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しがない文学同好会の日常  作者: 間島健斗
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8

 


 確かに僕は、日野を「一緒に昼ご飯を食べないか」と誘ったけれど、城崎と日野がにらみ合っている様子を見て早まったことをしたのではないかという感覚に陥った。


「だから、このピアスとか、化粧とかは男ウケを意識してやってるわけじゃないんだって、これは私が好きだからやってるだけなの、城崎さんも女の子だったらもっとおしゃれとかに気を遣ったら?」


「女だから男だからという理由では、納得できないわね。私には必要ないことだと思うからやらないだけよ」


 日野の意見を検討することなく城崎は切り捨てる。


「城崎さんがおしゃれしたらもっと可愛くなると思うんだけどなー、先輩もそう思いますよね?」


 同好会に入って数日がたち日野は憑き物がおちたみたいに明るくなった。

 というか、こっちが本来の人と接するときの日野の姿なのかもしれない。


「城崎の好きにしたらいいんじゃないかな?自分のことなんだし」


「お茶を濁さないでくださいよ、可愛くなるか、可愛くならないかを聞いてるんです、質問に答えてください」


 察しが悪い僕にあきれるような顔をする日野。

 ここは国会答弁じゃないんだから、いいじゃないかゼロ解答であっても。


「可愛くなるんじゃないかな」


 言葉にするとなぜだか背中がむずがゆくなったり、死にたくなったりする言葉がいくつかあると思う。

 僕にとっては「可愛い」という言葉もその一つだ。


「投げやりですね」


「城崎は元が良いからね」


「なんですか、その私は元が悪いみたいな言い方」


 全くそんなつもりでいったわけではないが、日野はそう受け取ったらしい。

 日野は半目で僕のことを見てくる。


「そんなつもりはないよ、日野も元が良いと思うよ」


「ということは、先輩は私のことを可愛いと思っているということでいいですか?」


 僕が意図的に避けていた言葉を日野が容赦なく突き付ける。


「まあ、そうだね」


 そういうと、日野は、満足したように笑った。


「それぐらいにしておきなさい、それ以上やると女の子に耐性の無い先輩が勘違いして本物のストーカーになっても知らないわよ」


 城崎は、とても真剣な表情でとても失礼なことを言っている。

 なぜ僕がストーカーになる前提で話が進んでいるんだ。

「ないない」


 笑って否定する日野とそれを見て鼻で笑う城崎。


「想像力が足りないのね、それとも頭そのものが足りないのかしら」


 城崎は笑顔で攻撃的なことを言う。

 僕の知っている城崎は友達に対して寛容だったはずなのだが、そういうわけではないのかもしれない。


「私の学校の成績は中の上よ、あんたには劣るかもしれないけど、頭が悪いことはないわ」


 少し、身を乗り出し、日野は否定する。


「学校の成績なんて勉強に時間をかければなんとでもなるわ、そんなことも理解できずに、勉強ができることが頭の良いことだと思っている時点でお話にならないわね」


「じゃあ、どういうのが頭いいっていうのよ」


「それは、自分の頭で考えることね」 


 城崎に引くことなく、日野は食らいついている。

 女の子たちというのはもっと表面的には仲良くして、裏で悪口を言うのがあるべき姿なのではないのか、僕の偏見をよそに城崎と日野は言葉で殴り合っていた。ギスギスはしていないけれど、お互いに折れない性格なのか、少しの火種でよく燃えた。


