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しがない文学同好会の日常  作者: 間島健斗
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 夢の国へと直通している電車の中は、座席に座ると脚が地面に届かなくなるくらい小さな子供から、三世代旅行なのか何なのか、仲睦まじく手を取り合っている老夫婦まですべての人の心の中やその表情も明るい、乗車率が高く肩と肩、荷物がぶつかりそうになるくらい人で埋め尽くされているのにその様子に不満を覚えている人なんて一人もいないみたいに車内で全体が、夢の国に向かうことが出来る幸せで満ち満ちていた。

 ここには、日ごろの生活にある様々な不安や不満の一切を投げやって楽しんでやるという一種の脅迫じみた感情さえある。

 相田由紀の一件以来、他人の感情が流れてこないように意識していたが、目的地に向かう車内でこんなにも様々な感情が流れ込んできていては実際の園内に入ってしまったら、どうなってしまうのだろう、と誰しもが楽しみに行く場所へ向かうことに少しの不安があった。


「今日は晴れてよかったですね」


 窓越しに見える空は青く、ところどころにちぎれた綿みたいな雲がある程度だった。

 落ち着いているように装っている日野の声は不自然に硬い。


「そうだね、これはきっと僕の日ごろの行いがいいおかげだね」


 本当のところは、大きく日本列島に張り出した太平洋高気圧のおかげであって、僕が極悪人であっても、そんなことは関係なしに今日は晴れていた。


「まず始めにどこに行きましょうか?というか、先輩は行ったことありますか?」


 人ごみから日野を守るような形で窓側に日野、通路側に僕という並びで立っているものだから、いつもに比べて日野との距離が近い、僕より頭一つは小さい彼女は僕を見上げるようにして僕の方を見ている。

 小さく、すっと通った鼻筋に気が強そうに感じさせる大きな目と上を向いている眼尻、きめ細かく健康的な白さを保っている肌は毛穴なんてないみたいだ。


「ないね、僕はそもそも千葉に行ったことが無いんだ、日野はあるの?」


 第一印象は、ギャルっぽい子で僕が苦手な女の子だと思ったけれど、日野は、好きな人としか付き合いたくないと言うくらいには硬派だったり、城崎のために感情をむき出しにすることが出来たり、人一倍責任を感じる性格だったり、勉強ができたりとギャルっぽい、の一言では片づけることが出来ないほどいろいろな側面があった。

 ただ一つ言えることは、日野は自分を大切にしていることと他人のこともそれと同等に尊重しているということだ。


「中学校の卒業旅行で友達と一緒に行きました、でも、男の人と行くのは先輩が初めてですよ、先輩に私の初めてをあげますね」


 そう言って日野は笑った。やはり、高揚感からか、テンションが少しおかしいことになっていて、それが言葉の端々から漏れていた。

 笑ったのは、自分で言っていて恥ずかしかったからだろうか、少し顔が赤くなっている。


「そうか、じゃあ、その初めての思い出がより良いものになるようにがんばらないとね」

 

 具体的に何を頑張るのか、どうすればいい思い出になるのか、ということは全くわからない。


「そうですね、写真いっぱい撮らなきゃですね」


 僕にだけ聞こえるくらいに抑えられた声で日野はそう言った。「任せて」とか「そうだね」みたいなことを日野に伝えると、目的の駅を告げる車内アナウンスが鳴り響き、荷台に挙げられた荷物をとる人や、小さな子供に声かけをする母親であわただしくなる。

 徐々に電車がゆっくりになっていき、進行方向に引っ張られるように停まる寸前に日野は言った。


「先輩、手、繋ぎましょう」


 細い腕が僕の手をつかんで人の流れに合わせるように電車を降りる。

 日野の手の温かさを頼りに降りた人であふれているホームから改札を通って人がまばらになっている開けたところまで僕の前を早足で歩く日野に連れられるように歩いた。

 掴んだ手は、小さくて強く握ったら簡単に壊れてしまうのではないかと思えるほど繊細なもののように感じた。

 ふわりと歩くたびに弾む彼女の髪から花のような甘い香りがして、歩いているだけなのに心臓が早鐘を打つ。

 何かと経験不足の僕は部活の後輩の女の子と少し手を繋ぐことくらいでかなり緊張してしまう。

 急に手を繋いだことでドギマギしたことを伝えたら、日野にバカにされるだろうか。

 城崎に言ったら勘違いすんなと怒られそうだ。


 放した手を後ろで組んで、日野は僕に笑いかける。


「手おっきいですね、形が綺麗ですけど、ごつごつしてて、何というか男の人の手って感じですね」


「そうかな、というか少しびっくりしたよ、いきなり手を繋ぐなんて、僕が勘違いしたらどうするんだ」


 ただの部活の先輩に過ぎない相手といきなり手を繋いだりできる日野の小悪魔度は高い。


「勘違いってなんの勘違いをするんですか?」


 明らかにからかっているのであろう、日野はニヤニヤしながら僕の方を覗き込むように見ている。


「それにしても、久しぶりに誰かと手を繋いだ気がする」


「へーえ、そうなんですか、ちなみに誰と前は手を繋いだんですか?」


 あからさまに僕が話題を変えると、日野は不機嫌そうに口をとがらせてそう言った。


「僕の幼馴染と小さいときに一回だけ、小学生の頃かな、昔のこと過ぎてあんまり覚えてないや」


 どういう理由で彼女と手を繋いだんだっけ、繋いだ理由とか、どんな場面で手を繋ぐことになったのか忘れてしまったけれど、確かに手を繋いだことだけは覚えている。


「先輩もやりますね、女の子と一緒にいるときに他の女の子の話をするなんて」


「いや、そんなつもりじゃ、ってか、別にデートじゃないんだから、よくないか?」


「ダメですよ、今日は本当のデートのつもりで臨まないと、もし実際に先輩が意中の女の子とデートをすることになったときにトラブルにはなりたくないですよね。他の女の子の話をした瞬間に不機嫌になってしまうような子もいるかもしれないですよ」


 日野は眉をひそめてもっともらしいように言って、ウンウンと頷いている。「だから、今日は、一日彼氏彼女という設定で先輩のデートの練習ということにしましょう」と半ば強引に日野は決定した。

 異論は認めないようだ。


「今から私は能登先輩の彼女という設定に移行するので、敬語からため口になります、距離感が近い証ですね」


「付き合い始めると敬語は無くなるの?」


「細かいことはいいんですよ、私がそうしたいだけですから」


「そっか、じゃあ、そうしようか」


 今回は日野流の付き合ったときの接し方で行くらしかった。


「最初から素直にそう言っておけばよかったのよ、ほら行くよ、時間は有限なんだから」


 少し顔を赤くして、日野はそう言うと僕を置いて歩いていく。僕はせかされるように日野の背中を追った。

 


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