102.皇室封じ込め作戦
予定されていた議題へと移る。つまり、フェイファーへの対応について。
「先にも言ったが、現状、武力派の皇帝は騙し騙し押さえ込んでいる。しかしいつまでもそれで保たせられない。
合併せずとも一時的な協調路線を引く。それだけの話なのだが」
シヴァの言葉に沈痛な表情を浮かべるフェイファー陣。そうか、そんなに面倒なのか。
ゲームみたいに手っ取り早く倒しちゃえば……なんて、もう言えない。フェイファーの事情をよく分かっていない私でも、現実問題として血が流れるのは怖い。無血開城とか、無血革命とか、そういうのを目指したい。
それに紫音は皇室に恩義を感じているらしい。それを踏みにじるなんてできない。
「休憩時間中にいくつか報告を受け取っている。邪神対策に関して、皇室は特に何も打ち出していない」
「え、それってあたしに関しても何にも言ってないってこと?」
紫音が目を丸くするけれど、シヴァは冷静に頷く。
「シオンが皇室の庇護下から抜け出したからだろう。『聖女は国の保護を受けずに行動しているとする』『ただし何かあれば責任問題にする』『失敗した時点で邪神を盾に外交を行う』といった内容が来た」
えーと? 邪神を盾にするってどういうこと? むしろ国の存続自体がヤバいのでは?
「邪神に滅ぼされたくなければ物資を差し出せ、人を寄こせ、金を寄こせ。邪神を抑えておけるのは我が神聖国があってこそ。……頭の痛くなる話だ」
核兵器を盾に経済制裁をなくせ、って感じの話なのかな。核兵器とは違って国が制御できる物じゃないけど、その辺はどうなんだろうか。
それにしても、抑えておけるのは神聖国あってこそ、か。皮肉にも、レオナルド様が教えてくれた旧クルスト国の役割そのままじゃないか。邪神の対応はこの地の宿命。
契約者あってこその役割なのは、当時のフェイファー家は分かっていた。今の皇室は分かっているのだろうか。聖女に契約者になってもらおうとしてはいたけれど。
紫音の報告からすると、聖女と契約者は別々の人間じゃないとダメっぽい。聖女が他の攻撃魔術使うだけでアウトなんだから、王杖使って攻撃なんてとてもじゃないけど無理だろう。むしろ聖女の役割を分割するくらいだよ?
そもそも紫音やエマちゃんはコアを割れるほどの剣技がないでしょ。……エマちゃんがいくら戦えるって言っても、目覚めたラルドほどじゃないはず。
今回は封印じゃなく消滅を目指している。ゲームと同じくフェイファー邪神が封印されるだけだったら、いつかは復活する。それを防ぐためにも、どちらの邪神も王杖によって斃さなければならない。
だけどそれらの事実をフェイファー皇室はまだ知らない。封じることが聖女の仕事だと思っている。契約者の役割は恐らく分かっていない。聖女じゃなくても封印はできるだろうと考えていたら、失敗したところで「手段が一つ減った」としか思わないのかも?
まさか、邪神という名目がなくなって外交カードを切れなくなるのを恐れてる、とかいう本末転倒な考えは持っていない、よね?
私はシヴァ以外の皇室の人々を知らない。皇帝ですら画面越しに倒したくらい。
だから彼らがどう考えてどう動くのか、見当も付かない。
こんな馬鹿な話を考えているなんてそんなはずないよね、と思う一方で、聖女に全てを託すつもりだったという話を思い出す。
聖女に全てを託す。聖女に全ての責任を負わせる。
聖女は神聖国が擁すべきと言ってはいても、その実、外国に睨みをきかせるための道具。
はぁ、考えたくもない。
いや、うん、私は考えなくてもいい話だ。難しい話はそれを担当する人がやれば良い。適材適所。
「勝手にやれってことは、特に邪魔されることはないんだよね?」
紫音が両頬に手を当てて唸る。
「問題はそこだ。シオンの邪魔はしないだろう、だが私やラヴィソフィの面々はどうなることか」
「え?」
「邪神は怖い、何とかしたい。聖女は必要。だが、共に戦う人間は我々でなくとも構わない。それこそ賢者シャインの方が実績があるだろう」
シヴァが場を見渡す。
「過激派神官と組んで聖女以外を亡くすことなど造作もない。下手をすると、シオン以外……つまりもう一人の聖女であるエマ嬢すらも亡き者にするかもしれない。
一番良いのは、そういった動きが出る前に元凶である邪神を叩くことなのだが」
何とかこのまま皇室と神職の動きを封じられれば……とハーミッドが呟く。
皇室を納得させて共闘関係を作るほどの時間はない。
今のまま、誰もラルドやエマちゃんの邪魔をしないまま、とにかくフェイファー内だけでも終わらせる。そうなれば残りはビエスタ内。フェイファーからの手も出しにくい。
