25.少しは仲良くなった……か?
香りの好みは人によるところが大きい。
雑貨屋で紫音と二人、色んなお香の香り見本を試した時に分かったのは……私は平気だったラベンダーの香りは、紫音は大の苦手。紫音が好きだと言っていたイランイランは、私は少し苦手。
手元にある三種類をマーカスに確認してもらうと、特に問題はないようだった。香りが極薄めだから余計受け入れやすかったのかも。
首と肩をマッサージする旨を説明しながら、マーカスの綺麗なセミロングの髪を一つ結びにしてから輪っか団子に留める。ショートヘアの私は、お団子結びなんてこれしか知らない。髪が落ちてこなければいいんだから目的は達成されるよ、問題ない。
選んだオイルはレモングラス。
マーカスは仕事中。それなら、リラックス効果の高いラベンダーは避けた方がいい。
レモングラスなら集中力もアップするはずだし、昼間に使うにはもってこいではなかろうか。
首回りを寛げてもらい、少しだけオイルを出し両手で包むようにして温める。
できればホットタオルで目元を覆いたいところだけど、そうすると首を揉めなくなるからパス。
「私は専門家じゃないから、適当にやりますよ」
「ますます不安になることを言うな」
「大丈夫大丈夫、人にされるのは慣れてますから」
私も肩凝りや首の凝り、背中の凝りに腰痛は日常茶飯事だった。仕事上デスクワークが続くこともあれば、趣味のイラスト描きでPC前に座り続けることもしょっちゅう。
一人で揉みほぐすのに限界がきたらリラクゼーション施設にお願いしたものだ。
その時の様子を思い出しながら、自分でも凝りやすいところをゆっくり押していく。
うむ、だいぶ硬い。
「たぶん、頭痛が出るってことは、特に肩と首回りの血行が悪くなってるんだと思います。放っておくと手の痺れまで出てくるから、頭痛薬で誤魔化すんじゃなくて、時々は肩や首を回したり、伸びをしたりして動かしてみてください。
それくらいなら仕事の合間に30秒もあれば出来ますから。できれば痛みが出始める前にやってくださいよ」
もっともらしい声でアドバイスなんかしてみたり。
全部マッサージ師さんの受け売りね。
「急に偉そうだな」
「当ったり前です。マーカスさんが倒れたら、私の生き残り計画が大幅に狂います。
それ以前に、倒れられると心配です」
「しんぱ……は?」
「何ですか、珍しく間の抜けた声で」
こめかみと首筋を同時に解していたから、変に痛みでも走ったのかと顔を覗き込むと、もの凄く驚いた顔をしていた。
ぽかんとした顔をしていてもイケメンなんだから、嫌味を通り越していっそ清々しいほどだね。
「どうしたんですか一体」
「どうしたはこちらの台詞だ。何故お前が俺の心配をする」
一人称変わってますよ?
「今まで俺は、お前に対して当たりが強いばかりで、何もしてやっていないぞ。心配される筋合いがあるとも思えないんだが」
「そりゃあ色々されたし、たぶん陰でもなんやかんやされたんだろうと予想していますけど。そんでもって、多少嫌な思いもしましたけどね」
多少じゃないくらい腹が立って、ロイに愚痴ったこともあるけど、それは言わぬが花。
「だろう、それなのに」
「いやいや、それでも心配はするでしょ。
マーカスさんからしたら私は疑わしい部外者だから、別にその行動は単なる嫌がらせじゃないし。冷静になれば、軍の重鎮として当然の行動だと理解できます。
それに、こっちは前からマーカスさんのことを知っていますから。一方的に知られているのは気持ち悪いでしょうけど、私は多少なりとも親近感を持っているんですよ。10年の付き合いですよ?」
手は止めず、ふふんと胸を張る。
「お人好しにも程があるな。
……ふん。そんなお前に、ひとつ良い報告をやろう。私はもう疑ってはいない。あらゆる方法で調べ尽くしたが、問題は出てこなかった」
疑り深いマーカスが、きっぱり言い切った?
もしかして、さっきの優しさは。
「マーカスさんだって大概お人好しですよ。だから、さっき、私の心配をしてくれたんでしょう?」
鎌をかけてみると、マーカスが一瞬口ごもった。
どうやら当たりだったらしい。
「……私も忙しい。そろそろ終わりにしてもらおう」
誤魔化したな。
とはいえ、確かに忙しいんだろう。逆らわずにホットタオルで丁寧に拭う。
服を直してもらっている間に髪を解いて、結び目が跡になっていないのを確認。くっそー、忙しくてボロボロのはずなのに、天使の輪が浮かび上がるサラツヤ髪の毛め!
最後に、オイルを入れたお湯に新しいタオルを浸してからよく絞って、マーカスに手渡す。
「はい、おしぼり代わりにしてください。口に当てて深呼吸すれば頭がスッキリすると思います。冷たくなったら火と水の魔術で適当に温めてください。できなければ適当に誰かに頼んで」
「それくらいなら私でもできる」
魔術は便利なのか、やっぱり電子レンジの方が便利なのかよく分からないけれど、いつでもどこでもお湯を出せたり温めたり冷やしたりできるんだから、魔術使える人は困らないよね。ちょっと羨ましい。
あ、大事なことを忘れていた。
「ちゃんと、使用感を後からレポートしてくださいね!」
実験台その一だからね!
ひらひらと手を振って軽くいなされたが、その顔は今まで見た中で一番穏やかだった。
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「多少は休憩できたようだな?」
「は? いえ、どうして……」
「薬を受け取るだけにしては時間がかかっているからな。
何やら土産も持っているじゃないか」
「単なるタオルですよ」
「ふむ、スッキリする香りだな。何にせよ、多少なりとも疲れが和らいだなら良かったな。眉間の皺も取れているぞ」
「は……気がつきませんでした」
「誰のお陰か知らんが、我が軍の軍師をもてなしてくれた礼をせねばならんな」
「必要ありませんよ」
「そうか、残念だな。
――ところでマーク。例の首都からの書状だが……」




