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しがない文学同好会の日常  作者: 間島健斗
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「やっぱり、特に無いなら、相手に決めてもらったたらいいんじゃないですか」


 部室で僕と日高先輩は、仮に付き合っている彼女とスーパーに買い物に行ったとして、何を食べるか決まっていない状態で、「何が食べたい?」と彼女に聞かれ、お腹が膨れたらなんでもいいときにどう返事をするのが正しいか、という命題に取り組んでいた。


「よしじゃあ、実践してみようか」


 そう言って日高先輩はおもむろに席を立つ。

 自分のカバンを買い物かごに見立てて、持ち僕の隣に並ぶ。


「今日の昼ご飯なにがいい?」


「そうだな、君は何が良いの?」


 質問を質問で返す。

 僕は特に食べたいものが無い設定となっている。

 設定準拠で行く。


「私はなんでもいいかな、能登君は何か食べたいものある?」


「うーん、僕も無いかな、食べられたらなんでもいいや」


 日高先輩は揃えていた足並みを止めて、僕と先輩との間に距離ができる。


「なんで、そんなこと言うの、じゃあ、サバの缶詰でも食べたら?私今週一週間必死に働いて、ようやくあなたにあえてゆっくり料理できるっていうのに、何でもいいってなに?だったら自分で考えたらって顔してるけど、私は学生のあなたと違って毎日仕事に追われて疲れてるの、休みの日くらい休ませてよ」


 日高先輩は、買い物かごを下に落とし、理解しようとしていない僕のすべてが憎いというような目つきで僕をにらんだ。

 というか、なんだその裏設定。


「このように、能登君の不用意な一言で相手を傷つけてしまうこともあるから、何でもいいのような言い方は少し危険すぎる」


 急に素に戻った先輩から指摘が入る。


「いやいや、設定が聞いてないことだらけなんですけど、どういう設定だったんですか?」


「彼女は、君と同級生だが、大学に通っている君とは違い、自分の夢を諦めて、生活をするために、毎日働いている。家事全般をそつなくこなし、君とご飯を食べるのはたいてい彼女のアパートで、彼女が料理を作ってくれる。料理が好きで、我慢強く、尽くしてくれる彼女だが、君の不用意な一言で耐えきれなくなり、スーパーという人目があるところにも関わらず、癇癪を起してしまったと設定だ」


 偉く作りこまれた設定だった。

 彼女は何で僕のことを好きになったのだろうという根源的な疑問が湧いてくる。

 能天気な僕を見下すために一緒に居るのではないかという卑屈なことを思ってしまう。


「じゃあ、どうしたらよかったんですか」


「答えは、簡単だよ。君は満面の笑みでチャーハンと言えばいいんだ」


 なんでチャーハンと思ったが、そういえばこの人も女の人と付き合ったことないんだった。

 なぜ、僕はこの人が答えを知っていると思ったんだろうか。

 少しでも先輩に期待した僕は自分を責めた。



 ドアが勢いよく開く、勢い余って跳ね返ってくる扉を足で止めて、足をほとんどすり足に近い歩調で入ってきたのは、吉岡先生だった。

 今日も疲労感が顔に滲んでいる。


「お前ら喜べ、新入部員を連れてきたぞ」


 吉岡先生は、あまり抑揚のない声でそう言った。


 少なくとも彼はどうでもいいと思っているのだろう。


「同好会から部までの昇格まであと一人だな、まあ頑張れや」


 そういうと、吉岡先生は去っていった。

 吉岡先生の背中に隠れるようにしてそこに立っていたのは、日野だった。

 日高先輩は今まで遊んでいたので、僕は、突然のことに立ち尽くし、振り返るように、日野の方を見ることしかできなかった。

 城崎は小説を読んだままだ。


「昨日は、昨日はありがとうございました」


 まっすぐに僕たちを見ながら、日野はそう言った。


「今日一日、犬村先輩から何か嫌がらせされるようなことはありませんでした。終わり方があんなだったので、サッカー部にはもういられませんけど、私は、皆さんに頼ったこと、正直に自分の気持ちを言ったことを後悔していません」


