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しがない文学同好会の日常  作者: 間島健斗
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 力なく少しずつ動き始めた自転車は、いつも一人で漕いでいるときとは違う。

 軽くてほとんど意のままに操ることが出来るはずのハンドルが揺れてそれをなぞるように自転車が通るラインもゆらゆらと不安定に揺れ頼りない。


「ちょっとゆれすぎじゃない?大丈夫?降りようか?」


 小学生に真剣に心配されてしまうとは情けないが、仕方がないのだ。

 だって自転車の二人乗りなんてしたことなんてないのだから。


「大丈夫、も、もう少しスピードが出てきたら、い、いい感じになると思うから」


 今にも停まりそうなほどもたもたと走っていてここからどうやってスピードを上げていく想像ができない。

 いや、この重たいペダルを回したら、もっとスピードが出るのだろうけれど、そのイメージが湧いてこない。

 少し息が上がりながらなんとか自転車を漕いでいるとフッと足を踏み外したようにペダルが軽くなる。


「下り坂になるまで歩くよ、ボクそんなに重たかったかな」


 自転車の荷台から降りた少年は少し、哀しそうにそう言った。


「いや、少年のせいじゃないよ、実は僕二人乗りをしたことないんだ、だって、今の法律じゃ禁止されているしね」


「二人乗りができる友達がいないだけでしょ」


 あきれたように少年はそう言って僕を追い越して歩いていく。

 黙って少年と並ぶように歩くことにする。

 夏休みが残り一週間と数日になっても、僕の生活スタイルは特に変わることが無かった。

 夏休みのすべての宿題を日割りにしてその決められた量だけをこなしていく、一日、二日やらなかった量をまとめてこなすことはそんなに難しいことではないけれど、それをいつまでも放っておいて、一か月と溜めてしまったら期間内に終わらせるのはかなり難しくなる。

 やり終えることが出来なかった宿題をそのままにして学校初日を迎えられるほど肝は据わってないし、

 夏休みの最後三日間くらいを徹夜して宿題を終わらせることは僕にはできないことだと思っていたので、今日もいつもと同じように午前中から図書館に来ていた。

 図書館で出会った少年がいつものように図書館に来ているのを知っていたけれど、「困ったことがあったら連絡しろ」みたいな格好いいことを言ってしまった手前、少年から何らかのアプローチが無いにもかかわらず自分からしゃしゃり出ていくのもどうかと思い、特に話すこともなく、お互いに一図書館利用者として図書館を利用しているだけだった。

 しかし、今日はそうはならなかった。

 そうならなかった結果、僕は自転車の荷台に小学生を乗せて二人乗りをすることになっている。

 今朝、スマホを確認すると、日野から、城崎と一緒に夢の国に行ってきますという、文面のかなり、浮かれている連絡が入ってきたのを確認して、自分のことを振り返ったときに、海の家でバイトをしたこと以外、図書館とスーパーと自宅を行き来するだけだということに気が付き、哀しい気持ちになった。

 しかも、海の家に行ったのはずいぶんと前のことのように感じる。

 そんな、哀しい気持ち纏ったまま席に着いたものだから、誰がどこに座っているとか、誰の隣とか、まで意識が回らず、座った席がたまたま少年の隣だったというだけの話だ。

 隣に座ったからには何か話かけないとさすがに気まずかったので、何の気なしに話しかけてみたら、帰り少年を家まで送っていくという話になった。

 緩やかな上り坂を上って、後は緩やかに下っていくところで少年はまた自転車の荷台に乗った。

 ハンドル操作が少し鈍くなる。

 しかし、今度は、ペダルを回さなくても自転車は勝手に転がっていく。

 下り坂を少しずつスピードを上げていく自転車。


「少年じゃなくて、ボクの名前はあおいだよ」


 自転車の運転が安定してきたところで彼はそう言った。

 あおいと言う苗字は珍しいと思った。

 まあ、僕の能登っていうのも、珍しいのかもしれないけれど。


「そうか少年は、あおいっていうのか、あおい何って言うんだ?」


「あおいは苗字じゃなくて名前、石上葵が僕の名前、ちなみに少年でもない」


 少し不機嫌そうに声を低くして少年はそう言った。


「……マジ?」


 油を差していない自転車の硬くなっているブレーキを思わず握ってしまった。

 甲高い音を立てて自転車が停まる。

 図書館のマセガキだと思っていた小学生は実は女の子だった。

 髪の毛が短かったから男子だと思っていた。

 判断材料はそこぐらいしかなかった。

 顔は綺麗な顔をしているけれど、女性特有の色気があるわけでもないから、気づくことが出来なかった。

 いや、小学生に色気があったら、問題があるか。

 僕は何も無かったかのように自転車をもう一度漕ぎ始めた。


「マジ、いつ気が付くかと思ってたけど、全く気が付かないんだもん、わざと気が付かないふりしてた?」


「なんでわざとそんなことするんだよ、全然気が付かなかった。悪かったって」


「悪かったって思ってないでしょ、気持ちが籠ってないからやり直し」


 少年改め、石上女史から厳しい言葉を頂戴する。

 まだ彼女はご立腹のようだ。

 僕の申し訳ないという気持ちをすべて声量に変えて謝罪をしよう。

 大きな声を出すときはまず体の中の空気を吐き出して一気に吸うことが大切だって音楽の先生も言っていた。

 全く、教えてもらったことはどこで役に立つかわからないものだ。


「大変申し訳ございませんでした!」


 自転車を漕ぎながら、天に向かって大きな声でそう叫んだもんだから、通りすがりのおばちゃんが何事かとこっちを見る。

 ついでに散歩に連れて行ってもらっているのであろう犬首をひねっている。


「ち、ちょっと、急に大きな声を出さないでよ!」


 僕に負けないくらい大きな声で彼女はそう言ったのに気が付いているのだろうか。

 いやかなり焦っているように聞こえたので気が付いていないのだろう。

 僕が笑っていると、彼女からがら空きの背中にヘッドバットを食らった。

 かなりの衝撃で自転車はぐらついたけれど何とか立て直す。

 二人乗りも慣れれば案外どうっていうことは無く、苦戦したのは最初の漕ぎだしぐらいでそれ以外は問題なく乗ることが出来た。

 葵女史の自宅まではもう少しだ。

 彼女は最近新しくできたタワーマンションに住んでいるらしく、僕は場所を聞かなくてもそこに向かうことが出来る。

 というか、突出して高くそびえているビルに向かって走っていけばいいだけだから、別に誰でも向かうことが出来るだろう。

 彼女の勢いの良い頭突きによって背骨が痛むがそんなことよりも彼女が放つ無言の圧力の方が強烈だった。

 早くそのプレッシャーから解放されたくて、自転車を飛ばした。




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