101.エリアボス
デイ森とメーヴ城との間で出現するエリアボスはヴァンパイア。安全に倒すにはいくつか対策が必要だ。
まず、女性メンバーを優先的に狙ってくるから、彼女たちの防具は特にしっかりと。そして女性陣は魅了の状態異常にかかりやすいから、解除薬があるとよい。
「サッシュを女と思ったとか?」
すかさず無言のチョップがトニーさんの脳天に落ちた。わぁ痛そう。
確かにサッシュさんは中性的な美人だけどもね。さすがに無理があると思う。いやまぁ、奴がどうやって性別を判定しているかは分からないんだけどさ。顔じゃない……とは思う。
「話を戻すよ。
ヴァンパイアは回避行動が多くて防御力が高いから、真正面からぶつかると攻撃ミス判定を喰らいやすいしチマチマとしか削れない」
だから、武器は命中率とクリティカル率の高いものを選ぶ。通常攻撃力の高い武器でごり押しすることも可能だけど、少し長引くかな。
この辺りは戦士系の戦闘に直結する話だからか、ロイもいつも以上に真剣な顔で聞いている。
「魔術はどうなのでしょう」
トニーさんは日常生活に使えるくらいの火魔術を扱える。サッシュさんは野生の動物を仕留められるくらいの風魔術を使える。一般人よりちょっと使える程度という認識。
これで、鉢合わせた時にどの程度の時間稼ぎができるかを知りたいらしい。
「効くっちゃ効く。だけどやっぱり回避行動に悩まされる。ダメージは物理攻撃よりは若干通りやすいけど、連発してもMP切れになるだけだから、やっぱり武器による攻撃も欲しい。
だから倒さず逃げること前提なら、牽制くらいにはなるかも」
ヴァンパイアといえば日光とニンニクと十字架が弱点、というイメージがあるけれど……この世界のヴァンパイアは昼日中でも構わず出没する。そして十字架はこの世界にない。
残るはニンニクだけれど、ゲームでは描写がなかったし今回の荷物にも入っていなかった。効かない可能性もあるから、頼るのは怖い。
「そもそもエンカウント率が低いんだから、そのためだけに何か用意しておくのは過剰なんだよね」
ともあれ、ここで遭遇してしまったのだから、他の地域も警戒しなければ。
「後でレオ様に報告するか。今やってるのがフェイファー関連の話し合いだろ。そっちにも出るってことだ」
そっか、フェイファーはこれまで以上に簡単な行き来がしにくい地区だから、準備はしっかりとしておかなきゃ。
また夜にミーティングしましょう、と二人と約束して、私たちは会議室へ戻った。
会議室には、昼食後だというのに山盛りのお菓子が準備されていた。マークの仕業かと思いきや、レオナルド様の手配だった。
両手に持てるだけ持ってトップ陣へ近付く。紫音もマークも皆で摘まめるようにね。
早速、さっきトニーさんたちに聞いた話を報告する。
顔色は変わらないけれど(紫音はイマイチよく分かっていない表情だ)、マークとハーミッドがすぐに小声で話し合いを始める。
「やはり非戦闘員への対応は早急に必要か」
「邪神復活が近付くにつれ魔物の脅威も増す。これはミワの話とも合致する」
レオナルド様とシヴァも頷き合う。
私の話。つまりゲームが進むにつれ敵が強くなる件ですな。
ブルイチはどちらかというと対フェイファーが前面に出ているから、魔物の強さにはあまり目が向かない。そもそもメインの舞台であるラヴィソフィ地方はそこまで魔物が強くないのだ。……現実でみると、コールマン家の強さがそうさせているんだろうなと想像が付く。城で見ていても、トムたち領騎士は優秀だ。
だけど、ブルニでは邪神の復活に向けて敵が強くなり、ブルサン序盤では一旦弱くなるものの、やっぱり終盤にかけて敵が強くなる。
ゲームのお約束と言えばそうなんだけど、現実でも同じ事が起こっているらしい。徐々に出現する魔物の量が多く、また強い魔物が出るようになっているとのこと。
トニーさんたちがエリアボスに遭ってしまったのも、そこまで不思議なこととは思えないそうだ。
「我が領内のことは私やソニアで対処するし、国への応援要請も可能だ。問題はフェイファー国内だな」
