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しがない文学同好会の日常  作者: 間島健斗
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 僕は端的に言って焦っていた。

 梅雨が明けて夏へと向けて気分が高揚していく高校生に対する高い壁として構えているのが学期末テストだ。

 これを乗り越えなければ、約40日という膨大な時間の約半分を補習で持っていかれることに加えて、勉強合宿という2泊3日の勉強付けとサボり癖のついた怠けた脳を更生するプログラムが取り入れられた地獄というのも生ぬるい日々を送ることになる。

 僕には、合宿に参加するだけの精神力も経済力もないから、何としてでもこの定期テストで普通以上の成績を残して補習を免れなければいけないのだが、「今日だけはいいだろう、明日から本気だす」もう一人の僕が本気を出しすぎて、授業の内容が半分も理解できていない状況が続いている。

 内容が分からないから、授業に集中できない、集中できないから眠気に誘われるがまま、夢の世界にいざなわれるという悪循環に陥っていた。

 学期末テストまでは、もう2週間を切っていた。

 少し前まで、諦めが焦りを追い越して、何でもできる気がする状態から、一周回ってまた焦りへと帰ってきていた。 

 このままでは確実に補習コースまっしぐらな僕は、恥を承知で授業で理解できなかったことを数学の先生や英語の先生に質問しに行き、わからないことを潰していく地道な作戦に出たおかげで、部室に顔を出すのは放課後になって1時間ほどたってからだった。

 僕らの同好会はテスト前だからと言って休みになったりすることはなく、常に自由参加だ。



「遅くなりました」


 引き戸を開けながら、誰かというよりはその部室に向かって挨拶をする。

 家に誰もいなくてもただいまと言うみたいに習慣めいた行為だ。

 中では、いつの間にやら距離がかなり近くなった日野と城崎が肩を並べて学校の課題を行っている。

 城崎は綺麗な姿勢で、日野は少し前かがみになって首が前に落ちでいて、何というか肩が凝りそうだ。

 日高先輩は、僕が命を救ってもらった代わりにあげた官能小説を熱心に読んでいる。

 置物のように微動だにしない。

 日高先輩の隣の席に座ると、先ほど聞きに行った範囲の復習を行うことにした。

 先生に聞いた直後はわかった気になるが、いざ、もう一度教えてもらったことを再現しようとすると理解できていない箇所が虫食いのようになって不完全な答案になる。



「どうしたんですか、能登先輩、これ見よがしにため息なんかついて」


 僕は無意識のうちにため息をついていたらしい、心配そうな表情で日野がこちらを見ている。

 日野、城崎と立て続けに人の人間関係に首を突っ込んでいる僕に対して、盛大な勘違いをしている気がする。

 僕は僕で部室についてすぐにため息なんて「どうしたんですか」と言われるのを待っているみたいで恥ずかしい気持ちになる。


「なんでも、無いんだ」


 本当に何でもなかった、話をするようなことですらなかった。

 僕が勉強ができないのは、僕の責任だ。

 しょうもない。


「きっと、迫りくる定期テストの勉強が思うようにはかどっておらず、悩んでいるんだろう、そんな顔をしている」


 洞察力ではない超能力的な何かで日高先輩は僕の表情の原因を特定する。

 その目は鋭く光っている、官能小説越しに。


「なんだ、そんなことだったんですね」


 安心したように日野は言う。拍子抜けとでも言わんばかりだった。


「日野はテスト勉強、大丈夫そう?」


「まあ、真ん中より少し上ぐらいを目指すつもりなんで、その程度には大丈夫ですよ」


 日野は派手な見た目とは対照的にと言うか、僕の偏見と対照的というか着実に勉学にも取り組んでいた。


「なんか、今、失礼なことを考えたりしませんでした?」


 日野は僕のことを半目で見てくる。

 僕は、目を逸らす。


「良いこと考えました、みんなでテストの勝負をしましょう」


「それなら、能登先輩もやる気出るんじゃないですか」とキラキラした目で日野が提案をしてくる。

 僕の学力を知ってそんな無謀なことを言っているのだろうか。

 確か、日野は自分の成績を中の上と言っていた、それに対して僕は下の中と下の下を行き来して縁の下の力持ちのようにみんなの順位の底上げを担っている僕とでは勝負にはならないだろう。


「僕の頭を知っての提案なのかい?僕は、時間をかけて勉強をしてやっと赤点を免れるか良いところ平均点をとれるだけの劣等生なのだよ、それ相応のハンデをもらえるのだろうね」


「テストは自分の学力を図るためのものなんだから勝負なんてナンセンスだよ」と言う野暮なことは言わない。

 僕は胸を張って自分が劣等生ということを日野に伝える。


「ハンデの要求を上から目線でしてくるなんてさすがですね能登先輩、それでは、先輩のテストの合計点数の偏差値に10加えた数字との勝負でどうですか」


 挑戦的な提案をしてくる日野、表情は自信であふれている。


「20だ、僕の偏差値に20加えた数字との勝負で受けよう」


 顎を上げて見下すように日野を睨み不敵に笑う。


「そんな顔で笑っていられるのも今の内ですよ、負けたときは覚悟していてくださいね」


 ひるむことなく、日野も笑った。



 唐突な定期テスト対決は、少々内容が変更を重ねて、四人の定期テストの偏差値の高さで順位を決め、上の順位の人が下の順位の人に一つだけ、何かを要求することが出来るというものになった。

 つまり、4位になった場合、3人からの無理難題を押し付けられる可能性があるということだ。

 偏差値20のハンデは残してもらった。

 僕の個表を見せたら、微妙な顔をして納得してもらえた。

 一位はほぼ確実に日高先輩で決まりだろう、定期テストで満点以外を取ったことが無い先輩には偏差値20のハンデでは届かない、数学の偏差値とか100を超えていたし、もうわけがわからない。

 僕が、食い気味にテスト対決を受け入れたのは、日野が楽しそうに提案をしてくれたからであって、そのご褒美に目が眩んだわけではない。

 本当だ。

 僕の中にも少しだけある負けず嫌いな部分がテストに対して前向きな気持ちを与えてくれた。

 城崎も何も言うことはなくて、対決に参加するようだった。

 何度か、城崎の方を見たけれど彼女はこちらを向いてくれることはなかった。




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