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しがない文学同好会の日常  作者: 間島健斗
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 萩北高校には、生徒が入ることが出来る屋上がある。

 落下防止、飛び降り防止のための返しが付いた高いフェンス越しに学校内を見回すことが出来る。

 風はほとんどない。

 部活が終わり、梅雨の時期だというのに一日中辺りを照らし続けた太陽が山の向こう側に隠れ、当たりが少しずつ暗くなってきている。

 オレンジ色の空に見守られてたたずむ二人、それを屋上へ繋がる扉の隙間から覗いている僕、城崎、日高先輩は、城崎と通話状態になっているスマホに耳を傾ける。


「驚いたよ日野ちゃんの方から連絡してくるなんて、どうしたの?って、こんな状況だったらだいたい予想はつくけど」


 勘違いしている彼は、自然体な上から目線とおごりからくる余裕であふれていた。


「犬村先輩、急だったにも関わらず、わざわざ足を運んでくれてありがとうございます。今日は大切な話があってきました」


 日野は言葉だけでなく、声も硬い。


「そんなかしこまらなくて大丈夫だって、リラックス、リラックス」


 自分が思い描いていたように相手を攻略できたという達成感からか、犬村の声は躍るように明るかった。


「そうですか、じゃあ、言わせてもらいますね。私は犬村先輩のことが好きになることはないのでこれ以上ちょっかいをかけるのはやめてくれませんか」


 通話先から聞こえてきた日野の言葉や声色からは照れ隠しで言っているという解釈の余地はなかった。

 日野が彼女なりの悩んで出した答えであることは真剣なその声から感じることが出来た。

 長い沈黙の後に犬村は声を挙げて笑った。


「女は少し優しくしたらすぐつけあがるからな、ちょっと見た目が可愛いから、揶揄ってやっただけだっつーの、お前なんか一発やったらそれで捨てるつもりだったんだよ、それが、さんざんごねた挙句、好きじゃないだと、俺もお前もことなんか好きじゃねーよ」


 これが本性なのか、プライドを傷つけられたことに怒り、頭に血が上っているのか、いずれにしても、偏見と相手を傷つけるために発された言葉は醜かった。


「後でやっぱ付き合っときゃよかったって思ってもおせーからな。お前の学校生活めちゃくちゃにしてやるよ」


 絵にかいたような逆恨み、犬村は正常な判断が出来ているようには見えなかった。

 日高先輩の言った通り、さわやかな展開にはならず、捨て台詞を残して犬村は階段の方に歩いてくる。

 日野はよくやった、後は僕の仕事だ。

 日高先輩と城崎には別の場所に移動してもらい、僕もセットポディションに着く、階段を上りきらずに不自然な位置で止まる。

 上から階段を下りてくる犬村は引き攣ったように顔を歪めて笑っている、僕のことに全く気が付いていない。


「犬村大海くんだよね?」


 すれ違う瞬間に彼に問いかけ、極めて不自然に笑顔を作る、口角が限界まで上がり、細めた目の奥は全く笑っていない。見るものを不安にさせる笑顔だ。

 これを鏡に向かって何度も練習した。

 わざとやっている自分で見てもかなり気持ち悪いので、相手に与える不安感はより大きいものだと願いたい。


「日野さんは可愛いよね、犬村大海くんは彼女の彼氏かい?」


 彼は、少し目を見開いて僕の顔を見たまま固まっている。


「君が彼氏でも彼氏じゃなくてもどっちでもいいんだ。彼女を大切にさえしてくれたら、僕は彼女に近づくことを許されていないから、僕の代わりに彼女のことを大切にしてくれたら僕も安心できる。でももし、君が彼女に危害を加えるようなことをするんだったら」


