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しがない文学同好会の日常  作者: 間島健斗
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 いつも通りに、一日をやり過ごすと、同好会の部室に向かった。

 一日にする運動と言えば、家から徒歩10分の学校に通うことと、重すぎるカバンを背負って教室と部室を行き来することぐらいだ。

 僕らの教室は教室棟の四階で部室は別棟の四階だから、渡り廊下のある2階まで降りてからもう一度4階まで上がることになり、運動不足の太ももに負担がかかる。一年経っても慣れることはなかった。

 もう一年続けたら慣れるのだろうか。

 誰もいない部室の換気と少しばかりの掃除をすると椅子に座って、学校で出された課題に取り組む。今日はまだ、日高先輩は来ていなかった。

 というか、今日は部室に顔を出さないのだったろうか、何か用事があるみたいなことを言っていたような気がする。

 少し遅れて、城崎が部室に顔を出す。手には、ラッピングされた小さい袋を持っていた。

 半透明になっているそれの中身を確認することはできない。


「これ、今日の家庭の調理実習で作ったクッキーです、可哀そうな先輩に持ってきました。女の子からお菓子もらったことないでしょうし、あ、でも、勘違いしないでくださいね、別に先輩に食べてもらいたくて、作ったわけじゃなくて、一人では食べきれないので、残飯処理してもらうだけですから」


 城崎は僕の机に袋を置いた。

 開口一番で今日もかなり飛ばしていた。

 確かに、バレンタインデーやその手のイベントに対して全く縁のない僕は女の子からお菓子をもらったことはない。

 が、かといってそれを特別悲観することも、いっぱいのチョコレートをもらっている人気者のことを羨望のまなざしで見つめることも無かった。

 いや、強がりではなく本当に。


「いつになく、とげとげしいけど、何かあった?」


 昨日は、日高先輩の安い煽りに乗ってしまい、城崎で遊んでしまったこともあって、辛辣な言葉をもらっていたが、普段は必要以上に相手をさげすむような発言をする女の子ではないはずなのだ。


「何もありません」


 そういう彼女の表情は曇っていた。

 飼っていた猫とか犬が死んでしまったのだろうか。

 それなら、彼女の表情も納得できる気がする。

 僕も、小さい頃に飼っていたハムスターの寿命を全うしたとき、悲しさのあまり、もう笑わないことを心に決めたほどだ。

 しかし、彼女から流れてくるのは、何に対する感情かは理解できなかったけれど、悲しみというより、怒りという感情が流れてきた。


「何も嫌なことが無かったら、そんな顔をしないでしょ?言いたくないならいいけど、僕は言ったところでそれが広がる心配はないよ。ほら、僕クラスで一人だし」


 言っていて悲しくなってくる。

 自虐に功を奏したのか、城崎の表情が少し柔らかくなる。


「逆恨みですよ。『私の彼氏に色目つかったでしょ』って同じクラスの女子から身に覚えのない言いがかりをつけられました」


 城崎はため息をついて、カバンを机に置いた。

 こういうことが前にもあったのだろうか。

「で、城崎はなんか言ってやったの?」


 城崎が作ってきてくれたクッキーを食べたい気持ちを抑えつつ、問いかける。


「彼のこと本当に好きだったの?その彼のどこに惹かれて付き合うことになったの?って言いました。なんか歯切れが悪かったので彼氏がいることがあなたにとってのステータスだったんじゃないのって続けて言ってやったら、顔を真っ赤にして去っていきましたよ」


