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白い砂浜に寄せては返す波が、心地いい音を立てている。
海の家から拝借してきたパラソルを慣れた手つきで立て、その陰の中に入りながら、海を見つめる。
海に来たというのに、ゆっくりと海を見ることはできていなかった。
荻野さんに後になって聞いたことだったけれど、僕が蹴られるまで手を出さなかったのは、「お前が蹴られた後だったら、俺がやり返しても他の客は文句を言ってくることもないだろ?」とのことだった。
僕は見せしめのために利用され、脇腹に重たい一発を食らったわけだけれど、結果的にそれ以降何の問題もなかったので良しとしよう。
別に働けないほどの痛みがあったわけでもなかったが、後から話を聞いた美晴さんが血相を変えて飛んできて、今日はもう休んでいるようにということを告げられた。
と言っても、僕以外の三人はみんな働いていて、特にこれと言って、何もすることが無かったので、パラソルを借りてきて日陰に座っている以外にできることが無かった。
「さっきは本当にごめんね、能登くん。まだ結構痛むでしょ?」
ぼーっと水平線と空とが溶け合う境界を探しているときにいつの間にか隣に座った美晴さんがそう言った。
「いえ、もう大丈夫ですよ」
「何度か、この海水浴場に来ている人たちは、私たちの海の家で無茶なことするとどうなるかわかってると思うんだけど、たまにいるのよね、ここのルールが分かってない連中が、でも、最近は問題なんて起こってなかったから、油断してたわ、っていうのは言い訳に過ぎないわよね、本当にごめんなさい」
「いい経験になりました、ああいう人達が本当にいるんですね、僕はドラマか小説にしかいないと思ってました」
「そう言ってくれると助かるわ、ところであなた、最初は抵抗しなかったのに、城崎さんと日野さんに危害が加えられそうになったとたんに勇敢にも立ち上がったそうじゃない、彼女達のどっちが好きなの?」
美晴さんは顔を近づけてそう聞いてくる。
瞳は好奇心でキラキラと輝いているように見える。
「城崎も日野も大切な友人ですよ、そういう意味では、どっちも好きです」
「二人ともガールフレンドってことだね」
「確かに、女の子の友達ですけど、その言い方は誤解を招くので、やめてください、僕が二股かけてるみたいじゃないですか」
「お姉さんは感心しないな、二人とも好きだなんて言っちゃうのも、さっきからばれないように私の胸をちらちら見ているのも」
美晴さんは体育座りをしていて大きな胸は抱えられた膝に潰されて窮屈そうにしている。
目線が無意識に美晴さんの胸の方に行ってしまうのは男の性だと思う。
「それとも、女の子だったら誰でもいいのかな?私の胸揉んでみる?」
いたずらっぽい目をした美晴さんはにやりと口角を上げて、白い歯が見える。
「からかわないでください、僕は、そんな挑発には乗りませんよ」
「そっかー、能登くんには悪いことをしたから、頼まれたら少しぐらい触らせてあげたんだけどなぁ」
美晴さんは悪い笑顔で僕の方を見ている。
別に、しまったとか、もう一度頼み込んだら触らせてくれるだろうかと思ったりしていない。
美晴さんは「まあ冗談だけどね」と言って笑った。
「海の家のバイト楽しいです。ずっと立ちっぱなしで火の近くで暑くて大変なこともありますけど、誰かに喜んでもらえたり、楽しそうな顔を見るのが自分の思っていた以上に好きみたいです」
「わかりやすく、話を変えたね、でもまあ、楽しいって思えるのはいいことだ、楽しくないよりは楽しいほうがいい、同じ出来事でも、捉え方の違いでその人に与える影響は大きいからね、あんなことがあっても、いい経験だったということが出来る能登くんは、偉いね、たとえ、それが建て前だったとしても」
「そう思わないとやってられないですからね」
そう言うと、美晴さんは優しい目をして海風と汗でバシバシになっている髪を乱暴に撫でてくれた。
「わかったこと言ってんじゃいの」と言って笑っている。