 ここで、日高先輩に作ってもらった盗聴器で集めた音声を再生し、彼と彼の家族に関する詳細な個人情報が載っている紙を脱力した腕で持ち上げる。

 彼の顔から血の気が引いていく。


「僕は、この音声ファイルと君の個人情報をネットの海にばら撒くことにするよ。仕方ないよね、僕の大切なものを壊そうとするんだから、自分が、自分の家族が壊されても文句は言えないもんね」


 話しても無駄な頭のねじが飛んでいる人間が自分には宿っているのだと自分の言い聞かせて言葉を紡ぐ。


「お、お前そんなことしてただで済むとおもってるのか」


 犬山はすでに僕の術中のようだ。


「思ってるわけないよね、君も僕も見ず知らずの人の視線に怯えながら、過去に問題を起こした人間として一生底辺の生活を送ることになるんだ。でも、僕はそれさえも覚悟しているんだよ。君が彼女を傷つけるのなら、僕は僕の身が滅びようとも君の生活を破壊し続ける。僕は本気だよ」


 やばい笑顔をつづけたままなので、表情筋が悲鳴を上げている。

 僕は一刻も早く、この時間を終わらせたい。


「なんなんだよお前、気持ち悪いんだよ」


「彼女を傷つけないって約束してくれるかな?僕は彼女が傷つきさえしなければそれでいいんだ」


「わ、わかった、わかったから、もう勘弁してくれ。金輪際、あの女には近づかない」


 犬村はうわべだけでそう言っているわけではなさそうだ。

 顔を引きつらせて、僕と少しでも距離を取ろうとして体を反らしている。

 せっかくの整った顔が台無しだ。

「ありがとう」と笑顔で言うと、その場を後にする。あの様子だったら、日野に手を出すということもないだろう。

 もし仮に、これでも日野に手を出されたときは……やばいな何も考えていなかった。

 自分の計画性の無さに落胆して同好会の部室に向かった。



「迫真の演技でしたね、役名は何だったんですか」


 部室に戻ると城崎はあまり表情を作らずにそう言った。


「褒められてるのかな、褒められてない気がする。一応、愛が重すぎるストーカーのつもりだったんだけど」


「自然体な演技でしたね、先輩の本性かと思いました」


「僕を何だと思ってるんだよ。適当に想像でやっただけだって」


「適当にやってその出来は、引きますね。先輩ストーカーの才能があるんじゃないですか、盗聴にもハマってたみたいですし」


 ストーカーの才能ってなんだろう。

 話したこともない女の子の家まで後ろを付けて行って、女の子の騎士を気取ったり、交友関係をくまなく調べ上げて、変な虫が近づかないように女の子に近づく男を潰してく才能があるということだろうか。

 失礼すぎる。


「盗聴にはまってなんかないよ、もしかして、城崎は、僕がここ何日か部室に来なくてさみしかったのかな?」


 城崎のとげのある言葉を愛情表現だと思うことにした。何も言わずに城崎はフッと鼻で笑って僕の返し刀をへし折った。


「ま、まあ、日野の件はこれで落ち着きそうだし、よかったんじゃないかな」


 日野にことの次第を電話で簡単に説明すると「明日また改めて、お礼が言いたい」とのことだったのでこの部屋にいるのは、いつもの三人だけだ。


「ごめんね、城崎には、嫌な役をさせてしまったね」


「何のことですか」


 日野を煽るようなことを言ってくれたのは城崎だった。

 彼女が挑発していなかったら、日野は僕らを頼ろうとはしなかったかもしれない。


「私は言いたいことを言っただけですよ」


 城崎は自分には厳しいが、それを他人に強要するような女の子じゃないことを僕は知っている。

 僕に対する発言は、ある種、信頼されているからであると勝手に思っている。

 彼女は基本的に他人の行動に関して寛容な心を持っているから。



 僕たちはその日、完全下校の時間になるまで、部室で何をするわけでもなく、だらだらと緩く流れていく時間を過ごした。

 日高先輩は何も言わずに、僕の渡した二つ目の官能小説を読んでいた。




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