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しがない文学同好会の日常  作者: 間島健斗
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 日野の家があるところは僕が住んでいる叔母さんの家とは、学校を挟んでほとんど対称の位置にある。

 少し前まで、田園が広がっていた地域は少しずつ新興住宅が増え、今では、ほとんどが家となっていて、その中の一つに日野と表札が出ていた。

 クリーム色の外壁に、レンガを模したようなタイルがところどころに貼られている可愛らしい家だった。

 インターホンを鳴らすと、中から女の人の声がする。家の前の駐車場には車は停まっていない。「陽菜さんはいますか」と問いかける。

 少しの沈黙のあと、「どちら様でしょうか」という警戒したような声が帰ってくる。

 僕が日野と同じ高校の生徒で学校を休んでいるのを気にしているということを言うと、玄関のドアが開いた。

 中から出てきたのは、日野の面影が少しある、女性だった。

「どうぞ入って」と落ち着きを払った声でその女性は言った。



 叔母さんのアパートと比べると倍以上の広さの玄関を上がって通されたのは天井が高く、大きなテレビが印象的なリビングだった。

 案内してくれた女性は年齢からして日野のお姉さんというよりはお母さんだろう。


「陽菜なんだけど、一昨日から様子が変で、元気が無かったのよ、聞いても話てくれそうにないし、部屋に閉じこもっちゃって出てこないし、何かあったか教えてくれないかしら?」


 日野のお母さんは「何もないんだけど」と言って、お菓子とコーヒーを持ってきてくれた。僕は、彼女にも先生に説明したように何があったのかを説明した。

 僕がどの程度の怪我をしたことを伏せて、何となく、なぜそうなったかわかるように心がける。 


「そうだったのね、娘を庇ってくれてありがとう、能登君、ちなみに陽菜とはどんな関係なの?」


 興味深々と言った風に日野のお母さんは僕を覗き込む。


「僕と陽菜さんは、同じ同好会に入っている部員なんです」


「それだけ?」


「それだけですよ」


 そういうと僕のことを何も言わずにじっとりとした目で見てくる。


「陽菜の彼氏だったら隠さなくてもいいのよ、私は青少年の健全な付き合いも不健全な付き合いもどちらに対しても寛容な姿勢だから、でも、お父さんには殺されるしれないわね」


 そう言って、日野母は笑った。

 すごく物騒な言葉が聞こえたけれど気にしないようにする。


「大丈夫ですよ、僕と陽菜さんはお父さんに殺されるような関係ではないですから」


「まあ、お義父さんだなんて、気が早いのね、私のこともお義母さんと呼んでもいいのよ?」


 ほほに両手を添えて、顔を赤らめるている。

 おとうさんという字が彼女の中では、僕が言ったニュアンスと違う風に伝わったらしい。


「冗談よ、来てくれてありがとうね、陽菜の部屋に案内してもいいかしら?」


 苦笑いを浮かべていた僕に向かって日野母は優しく言った。

 僕は「お願いします」と言う。

 二階にあるらしい日野の部屋に向かって連れて行ってもらう。

 階段を上がってすぐ左手のところにあるのが日野の部屋らしかった、これと言って扉に表札がかかっているわけではなかった。

 ノックをして日野母が僕が来たことを中にいるであろう日野に対して知らせてくれる。

 反応はなかった。

「ごめんなさいね」と言って、日野母は少し寂しそうに笑っていた。

 僕が扉越しに話をしたいというと、日野母は気を使って席を外してくれた。


「学校に行けてないみたいだから、心配になって見に来たんだけど、少し話をしてもいいかな?」


 扉に向かって話しかけるが、返答はない。


「相田さんとの一件の時の傷はもう何ともなくて、僕はいつも通りに学校に行くことが出来るようになったよ。あの時、救急車を呼んでくれたのは日野だよね?ありがとう、あんな危険なことに巻き込んでしまってごめんね、一歩間違ってたら、日野が大変なことになっていたところだった」


 扉の向こうは静かだった。

 寝ているのだろうか、でもここに来たからには、伝わってなくても、言うべきことがあると思った。


「相田さんは、昨日で転校ということになったらしいよ、表向きには、両親の親の都合ということで、これで城崎の問題の直接的な原因は無くなったから、城崎は前よりは少し息苦しくなくなるはずだ。あの女の子のことは忘れるように心がけよう、彼女は触れてはいけない人種のような気がするんだ。だから、彼女のことは忘れよう、忘れられなくても意識しないようにしよう。僕らにとって彼女の闇は大きすぎる。僕も彼女のことは怖かったんだ。でも大丈夫、彼女は僕たちの日常にはもう現れることはないから。今日はこの辺にしておくね、僕は日野が学校に来るようになるまで、ここに来るつもりだから、鬱陶しいと思うんだったら、早く学校に来るように」


 日野が学校に来れていない原因はきっと相田由紀が原因だろう、あの経験はトラウマになってもおかしくない。


 そこまで、言って振り返り階段を降りようとすると、後ろから伸びてきた手に掴まれて、部屋の中へと引き込まれた。

 遮光カーテンが閉め切られ、夕方でまだ明るい時間帯なのに部屋の中は薄暗かった。

 日野は僕の背中にくっついて離れようとしない。


「このままでいいですか、多分顔ひどいと思うので見られたくないんです」


 背中から聞こえてくる日野の声は最初彼女に会ったときよりも小さかった。


「ああ、いいよ」


 突然のことに焦る。


「怖かったんです。私を庇った先輩が死んじゃったらどうしようって、恐怖で声が出なかった私じゃなくて、救急車に電話をしたのは日高先輩でした。私はただ無力でした」


 僕の命の恩人は日高先輩だったらしい。

 彼は彼でそんな様子は微塵も見せたりはしなかった。


「学校に行けなかったのは、先輩に合わせる顔が無かったからです。っていうと先輩のせいみたいに聞こえるかもしれないですけど、そういうわけじゃなくて、本当にどういう顔をしたらいいか、どんな言葉をかけていいかわからなかったんです。それに、もう一度先輩に会えるかどうかも分からなかった、知りたくなかったんです。もし万が一のことがあったらって、先輩を思って泣いているのか、自分のために泣いているのかわからなくて、ただ泣いているだけの自分が情けなくて、そもそも自分になく権利があるのかどうかわからなくて苦しくて」


 涙交じりの声を時々つまらせながら日野は言った。日野の手は震えていた。


「そんなに難しく考えることなんてないよ、日野のせいだなんて思ってないし、日野が城崎のために怒ってくれたのが嬉しかった。日野は変わらず、僕らに接してくれたらそれでいいんだ。まだ、僕は日野のことをよく知らないけど、誰かのために怒ったり、悲しんだりできる日野が優しい人だってことはわかるような気がする」


 日野が僕のお腹のあたりに回した手の締め付けが少しだけ強くなる。

 部屋着越しの日野の体温が伝わってくる。

 日野の体は暖かかった。


「私はまた先輩に迷惑を掛けることになっちゃいましたね」


「大丈夫だよ、持ちつ持たれつで行こう」


「私はまた部室に戻ってもいいですか?」


「もちろん、戻ってくるべきだ、城崎にもちゃんと話してあげよう、日野が相田さんに言ってやったことをね」


 人のことについて、言い切ったりすることを極力控えている。

 でも、今回はあえて言い切ることにした。日野の手の震えは停まったようだった。


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