 日野はそう言って恥ずかしそうに目を細めて笑う。


「私に正直になる勇気をくれた同好会の皆さんともっと仲良くなりたいと思いました、迷惑でなければ私を皆さんの同好会に参加させてくれませんか?」


 そう言い切った彼女は両手を胸の前で強く握っている。

 部員が足りていない同好会に参加したいと言ってくれる人を断る理由なんてどこにも無かった。


「能登君は部員が集まってほしいって前から言ってたから問題ないとして、城崎君はどう思う?」


 日高先輩は城崎の方を見て問いかける。


「私も別に構いませんよ、どうせ、ほとんど何もやっていないような同好会ですし」


 城崎は本に目線を落としたままだった。


「そうか、では、歓迎しよう、ようこそ、文学同好会へ」


 そういうと、日高先輩は大げさに両手を広げて、歓迎の意を表す。

 指先までしっかりと伸び切っている動作は、日高先輩の整った容姿と相まって様になっていた。


「ありがとうございます」


 そう言って、日野は深く頭を下げた。

 僕は文学同好会の同士が一人増えたことに喜びを感じていた。



 吉岡先生に許可を取って、備品倉庫から、日野が座るパイプ椅子を持ってくることになった。

 日野は「自分ことだから」ということで僕と一緒に倉庫に向かうことになった。

 行事以外のことで開けられることの少なく、換気されていない備品倉庫は、中に置いてある椅子や机などの木材とその接着剤が相まって、独特なにおいが充満している。

 その中から、パイプ椅子を1つ持って倉庫を後にする。

 日野が椅子を持ちたそうにしていたが、気づかないふりをして僕は部室まで椅子を運んだ。

 単純に部員が増えてくれたことが嬉しかった。



「改めて自己紹介をしようか、僕は、二年生の能登陽一、好きなことは、読書にゲーム、アニメ鑑賞、に映画鑑賞、ゴリゴリのインドア派だよ」


 部室に戻ると日高先輩の提案で自己紹介をすることになったので、僕は無難な自己紹介をする。


「私は、三年の日高彰浩(あきひろ)だ。趣味は官能小説を読むこと、好きなことも官能小説を読むこと、三度の飯より官能小説を愛している」


 日高先輩もいつも通りだ。


「私は城崎美咲、あなたと同じ一年生よ」


 簡潔すぎる挨拶。思わず苦笑いをしてしまう。


「私は、日野陽菜です。知っての通り、一年生です。好きなことはおしゃれをしたり、買い物をすることです。本は、映画化されたような有名なのを一年に2,3冊読むくらいですね」


 日野は、頬を掻きながら、そう言った。

 おしゃれが好きというのと見た目に気を使っているのは日野の恰好から見て取ることが出来た。


「この文学同好会は、別に、精力的に活動しているわけじゃないから、気負わないでいいよ、文化祭の時期に、少しやることがあるくらいで普段は、学校の課題をやって終わったら、好きなことをして過ごしているだけだから」 


 時間を浪費するだけの部活、時浪部の方があっているのではないかと言いながら思った。


「参加不参加は自由だから、放課後は時間があったら、来てくれたらいいっていう感じかな」


「わかりました、とりあえずよろしくお願いします」


 と言って日野は、笑った。

 僕は日野が笑ったところを初めて見た。

 彼女はクール雰囲気だけれど、笑う時は白く健康的な歯を見せて、目を細めて笑うということを知った。


「早速だけど、ここには日野の分のマグカップが無いから、それを見に行こうと思うんだけど日野はこの後時間ある?」


 文学同好会では、入部した際に自分専用のマグカップを買ってもらうことをしきたりとしていて、僕も一年前の4月に先輩たちに連れられて、家具屋に行き、自分の好きなマグカップを買ってもらった。


「時間大丈夫ですよ、この後は帰るだけなんで」


「じゃあ、一緒に買いに行こうか、日高先輩と城崎も一緒に行きましょう」


「能登君、すまないが今日はこれから予定があるからね、私はもうそろそろ行かないといけない」


「せっかくの日野君が入部してくれたのにすまない」と日高先輩は頭を下げる。


「私も申し訳ないですけど、用事があるので、今日は一緒には行けません」


 日高先輩も城崎も都合が悪いようだった。


「そっか、じゃあ、日を改めてみんなで一緒に行こうか」


「今週の放課後は、あまり時間が取れそうにないので、二人で行ってきたらどうですか?」


 城崎の提案に日高先輩も別段、反論があるわけではなさそうだ。

 何も言わなかった。


「同好会に入った儀式みたいなものだから、みんなでできればいいと思ったんだけど、日野はどうしたい?」


「私は、先輩と二人で構いませんよ」


 この、マグカップを買いに行く行為を特別なものだと思っているのは、自分だけかもしれない。

 他のメンバーの様子を見てうっすら思ってしまった。


「じゃあ、一緒に買いに行こうか」


 その後、予定がある二人が部屋を出ていくまでの時間で、僕が犬村にしたときの音声を城崎が再生し、日野の背筋を凍らせた。

「なんでその時の音声データがあるのか」と聞くと、日高先輩が僕に盗聴器を仕込んでいたらしく、それを録音していたとのことだった。

 スマホから流れてくる声は自分で聞いても、かなり気持ちの悪い迫真の出来だったと思う。

 僕は決して日野のストーカーではないことを弁明することに時間を費やした。



「能登先輩」


 家具屋でさんざん迷った末に、持つところが猫のしっぽみたいになっている、洗いずらそうないや、可愛い、マグを買った帰りだった。


「ん、なに?」


 一緒に歩いていた日野が立ち止まり、僕は、2、3歩、歩いてから停まって振り返る。

 沈んで行った太陽が赤く染める空を背にして立っている日野。


「なんでもありません」


 たっぷりと間を取った後で、そういった日野は歯を見せて笑った。

 その笑顔につられて僕も笑う。

 日野は、大事そうに、買ったマグカップの入った袋を握って、止まっている僕を追い抜いていく。

 僕は、意図的にゆっくり歩いてくれている日野に追いつくために少し早い歩調で歩き始めた。


ここまで読んで頂きありがとうございます。


書き溜めた部分は以上となりますので、更新頻度が低くなります。


完結目指していきたいと思います。

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