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しがない文学同好会の日常  作者: 間島健斗
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 日野が選んだのは夏季限定のライムスカッシュだった。

輪切りにされたライムが浮かんでいる透明な液体が大きな窓から差し込んでくるギラギラと照り付けるような日差しを受けてキラキラと光っている。

美味しさに感動したのか、日野が「先輩も少し飲みますか」と僕の方にそれを向けてきたとき間接キスになるのではないかと思ったけれど、そんな邪なことを考えているのは僕だけで日野は純粋においしいを共有したいがためにそれをやっているようだった。

ライムスカッシュは口に入ると音を立てて弾けるくらいに炭酸が強くて、鼻に抜けるミントの香りが思ったよりも強く、マウスウォッシュくらいの清涼感があった。


「おいしいね、何というか、夏っぽいかんじかな?」


 歯磨き粉みたいな味だねとは言わなかった。


「ですよね、もう一回頼んでこようかな」


 よっぽど気に入ったのか、半分くらいまで飲んでそんなことを言っていた。


「テストの勝負の私のお願い覚えてますか?」


 日野はライムスカッシュを見たままそう言った。

 夏休み前に同好会内でやったテスト対決で僕よりいい偏差値だった日野からのお願いは確か、


「買い物に一緒に行くだったよね?覚えてるよ」


 日野が僕に要求したのは、買い物に一緒に行くことだった。そこで何かを買ってほしいというわけではなくて、ただ一緒に買い物に行くだけでいいということだった。


「それじゃあ、今から一緒に買い物に行ってくれませんか?」


「いいね、それじゃあ、今から行こうか」


「なんか投げやりじゃないですか、そんなに私と一緒に夢の国に行きたかったですか」


「そうだね、また、みんなで夢の国に行けるといいね」


「私と二人では嫌ってことですか?」


「そんなことは言ってないけど、なんでそこに拘るの?」


「なんでもありません、先輩が私と二人じゃ不満みたいなこと言うから、それにちょっとムキになっただけですよ、言わせないでください」


 少し不満そうな目をしている日野、残っていた飲み物を一気に飲み切ると「行きます」と言って席を後にする。

 空になった自分と僕の容器の両方を手にして僕には先に入り口付近に言っているように目で合図する。


「女の子とのデートで一番大事なことって何かわかりますか?」


 僕の分まで捨ててきてくれたことに「ありがとう」を言うと、唐突に日野は言った。


「顔がかっこいいことでしょ?」


「まあ、大事かもしれないですけど……違います、まじめに答えてくださいよ」


「お金を彼女の分まで払ってあげること?」


 ちなみに日野とのお出かけはすべて割り勘というか、自分のものは自分でお金を出していた。


「違いますよ、そんなの誰も強要しませんし、自分のことぐらい自分でできますよ」


「わかった、女の子をひたすらに褒めることだ、日野今日は学校での様子と違って大人っぽいと思うよ」


 褒められて嬉しくない人はいないだろう、今日の日野はいつもよりなんかこう大人っぽくていい感じな気がする。

 どこが違っているかとかはわからないけれど。


「あ、ありがとうございます、でもそれもちょっと違うと思います。それとできればそういうことは最初あったときに言った方がいいと思います」


 少し照れたように顔を赤くして髪の毛を触っている日野が可愛かった。


「じゃあ、何が一番大事なんだろ?」


「それはですね」


「それは?」


「人によって違います」


「なんだそれ、なんだか肩透かしを食らった気分だよ」


 日野がデートに対する絶対的な答えを持っていてそれがいつ何時でも適応できるほど簡単な構造にはなっていないらしい。


「だからですね、その人が一番大事にしていることを感じとってですね、それを行動に移すと女の子からの好感度が上がると思います。レベルアップしましたね、先輩」


 なんのレベルが上がったのだろう、とりあえず恋愛における何らかのレベルが上がったらしかった。


「ちなみに私が一番大事だと思っていることはですね、自分と同じくらい相手も楽しんでいるかということです。私だけが楽しくて、相手が私に合わせているだけというのは結構しんどいんですよ、だからと言って先輩に私と居て楽しいということを強要したいわけじゃなくて、ただ自然体でそうやって出来たら最高だなって思います」


「それは難しくて簡単だね、相手が日野のことが好きで、日野もその人のことが好きだったら当たり前にそんな風にできると思うけど、そうじゃなかったら、とても難しいことになるね、だから、日野は好きになってくれる人とでデートに行くことが一番いいかもしれないね」


「先輩はどうなんですか、私のこと好きなんですか?」


 日野は何気なくそう言った。


「僕は日野のことが好きだよ、僕は日野のことを大切な友達だと思っているよ」


 そう言うと日野は「そうですか」と言ってフワッと笑う。それを観て僕も笑った。


 それから、僕らは駅前を適当にぶらぶら歩いて、気になった店があったら入ってみるという、街ブラ番組みたいなことをした。

 知らないところを何も調べずに自分の気になったところに入って行くというのは存外に楽しかった。

 店頭の軒下にも本が置いてある本屋さんに二人で入ると中には、アダルティーな世界が広がっていて何も言わずに二人で出たり、地元の小学生たちが群がってお菓子を食べている駄菓子屋があったり、昼ご飯を食べに入った定食屋さんの料理がびっくりするくらい多かったりといろいろなことがあった。

 帰りの電車では二人ともつかれて寝てしまって危うく寝過ごしてしまうところだった。

 慌てて、日野のことを起こそうとしても反応がいまいちだったので、強引にも日野の手を引いて電車を降りた。

 電車から降りられたことにホッとして手を放そうとすると日野が握る手に力を入れてまだ手は繋がったままだ。


「もう少しだけ、こうしていてもいいですか」


 少し眠たそうな目で僕のことを見つめてくる日野。

 夏の夕方は昼過ぎとは違って蒸し暑く、その暑さが日野の目にも籠っているように感じる。

 日野が満足するまでそうしていようと思った。

 


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