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しがない文学同好会の日常  作者: 間島健斗
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 三日分くらいの着替えとお泊りセットをカバンに詰めて、日高先輩に言われた通りに指定された駅前で待っていると日野と城崎も現れた。

 二人とも、大きな荷物を持っている。

 三人がそろうと目の前にワンボックスカーが停まって、中から女の人が降りてきた。

 大学生だろうか、僕らよりも少し大人びていている。


「君たちが彰浩の後輩だよね?君が能登くんで長い髪のあなたが城崎さん、元気そうなあなたが日野さんね、初めまして私は彰浩の従姉に当たる日高美晴です、今日から一週間よろしくね」


 それぞれの顔見ながらそう言って美晴さんは笑った。

 車のトランクを開けて、荷物をそこに入れるように促される。

 手早く荷物を載せるとワンボックスカーに乗り込みそれを確認すると美晴さんはすぐに車を出発させた。


「いやー助かるよ、人手が足りなくてね、一週間と言わずにもっと働いてもらいたいところなんだけど、高校生のみんなにあんまり無茶させるわけにはいかないしね、一週間大変かもしれないけど、頑張ってくれると嬉しいな」


「あのー、海の家ってどんな仕事をするんですか?私、料理できないんですよね……」


「心配しなくても大丈夫だよ、日野さん。女の子にはできた食べ物を運んでもらったり、飲み物を作ってお客さんのところまで運んでもらいたいと思っているからね、接客が苦手じゃなければ大丈夫だよ」


「人と話すのは好きだし、接客は苦手じゃないかな……、アルバイトしたことが無いのでわからないですけど、頑張ります」


「そう言ってくれるとお姉さんも心強い、日野さんも城崎さんも可愛いから、笑顔で接客を心掛けるだけでよし」


 晴美さんが運転する狭い道の住宅街を抜け幹線道路を通って緩やかにカーブしている防波堤沿いの道に出た。

 車がほとんどいなかった前方に少しずつ車が増えてきてやがて全く動かなくなった。

 美晴さんは少しイライラしたようにハンドルを指でトントン叩きながら唇をかんでいる。


「この時間だったらまだ大丈夫だと思ったんだけどな、仕方ない、多分このまましばらく動かないと思うから先に歩いて向かってもらってもいいかな?荷物は責任持って泊まるところに持っていくから」


 三人それぞれに了解の意を表す言葉を口々に言うと車のドアを開け外に出る。エアコンの効いた車内からいきなり海辺の水分を含んだ空気にさらされる。

 生ぬるい風と海特有の独特の匂いがする。


「あっついなぁ」


 照り付ける日差しももちろんのこと湿気のある籠ったような暑さ、照り返しで下からも焼かれているような感覚に陥る。

 防波堤の向こうには白い砂浜と空の青を吸収したような明るい青色の海が一面に広がっていた。


「先輩、暑いって言わないでください、もっと暑くなります」


 そう言った日野も、俯いて引きずられるように歩いている。

 まだ車を降りてから5分も経っていなかった。


「だらしないのね、そんな調子で大丈夫なのかしら」


 城崎は一人背筋を伸ばして歩いている。一人だけ日傘を差しながら。


「いいなぁ、私も日傘に入れてよ」


 そう言って日野は、城崎の刺している日傘に無理やり入ろうとする。


「ちょっと、暑いじゃない、そんなにくっつかないで」


「いいじゃん、いいじゃん、おーっ、やっぱ日傘があると違うね」


 結局二人で日傘を持って肩と肩をくっ付けながら日野と城崎は歩いていた。

 城崎はまんざらでもない様子だった。

 さすがに三人は入れなかったので、頭にタオルをかけることで暑さをごまかした。

 渋滞している車を避けるように防波堤と車道の間をしばらく歩いていくと木で簡易的につくられた長屋みたいな建物が出てきた。

 美晴さんの言っていた海の家だろうか、中で日高先輩が働いるのが目印らしい。

 砂浜に降りると、サンダルの隙間から砂が入ってきて足がくすぐったい。

 昼前の海の家はまだ人がまばらでお店のシャツだろうか、黒色の半そでシャツを着た人達があわただしく動いている中に他の人と同じく黒い服を着た日高先輩を見つけた。

 ほぼ同じタイミングで日高先輩も僕らを見つけたようで、手招きをしてこちらに来るように合図してくる。


「今日は迎えに行けなくて済まない、人使いの荒い従姉にこき使われていてね、これが三人の分のバイトしてもらうときに着てもらう制服になるから、さっそくなんだど、着替えてもらえるかい」


