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Yの遺伝子 赤い海  作者: 阿彦
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2話 銀行


「お待たせしました。2007年度、ベンチャー企業部門、最優秀賞を受賞したのは……高性能水処理プラントを開発されましたH社です。おめでとうございます!! 受賞されましたH社の代表取締役 赤海社長様、ご登壇をお願いします」


周りから、拍手の波が押し寄せ、記者たちからのまばゆいフラッシュが、熱い視線とともに浴びせられた。

隣に座っていた共同開発者である諌山が、歓喜とともに立ち上がり、握手を求めてきた。まるで、アカデミー賞でもとったかのような騒ぎだ。


赤海は、諌山にうながされてゆっくりと立ち上がり、会場の観客が待つ壇上へゆっくりと足を運んだ。


数日前、この受賞を知らせる電話がかかってきた。この開発を始めてから既に7年もの時間を費やしている。ようやく今までの苦労が実った喜びが、心から湧き上がった。

これまで本当に辛かった。何度、首を吊ろうかと思った。蓄えてきた金をすべてをつぎ込み、妻にも本当に迷惑をかけた。


製品の性能には、昔から相当の自信を持っていたが、なかなか世の中には受け入れられなかった。高性能水処理プラントとは、汚泥に電気分解により浄化するもので、プールの水でも飲料水に変えることもできる。ちっぽけな中小企業が、斬新な商品を世の中に出すには、知名度もなければ、資金力もない。世の中が、我々の発想に追いついてこれないのだと思うようにしていた。

だが、ついにこの時がきた!!


「H社の赤海と申します。今日はこのように名誉ある賞を頂きまして、誠に有難うございました。私は、この高性能水処理プラントの開発にすべての情熱を捧げてまいりました。我が国は、水に恵まれた素晴らしい国です。しかしながら、世界を見渡すと、社会インフラが整わず、綺麗な水が供給されないところも多くあります。私はこのプラントを全世界に広め、綺麗で安全な水を提供したいのです。これは、人類から自然への恩返しなのです!!」


私自身が商売下手なこともあり、なかなか上手くいかなかったが、この瞬間を持って、貧乏暮らしともこれでオサラバだ。あとは、成功者としての階段を、一歩一歩駆け上がるだけだ。



この受賞をきっかけに、私を取り巻く世界が一変した。


誰もが知っている大手の企業から、高性能水処理プラントを海外に売り込みをしたいと商談がいくつも舞い込んできた。ある企業からは、エリア独占販売をさせてほしいと、見返りとして多額の保証金も積むと言う。


名前も聞いたことのない横文字のベンチャーキャピタルが、私の会社への出資話を持ってきた。このビジネスには、着工から納品までつなぎの金がいる。彼らが言う新株予約権とかストックオプションとか、正直よく分からなかったが、金は出すが、経営には口を出さないこと、将来はIPOを目指そうという言葉を信用して、出資をうけた。


取引のない新規の銀行が、今まで借りていた金利の三分の一の低利で資金を売り込んできた。


「御社の受賞の記事を拝見しました。御社の技術は画期的で、世の中を変える素晴らしいものです。一緒に夢を見させてください!!」


文系上がりの銀行員の若い兄ちゃんには、とてもうちの技術のことは分からないだろう。ただ、その心意気が嬉しく、言われる条件で金を借りてやった。子犬のように、尻尾を振って帰っていた。


乞食のような生活をしていた会社に、宝くじがあったかのような金が舞い込んできた。



3か月後、メインバンクである地方銀行の担当者から電話がかかってきた。その日は、商社からオリジナルの設計をしてほしいといわれ、諌山と最終打ち合わせをしていたところだった。


「条件変更の期日が今月末に迎えますので、返済計画と印鑑証明を持って、来店していただけますか? 今回は、今までのように利息だけの支払いだけでは難しいと支店長も融資部もいっておりますので、なんとか元金の返済を……」


そういえば、メンイバンクの元金返済猶予している融資の期日が来ることを忘れていた。資金繰りは火の車であり、銀行の元金据置対応と、外注先への支払いを繰り延べしながら3年間をしのいできた。税金も社会保険も滞納しており、いつ差押えがきてもおかしくない状況だった。

それにしても、銀行の担当者は、我が社が最優秀賞をとったことを知らないのだろうか? 受賞後、新聞の記事はもちろんのこと、雑誌やテレビの取材も受けるようになって、私は有名人にでもなったような忙しさだった。


