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しがない文学同好会の日常  作者: 間島健斗
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 次の日の放課後、体育が無いにもかかわらず、持ってきた体操服に着替えて、運動部のクラブ棟の近くまで来ていた。

 日高先輩の秘密兵器を持って。

 僕は不名誉にも、どの運動部にも一人はいそうな冴えない顔付きの生徒なので、掃除道具がしまってあるところから箒を拝借し、クラブ棟の前を掃除していれば、全く怪しまれることはなかった。

 さりげなく、日野がマネージャーをやっているサッカー部の前とラグビー部の前を掃除しながら、怪しまれることが無いよう、サッカー部らしき人がいないタイミングを見計らって、小さなサッカーボール型の消臭玉を模した日高先輩特製の盗聴器をサッカー部の部室に放り込みその場を離れた。

 昨日、日野の身に起こっていることを先輩に相談して、お使いで買ってきたものと交換に今日渡されたのが盗聴器だった。

 超高校生級の頭脳を持ち、その使いかたを著しく間違えている日高先輩は盗聴器を作成し、それを僕に渡し、その盗聴器に連携する自作のアプリを僕のスマホにインストールした。

 このアプリと盗聴器があれば半径100m以内の場所ならば、盗聴器からアプリを経由して、録音、盗聴することが出来るらしい。

 社会的にアウトな代物だ。

 していることがばれると僕の学校生活は男子の部室を盗聴した変態というレッテルが貼られ終わる。

 そうならないことを祈りながら、盗聴圏内である図書館へと向かった。



「順調かな?」


 図書館でも、日高先輩は堂々と官能小説を読んでいる。

 僕が、盗聴器とアプリの対価として日高先輩に渡した一冊だ。

 書店に行って官能小説を買うのは、かなり恥ずかしい思いをした。

 店員さんのはいはいみたいな顔も何も言わずにブックカバーを付けてくれたやさしさも僕を大いに傷つけた。


「今のところは、問題ないですね」


 イヤホンからは、特に誰かが話しているような声は聞こえない、練習が始まり、部室には誰もいないのだろう。


「君に頼まれていたもう一つの仕事に関する、資料がこれだ」


 日高先輩は傍らに置いてあったA3サイズの茶封筒へ目線を落とした。

「ありがとうございます」と言ってその封筒を受け取ろうとすると、日高先輩が僕の手を遮った。


「これをただで渡すわけにはいかない、今回の交換条件はこれだ」


 そこには、女性のあられもない姿がでかでかと印刷されている文庫本の写真が写っていた。『昼下がりの人妻たち』と書かれている。先輩は人妻をご所望らしい。


「なんで、まとめて言ってくれないんですか。毎回、表紙がエロい本を書店で買わないといけない気持ち先輩にわかります?」


「実にいいものだろう、私は率先して、若い女性のレジに並び、その女性の反応を楽しむことにしているのだが、君にもその楽しみをわかってほしくてね」


「ちょっとついていけないです。僕にはわかりませんよそんな気持ち、というかわかりたくない。ただのセクハラじゃないですか」


「君にはわからないんだね、書店員の人のびっくりして顔を赤らめてしまう初々しい反応や恥ずかしさを押し殺した不自然な無表情の良さが」


 その場面を思い出しているのだろうか、目が輝いている。


「楽しみ方が独特すぎますよ。理解できないです。じゃあ、不本意ですけどそのエロ本買ってくるんで、先にその封筒もらえませんか?」


「いいやそれはできない、残念だが、小説を渡すまで、この資料を渡すことはできない」


「まどろっこしいですよ、別にいいじゃないですか、先に渡してくれても」


「だめだ、条件をのめないというのなら、私はこれを燃やす」


「なにも、燃やさなくてもいいでしょ、破って捨てるとかで、わかりました、じゃあ、明日持ってくるんで、そん時にお願いしますよ」


「そうしよう」と言って、日高先輩は、出していた封筒をカバンの中にしまった。

 一つ一つにその対価が必要だったら、まとめて言っておいてほしいものだ。

 このままでは、一冊づつ官能小説を買っていく、変な高校生がいると僕のことが本屋さんのバイトの中で噂になって、僕がその本屋で頭の良さそうな新書を得意げに買ったとしても、内心では、「エロ小説のほうが好きなんでしょ」と事実無根のレッテルを貼られ小馬鹿にされるのだろう。

 僕は、その本屋ではもう、官能小説しか買わないことを決めた。



 日高先輩は、図書館で僕と少し話をするためだけに残っていたらしく、話を終えるとすぐに帰ってしまった。

 携帯を持っていない日高先輩は少しの用事であっても、必ず呼び出して、要件を伝える。

 顔を見て話さないと、話した気にならないそうだ。

 少し、手間がかかるけれど、自分の引き出に官能小説の題名が書かれた紙を書き残されるよりはよっぽどいい。

 本を探したり、課題をしたりしながら、時間を潰し、盗聴器の向こう側が気になるようになったのは、時間がかなり立ってからだった。

 クラブ棟前のアスファルトを叩くコツコツという少し高い音がだんだん大きくなってきて、ガチャっと扉の開く音がした。

 部室内の音が鮮明に聞こえる。

 カバンの中を探るような音、スプレーを噴射するような音、いろいろな音に混ざりながら、会話も聞こえてくる。

 昨日見たテレビの話、嫌いな先生の悪口、コレと言って収穫のなさそうな会話が続いていたので、聞くのを辞めようとしたその時だった。


「犬村、最近どうよ?」


「どうよって何が」


「お前が狙ってる一年マネの日野ちゃんとの仲だよ」


「まあ、もうひと押しってところだな」


「頼むぜ、お前が日野ちゃんを落とす方に金かけてんだからよ」


「そんなことやってんのかよ、相変わらずだなお前ら」


「誰彼構わず見境なし、のお前に言われたくねえよ、前付き合ってたのはどうしたんだよ」


「正直、今の付き合う前が一番楽しいんだよな、駆け引きつうか、女の子の反応を楽しみながらどんどん攻略してる感じがしてさ」


「わかるわー、で自分のモノになったら、興味が薄れるんだよな」


 まるでその場にいるような音の良さだった。

 一体日高先輩はどうやってこんなものを作ったのか、と畏敬の念を抱きながら、僕はイヤホンを外した。

 言い寄っている男子生徒が誠実な気持ちで日野に向き合っているわけではなく遊び感覚でいることは伝わってきた。

 僕は、アプリを落として図書館を後にした。



 書店に向かい、日高先輩に指定された官能小説を手に取ると、レジにいるのは前回買ったときと同じ書店員さんだった。

 少し粘って男の人がレジに入るのを待ち、男の人のレジに並んだのだが、並んでいる順番の関係で別のレジ、つまり、昨日会計をしてもらった書店員さんの方に回されてしまい無駄な努力に終わった。

 やはり彼女は、何も言わずにブックカバーを付けてくれた。





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