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しがない文学同好会の日常  作者: 間島健斗
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 一昨日作ったカレーは四人分にしては量が多く、城崎も日高先輩も小食だったということもあって、今朝になってもまだ少し残っていた。

 料理はみんなで分担して作った。

 正直なところ、料理ができる人だけでやった方がスムーズに行くのだが、こういう時に大切なのは効率を優先させることよりも全員で作ることだと思う。

 たどたどしい手つきで野菜を切っている日野を心配そうに見つめる城崎を微笑ましく思いながら手分けしてカレーを作った。

 昨日は怖いくらい体の調子が良く、それをいいことに張り切って働いていたのだが、問題は今日だった。

 筋肉痛が遅れてやってきた僕の体は全く言うことを聞かなかった。

 連日大盛況となっていて座敷は食べ物や日陰を求めているお客さんでいっぱいになっている。


「だらしねぇな、筋肉痛は筋肉使ってるうちに何とかなんだから、ちゃんと働け」


 同時進行で料理の様子を見ながら、荻野さんから激が飛ぶ。


「使ってるうちに、って今もやっとの思いで握っている包丁の震えが止まらないんですけど」


 頭ではわかっているだが、体が付いてこない。

 アドレナリンが仕事をしていないせいで、常に体の内側あちこちから鈍痛がしている。

 腕何かは特にずぶ濡れの布を巻いているように重く、感覚も鈍い。

 

「ごちゃごちゃ言ってねぇで、さっさとやれよ、今日も忙しいんだから」


 焼き場とパラソル設置という仕事をこなすのにやっとだったけれど、三日目になって肉体的疲労と引き換えに他の人の仕事がどのようなものなのかということが分かってきた。

 城崎と日野は給仕の仕事をやっているようだ。

 日野の生き生きとした笑顔が印象的だ。

 城崎はクールな接客だけれど、それが逆にいいらしく、通い詰めているお客さんもいるようだ。

 あの顔の赤いおっちゃんは昨日も居た。

 一昨日は居たのだろうか、余裕が無くてそこまでは見ることが出来ていなかった。

 日高先輩と美晴さんは状況を見て、買い出しを指示したり、全体を仕切っているといったところだった。

 やっていることがアルバイトの仕事ではないことはわかった。

 あれは責任者が行う仕事だ。


「おい、陽一、ぼさっとすんな、手止まってんぞ」


 鉄板や炭火から感じる直接的な暑さと温かく湿った海風が吹き込んでくることによって焼き場は地獄と化している。

 口が悪い荻野さんは、バケツに氷水を入れてそこに必ず二本飲み物を入れておいてくれる。

 僕の分の飲み物が空になる前に新しいのを持ってきてくれたり、ビールケースを裏返したやつを「お前にお似合いの椅子を作ってやったから、座っていいぞ、火加減見るくらいなら座りながらでもできんだろ」とぶっきらぼうに言って僕専用の椅子を用意してくれたりと気を使ってくれている。

 愛想は無いし、顔は怖いし、口調も荒いけど、思いやりがある人のように感じた。

 というか、あれだ、ツンデレってやつだ。

 ストックされていた焼きそばがすごいスピードで無くなっていく、他の食材に関しても同様だった。

 店の中も外も人であふれていた時間帯が過ぎ、注文もまばらになった頃に座敷の方で机を叩くような大きな音が聞こえてきた。

 適当に脱ぎ散らかされたサンダルが点々としていて、その近くに数人の男が座敷にだらしなく座っている。

 その中の一人が料理を出すときに使う食品パックを持って焼き場に近づいてくる。


「ちょっとお兄さん、お兄さん、これ見てよ」


 そう言って、パックの中に少しだけ残っている焼きそばと油にまみれた髪の毛が入っていた。

 不自然なのは、入っていた髪の毛がこげ茶色だったこと、その髪の毛の質や色に一番近いのはパックを持っている男の人だということだ。


「ほとんど食べちゃったんだけど、どうしてくれるの?」


 僕が理解できずに突っ立っていると、柴田さんが僕を覆うように前に立った。


「申し訳ありません、支払っていただいたお金は返金させていただきます」


 そう言って、柴田さんは頭を下げた。

 それを見て男の人は表情を歪めて笑った。


「当然だよな、それと他のビール代とか食べ物もチャラね、それとお前、土下座しろよ」


 かなり横暴なもの言いだった。

 言いがかりをつけてくるタイプのお客さんだった。

 目の前で起こっていることに対しての不快感や嫌悪感よりもテレビとか小説でよく見る光景が実際に起こったことに対する驚きが大きかった。

 それと能登陽一、土下座の指名が入りました。

 いつだったか、城崎にも同じことをしたっけ、懐かしい思い出だ。

 僕は、無駄に洗練された美しいフォームで両ひざを折り、三つ指を付き頭を下げてから「申し訳ありませんでした」と言った。

 日高先輩が見たがっていたもう一つの構成で演目を終えた。

 しばしの沈黙の後、頭の上からと少し離れた座敷の方から笑い声が上がった。

 僕は、この周りを威圧するような、嘲るような大きな笑い声が好きではない。

 後頭部に足の裏が押し付けられるように乗せられる。


「それと、君たち二人は俺らとちょっと来てもらうから」


 僕は砂の混じった地面しか見えていないけれど、男がどこを向いて話しているかというのは感じることが出来た。

 きっと声の先には日野と城崎がいる。

 面倒くさい事には為りたくなかったから土下座までしたのに、こうなっては仕方ない、店員と客とか、相手がちょっと怖そうな人とか、人前とか関係ない、僕の大切なものを守るために行動する。

 乗せられている足を無理やりどけてこげ茶頭と対面する。

 そのニヤニヤした余裕がある顔が慢心であることを僕の拳が教えてやろう。

 だらりと下がった腕から繰り出されるノーモーションの右フックがこげ茶頭の歪んだ顔面を捉え……

 気が付くと僕は地面に転がっていた。

 脇腹をハンマーで殴られたかのように痛む、呼吸がしずらい。


「俺、格闘技やってるからそんなゴミみたいなパンチ当たらねぇよ」


 横たわる僕を覗き込むように、こげ茶頭はしゃがみ込んでいる。

 それは先に言っておいてもらわないと困る。

 まあ、言っておいてもらったとしても、僕が返り討ちにあう未来しかなかったのだろうけど。

 体に力を入れ立ち上がろうと目を瞑って次に目を開けた時にはこげ茶頭は吹っ飛んでいた。

 成人男性が宙に舞っているのは非現実的なもので僕の妄想ではないかと疑ったけれど、脇腹は少しも変わらず痛いし、呼吸も浅い。

 

「格闘技がなんだって?お店の中で騒ぎ起こされると困りますよお客さん、お話しなら外で聞きますので、ぜひ拳で語りあいましょう」


 荻野さんは蹴っ飛ばされて失神しているこげ茶頭とその仲間たちに向かって言った。

 男たちは、顔色を変えて失神したこげ茶頭を抱えるようにして海の家を後にした。


「大丈夫か」

 荻野さんは今までで一番優しい声でそう言った。

 やっぱり、ツンデレだった。

 女の子だったら、惚れてた自信がある。




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