24.試作品の完成
「ま、悩め悩め。若い時の特権さ」
いつの間にやらお茶のお代わりすら飲み干し、先生がカカカッと笑う。
「若いって言っても、私もう27ですよ……」
「あたしからすりゃ全然若造さ。過去を振り返って、あんときゃ青かったなぁと思い出すなんて、どんなに年くっても起こるんだよ。つい数年前の出来事ですらね」
そう言われれば。私だって、就職後にやらかしたことを思い出して、心の中でゴロゴロと転がることがある。
そうか、いつまで経ってもそうなのか……。
「で。アンタからの話はもういいのかい?」
「あ、えっと。全然深刻さは違うんですけど。
異性からの好意が、社交辞令なのか、本心なのかが分からないんです……どうしましょう」
「おいココ。こいつ叩き出しな」
「先生。昔、社交辞令を本気に受け取って痛い目を見たからって、ミワさんに当たるのはよしてくださいな」
「うるさいね。分かっただろう、あたしに相談すること自体が間違ってんだよ」
はぁ。何かすみません……。
でも、私も似たようなこと――好意を返してもらっていると勘違いしての玉砕――を繰り返しているから、先生もそうなんだろうな、と、勝手に親近感を懐いてしまった。
「あぁあぁ、青春じゃないか。やっぱりアンタは若い若い。青いったらないよ」
けっ、と悪態をついてから、先生は気を取り直したようにお茶のお代わりを手酌で注いだ。
「さて、じゃ、今度はこっちの用だ。
慌てて渡すようなモンでもなし、別にいつでも良かったんだが、アンタから顔を出したならちょうどいい。ココ、持ってきてやんな」
「はぁい。さ、ミワさん、きっとこれで少しは気も晴れますよ」
奥からいくつかの小瓶を抱えてきたココさん。
ラベルを見ると。
「えっ、出来たんですか、アロマオイル!」
確かに、一気に気分が上昇した。
「エルフの子たちに話をしてみたら、えらい食いついてきてね。いくつもサンプル持ってきてくれたよ。薬師も楽しんで作り上げて、あっという間に試作品一号の完成さ」
そこにあったのは、まさに私がダメ元でお願いした通りの、ミント、ラベンダー、レモングラスのオイル。
「これが上手くいけば他にも試してみたい、つって、薬師も乗り気だよ。
ざっくり安全確認はしといたが、アンタが思う通りの物か、一度見てみな」
先生が確認してくれたのなら、ほぼ大丈夫だろう。
ペパーミントとラベルに書かれた瓶から、少し手の甲に出して塗り広げてみる。うん、テクスチャーはいい感じ。香りも強すぎない。これなら使用した翌朝でもキッチンに問題なく入れそ――
「すまない先生、いつもの頭痛薬、を……?」
急に割って入ってきた声に振り向くと、眉を寄せたマーカスが立っていた。
上から下まで眺められ、更に眉間の皺が深くなる。
(いやさ、そんなにあからさまに嫌わなくても。何もしてませんし。あ、いや、前に話したアロマオイルの話はしてましたけども)
心の中でブツブツ呟いている間に、ココさんが紙袋を持って現れる。
「相変わらずの頭痛か。あんまり常用するのも良くないんだがね、机にかじりつく仕事だ、仕方ないか」
ありゃ、先生まで顔を顰めている。
ふむ、だいたい話は読めたぞ。マーカスは頭痛に悩んでいる。それはどうも、長時間机に向かっているからで……。
あ。
「マーカスさん。ちょっとだけ時間取れます?」
「は?」
こめかみを揉みながら睨まれる。
「もしかしたらその頭痛、少し楽になるかもしれませんよ?」
******
面白がった先生の後押しもあり、マーカスは診療台に腰掛けてくれた。
「……どこか怪我でもしたのか」
ん? 急にどうしたんです?
「それとも、さほど顔色は悪くないが、病気にでもなったか?」
…………。
えええ!? マーカスが優しい!?
アロマオイルの話を持ちかけた時に同じような驚愕をした覚えがあるけれど。今回はマーカスの利になる話はしてないよ?
「いや、ちょっと先生と雑談していただけで。それから、この試作品を受け取っていたんです」
「……そうか」
少しだけ、眉の間が離れた。
え、これ、ホントに純粋に心配してくれたの……?
一瞬、目と耳を疑ったけれど、マーカスの表情はそれ以上変わらなかった。
変わったのは彼の視線。
「これがお前が言っていた、香り付きのマッサージオイルか? なるほど。私が実験台という訳か」
うん、相変わらず話が早い。
「心配しなくて大丈夫ですよ。原料はエルフの皆さんに提供してもらったみたいだし、調合したのは私ではなくて薬師さんだし、先生が安全性を確認してくれていますし」
「ふん。何か問題がある物を使われそうなら先生も勧めるどころか止めるだろう」
暗にOKを貰えたようだ。
時間もさほどないし、サクッと試させてもらおう。




