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しがない文学同好会の日常  作者: 間島健斗
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 家に帰ってきたのは、七時頃だったけれど辺りは薄暗い程度だった。

 1人が立つといっぱいになってしまう玄関に靴をそろえて中に入ると昼間に吸収した熱が籠っていて生暖かい。

 太陽が沈んでからは少しずつ涼しくなってきていたけれど、風が吹いていないので、駅からの帰り道で歩いているだけでも汗ばんだ。

 居間にある扇風機を付けると部屋の中の空気が少しは循環して涼しくなるような気がする。

 日野とは、駅で別れることになった。

 送っていくことも考えたけれど「ここで大丈夫なんで」と日野自身が言ったので今日はそこでお開きということになった。

 休日に誰かと出かけたのは久しぶりだった。

 前に誰かと出かけたのは……ちょっと思い出せない。

 休日に遊びに誘ってくれるような、誘えるような友達がいないので必然的に休日は一人なわけだから知らなかったけれど、誰かと一日中過ごすのはかなり疲れるということを知った。

 疲れと言ってもテスト前の徹夜やボッチ飯のように精神的なものではなく、単純に歩き回ったことによる肉体的な疲れであって、むしろ楽しい時間を過ごすことが出来たという満足感を伴った疲労感だった。

 一つだけ引っ掛かっていることがある、日野が駅で最後に僕の手を握ったことにどのような意味があったのだろうということだ。

 日野は僕に好意を抱いているのではないかという、自分に都合のいい解釈と日野なりのスキンシップの取り方であって大した意味がないという解釈が交互に脳内でぐるぐる回っていた。

 僕を好きなのだと一度思うと、もはやそうとしか思えなかったし、そんなことは無くて、日野なりの僕とのかかわり方だと思うと不思議なもので絶対に僕のことを好きではないと思うことが出来た。

 冷蔵庫から昨日の残りのそうめんにひと手間加えた冷や汁を一人で食べていると、浴室の方から叔母さんが出てくる。


「陽一、今日のデートはどうだったの?」


 僕を見つけるなり、ニヤニヤと口角を上げて近づいてくる。

 叔母さんは、外でご飯を食べてくると連絡が入っていたので、もう食べてきたのだろう。


「いろいろあって、買い物に変更になったんだ、それなりに楽しかったんだけど」


「けど?どうした?」


 日野との間にあったことを叔母さんに話すと、叔母さんはにやついた顔のまま聞いていた。

 僕の話を聞き終えると冷凍庫からアイスを取り出して、テレビと向かいあうように置かれているソファーに寝っ転がって、テレビをつけた。


「陽一はさ、どういう時に人の手を放したくないと思う?」


 叔母さんはテレビを見たままそう言った。


「まず、繋ぎたいと思ったことが無いからその先のことはわからないや」


「そうだったか、じゃあ、陽一の持ってる女の子が出てくるゲームで女の子が手を繋ぎたい素振りを見せるのは、どういう時?」


「大体が主人公に好意を寄せているときだけど、大体の女の子が最初から主人公のことが好きだからね、きっと日野なりのスキンシップの取り方だと思うんだ」


 僕は恋愛ゲームの主人公のようなカリスマ性も女の子を虜にするフェロモンみたいなものもない。


「いいじゃん、難しく考えずにモテキが来たってことにしといたら、私、心配だったんだよね、陽一、浮いた話どころか、休みの日は主婦みたいに家のことしかしてないし、あれだよ怪我の功名ってやつ、女の子を助けたからモテキが来たってことにしておこう、絶対、日野って子は陽一のことが好きだよ、このアイスに誓って」


 叔母さん食べかけのアイスをひらひらしながら、ほとんどテレビに向かって軽い口調で話している。

 主婦みたいな生活でもいいじゃないか、スーパーのポイントを貯めることと特売の争奪戦とゲームとマンガに時間を費やす休日のどこが悪だというのか。

 

「陽一はその子のことをどう思ってるの?」


「部活の後輩、友達、優しい女の子だと思ってるよ」


「好き?」


「好きだよ」


「性的な意味で?」


「人間的な意味で」


「恥ずかしがるなって、私に言っても誰にも言いふらしたりしないから、本当のところはどうなの?」


じれったいとでも言いたげな表情で叔母さんは詰問してくる。


「僕は日野のことを人間的な意味で好きで、異性としては見てはないと思う」


「つまんねぇ、そんな余裕ぶってられるのも、日野ちゃんが陽一のことを悪しからず思ってくれている間だけで、そっぽ向かれてからでは遅いからな、一回付き合ってみればいいじゃん、何か変わるかもしんないよ、性欲に任せてみろよ」


「人のことを性欲の塊みたいに言わないでよ」


「男子高校生の頭の中なんて性欲だけでしょ、むしろ下半身が本体なんじゃないの?」


「ひどい言われよう、そんなわけないだろ」


 僕は日々世界が平和になるためには何ができるかを考えているというのに。


「じゃあ、陽一の秘蔵コレクションを全部すてちゃおっかなぁー」


「カマかけたって無駄だよ」


「私が知らないわけないでしょ、陽一の引き出しの二番目の棚の奥にしまってある写真集のこと」


「すみませんでした。僕の本体は下半身でした、それは疑いようのない事実です」


 なぜ叔母さんがそれの隠されている位置を知っているのか。


「よろしい、それでは、被告をとりあえず日野ちゃんとのことを前向きに考える、の刑に処す、異論は無いな?」


「はい、異論は……って、それとこれとは話が繋がらないよ。そんな性欲に任せて考えることを放棄したみたいなことは僕にはできない」


「難儀な奴だなぁ、その硬い考えを変えないといつまでたっても彼女なんてできないぞ」


「それでもいいんだ、僕には二次元があるから」


「悲しいかな、人間は人間としか会話をすることが出来ないんだな。冷たい液晶の奥の女の子にいくら陽一が尽くしても相手からは何も帰ってこない……って耳を両手でふさいでないでちゃんと聞け」


 はっきりと日野に「好き」と言われたわけでもないのに、勝手な想像で自分のことを好きだと決めつけていては、サッカー部の時の二の舞になる。

 僕が思いあがって下手に日野に対してお互いの距離感を無視したような振舞いをして不信感を与えるようなことはしたくなかった。

 かといって、「僕のこと好きなの」と日野本人に言えるほど度胸があるはずもないから、できることと言えば、これまでと同じように接することだけだった。

 ポケットに入っているスマホの通知が鳴って、メッセージが表示されている。「今日はありがとうございました」というあたりさわりのない言葉とスタンプが送られてくる。

 同じような内容の文面を送信するとそれっきりだった。

 それでいいと思った。

 今の関係が心地よく、できればこのままで楽しく日々を送ることが僕の望みだった。


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