 城崎のクラスメイトの女の子はなぜ城崎に突っかかったりしたのだろう。

 彼女のようにお淑やかそうな見た目をした女の子が男子からちやほやされているのが気に入らなかったのだろうか。

 城崎の性格を知らなければ、言い返しては来ないと思って、彼女を貶めることが出来ると思ってしまっても仕方がないかもしれない。

 人は見た目ではないと思うけれど、見た目から受ける印象をぬぐい切れないことがままある。


「城崎は無事にその勘違いしてしまった可哀そうなクラスメイトを成敗したわけなのに、なんでそんなにも怒ってるの?」


 結果からすれば、城崎の完勝なわけだけど、彼女の表情は勝ちとは程遠いものだった。

 僕が怒られているわけではないのに怒られているような感覚に陥る。


「別に怒っているわけではないですよ。私に正面から勝てないと思ったその哀れなクラスメイトは、私だけに手を出したらいいものを私の友達に嫌がらせをするようになりました。優しく、思いやりに溢れた子たちですが、少し気が弱い彼女たちとは、ほとぼりが冷めるまで少し距離を取ることにしました」


 城崎は自分自身にされた仕打ちに対する怒りではなく、彼女の大切な友達に迷惑をかけたことに対する怒りに燃えているのだろうか。

 僕が、何もない一日を過ごしている間に城崎がこんなにも濃い時間を過ごしているとは思ってもいなかった。


「自分から孤立しに行くのは城崎に嫌がらせをしてきた女の子の思うつぼなんじゃない?」


「そうですね、でも、相手の思い通りに動いて、満足して辞めるならそれもいいかなとおもったので」


 城崎は、カバンから課題を取り出して、机に広げている。

 冷静でいつも最適な方法を取る城崎にしては珍しい悪手な気がした。

 相手の思い通りに動いたら、嫌がらせがひどくなっていく危険性が十二分にあるはずだ。

 同じことを繰り返して行くうちに罪の意識が軽くなり、当たり前になっていく。

 城崎はそれも承知で状況を呑み込んだのかもしれない。


「城崎は優しいね」


「優しさなんかじゃありませんよ。合理的な判断の結果です」


 不敵に笑った城崎はそれほど現在の状況を悲観しているわけではないようだった。


「城崎、これからは昼ご飯一緒に食べようか」


「なんですか、いきなり」


 城崎は目を丸くして僕を見る。


「僕いっつも教室で昼ご飯、食べてるんだけど、みんなが机をくっつけて食べてる中、一人だけ、前向いて黒板を見ながら食べるのなんだかいたたまれなくて、僕を助けるつもりでさ」


 ご飯はきっと一人で食べるよりも二人で食べたほうがおいしいと思う。

 城崎が一人で食べていたらの話だけれど。


「私に気を使っているんですか、先輩のくせに生意気ですね」


 城崎は、半目で僕を睨んだ。怒っているというよりはからかっているような視線だ。


「生意気でも何でもいいよ、僕は城崎と一緒にご飯を食べたい」


 ボッチ飯からの脱却、僕は無限にも感じる昼ごはん食べ終わってからの孤独感からの解放を求めていた。


「仕方ないですね、そこまで言われたら、不本意ですが、先輩と一緒に昼を食べることにしましょう」


 城崎はそういうと口角を少し上げて笑った。優しい笑顔だった。



 僕はライトノベルを読み、城崎は僕が読んだら5分後には眠りについてしまいそうな純文学小説を涼しい顔をして読んでいると、引き戸が開き、無精ひげを生やし、目の下には濃い隈がある、吉岡先生が入ってきた。彼は常に疲労感を漂わせている。