「まあまあ、二人とも、落ち着いて、ごめんね、城崎は悪いやつじゃないんだけど思ったこと言っちゃうんだ。慣れるまで時間がかかるかも、日野は、元気で何よりだよ」


 飛び火するのは勘弁願いたい。

 僕は二人の機嫌を損ねないように「今日は天気がいいね」などという広がりがなく、あたりさわりのないことを言いながら、昼休みを過ごした。



 放課後になると、僕は、一年生の教室に向かった。

 日高先輩にもらった情報を頼りに一年生の男子を探していた。

 1年4組の広田という男子生徒だ。

 城崎に嫌がらせをする原因になっているはずであろう少年のもとへ向かった。

 一年生の教室の周りをサンダルの色が違う上級生がうろうろするのは不自然だろうから、わき目を振らずに僕はまっすぐ1年4組の教室に向かった。

 上級生だからと言って肩で風を切って教室に入っていくのは気が引けたので、僕は自分の教室に入る時みたいに、自然体で入った。

 教室の中で、何人か残っている生徒の中で、大人しそうな男子生徒に「広田君っているかな?」と聞く。

 少し怪訝そうな顔をされたが、心よく広田という生徒のことを教えてくれた。

 どうやら彼は、バスケ部に入っており、この教室にはいないということだった。

 空振りに終わった僕は来たときと同じように、目線を固定し目を泳がせないようにして教室を後にした。



 僕が部室に来た時にはもうすでに、城崎、日野、日高先輩は部室に来ていた。

 三者三様違うことをしている。

 日高先輩は小説を読み、城崎は学校の課題、日野はファッション雑誌を読んでいる。

 有名な女優かモデルの人が表紙を飾っていて「朝食がダイエットの鍵」と大きく書かれている。

 日野はその雑誌を真剣な表情で読んでいた。


「提出物を出してたら遅くなっちゃったよ」


 誰にも聞かれていないのに、遅くなった理由をやれやれとでも言いたげな様子でつぶやく、それに対して、城崎は、目線を少しだけよこしすぐにまた課題に向かいあった。

 日野と日高先輩に至っては、集中しすぎているのか、わからないけれど、反応すらなかった。

 聞いていて無視された悲しみとそもそも聞かれていなかったという憐れむべき状況を一瞬で体感することになった。

 苦笑いを浮かべながら、この部屋に一つ増えて4つになったマグカップを取り出して、机に並べる。


「日野は、コーヒー飲めるんだっけ?」


「あんまり飲まないですね、紅茶とか、緑茶の方が好きです」


 雑誌から目線を上げて日野は答えてくれた。


「そっか、この部屋には、インスタントコーヒーしかないから、紅茶は持ってくるね、今日は仕方ないから自販機に買いに行こうか」


 日高先輩も城崎もコーヒーしか飲まないらしいのでこの部屋には持ってきていなかった。


「能登先輩のおごりですか?」


 ニヤニヤした顔で日野が聞いてくる。

 僕はおごるとは言っていないが、彼女はそのつもりのようだった。

「じゃあ、早く行きましょう」と言ってくる、日野に背中を押されて部室を後にした。



 別棟は人がまばらで閑散としている。

 空き教室で練習している吹奏楽部の楽器の音が、反芻するくらいには、音が無く静かだ。

 そんな中を日野と二人で歩く。


「先輩、部室に来る前、1年生の教室に入っていきましたよね?」


 そう言って日野は僕を見てくる日野を僕は横目で見ながら、歩き続ける。


「いや、僕は提出物を出しに行って、それで遅れただけだって」


「提出物ってなんの提出物ですか?」


「何のって数学のワーク?」


「私に聞かないでくださいよ、先輩、1年4組に入っていったのを見ましたよ、どんな会話をしていたのかはわかりませんでしたけど、何か聞いてましたよね?」


「見つけたんだったら、声かけてよ」


「あんな訳ありな感じを醸し出されていたら誰だって声かけずに、動向をうかがいますって、めちゃくちゃ不自然でしたよ先輩」


 そんなに、不自然だったのか、全然気づかなかった。

 むしろ、気を使いすぎて逆に何も見えなくなっていた。


「何してたんですか?」


「城崎のことについてなんだけどね」


 僕と城崎が一緒に昼ご飯を食べている理由、城崎に起こっていること、僕がやろうとしていること、それらを日野にも伝えた。

 日野の表情は少しだけ強張る。


「なんで、教えてくれなかったんですか」


「城崎が言い出さないんだったら、僕が勝手に言っていいことじゃないと思ったんだ」


「私のことを信用できなかったからですか?」


「そういうことではないし、日野のことはいいやつだと思ってる、でもこれは僕が勝手にやろうとしていることだから、日野を巻き込みたくなかったんだ」


「私に、迷惑を掛けたくなかったってことですか、先輩は私に言ってくれましたよね、迷惑を掛けても人の迷惑を許せるんだったら、それでいいって、だから、迷惑を掛けていいんだって」


「確かに言ったけど、受け売りの言葉なんだ、いい考えだとは思うんだけど、日本の教育の中で生きてきた僕の中には、やっぱり、『他人に迷惑かけちゃいけません』っていうのが深く根付いているんだ、情けないことにね」


 自販機の前で黙り込んで日野は何かを考えこんでから、ゆっくりと話し始めた。


「私に迷惑を掛けることを約束できるんだったら、今回は許してあげます、それと、先輩のline教えてください、同好会のメンバーに知られたくないことでも、ちゃんと連絡できるようにするためです」


 日野の顔が決定事項だと言っている。

 日野はスマホを取り出して僕を催促している。

 そういえば僕は彼女の電話番号を知っていたけれど、彼女のlineは知らなかった。

 そうして僕のlineに日野の名前が追加された。


「善処するよ」


 日野が自販機で買ったのは、紅茶だった。

 城崎に気づかれないように、日野には、何も聞いていない前提で話を進めてもらうことにした。



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