表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
しがない文学同好会の日常  作者: 間島健斗
19/35

19



 夢の国に入るための入場ゲート付近には長蛇の列ができている。列というより、遠目から見ると黒い塊みたいになっている。

 近づくにつれて人が多くなっていき、見失わないように日野の背中を追っていると、一点を見つめるようにして立ち止まる。

 周りが陽気な音楽がかかり高揚感でふわふわした空気の中でその熱が日野は伝わっていないような静かな横顔だった。

 日野の目線の方向に目をやると、そこには、向かいあってお互いに険しい顔をしながら何かを言い合っている男女の姿があった。

 彼らのすぐそばには、大きなキャリーケースが存在感を放ちながら佇んでいる。

 日野は吸い寄せられるように近づいていき、僕もそれを追うようにして近づいていく。


「——————————ったやん」


 女の子の方は今にも泣きだしそうな様子で男の子のほうに訴えかけている。


「だから、すまんって、俺もちゃんと確認したつもりやったし」


 男の子の方は半分怒っているような強い口調だ。


「じゃあなんでチケットが無いん?」


 納得できないと言いたげな表情の女の子、鋭い目つきで男の子のほうを睨んでいる。


「あぁ、もう、うるせぇな、しょうが無いやろ、無いもんはないんやから、当日券を二枚も買う金ないけど、お前ひとり分やったら出せるから、行ってくるか?」


 男の子の方は少し乱暴な言葉で女の子にそう言った。


「二人で行くことに意味があるんちゃうの、なんでウチが一人で行くことになるん、頭おかしいんちゃう?せっかく二人で行けるってなって楽しみにしとったのに、ほんま最悪やわ」


 それなりに大きな声で女の子が言った。広い舗装された道の端の方とはいえ道行く人の何人かが彼らのことを見て、少し驚いたような顔をする。

それなりに人通りが多い場所だったけれど、完全に二人の世界に入っていて周りが見えていないようだった。

 その場にしゃがみこんでしまう女の子とそれを困ったように見下ろす男の子を周りの人は、できるだけ視線を向けないようにしている中で、少し離れたところで日野は彼らのことをまっすぐに見つめていた。

 日野はゆっくりと彼らに歩み寄っていった。その手には城崎にもらったペアチケットがある。


「あの、もしよかったら、このチケット貰ってくれませんか?」


 日野は、僕らが入るための入場券を男の子に向けて差し出している。

 男の子は突然のことに目を丸くして言葉を発することなく固まってしまっている。

 程なくして、状況を呑み込んだように話し始めた。


「お騒がせしてすんません、気にせんといてください、っていうのは無理やな、でも、お姉さんたちの大切なチケットをもらってまで、こんなか入って楽しみたいとは思えません、俺らは大丈夫です、変わりに東京観光でもして帰るんで」


 男の子は女の子の方を見ると困ったように笑っている。心配をかけまいとする笑顔だ。

女の子の方はまだしゃがんでいてどんな表情かはわからない。


「そんな変なプライドなんて捨てて、楽しめばいいの。彼女は楽しみにしてたんでしょ、君が今からしなければいけないことは、このチケットで中に入って楽しむこと、それだけ」


 そう言って日野は男の子の腕をつかんで半ば無理やりに彼にチケットを握らせると男の子を見て笑った。

 返事を待つことなく、日野は動きだして、「じゃあ、先輩行きますよ」と僕に向かってすれ違いざまに言うと颯爽と歩いていく。

 日野は振り返ることはなかった。

 状況についていけない、僕と彼らはしばらく見つめ合い僕は会釈をすると日野の背中を追った。

 

 彼らから見えなくなるくらいまで歩いていくと、背筋を伸ばして堂々と歩いていた日野は徐々に一歩一歩が小さくなっていった。

 並んで横顔を見ると日野は口を真一文字に結んで、前を向いて歩いている。

 怒っているようにも、今にも泣きだす寸前ともとれるような顔ととらえることもできるような顔だ。

ゆっくりになっていく歩調を完全に止めて、意を決したように日野はゆっくり僕の方を向いた。


「勝手なことをしてすみませんでした。あの人たちを見ていると我慢できなくて、でも、あんなのはただの自己満足ですよね」


日野の瞳は、僕に何か言われるのではないかという不安と後悔で濡れている気がした。

 それを拭ってやれるのは僕だけだ。


「自己満足?誰にも迷惑を掛けてないんだからいいじゃないか、僕は日野が間違ったことをしたとは思わないよ」


「でも、せっかく一緒にお出かけできる機会だったのに」


「じゃあ、日野は、あの二人を見て見ぬふりをして一日楽しく過ごせた?」


「それは、わかりません」


 目を伏せて下を向いたまま日野はそう言った。


「もやもやしたまま日野に一日過ごして欲しくないから、きっとあのチケットは彼らに譲って正解だったんだよ。せっかく出かけているんだからできるだけ楽しく過ごさないとね、行先でのトラブルが起こるのが旅の醍醐味なんだから」


「先輩だったら、あの時どうしました?」


「僕だったら、多分彼らのことを可哀そうだな、と思うだけで具体的に何か行動するということはなかったと思うよ。でも、あの時あの場面での選択に間違いも正解もないんじゃないかな、自分がやりたいと思ったことをしたらそれでいいと思う、日野は彼らにチケットを渡したいと思った、だから行動した、それでいいんだ」


僕の方を見つめてくる日野はゆっくり瞬きをしてから「そうですね」と言って優しく笑った。


「まだ、今日は始まったばかりだから、他のどこかに行こうか」


 僕は千葉に来たのが初めてだから、何もわからないけれど、とりあえず、駅前のコーヒーチェーン店に入って今後の予定を決めることにした。

 一杯500円も600円もする飲み物に驚愕しながら、一番手ごろなアイスコーヒーを選択する。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