「暇を持て余したお前らにお誂え向きの仕事を持ってきたぞ」


 一応、文学同好会の顧問となっている吉岡善治先生は基本的に部室には顔を出さないのだが、僕たちに雑用を押し付けるときと、他の教師の愚痴があるときだけ、部室を訪れる。

 今回は、雑用を持ってきたみたいだ。


「日高はどうした?まあいいか、後でお前らから話しておくように、今回の仕事は、人助けだ」


 吉岡先生は、そう言うと、振り返って、合図を送った。

 そこに立っていたのは、女の子だった。

 ふわっとしたボブカットに大きな目、耳にはピアスが光っている制服を着崩した今どきJKの具現化のような女の子だった。

 履いているサンダルの色が城崎と同じだから、一年生のようだ。

 少し俯いている彼女は見るからに元気がなく、雰囲気もどことなく暗い。

 彼女もやっぱり飼っているペットが死んでしまったのだろうか。


「いや、俺、こいつらのクラスの担任なんだけど、なんかここ最近、こいつ元気無かったから、ちょっと話を聞いてみたら、男女間トラブルらしいんだわ。俺じゃ手におえんと思ってな。おっさんがしゃしゃり出て行って何とかなる問題じゃねぇだろ、だから、俺の駒として使えるお前たちに頼むことにした。まあ、話聞いてやってくれや」


 吉岡先生は、よれよれのズボンの上から尻をぼりぼりかきながら、「じゃあ、後は若いものだけでよろしくやってくれ」と残して去っていた。

 残された僕と城崎と吉岡先生に連れてこられた彼女、僕は、任された手前、このまま追い返すわけにもいかなかったので、とりあえず、いつも日高先輩が座っている椅子に座ってもらうことにした。

 僕と城崎が並んで座り、彼女と対面する、さながら面接官と受験生のような構図となっていた。

 彼女は、椅子に座ると視線を巡らせて少し落ち着きが無い様子だった。

 城崎はそんな彼女を静かに見ているだけだった。


「僕は、二年の能登、でこの隣に座っているのが、城崎、僕たちの他に三年の日高先輩っていう人と三人で文学同好会をやっているんだ。吉岡先生は僕たちの同好会の顧問だから、君のことをここに連れてきたんだと思う、君の名前は?」


 相手の見た目にビビっているのがばれないよう努めて平静を装って話した。

「一年の日野です」


 彼女は、張りの無い声でそうつぶやいた。

 意識して耳を傾けないと聞き取れないくらいの声だった。


「日野さんは、吉岡先生の話によると何か、トラブルがあったみたいだけど、何があったか、話してもらえることはできるかな?もちろん、僕らはここで聞いたことを絶対に他言しないし、君と親しいわけじゃないから、客観的に物事を判断して、解決できそうなことだったら、協力することが出来ると思うんだ。君と僕たちは依頼者と請負人の関係だから、友達に話すことが引け目に感じてしまうような内容でも遠慮なく話してくれると嬉しい」


 友達には毎日会うから、言い出せないようなことでも、自分の日常と関係ない人だからこそ話せることがある吐き出すことがあると僕は思う。

 日野さんは手を強く握り、瞬きの回数が多くなった。


「そんなに、大した話ではないんですけど、サッカー部のマネージャーをしてて、そこで言い寄ってくる先輩がいまして、やんわり断っていたんですけど、わかってくれなくて、後、日野でいいです」


 話し方にはたににどしさがあり、肩に力が入っているのが見て取れた。

 形よく整った眉毛が困ったようにハの字になっているが日野さんは綺麗な顔立ちをしている。

 あくまで僕の主観的な判断ではあるけれど、世間一般とかけ離れた美的感覚ではないと自負しているので、他の男子高校生から見ても彼女は魅力的なのだろう。

 城崎といい、日野さんといい、持つものには持つものなりの苦労があるということだろう。


「じゃあ、日野って呼ばせもらうね、その先輩は諦めてくれないんだ。それがどれくらいの間続いてるの?」


「私が入部してから、割とすぐから言い寄られていて、もう2か月ぐらいになります」


 憂鬱そうな表情で日野はそうつぶやく。

 気のない相手から言い寄られて、それが先輩ではっきり言うことが出来ないというのはわからない話ではなかった。

 いや経験したことが無いから想像できないわけではなかったというのが正しい。


「最初は、冗談半分、からかい半分の軽い感じだったんですけど、私の反応が良くなかったのか最近はエスカレートしてきて、ちょっと怖くて、周りも面白半分ではやし立てるし」


