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しがない文学同好会の日常  作者: 間島健斗
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 今日は昨日の失敗を踏まえて、今朝の番組で終日晴れということを確認する。

 低血圧の叔母さんを何とか仕事に向かわせて、朝やらなければいけない用事を済ませると図書館の開館時間よりも少し早めに着くように自転車に乗って図書館を目指した。

 夏本番で暑いとはいえど、午前中の早い時間帯であれば、上がりきっていない気温と自転車で風を感じることが出来て快適だ。

 自転車の前かごに乗せたカバンが歩道と歩道の間の段差やアスファルトを押し上げるように根を張っている街路樹の上を通るたびに軽く宙に浮くくらい自転車を飛ばしながら、図書館へと向かった。

 玄関の柱にもたれかかるように昨日傘を貸した少年は立っていた。

 帽子を深くかぶっていたから、少年が手に持っている折り畳み傘を見なければ気づかなかったかもしれない。


「なんだ、お兄さんか、いたんだったら声かけてよ、無言で人の前に立つ変な人かと思ったよ」


「それは悪かったな、少年こそ、ずいぶん早くないか?まだ、図書館開くまで時間があるぞ」


「少年か……、まあそういうことでいいや、開園時間より前にいたら、お兄さんと入れ違いになることないでしょ?」


「僕が午後に来てたらどうするつもりだったんだ……、まあ、今日はたまたま忙しくなかったからよかったものの」


「見栄張らなくていいよ、夏休みに一人寂しく図書館に来ているくらいだから、大体察しはつくよ、お兄さん、友達いないでしょ?」


 勘のいいガキは嫌いだよ、という言葉が頭の中に浮かんで消えていった。

 見透かしたように僕を見るその顔は寂しそうに見える。


「つくづく失礼な子供だな、僕には、同じ同好会の友達がいるんだ。しかも二人も……三人かな?」


 日高先輩は友達なのだろうか?僕にとって日高彰浩という男は、友達というより、先輩という言葉がしっくりくるような気がする。


「高校生って夏休みなんて友達と遊んでいるんだと思っていたから、一人で図書館に来ていたお兄さんは友達がいないんだと思ったよ」


「いいかな、少年、毎日遊びまわることだけが、男子高校生じゃないんだよ、男子高校生だって勉強もするし、一人で図書館に来ることもある」


「そうなんだね」


 少年は興味なさそうなそっけない反応をする。


「そうなんだ、じゃあそろそろ、傘、返してもらっていいか?」


 おしゃべりはこのくらいにしておかないと、僕はまだまだ先の長い夏休みの宿題を残り半月で終わらせることが出来なくなる。

 僕は、夏休みの宿題を日割りで毎日少しずつやるタイプの人間だから、一日でも怠るとそれが最終的には大きな負担になってくる。

 それが分かっているがゆえに、毎日のノルマはできうる限り、クリアにしていきたい。

 バイトをしていた期間はほとんどできなかったという誤算が少しずつ僕の首を絞めて言っている。

 ゆっくり、自分では首を絞められていることに気が付かないほど、緩慢なスピードで。


「宿題やるんでしょ?ボクが見ててあげるよ」


 僕に向けて差し出した傘を引っ込めて、少年は感情の読めない顔でそう言った。


「良いけど、見てて面白いものでもないよ」


「良いから」と言って、少年は僕の後をついて歩いて、僕が座った席の向かい側に座った。

 鞄から取り出した小説だろうか、何かしらの本を広げてそれを読み始めた。

 僕のことを見ているのではなかったのか、と思ったことは言葉にはせず、僕もやると決めた範囲を終わらせるために宿題に取り掛かった。

 問題に集中するまでは、館内に響く小さな子供たちの話す声やかすかな空調の音、席の周りを歩く人のことが頭の中に雑音として考えることを妨げようとしてくる。

 頭の中の雑音が少しずつ小さくなっていって、視界が少し狭くなっていき、やがて周りのことが気にならなくなっていく感覚が心地いい。

 今日は日高カットインが入ることもなく、無事に今日やらなければいけない範囲を終えた。

 なお、どれくらいの正答率があるかということは神さえも知らない。


「お兄さんはさ、なんでそんなに必死に勉強しているの?」


 少年は顔を本を読んだまま、そう言う。

 どことなくとげのある言い方のように聞こえる、「なんでそんなに必死でやらなくていいことをわざわざ必死でやっているの?」とそんなニュアンスを含んだ言い方だ。


「それは、あれだよ、萩高生の呪い?じゃなかった、気概」


「何それ、全然面白くないんだけど、ってか気概ってなに?」


「強い意志とかそんな感じだよ、でも、僕の場合はそんなかっこいいものじゃなくて、周りから必死だなコイツと思われても、必死でやらないと夏休みの宿題が終わらないからやってるだけかな」


「そっか、もう、今日やらないといけないことは終わったんでしょ?じゃあ、外に行こうよ」


 本を読むことに飽きたのだろうか、図書館に隣接するように造られている公園へと向かって歩いていく少年についていった。


「学校ってなんで行かないといけないんだろ?」


 木陰に入っているベンチに腰掛けて少年はそう呟く。

 手にはここに来るまでの自販機で買ってあげた缶ジュースが握られている。


「少年は学校が楽しくないのか?」


「楽しくない何も面白いことも起きないし、同級生とは話合わないし」


 目の前にいる少年は間違っても他の男の子たちと一緒に泥んこになるまで外で遊ぶことも、周りに合わせることが出来るほど大人でもないようだ。


「別に楽しいだけが学校じゃないからなぁ、少年は息苦しさを感じているのかもしれないけど、それは悪いことじゃないと思うよ、周りと自分の中のズレを感じながら、その中でもがくことで見えてくることもあるかもしれない」


「つまり……何が言いたいの?」


「つまりは、なぜ学校に行くのか?ということを考えることも大切かもしれないけれど、それだけじゃなくて、何か思いついたことがあるんだったら、行動に移すこと、少年が楽しくないって感じている原因には、何もしてないことが関係しているんじゃないかって思ったんだ。失敗を怖がるんじゃなくて、やってみることが大切なんじゃないかな?僕の言っていること分かる?」


「わかんないよ」


 少年は少し不機嫌そうにそう言った。

 少年は自分のことを話そうとはしなかったから、僕のことを話した。

 幼馴染がいること、部活の友人というのは異性だということ、僕が異性間の友情が存在すること力説するとそんなわけがないと反対意見を少年は力説した。

 叔母さんと二人暮らしをしていること、その叔母さんにプレゼントを渡すことを考えていること少年は、叔母さんにプレゼントを渡すことを素敵なことだと言った。

 ベンチの置いた缶ジュースがぬるくなってしまうくらい少年とはいろいろな話をした。

 僕のことを話すと少年は自分のことも少し話してくれた。

 学校に行けていないこと、教師にやられたことがきっかけで大人を信頼できなくなってしまったこと、少年は僕のことは信頼してやってもいいということを言った。

 大人と子供の境目を行ったり来たりしている高校生だということが彼の信頼を得るに足りえたのだろうか。

 僕らはお互いの連絡先を交換して、「嫌なことがあったら僕にいつでも連絡するといい」というとてもかっこいいことを言って、別れることになった。




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