 そう言って、日野と城崎は周りから見えなくなっている申し訳程度の更衣室に僕はその場で着替えることになった。

 働いている人たちはみんな若く、一番年上に見える人でも20代前半とくらいにしか見えない。


「城崎くんと日野くんは主に接客をお願いしたい、細かいことはあそこで休憩している彼女に聞いてくれ」


「「わかりました」」


 城崎と日野はそう言うと、椅子に腰かけてたばこを吸っている女の人の方へと歩いて行った。

 城崎の一つに纏められた髪が揺れている。


「能登くんは料理とパラソル設置をお願いしたい。料理の方はマニュアルがあるからそれ通りするか、君は料理ができるから自己流でやってもらっても構わない、詳しいことは彼に聞いてくれ、じゃあ、また用があったら声をかけてくれ」


 そう言って、日高先輩は飲み物の補充を手伝いに行っていた。

 何気に本を読んでいる以外の日高先輩を見たのは初めてかもしれない。

 1人取り残された僕は勝手がわかっていないので、日高先輩が言っていた男の人に話を聞くことにしよう。

 その人は、汗が垂れないようにか頭にタオルを巻いていて、眉毛は細く整えられ、一重の鋭い目つきで鉄板の上の焼きそばと対面している。

 見た目にひるみそうになるが、人を見た目で判断してはいけない、外見が怖そうでも中身は心優しいということもあるだろう。

 実は彼も自分の鋭い目つきがコンプレックスでそのために心を悩ませ……、なんてこともあるかもしれない。


「おはようございます!今日から働かせてもらうことになりました能登陽一です!よろしくおねがいします!」


 第一印象は大切だ、悪い印象を与えないように明るく挨拶をすれば、相手も返してくれるはず。


「うるせぇぞ、今話しかけんな」


 こちらを向くことなくそう言った。

 目の前の鉄板に集中しているようだった。

 というか、怖い、中身と外見がばっちり一致している。

 海の家の座敷になっているところはまだ満席という感じではないが、それでも食べ物を求めているお客さんが途絶えることはなく、タオルを巻いたお兄さんは常に鉄板と向かっていた。

 とりあえず、残りの具材の量を確認しながら、料理に必要な野菜や海鮮を冷蔵庫から取り出して、用途に合わせてカットしてしていきながら、網の上で焼かれている海鮮の様子を見る。

 鉄板や炭火焼きの網が近くにあることもあり、汗が止まることなく流れていく、僕もタオルを頭に巻いて自分の髪の毛や汗が入らないように注意しながら、注文が入った料理を同時進行で仕上げていく、できた料理をお客さんに渡していく。

 注文された料理にかかる時間を頭の中で計算しながら優先順位を決めて動くのは集中力を使うが楽しいと思うことが出来た。

 お客さんの波が少し引き少し落ち着いたのは午後の2時を回ってからだった。

 集中していたせいもあってか、それほど時間が経っていたことに驚く。


「お前、なかなか、やるじゃねえか、名前は?なんていうんだ?」


 つい数時間前のことは忘れているようだった。

 邪悪な目つきと同じくらいギザギザの口も戦隊ものに出てくる悪役を彷彿とさせる。

「能登陽一です。今日から一週間お世話になります」


「能登か、俺は仕事ができるやつは好きだぜ、今日からよろしくな、俺は荻野だ。お前は合格だ」


 そう言って荻野さんは笑った。

 嗜虐的な笑みだ。

 料理が出来なかったらどうなっていたのだろう、無事でいられる自信がない。


「そ、そうですか、ありがとうございます、いつもはあの量を一人で捌いているんですか?」


 昼時のお客さんの数は数えてはいなかったけれど焼き場一人で回すにはかなり人手が足りていないように感じた。

 二人でフル稼働して何とか注文に追いつくことが出来たという程度だった。


「いつも、ピークの時は彰浩が手伝ってくれるから、何とかやっていけてるって感じだな、さすがにあの量を一人ではできねえよ、今日は俺とお前でやれると判断してここには顔を出さなかったけどな」


 日高先輩は忙しいところのヘルプをやっているようで、全体を見て行動していたようだ。

 僕は余裕が無くて、日野と城崎の様子がどうだったかすら把握できていなかった。

 荻野さんは勝手に飲み物販売のためのクーラーボックスから缶ジュースを二つ持ってきて片方を僕に渡した。


「彰浩ほどじゃねぇが、いい働きだった、大体のやつが指示待ちで自分から動こうとしねぇからな、俺の動きを見て自分から動けるやつはなかなかいない。次はパラソル設置だ、こっちは力仕事だから、お前みたいなモヤシは音を上げるかもしれねぇが、まあついてこいや」


 そう言って、荻野さんは頭のタオルを取って首に掛けた。

 髪の毛は根本まで燃えるような赤色だった。

 受け取った冷たい缶ジュースを持って荻野さんの背中を追いかける。






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