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しがない文学同好会の日常  作者: 間島健斗
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 自販機で飲み物を買って部室に戻ると一応、顧問ということになっている吉岡先生が僕の椅子を占拠していた。

 だらしなく、椅子を後ろ前にして座っている。


「で、俺はやりたくもない事務仕事を人の分までやらないといけないわけ、あいつ俺ができる仕事だと思ったら、自分の仕事であっても俺に回してくるんだよ、俺はお前の助手じゃないって言ってやりたいよ本当に」


 吉岡先生は同僚や先輩に正面切って言えないことを僕らにたびたび愚痴としてこぼしていた。

「先生が他の先生の愚痴を生徒に言うのは教育によくないんじゃないですか」と聞いたら、「そんなもん、同僚に言うよりよっぽどましだって、お前らに社会に出てからの人間関係のリアルな現状を伝えているんだから、感謝してほしいぐらいだ」と言って完全に開き直っていた。

 そんなありがたくない社会の先輩の体験談に城崎も日高先輩も耳を傾けてはいなかった。

 日高先輩も城崎も聞き流しているが、そんなことは関係なく吐き出したいだけの吉岡先生は話続けていた。


「能登は相変わらず、冴えない顔だな、日野は元気になったみたいで何より、それじゃ、サボるのはこの辺にして業務に戻るとするわ」


 そう言って立ち上がり、部室を後にする。

 彼は倫理が専門の社会の先生なのだか、なぜだか白衣を着ている。

 吉岡先生は僕に対する暴言を残して去っていった。

 相変わらずということは、常日頃から僕が冴えていなくて、この瞬間も、そしてこれから先もずっと冴えていない状態が続いていくということだ。

 少し、気にしていることなので、吉岡先生の一言は心に深く刺さった。

 修復不可能なくらいに。

 ……冗談は置いておくとして、教師は正しい大人としての姿勢を見せ、生徒たちの良いところを見つけ、背中を押すべきなのではないか、そんな僕の理想像と吉岡先生はかけ離れていた。

 取り繕わず、弱い部分を隠そうとしないし、思ったことを言う。

 それでも、生徒のことを成績でしか判断できない教師や、腹では全く思っていないようなきれいごとを並べ、熱く語りかけるペテン師みたいな教師より、先生をしていた。

 でも、冴えないは余計だと思った。開けっ放しにされた扉を見ながらそんなことを考えていた。



 今まで三人だった部屋から一人増えるだけで、空間が狭く感じるようになる。

 別にそれは窮屈になったというマイナスの意味ではなく、三人では広すぎた部屋が一人増えることによって、ちょうどいい空間になったという感じだ。

 日野は城崎が課題をしているときや小説を読んでいるときは静かに雑誌を読んだり、同じように課題をして、城崎が休憩しているときに話かけていた。

 好きなドラマの話、食べ物、日野が感情移入した人物について話すと城崎が噛みつき、それに日野が反論する。

 彼女たちの好みは違いすぎていて、二人の間には共感が生まれなかった、僕は共感至上主義者ではないけれど、そこまで、食い違い続ける方が珍しいし、全く共感が生まれないのはいかがなものかと思った。

 僕は時々、会話に参加しては、二人の様子を眺めていると時間は過ぎていった。



 運動部が部活を終了する時間に合わせて部室を後にした。

 部室を出るときに、日野の視線を感じたが、説明が必要であれば事後報告にしようと思った。

 少し急いで階段を駆け下り、体育館の前に行くとひざ下まであるズボンにハイカットを履いたバスケ部っぽい人たちが体育館から出てきて、部室に入っていく、運動部の部室棟にはサッカー部も当然あるので、少し焦ったが、そもそも日野の一件の彼は、僕が誰かも、何年生かもわかっていなかっただろうし、終始やばい笑顔だったあの時の僕の面影は今の僕にはないので、焦る必要などはなかった。

 目立った特徴のない、色を付ける前のキャンパスみたいな没個性的な顔で得することがあるとは思ってもみなかった。

 注意深く、部室棟の方を見ていたわけだけど、そこから出てきたのは、上級生のようだった。

 顔つきがというよりはその身だしなみが初々しさが残っている制服に着られているような一年生のものではなく、制服のすそをロールアップして特徴的な靴下を見えるようにしていたり、慣れたようにカバンを背負っている様子は上級生が出す雰囲気だった。