「それは、腹が立つわね。でも、あなたがはっきり否定しないのが悪いんじゃないの?」


 城崎が腹を立てていたのは、はっきりしない日野に対してなのか、周りの雰囲気に対してなのか、いずれにしても怒っていた。


「そうだとは思うんだけど、他の部員の人との折り合いもあるし、私がはっきりと否定しちゃうと、きっと部の中の雰囲気が悪くなっちゃう」


 日野は城崎の強すぎる言葉に委縮してしまう。

 城崎の言い分はきっと正しい、きっと城崎だったらそう行動しただろう。

 でも日野は日野だ、城崎じゃない。


「日野は部活の中の雰囲気を壊したくないから、先輩と付き合うことができそうかな?」


 日野は妥協点がどこなのか、彼女の中で葛藤しているのだろう。

 じゃなきゃ、悩むこともないはずだ。


「……私、私は好きでもない人と付き合いたいとは思いません」


 彼女の本心だろう。今日、最も生気の籠った声だった。


「それは、そうかもしれないけど、はっきりそれを言ってしまうと、部活の雰囲気が壊れるかもしれないよ。日野は壊す勇気ある?」 


 日野からはサッカー部に関するいろいろな感情が流れてくる、この一か月で起こったことは悲しいことや煩わしいことばかりじゃないのだろう、楽しかったこと、彼女なりに努力したことそれが壊れてしまう、無かったことになるのではないのだ。


「この場ですぐに決めれることではないと思うから、一週間たって答えが出そうだったら、またこの部室に来てほしい。もちろん、僕らの助けがいらないと思ったら自分で解決してもいいし、でも日野が僕らを頼ってくれるっていうなら、協力するよ」


 日野は、ここに来た時と同じように少し俯いたまま、重たい足取りで文学同好会の部室を後にした。

 戸を閉めるときの「ありがとうございました」と小さく言ったのを僕は聞き逃さなかった。


「あんな大見得切ってましたけど大丈夫なんですか?」


 城崎は、彼女が出て行った後にそう言った。

 城崎は僕が何もできないと思っているのだろう。

 しかし、僕は、やると決めたこととなればNGはほとんどない。

 売れたい女性タレント張りにNGなしだ。


「せっかく、話してくれたんだから、できることはしてあげたいんだ。それに、吉岡先生に頼まれたことを適当にやっちゃうと、後が怖いからね」


 僕は、戸棚から、マグカップを取り出して、いつものようにコーヒーを淹れる。

 吉岡先生は自分のやったことに対してはおおらかで朗らかだけど、他人がやったことに対しては、かなりねちっこく根に持つ。


「それもそうですね」


 城崎の机にマグカップを置く、城崎は、入部したばかりなのでまだ、吉岡先生の本領を知らないはずだけれど、わかったようなことを言っている彼女は少し可愛かった。


「城崎はどう思う、さっきの子のこと」


「私はあまり好きではないタイプの人ですね。周りに流されて、表面を着飾ったり、はっきり物事を言うことが出来ないふわふわしている人を見るとイライラします」


「城崎は、手厳しいな、周りとの関係を考えて悩んでいるんだから、いい子だと思うんだけどな」


「先輩は、あんな感じの女の子のことが好きなんですね」


 城崎がどういう感情でそう言ったのかは理解できなかった。

 でも、僕への嫉妬とか、好意の裏返しから出たのではないのは確かだと思う。


「なんでそうなるんだよ、確かに可愛いとは思ったけど、僕が好きなのはもっと」


「大丈夫です、聞いてないんで」


「もっとなんか、包み込んでくれるような抱擁力のある大人な女性」ということを言おうとしたら、全く興味が無かったのか、城崎は話の腰を折った。

 僕は大人しく城崎が作ってきてくれたクッキーを食べていた。


「それより、昼ご飯食べるのはこの部屋でいいですよね、明日から、よろしくお願いします」


 そういうと城崎は優しく微笑んだ。

 時刻は、もうすぐ完全下校の時間になろうとしていた。


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