2.新しい朝がきた
眩しさにぼんやりと目を開けると、土と草の匂いが急に鼻に飛び込んできた。あまりに急に感じたせいで、へくしっと軽いくしゃみまで出たくらい。
(……ここどこ?)
片手をついて上半身を起こし、周りを見る。草っ原に寝っ転がっていたようだ。
(あれ? 昨日そんな飲んだっけ?
っていうか、こんな公園、バーの近くにも家の近くにもないよね)
昨夜はそこまで前後不覚になるほど飲んでないはず。だって主に紫音の聞き役だったんだから。
昨日の飲み会、終わりがけを思い起こす。
紫音の終電に間に合う時間にスマホのアラームをセットして、時間になったからお会計をして、店を出て。
紫音を駅まで送って、改札に繋がる階段下で「また連絡するわ」って言い合って。
で、紫音とハイタッチした時に、ロータリーに入ってきた車のヘッドライトがえらく眩しいな、と感じて。
そこまでしか記憶にない。
ふと自分の格好を見ると、昨日のままのオフィスカジュアル――カットソーに一つ釦のジャケット、ストレートパンツにパンプス――だった。
顔を少し撫でると、化粧が残ったまま。メガネもしている。
服もそのまま、化粧も落とさず、なんて。そんなに飲んだ覚えはないけれど、予想以上に酔っていたらしい。最悪。
それにしたって、まさか見知らぬ公園で酔っ払って寝ていたとか、安全上まったく褒められたもんじゃない。乱暴された形跡もないし、ひとまず何事もなくて良かった……って。
(え、鞄がないんですけど!?)
ちょっと待て。鞄の中のスマホがなければ、今何時かも分からないし、万が一寝坊していた場合に職場への連絡もできない。地図アプリで現在地も調べられない。
そして、鞄には財布だって入っている。現金は昨日の飲み代でさほど残っていないけれど、クレカだって免許証だって健康保険証だって入っているのだ。
(まずい。身体は無事でも色々まずい)
慌てて立ち上がって、周囲を見渡す。ない。ない!
焦ったまま視線を上げて。そしてそのまま固まった。
公園の芝生だと思ったのは草原で。
草原の向こうに見えたのは。
私が大好きで何度も何度もやりこみ周回プレイしたRPGゲームの風景だった。
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私がゲームやアニメが好きになった原点。それが『ブルーバード・ワルフィア』、通称ブルフィアシリーズだ。
ビエスタ国とフェイファー神聖国との戦いを描いた三部作。
主人公の名前、主人公の属する(後に率いる)軍の名前、そして軍本拠地になる地方の名称を自分で決められるタイプのゲームで、1から2、2から3へとデータコンバートで名称やレベル、スキルを引き継げるため、三部作というより全体で大きな一つの作品だと思っている。
中でも一作目、『ブルーバード・ワルフィア ~一筋の光~』通称ブルイチはお気に入りで、もう10年以上前の作品なのに最近でもプレイし直す程に入れ込んでいた。
ストーリーどころかエンディング分岐条件、隠しアイテム、条件限定イベント、公式設定集に記載されているキャラクター情報までバッチリ脳内に収まっているよ!
まぁなんだ、それくらい大好きなゲームだから、フィールドだって単なるレベル上げ場所ではなく風景まで含めて愛でていたのだ。
その風景がね。
草原の向こう、遠く丘の上に見える街並みがね。
序盤に訪れることになる辺境伯の一地方、主人公軍本拠地にそっくりそのままでね。
そりゃあ固まるよね。うん、誰だって固まるよ。
しばし呆けてから、自分を見下ろしてみたり、周りを見渡してみたり、深呼吸してみたり、顔を叩いてみたり、服のポケットを全てチェックしてみたり、エトセトラ。
時計がないからどれくらいの時間そうしていたかは分からないけれども。
分かったことは、今までにないくらい鮮明な夢だなぁ、ということ。
何かアイテムを持っているわけでもなく、特別な衣服でもゲーム中のモブ衣装でもなく、昨夜飲みに行った時の着の身着のまま、鞄がないくらい。
自分の動きはいつも通りで、空を飛んだりはできなさそうだし、ゲームでよくやっていた視点変更もできない。人間離れした筋力もなさげ。ゲームに出てくる魔術も使えない。
五感はしっかりある。味覚だけはまだはっきり確定しないけど。
いやこれ、どうせ夢ならとことん楽しまないと損なやつじゃない?
私が夢の中で夢と自覚した時は、ちょっとしたきっかけで覚醒してしまう代わりに、割と好きなように筋書きを進められるパターンが多い。明晰夢っていうらしいよ。
ということは。
今までどれだけ好きでも一度も夢を見たことがないブルフィアの世界で! 一度も見たことがないブルフィアのキャラクターと!! 絡むことができるということでは!?
敵は夢からの自然覚醒、あるいは時間切れの目覚ましアラームだ!
俄然テンションが上がった私は、ウキウキと街へと歩き出した。