 部員がすべてで終わったと思っていた体育館から、またわらわらとやや長めのズボンを履き、上は、体操服の男子生徒が出てきた。

 彼らが着ている色の体操服は一年生を表す色だった。

 片付けや清掃をしていたのだろか、小走りで部室棟へ向かい、先ほど出てきた部員よりも早く部室から出てきた。

 僕は、バスケ部の部室のカギを体育教官室に戻しに来ていた一年生バスケ部員らしき生徒に声をかけた。


「君、バスケ部の広田って子知ってる?」


 急いでいる様子の彼を呼び止めるのは気が引けたけれど、聞き逃されては困るので、少し大きめな声で言う。


「広田っすか、ちょっと待ってくださいね、呼んできます」


 誰かもわからない僕のことを怪しがる様子もなく、気持ちのいい笑顔を浮かべて彼は走っていった。彼と入れ替わりできてくれたのは短く刈り込まれた頭に、スポーツマン特有の顔やあごに無駄な肉がついていない少年だった。

 まだ少しあどけなさが残っているが、きっと彼は格好良くなるのだろう、そう思わせるような好青年然とした少年だった。


「梶本が俺のこと探している人がいるって言われたんですけど、俺が広田です」


「広田くん、わざわざごめんね、僕は二年の能登です」


「先輩だったんすか、一年では見たことないと思いました」


 そういって笑う広田くん、二年でも僕のことを知っている人は少ないと思い笑えない。


「うん、まあ、一応ね、で、さっそくなんだけど、君と同じ一年の相田由紀って知ってるかな?」


 広田の表情が少し曇る、知らないわけではないようだ。


「知ってますけど、それがどうかしましたか?」


「君は相田さんっていう女の子と付き合っていて、そして別れたんだよね。できれば、なぜ別れたのかという理由を教えてほしいんだ、二人の間になにがあったのか、話したくないかもしれないけど、僕はどうしてもその理由が知りたい」


 誠意を持って話したつもりだ。

 僕の真剣な気持ちが伝わったのだろうか、広田は、ばつが悪そうに頭を掻いて話始めた。


「先輩は何でそれを知ってるんすか、それに理由を教えてほしいって言われても、俺が知りたいぐらいなんですけどね」


 そう言って広田は苦笑いを浮かべる。


「別れようって言ってきたのは向こうだったんで、別に喧嘩をしたわけでもないのにいきなりで自分もかなりびっくりしました、これから、俺が振られた慰労会をしてくれるんすよ」


 振り返って広田の目線の先を見るとバスケ部員だろう人影がこちらに向かって手を振っている。


「そうか、ごめんね、嫌なことを思い出させてしまって」


「大丈夫っすよ、気にしないようにしてるんで、自分が話せることはこれぐらいっすね、じゃあ、これで」


 そう言って、広田くんは走っていった。大丈夫と言った彼は失恋したことについて本当に悲しんでいた。

 僕のことをだまそうとしている様子は、表面的にも、内面的にも見られなかった。

 となると、城崎に嫌がらせをしている女子生徒が完璧な言いがかりをつけていたことになる。

 彼女は何らかの理由で広田と別れ、それを使って城崎に嫌がらせをしている。

 彼とは自分から別れを切り出したことを突き付けたところで彼女は城崎への嫌がらせをやめるだろうか。

 確証はなかった。

 僕は相田という女の子がなぜ城崎を標的にするのか確固たる根拠を持つことが出来なかった。



 明確な解決策が思いつかず、悶々としながら、スーパーで買い物をし、家に帰った。

 叔母さんの分と自分の分だけにも関わらず、野菜を買いすぎてしまったことに気が付いたのはレジを通してからだった。

 叔母さんがあまり食べないのであれば、一週間をかけでも食べきるつもりだった。

 夕飯を作っている最中に携帯の通知を知らせる、音が鳴った。

「こんばんは、何か収穫はありました?」という文面と、熊なのか猫なのかわからない生き物が首をかしげているスタンプが送られてくる。

 日野からだった。

「城崎に嫌がらせをしている女子生徒は自分から別れを切り出していた」と返信するとすぐに既読が付き電話がかかってくる。


「どういうことですか」


 少しくぐもった日野の声がする。

 理解できないというより、怒っているようだった。


「今日、広田っていう男子生徒に話を聞いたんだけど、彼は自分がフラれたって言ったんだ。僕が城崎から聞いた話では、そんなことは言ってなかったし、彼が城崎に気があるどころか、失恋したことを悲しんでいるようだったよ」