そのためには、大きな障害――つまり皇室と過激派神官たちの身動きを取れなくするのが手っ取り早い。
暗黙の協力関係にある神官長たちは、国に反抗しない代わりに私たちのことも見逃すという。逆に言うと、彼らから表立った支援は受けられない。精々、エリアボスの対処をしてもらうくらいか。
シヴァからいくつかの案が提示される。
どれも一長一短のようで、双方が活発に意見を交換している。ケインが普通に議論に参加しているのがさすがというか何というか。
「規約すれすれだが手はあるぞ」
これまで黙って話を聞いていたお師匠さんが声を上げ、全員が彼に注目した。
お師匠さんは腕を組んだままレオナルド様へ目を向ける。
「レオナルド。オレとの契約を破棄して、ロイを解雇しろ」
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不整脈かとでも思うくらいに不自然に心拍が跳ねた。一瞬の息苦しさを大きく深呼吸していなす。
お師匠さんの契約破棄。つまり、傭兵としての契約関係を解消するということだよね。
で、ロイの解雇……情報官の専属護衛を辞めろ、と、そういうこと、だよね。
マークが「ああ、もしかして」と呟いている。
それに直接応じたのではないようだけれど、お師匠さんは追加の説明をくれた。
「ギルドが特定の国に荷担するのはアウトだ。
だが、オレ個人がロイに指名依頼をして、更にロイが自分だけの手に余ると判断して公募をかける。これなら大勢のギルド員が確保できるって寸法だ」
「ダリス様が直接大勢に依頼するのは不可能なのでしょうか」
「それでもいいんだが、さすがに人が集まりにくいだろうな。ロイを咬ますことによって『A級ギルド員からの依頼』から『B級ギルド員からの依頼』へ変わる。それでも敬遠されるだろうが、オレが出すよりまだ多少はマシだろうよ」
プレッシャーの感じ方の違いかな。
社長直々にお願いされるよりは部長からお願いされた方が胃の痛みは少ないとか、そういう感じ。
「はいはーい。それで、人を集めることが必要になる依頼ってどんな内容にするんですか?」
紫音が挙手して質問する。
「そうだな。
フェイファーのアルバーノ近辺で大型を含む複数の魔物が大量発生している。今後もしばらくはその状況が続くとみられる。皇室の方々や神官の方々は勿論、全ての市民は安全が確認されるまで各都市内へ留まり外部との行き来を控えてもらう。その間にギルド員が駆逐を担当する。また安全のためにギルド員が都市からの出入りを管理する。
……ってトコか」
「つまり、人海戦術を使って物理的に封じ込めるのか」
「そんな長いこと封鎖し続けられるか? それに大量発生ってのはどうなんだ?」
ロイの言葉にニヤリと笑ったお師匠さん。
「大量ってのはオレの主観だ。オレだけじゃ対処できない数、対処できない質だからお前に依頼する。ほれ、いくらオレでも一人で邪神相手はできないからな。邪神だと言やぁ、お偉いさん方も国民の手前ちっとは黙るだろ」
国を跨ぐギルドに出てこられたら、フェイファーも簡単に手が出せない。
封鎖を解除してもらうためにはまず依頼主であるロイ、そしてその依頼主であるお師匠さんへ話をする必要がある。封鎖解除の申請理由を伝えて、承諾をもらわなければならないけれど……お師匠さんはのらりくらりと躱しそうだね。当然時間がかかる。
「ならば、私はアルバーノに留まらねばならないな」
「そうだな。今のオレの言い分じゃ、皇子様なんて厳重に守られてないと大問題だ。だから皇子様はアルバーノの中。
だが、国軍司令官の副官であれば、封鎖された内部にいる必要はない」
「成る程。中と外の双方から仕掛ける算段か」
この機に更なる工作をするらしい。ユタル神殿とメーヴ城との行き来がメインとなる紫音とは離れ離れになるんだけど、そこはシヴァも割り切るんだろうか。
「それで、大規模な動員をかけるための金額はどうやって用意する?」
「多少は自腹を切るさ。だが、大部分はお前さんだよ、レオナルド。
オレはそっちからの一方的な契約破棄によって違約金をたんまり貰う。ロイは突然の解雇で多めの退職金を貰う。それらを使って人を呼ぶ」
「ちゃっかりしているな」
「当然だろ、お前さんたちの仕事だ」
肩をすくめるレオナルド様。その隣で書類にずっと何かを書き込んでいるマーク。試算でもしているのかな。
「で、封鎖はどれくらいまで続ける?」
「そりゃあもちろん、フェイファーの邪神をやっつけるまでだ」
ちょっと待って。
だとしたら、もしかしたら戦力になるかもと考えていたシヴァやお師匠さんはカウント外……それどころか、ロイも邪神討伐に加わらないってこと?




