表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
しがない文学同好会の日常  作者: 間島健斗
3/35

 


 朝学校で、日野についての相談をして、しばらくの間、昼ご飯を城崎と食べることになったことを伝え日高先輩も一緒にどうかということを聞いてみると、「私は遠慮しておこう、気にせずに二人で食べてくれ」とのことだった。

 学校で昼ご飯を誰かと一緒に食べるのは、中学生の時の決められた班のみんなで一緒に食べたとき以来で、あの机をしっかりくっつけない女子達との距離感、何かを発することもなくただただ黙々とご飯を食べる時間が僕は苦手だった。

 クラスメイトとの微妙な距離感を象徴する昼ご飯の時間を城崎と二人きりで昼ご飯という素晴らしい思い出に塗り替えることが出来ると思うと、待ち遠しくて午前中の授業が終わるのが遅く感じた。

 昼休み前、最後の世界史の授業を僕はお弁当を持って足早に教室を後にした。

 クラス内空気である僕がいなくなっても、気にする人は誰もいない。

 この時間帯に部室に行くことはなかったので、新鮮な気分だった。

 階段の上り下りを気にも止めず、部室の扉を開けた。

 そこには、すでに、涼しい顔で本を読んでいた城崎がいた。

 机には、お弁当が入っていると思われる可愛らしいちりめん柄の巾着袋が置いてある。


「ごめん、ごめん、少し待たせたみたいだね」


「別に待ってませんよ、私もさっき来たところなので」


 城崎は、本をわきに置くと、小さなお弁当箱を出した。

 僕の持ってきている弁当箱の二分の一ぐらいの大きさだ。


「弁当小さくない?足りないでしょ?」


「別に問題ありませんよ、今日は体育みたいに体を動かすことも無かったですし、先輩のお弁当は大きいですね、そんなんだから、午後の授業が眠たくなるんじゃないですか?」


「いや、僕の弁当は適切な量だと自負しているよ、なんで、僕が午後の授業中、睡魔と戦っていてまともに授業を受けられてないこと知ってるの?」


「いや、前にそんな感じのこと言ってたじゃないですか、忘れたんですか」


「そうだったっけ、まあ、食後に眠たくなるのは、生理現象だし、しょうがないよね」


「そう思える先輩は暢気でいいですね、萩高生の誇り無いんですか」


 無いですよね、と城崎の目はそう言っている。

 僕らの通う萩北高校は、部活動が盛んなだけではなく、全校生徒が一丸となって真摯に勉学に取り組み、萩高生の誇りと気概をスローガンとして、一年生の内から、二年後に来たる大学受験に向けての、受験マインドを作っていくことを心掛けている学校だ。

 故に「萩高生の誇りを持って勉学に励むこと」と日ごろから、先生たちが口癖のように言っている。


「僕は、プライドとは無縁の人間だからね、年下の女の子に平気で土下座できるし、だから、城崎の思っている通り、僕にはそんな誇りはないよ」


 僕はこの高校に進学したのは、家から近かったこと、学費が安かったことそれだけが理由だった。


「そうですよね、先輩が仮に誇りがあると言っても、行動に表れている様子は全く見受けられませんし」


 笑顔で言うことではないと思う。

 僕はむしろ、学校で言われているからという理由で高い目的を持ったり、難関大学へ行かなければいけないみたいな雰囲気の中で自分の道を行くことに誇りを持っていた。


「まあ、僕は気にしないんだけどね、ほんと一ミリも」


「まあ、気にしてない人はそんなこと言いませんよね」


「まあ、そうだよね、気にしてない人は、ムキにはならないもんね」


 勘違いしてほしくないのは、僕は全く勉強していないわけじゃなくて、最低限度の勉強をしているだけなのだ。

 省エネと言っておけば何とかなると思っている僕は、案の定、受験期に地獄を見て「自業自得ですね先輩」と城崎に冷笑されるところまで想像できた。僕は耳の痛い話を早く切り上げたかった。


