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しがない文学同好会の日常  作者: 間島健斗
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 城崎と日野と一緒に昼ご飯を食べるのは、何となく誰も終わりを切り出さなかったので、今も継続している。

 少しも変わることなく、続いている。


「先輩は休みの日とか何してるんですか?」


 日野がそう聞いてきたのは、先週の日曜日に買い物に行って安くて可愛い服を買おうかどうか迷ったという話の延長だった。


「僕は家でゲームしたり、マンガを読んだりしてるかな」


 昨日の夜ご飯の残り物の春巻きを頬張りながら答える。

 具材自体に調味料が効いてなさ過ぎてほぼほぼ素材の味となっている、嫌いじゃない。


「どこかに遊びに行ったりしないんですか、買い物とかは?」


「たまに行くよ、日用品と食材を買いにスーパーだけど」


「そうなんですか……なんていうか地味ですね」


 憐れみの目で日野が僕を見てくる。

 平日は特に寄り道をすることなく家に帰り、休みの日はやるべきこと以外の時間は家で過ごしている。

 まじめで健全ではないか。

 いや、高校生たるもの学校帰りの盛り場へ入り浸ったり、ファミレスに行ってドリンクバーで粘る不健全極まりない行為をするのが健全だとすると、僕は、どうしようもなく不健全かもしれない。


(けな)してる?男子高校生が休日に一人でほとんど引きこもってるのをバカにしてる?」


「馬鹿になんかしてませんよ、ちょっと寂しくないかなと思っただけです」


 そっちの方がむしろダメじゃないか。

 同情されるくらいだったらバカにされた方がまだましだ。


「良いんだ、僕は地味でもみじめでその上、顔がパッとしなくて湿気っていても」 


「顔のことは誰も言ってないですって」


「じゃあ、日野は僕の顔をどう思うんだよ」


 僕は日野の顔を真剣に見つめる。

 日野は気まずそうに眼を反らす。

 これは黒だ。


「はい、思ってるぅ、日野も僕の顔面偏差値さえも下の中ぐらいだと思ってる顔してましたぁ、僕は見逃しませんでしたぁ」


 ヤケになって顎をしゃくれさせて日野の方に顔を近づける。

 彼女は振りかぶった平手で僕の頬を打ち抜いて乾いた音がする。

 口に食べものがなくてよかった。

 何か残っていたら吐き出していただろう。


「すみません、いきなり近づいてきたから驚いちゃって」


 日野は手をひらひらと振りながら、気まずそうにもう片方の手で頭をかいている。

 驚いたらとっさに手がでるというのは、手が早いというか逞しいというか。


「逞しいこと何よりだよ」


 平手打ちを食らった箇所は熱を帯びていてじんじんしている。


「怒らないでくださいよ、顔が近かったんですって、仕方無いでしょ」


 近づいたら叩かれるなんて、僕は蚊か、不快な音を漂わせながら近づき、人類の安眠と命を最も多く刈り取っている最恐の存在だというのか。

 僕は最恐の存在だったとは気づきもしなかった。


「顔はともかくとして、先輩のことは結構好きですよ」


 僕が現実逃避をしていると、日野は続けざまにそういった。

 ということは、顔はあまり好きではないということじゃないか。

 とも、思ったけれど、はにかんでいる日野の表情がまぶしかったので僕はその言葉を飲み込む。


「ありがとう、なんか恥ずかしいんだけど、なんでこんな話になったんだっけ?」


 新しくできた後輩から慕われるのは気分がいい。


「なんででしょうね」


 日野は何か思いついたのか、横に座っている城崎に向かって笑いかけた。

 日野の横顔は鼻筋が通っていて綺麗な横顔をしている。


「サキは能登先輩のことをどう思ってるの?」


 日野は城崎のことをサキと呼ぶようになっていた。

 城崎美咲の美咲のサキじゃなくて城崎のサキからとってそう呼ぶようにしたということだった。

 それはそうと本人を前にして聞いても誰も本当のことを言わないんじゃないか。

 こういう時に僕だったら「いい人」とか「尊敬できる人」とか適当なことを言って誤魔化そうとする。


「私は能登先輩みたいなタイプの人は嫌いな部類に入るわね」


 そんなことなかった、城崎は正直だった。


「独善的で、突拍子が無くて、非常識だと思うわ、でも、格好をつけたがるし」


 まくし立てる城崎からとがった言葉が僕めがけて飛んできて、ザクザクと音を立てて僕に刺さっていく。


「城崎、珍しく接続詞の使いかた間違ってるよ、それじゃあ、僕が非常識で独善的で突拍子の無い恰好つけの男みたいじゃないか」


「その通りだと言っているのよ」


 弾けるような城崎の笑顔。

 引き()る僕の表情筋。

 何か言ってやりたい、でも僕の行動は確かに客観的には突拍子もなく、非常識で独善的だから何も言い返すことが出来ない。


「愛情表現だよね?」


 僕は城崎の心の籠った心ない発言をすべて愛情表現だと思っている。

 すべてだ。


「本心よ」


 デフォルト搭載の敬語が無くなり、城崎はそう告げる。

 悲報、僕は慕われることはないにしてもそれなりに関係を築けていると思っていた後輩との距離感を図り間違えていた。皆までは言わない。


「ま、まあ、そういうことにしておこうか、僕はもう少し自分の行いを反省することにするよ」


「そうしてください」


 おどけるように、揶揄(からか)うように城崎は笑った。

 長く黒い髪が笑うのに合わせて少し揺れる。


「まあまあ、能登先輩落ち込まないでください、私のお弁当の春菊のお浸しでも食べて、元気出してください」


「それ、日野が嫌いなだけなんじゃないの?」


 日野のお弁当には春菊のお浸しだけが綺麗に残されている。

 他はすべて食べてあるにも関わらず、それにだけ手を付けずに残っていた。


「良いじゃないですか、食べてくださいよ」


 日野は口を少し尖らせてタコみたいになっている。


「だめだよ、ちゃんと作ってもらったものは食べないと、それが作ってもらった人の仕事でしょ」


「はーい」


 だらしなく顎を机につけて日野は「あ」と「は」の間ぐらいの締まりのない返事をする。

 夏に向かって連日勢いを増すように暑くなっていく、エアコンなど無いこの部室も例外ではなく、日野はその暑さを全身で持って表現していた。

 僕は、湿気が多くジメジメした梅雨の時期も好きだけれど、朝が少し肌寒くて、日中に異常なくらい暑くなる夏も好きだ。

 僕の湿気った顔にも夏が来て少しは格好良くなったりはしないだろうかとくだらないことを考えた。

 こんなことを考えている間にも刻一刻と定期テストが近づいてきている。




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