「まったく、どこまで邪神について危機感を持っているのか」
一応危機感はあると思う。外交問題があるにせよ、いつまでも国内に爆弾を抱えている訳にもいかない。強硬路線を押し通すなら、邪神を抑えて力を誇示するのはアリだと思うし。
勿論そんなことはシヴァたちも分かっていることだろうから、心の中に留めておく。
「今後の鍵となり得る人間は呼んである。午後には間に合うと言っていたから、そろそろ来ると思うが」
レオナルド様が髭を擦りながらロイを見る。
もしや。
「おう、悪ぃ、遅くなったな」
バタンとドアが開くと同時に響いた声は、やっぱり、お師匠さんのものだった。
******
会議再開の冒頭でお師匠さんを紹介したレオナルド様。
フェイファーの皆さんが驚きと喜びの顔をしているのが意外だった。ダリス・ファングの名前はフェイファーにも轟いているらしい。ホント、何でゲームには出てこなかったんだ。
ふと気付く。
ロイの初登場は、フェイファーとの国境近く、高山地区の森の中だった。何故あんな場所にロイがいたのか、何の説明もされなかった。
あの場所は、リューク領との境にも近い。リュークとの境はゲーム内では通り抜けできなかった山だけれど、フェイファーとの国境よりも低い描写。ラルドたちが越えられなくても、ロイ一人なら越えられるかもしれない山。
もしかして、もしかしてだけど。あの時のロイって、リュークに行った帰りだったんじゃないかな。リュークでお師匠さんに拾われたロイ。その家はリュークにあったと思う。
お師匠さんが出てこなかった理由。出てこられなかった理由。それって……。
――ううん、本当にそうだったのか、分からないよ? 私が来る前の話なんだし、それが私の存在で変わったなんて思えないし。
歴史を大きく変えるのが私たちの存在でも、その前からブレは起きている。だから、そんな想像をしてしまう。
一度俯いてから顔を上げて大きく息をする。
そんな仮定は使うべきゲームの情報じゃない。自分の想像は情報じゃないんだ。
今ここにお師匠さんがいる。それならそれで、ゲームとは違う役割を担ってもらうだけだ。ゲームの歴史にはなかった、だけどここにいる。それはきっと、神の望んだ「違う歴史」のピースの一つだ。
レオナルド様の説明によると、クルスト軍傭兵隊の完全撤退が終了したらしい。そろそろ他の隊も引き上げてくるし、フェイファー軍の受け入れ体勢も整ったとのこと。
邪神戦への告知のタイミングを計っている、という状況かな。
「ラヴィソフィ領を始めとするビエスタ国内の戦闘員には当然告知するが、一般人の保護については国王判断だ。
物流関連は確実に大きな支障が出る。まずはその穴埋めを検討しているらしい」
ふむふむ。食べるものがないのが一番困るよね。特に首都だと自給自足も無理だろうし。
そしてこのタイミングで私からの報告が発表された。エリアボス。一番の問題は戦闘員じゃなく一般人、該当地区の行き来の多い馬車。
「順当に考えれば、商人馬車の護衛をより増やすようにギルドへ要請することでしょうか」
フェイファーのお偉いさんがペンで頬を突きながら唸る。
そっか、この世界には何でも屋さんのギルドがある。
「いや、国として予算を割くと連絡があった。ギルドへの要請は個々人で行ってもらうことになる」
よく分からない。ロイを見ると、小声で追加説明をくれる。
「ギルドが特定の国に加担するのはアウトなんだ。国の金ではギルドに依頼を出せない」
なるほど。つまり、国からの予算はギルド以外に使われるって事だね。レオナルド様が、具体案はもう少し詰めてから、と説明している。
「エリアボスの情報は既にミワから報告を受けている。関係者に優先的に情報を渡すことにしよう」
そう、報告はした。したけど、どうにも足らない気がしてきた。もっとしっかり戦い方を伝えておくべきだな、と、手元の紙にメモしておく。
……やっぱり謎なのが、トニーさんたちの遭遇したヴァンパイアの挙動だ。一体何がどうなったんだろうか。