「そうですか、じゃあ、その女は、なんで城崎さんのことを目の敵にするんですか」


 僕が知るはずないことを日野は問いかける。

 問いかけるというより、行き場のない怒りを吐き出したいという方が正しいかもしれない。


「わからない」


「そうですよね、すいません、なんか頭に来ちゃって、これはもう本人に直接聞きに行くしかないですね」


「それしかなさそうだね」


 それから、2,3の会話をして日野とは電話を切った。

 僕は買いすぎた野菜をいろいろな大きさに切り分けながら、叔母さんが帰ってくるのを待った。



 二人分しか料理を置かないテーブルなのに、叔母さんが家具屋で買ってきたのは、四人家族用の大きな、テーブルだった。

 部屋との統一感を考えずに勢いで買ったものだから、木製の重厚感のある大きなテーブルは白を基調とした壁紙の部屋に最初は存在感と同等の違和感を放っていたけれど、今となってはこれ以外は考えられないほどにこの部屋と調和しているように感じる。

 そのテーブルいっぱいに料理を並べることになった。


「陽一、今日はめちゃくちゃいっぱい作ったんだね」


 野菜炒めの他にも、冷凍しておいたひき肉を使ったロールキャベツや肉じゃがにおひたし、かなりの量作ってしまった。


「まだまだいっぱいあるから、どんどんおかわりしていいよ」


「私はそんなにいっぱい食べられないよ」


「だよね、ごめん作りすぎた」


「まあ、気にしない、作っといて損はないでしょ、頂いてもいいかな?」


 そう言いながら、もう自分の皿におかずをよそって口に運んでいる。


「もう食べてるじゃん」


「いただいてます、今日も美味しいわ、家帰って温かいご飯があるのはいいね」


 叔母さんはそのセリフを毎日言う。


「そうだね、仕事どうだった?」


 僕も毎日このセリフを言う。


「可もなく不可もなくって感じだね、陽一は学校どうだった?」


「まあまあかな、ねえ、叔母さんも女子高生だったんだよね」


「なに、その失礼な質問、私だって淡い青春時代の思い出くらいあるわよ」


 目を細めて僕の方を見る、口と手は動かしたままだ。


「じゃあさ、その思い出の中にいじめあった?」


「あったよ、陰湿なやつから、開けっ広げな奴までいろいろあった」


 淡々した口調で叔母さんは話す。


「そういうのって、最終的にはどうなって終わっていったの?」


「被害者が体調を崩したり、転校していったり、やってる方が先生に怒られて終わったり、逆に陰湿なものに変わったり、急に何事も無かったみたいに突然終わることもあったかな、昔のことだからね、あんまり覚えてないや、普通聞くんだったら私の恋愛とかについてでしょ、いじめられてんの?」


 眉をひそめて叔母さんは僕の顔を見る。


「いや、僕じゃないんだけど」


「陽一、なんか変なことに首を突っ込もうとしているんじゃないでしょうね?間違っても、いじめられている子のことを助けようと思ったりしちゃだめだからね、可哀そうだけど、関わらないのが一番だから、助けてあげるのが立派だとか、それができない自分を責めたりしちゃだめだからね、私は誰かもわからないような子のことより陽一の方が大切なんだから」


 叔母さんは実の子でもない僕のことを本当に大切に思ってくれている。

 そう伝わってくる言葉だった。


「僕もよく知らないクラスメイトを助けることはできない、でも、自分にとって大切な人だったら話は別だよね?自分が傷ついたとしても、助けてあげたいんだ。その子は僕の大切な友達だから」


「それで、その友達に裏切られたら陽一はどうするの、そういうことだってあるかもしれないんだよ?」


「僕はそれでもいいと思えるんだ。僕が勝手にやることだから、裏切られたとしても、その子のことを助けたいと思った僕の心を信じてあげたい」


「青いわね、そんな甘い考えじゃ、これから先やっていくことはできないわよ、でも私は陽一のそういうところが好きよ」


 そういうと叔母さんは少し遠い目をしていた。

 ここではないどこかに思いをはせるような、そんな目だった。



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