「城崎は明日の放課後何か予定ある?」


「いえ、特にないので、いつも通りここに来るつもりですよ」


「そうか、じゃあ、僕は明日からちょっと用事があって、放課後ここには来られないと思うから、それだけ言っておこうと思って」


「わかりました。用事って吉岡先生からの頼み事のことですか?」


「まあ、そんな感じ、ちょっとどんな様子か、覗いて来ようと思って」


「そんなことする必要はないんじゃないですか、まだ、彼女が頼ってくると決まったわけじゃないですし」


「そうかもしれないけど、そうなってから、状況を把握しているようでは遅いような気がするんだ。それに僕、人間観察好きだし」


「人間観察が好きなんですね、知りませんでした」


 知りませんでしたが、興味ありませんでしたに聞こえるくらい、城崎はどうでも良さそうだ。

 まあ、僕も人に「人間観察が好きなんですよ」と言われてもそこから「へぇ、それで?」くらいの感想しか出てこないので、城崎の反応は正しいのだろう。


「まあ、とにかく、そういうことだから」


「先輩は他人のことに面白半分で首を突っ込むような人だとは思ってませんでした」


 僕を咎める口調、刺すような目線、変な汗が背中を伝っていく。


「僕は、面白半分でやっているつもりは全然なくて、彼女のために自分ができることをやりたいんだ、不快にさせてごめんね」


「あの子を助けて先輩に何の得があるっていうんですか、先輩のそういうところ嫌いですよ。偽善者っぽくて」


「偽善者か……僕はうわべだけだとしてもその行いで誰かが楽になれるんだったら、それでいいと思うんだよ。きれいごとかもしれないけど」


 僕は日野のことを手伝ってあげたいと思った。

 それ以上でも、それ以下でもなかった。


「そうですか、まあ、好きにしてください」


 納得はしていないだろうけど、それ以上言っても無駄だと思ったのか、城崎は何も言わなくなった。


「そうするよ、というか、トマト残してるけど、もしかして嫌いなの?僕が食べてあげよっか」


 気まずい沈黙を何とかしたくて城崎に問いかける。

 城崎の小さなお弁当は綺麗に食べられているけれど、トマトだけが隅の方に残っている。


「いえ、私、嫌いな食べ物ないので、トマトが最後に残ったのはたまたまですよ」


「そっか、ちなみに僕は、甘い梅干しが苦手だよ、やっぱり、梅干しは塩辛くないと」


「何の話ですか」


 僕が渾身のウインクを決めてそういうと、城崎の冷たい言葉が返ってきた。


 そう言って城崎は、残っていたトマトを食べた。

 僕の半分くらいのお弁当を僕の二倍くらいの時間をかけて城崎は食べたから結局食べ終わったのはほぼ同時だった。

 城崎がごはんを食べ終えたタイミングで僕は、隠していた袋を取り出す。


「はいこれ、昨日もらったクッキーのお返し、何がいいかわからなかったから、マシュマロにしといた」


 お菓子をもらったから、お返しにお菓子を渡すというのは安直かもしれないけど、何も思いつかなかったので、昨日、夕食の買い出しに行ったついでにスーパーに売っていたマシュマロを買っておいた。

 女の子は甘いものが好きだろうとこれまた安直な理由でマシュマロにした。


「わざわざ、こんなことしてもらわなくても大丈夫ですよ、私言いましたよね、ただの残飯処理だって」


「良いの良いの、僕がしたくてしてるだけのことだから、甘いのは好きじゃなかった?」


「嫌いな食べ物はないので、むしろ……」


「むしろ?」


「いえ、何でもありません」


 そういうと城崎は、僕からマシュマロを受けとった。


「一人で、昼食べてるとさ、まだ、昼休み終わんないなってすげー長く感じるけど、やっぱ誰かと一緒だと早く感じるよね」


「そうかもしれませんね、誰とも話さずにただご飯を食べるだけの時間としての昼休みは少し長すぎます」


 楽しそうなクラスメイトの声を小耳にはさみながら、弁当と黒板を交互に眺めるだけの時間、弁当を食べ終えると本を読むふりをして時間をやり過ごす、正直あの喧噪の中で、小説に集中できる人はいないと思う。

 少なくとも僕はできない。

 きっと、あの時間は、昼休みが終わり、授業が始まるぎりぎりまで、楽しそうに話をしている人達のためにあるものだと思う。

 ぜひ僕の時間を彼ら、彼女らに渡してあげたいと本気で思っているのだが、それはできないので僕は、残った時間の大多数を世界が平和になる方法を考えて過ごすことにしている。

 しかし、今日はそんなことを考える時間はなく、昼休みは終わりを告げた。

 世界平和にいて考えるのは、城崎がまた、友達とごはんが食べられるようになってからでもいいと思った。



 いつものことながら、午後の授業は眠たかった。

 いくら窓を開けて空気の入れ替えをしたところで、眠気で満たされている頭の中までは入れ替えることはできなかった。

 必死に抵抗し、午後の授業を乗り切った。

 気を抜くと一瞬で飛びそうになる意識を気合で何とかした。

 城崎にバカにされたことで意地になっている自分がいたのだろう。

 放課後は、明日からの日野の一件で日高先輩の助けを借りる代わりのお使いに奔走することになった。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