉ? たぁのしくなってきたぁあ」
少し笑いの発作が治まってきたマリクさんを、テオさんが叩く。
「ま、今既に誰かを好きなわけでもない、と。うん、まだまだこれからか」
さっきから一言も喋らないロイは、テオさんが差し出したジョッキに、渋々といった様子で自分のビールジョッキを合わせた。
「ま、頑張れや、若人よ」
テオさんまで、アラサーを若者呼ばわりしますか。




