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しがない文学同好会の日常  作者: 間島健斗
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 昼ご飯を一緒に食べているときに今日は城崎と一緒に映画を見に行くのだということを嬉しそうに日野は言っていた。

「息抜きですよ、息抜き、切り詰めて勉強してばかりじゃ、息がつまっちゃいますから」とほとんど息がつまってなさそうな良い表情で言っていたように見えたのは、僕の息がつまっていたからだろう。

 日野たち一年生は補習の恐ろしさを知らないが故の余裕なのか、テストに対する必死さはそれほどないようだった。

 僕こそ息抜きが必要なのではないかとも思ったけれど、きっとマンガやゲームに手を出したら最後、僕の頭に無理やり詰め込まれた知識たちが流れ出ていく。

 僕はその禁忌だけは犯さぬよう頭の片隅に押しやった。

 要領がいい人や切り替えのできる人のことをうらやましく思うが、そんなことを思っていても仕方がないので、僕は日高先輩がいつもと変わらず、微笑を浮かべながら小説を読んでいる隣で授業中に配布されたテスト対策プリントを広げる。

 日高先輩が勉強をしているところを見たことがない、部室ではいつも小説を読んでいる。


「日高先輩、ココわからないんですけど、教えてくれませんか」


 プリントの答えを見ても、わからないところの途中式が省略されていて、なぜその数字が出たのかがわからない。

「お前はこの問題を解くレベルにまで達していないのだよ」と問題に言われているようで腹が立つ。


「大丈夫だ、君は勉強が出来なくても他に良いところがあるよ」


 僕が諦めていないのに日高先輩は僕のことを諦めている。

 何故だ、僕はまだやれると言っているのに。


「お願いしますよ、このままだとテストやばいんですって」


 日高先輩「仕方がないな」と言って、机に投げ出されたシャーペンを取って問題を少し読んで黙って解答を書き始めた。

 先輩は形の良いパーツが最適と思われるような配置で並べられた綺麗な顔をしている、少し冷たいような印象を与える目が、逆に良いらしく、女性の目線を集める。

 うらやましくなんかない。

 もう一度言っておく羨ましくない。


「すまない、何が分からないのかがわからない」


 そう言って、解説の式よりも簡素な途中式を立てて答えにたどりついていた。

 省略されているところが分からないということを言っても、僕の言葉を明らかに理解していないような顔で首をかしげている。

 ダメだ話が通じない。

 ここも先生に聞きに行くしかない、数学担当の教師はまだ学校にいるだろうか。

 とりあえずこの範囲の違う問題を解いてから聞きに行くとしよう。

 壊れるのではないかというくらいに引き戸が勢いよく開いて入ってきたのは吉岡先生だった。


「あーあぁ、終わった、終わった、定期テストの問題も作り終わったし時間が出来たから見に来たぞ」


 ご機嫌な様子で話している吉岡先生。機嫌がいいときの吉岡先生は無駄に声が大きい。


「なんだ、野郎しかいないのか」


「城崎と日野は映画を見に行ったらしいですよ」


「なんだそりゃ、ってまあ、いいか城崎も日野も成績は悪くないしな、高校生たるもの時間を無駄にしないとな。で、お前は何してんの」

 ニヤニヤしながら僕の方に近づいてくる。

 机に腰掛けたことでギシギシと不安になるような音を立てて長机が軋む。


「見てわかるでしょ、テスト勉強ですよ」


「能登は成績悪いからなー、なにちょっと見せてみ」


 目が良くないのか僕の目の前からかすめ取ったプリントに不自然なくらい顔に近づけて問を見ている。


「スゲーな、お前らこんなわけわからん事やってんのか、俺、全然わかんねえわ」


 そう言って、髭の生えた顎をさすっている。


「一応、先生なんですよね?」


「社会、それも倫理専門のな、まあ、教師なんてそんなもんだ。得意な顔して教えている自分の科目以外はロクに教えることもできない。俺の場合は哲学を教えなきゃなんねえから、数学ができないのはちっと問題があるがな」


 白衣のポケットに手を突っ込んだまま窓の方を見ている。


「俺たち教師にできることなんてせいぜい、夢を持ってる生徒の背中を押してやることと夢を持ってない生徒が少しでも苦しい人生を歩まないように大学入試でいい結果を残せるように覚えなきゃいけないことを詰めこむことだけだ。先生なんて敬称を付けてもらうことすらおこがましいんだよ、こっちはそんな立派な人間じゃない」


「どうでもいいな」と言って吉岡先生は笑う。


「再試、追試、一切なし、赤点取ったら即補習、2泊3日の勉強合宿付きの期末テストにせいぜい怯えながらこの土日を過ごすことだな」


 吉岡先生は凝り固まった首回りをほぐすように首を鳴らしてそう言う。

 不安を煽るようなことを楽しそうな顔で生徒に向かって言う人間は立派な人間ではないと思った。

 日高先輩はと言うと自分は関係ないとでも言いたげな様子で小説を読んでいた。

 あと僕にできることがあるとすると、土日の空いている時間をできる限り時間をかけてテスト勉強をすることだ。

 諦めなければ道は開けると誰かが言っていた。

 残りの貴重な48時間をどのように使うかで僕の夏休みの予定が決まるのだから。


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