「あんた、銀行員なのに新聞も読んでないのか? 支店長に伝えておいてくれ。全額現金で借入を返してやるから、明日取りに来いと!!」


そういうと、担当者がまだ何かを言っていたが、電話を切った。


翌日、黒塗りの車で、支店長と担当者が花をかかえてやってきた。


「赤海社長、この度は、ベンチャー企業部門の最優秀賞、おめでとうございます。つまらぬものですが……」


お祝いと支店長名が書かれた胡蝶蘭を、担当者が渡してきた。

ぶくぶく太っていて、腹が大きく突き出ている支店長が、気持ち悪い満面の笑みを見せた。地銀の雄と言われている銀行の支店長だから、美味いものをくっているのだろう。それに比べて、食費を削ってきた私は貧相でガリガリであり、自分を情けなく思った。


「そりゃどうも。それにしても、賞をとったのは、3か月も前の話なんだけどね……御行では、新聞もとってないんでしょうか? 私どものような弱小企業には興味がないんでしょうから、お気遣いなく」


支店長は罰が悪いのだろう。暑くもないのに、額に汗をびっしりかいて、ハンカチで拭っている。


「……いや、お恥ずかしい。担当者も私も、御社の記事を見落としてしまいました。いずれにしても、併行も御社の技術力をこれまで高く評価をした訳でありまして……それにしても、世の中に認められて、本当に良かったですな……」


なんとか、支店長は私の機嫌をとろうと必死だ。


「うちの技術? そうでしたっけ? この前、支店長は自分で会社の目利きのプロ、再建のプロとおっしゃっていましたよね。その支店長が、私どもの高性能水処理プラントは夢物語だ。こんな事業、こんな会社は、本社を売ってさっさとたためばよいと言われたかと……」


半年前、支店長が再建計画のモニタリングをするとか言って、家宅捜索のように調べあげた結果、侮辱していったことを思い出した。あの時は、我々が目指すビジョンも技術も分からない癖に、偉そうなことを言うだけ言って帰った。新規で取引した若い銀行員の兄ちゃんの方がマシだ。


「赤海社長、そんなに虐めないでくださいよ。当行とは一行先で永年のお取引をしてきたじゃないですかぁ。これまで通り、仲良くやっていきましょうや。今度、受賞をお祝いとして一杯どうですか? 」


「支店長、私はあなたには感謝してるんです。あなたから受けた侮辱をいつか見返そうとこれまで頑張ってきたのです。おかげ様で、大手の企業からも受注がとめどなく来てますし、御行のライバルからも、大きな融資を破格の条件で受けましたので……」


支店長は、ライバル銀行の名前が出てようやく自分達の置かれた立場をわかったようだ。支店長である自分が頭を下げれば、なんとかなると思っていたのだろう。だって、地銀の雄なんだから、金を貸す方が偉いのだから。


「……赤海社長、これまでの無礼、本当に申し訳ありませんでした。なんとか許してください。今の融資の条件は大幅に見直しさせていただきます。元金の返済も結構ですから。なにとぞ、なにとぞ」


赤海は立ち上がり、ブラインドをあげて外を見た。そして、経理に金を持ってこされた。


「さすが、大店の支店長にもなると、いいお車でお越しですね。ここに2億あります。はやく、持ち帰って全額返済してください!!」


机の上に、午前中に用意した2億の現金を積んだ。


「そんな急に。それも、現金で持っていけなんて。赤海社長、ほんと申し訳ありません。御社と取引解消されてしまったら、私も地区担当常務に怒られてしまう……なんとかご勘弁ください」


支店長は土下座をし始めた。若い担当者が呆気にとられている。自分も土下座をすべきか迷っているのだろう。


「そんなこと知ったことか。私らは命をかけて商売をしてるんだ。あんたらのような、学校の延長線のように点数稼ぎをやってるやつとは違うんだ。帰って、地区担当常務に怒られて来い。サラリーマン支店長!!」


私はドアを蹴破るような音を立てて、部屋を出た。支店長と担当者は、お金を数えて、律儀にも銀行のルール通りに預かり証をきった。そして、2億もの大金を大事そうに車に積み込み、帰っていった。


その様子を社長室から見ていた。銀行員なんぞ、つまらん人種だ。自分の金でもないのに、まるで自分の金のように偉そうに貸す。そして、人のふんどしで商売をしている金貸しのくせに、経済界の中心にいると錯覚する。一度の失敗で銀行員人生が終わる。そして、この太った支店長の銀行員人生も終わるのだろう。

数ヶ月後、その支店長は、関連会社に飛ばされたそうだ。そこでも、さぞかし再建のプロして活躍されるのだろう。


人は金に苦しんだ者ほど、金の重みと怖さを知ることになる。しかも、本当の怖さを知っているものは、ほんの僅かだろう。



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