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しがない文学同好会の日常  作者: 間島健斗
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 じゃんけんを行い負けた二人が夜ご飯の買い出しに行くということになって見事に貧乏くじを引くことになったのは僕と日野だった。

 夕飯は買い出しに向かった二人で決めてくれていいという実質、丸投げの命を受けて日高邸と呼ぶに相応しかった別荘は海の家から車で10分ほどのところにあり、そこから一番近いスーパーに向けて歩いていくことになった。

 昼間の重労働がたたって体の至るところが悲鳴を上げている。

 日野も似たようなもののはずなのに、僕よりもかなり元気があるようなのが、彼女の軽い足取りから感じることができた。


「先輩は怖そうな男の人と料理作ってましたよね、どうですか、アルバイト初日を終えての感想は?」


「料理は何とかやってけるような気がするけど、パラソルの設置がね、あれがもうヤバい」


 パラソルの設置の仕方は、一度説明してもらえれば、物覚えの悪い僕でも理解することが出来るほど簡単なものだった。

 一つ一つの作業はそれほど重労働というわけでもない。

 問題はパラソル設置の量だ。

 ビーチの端から端まで歩いてパラソルを立てて海の家に戻ったと思ったら別のお客さんのパラソルの設置が待っている。

 焼き場の方が忙しそうであれば、ヘルプに入って、暇になったらパラソル設置、という無限ループで肉体的にかなりの疲労があった。


「かなりお疲れですね、柴田さんも先輩のことよくやってるって褒めてましたよ」


 柴田さんと言うのは日野と城崎の教育係をやっているお姉さんだ。

 背が高く、一重の冷たい視線が印象的な美人だった。

 美人とか女の人とか年上の女の人とか関係なく、人に褒められるのは嬉しい。


「鼻の下伸びてますよ、なに真に受けてるんですか、社交辞令ですよ、こう私経由で先輩に褒めてたことを伝えさせて、さらに馬車馬のように働かせる的なアレですよ」


「恐ろしいこと言わないでよ、そんな含みはなくてただ純粋に褒めてくれてるだけだって」


「私もそう思います。でも、緩んだ顔の先輩を見てるとなんだか腹が立ってつい心にも無いことを言ってしまいました」


 悪びれる様子もなく言い切った。

 一緒に出掛けた時の最後駅のホームで握られた手の感覚が(よみがえ)って、ふと、叔母さんに言われたことが脳裏によぎる。

 日野陽菜は能登陽一のことを異性として好いている。

 自惚れもいいところだ。

 軽率な考えや行動は人を傷つけることになる。

 城崎の件で調子に乗って暴走した挙句、手痛いしっぺ返しを食らったではないか。

 城崎と僕の間には見えない壁のようなものがある。

 近いと思っていた彼女との距離は僕が思っているよりももっと遠かった。

 何かしてあげたいと思う僕と何もされたくない彼女、自分勝手に彼女に踏み込んだ反省をして、次に生かさなければ、僕の少ない友人と思える人がどんどん減っていってしまう。

 せっかく仲良くなった日野との関係を僕は壊したくはなかった。


「聞いてますか、私の話?」


 日野は僕の顔を覗き込むように見ている。


「ええっと……海がなんで青く見えるか、って話だっけ?実はあれ、無色透明な水が空の青を反射して青く見えるらしいよ」


「へぇー、なんか素敵ですね……じゃなくて、私の働きっぷりについてですよ」


 汗をかきすぎたということで先にシャワーを浴びてから買い出しに来たこともあってすぐ近くにある日野の頭から、清潔感のあるいい香りがする。


「ごめん、ちょっとぼーっとしてたよ」


 日野との距離感の近さに心拍数が少し上がる。

「もういいです」と言って日野はそっぽを向いてしまった。

 本気で怒っているわけではなく、少し不貞腐れているといったところだろうか。


「ごめんね、これまでは一人でいることが多かったから、同好会のみんなと一緒に何かできる感慨にふけっていたんだよ」


 優しい目で僕のことを見てくる日野。

 憐れみで瞳が潤んでいる。


「そうですか……誰かと一緒に過ごすのは疲れるかもしれないですけど、いいものですよね、私も好きですよ、同好会のみんなと一緒に居るの……もちろん先輩と一緒に居るのも」


 何気なく日野はそう言った。

 なんと返答していいかわからなくて息がつまる。


「告白じゃないですからね?勘違いしないでください、あくまで部活の先輩として好きというだけですからね」


 そう言って、日野は楽しそうに笑った。

 顔が赤かったのは日焼けをして肌が火照っているからだろうか。

 それとも、夕日が赤い影響だろうか。


「僕は嬉しいよ、先輩として尊敬してくれる後輩がいてくれるなんて」


「尊敬とはちょっと違いますけど……、まあそういうことでいいです。ところで今日の夕飯は何にしますか、先輩何か食べたいものとかありますか?」


「おなかが空いているなんでも食べれると思うけど、カレーとかはどうかな?夏野菜いっぱい入れたやつとかどうだろ?」


 日野は「良いですね」と言ってすぐさま、城崎と日高先輩に連絡を取り、今日の夕飯はカレーと言うことになった。

 四人分の食材と飲み物が詰まった買い物袋は、指に跡ができるほど重たかった。

 見かねた日野は袋の中から飲み物を取り出し抱えるようにして持ってくれる。

 日高先輩の別荘に着くころには、空は鮮やかなオレンジ色と星が輝いている藍色の空が混ざり合っていた。


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