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しがない文学同好会の日常  作者: 間島健斗
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 僕の両親は、僕が5歳の時に交通事故で無くなった。

 親族間で押し付け合いになった僕の面倒を見てくれることになったのが、叔母さんだった。

 大学を出て間もないころの叔母さんは忙しいにも関わらず、僕にたくさんの手をかけてくれた。

 僕が他人の感情がある程度分かるようになったのもその時期からで、子供心に他人の見えなくてもいい部分まで見えてしまうこの力を僕は恐れていた。

 叔母さんはそんな人間不信ともいえる僕を養うことを面倒に思わず、自分の子のように育ててくれた。

 叔母さんの献身的な支えによって大きくなることが出来た。

 何もできなかった僕に叔母さんは役割をくれた、「家事は陽一がやってくれないか」と言ってくれた。

 嬉しかった、叔母さんが僕を頼ってくれることが、ただ叔母さんに生かされているだけじゃなく、自分も叔母さんの生活の一部になれることが、要領の悪い僕のことを見守ってくれた。

 叱られることはあっても怒られることはなかった。

 叔母さんから優しさをもらった僕も誰かに対して優しさを分けられるような人間になりたいと思うようになったのは自然なことなのかもしれない。

 意識はあるけれどはっきりしたものではなくて、ぼんやりとしている、目覚める前とか、眠る前の時間や自分に起こった過去の出来事や自分の想像がないまぜになってすべてが溶けているような、感覚から少しずつ意識が覚醒していき、目を開けると清潔な白色で包まれた部屋、消毒のにおいだろうか、しみるようなにおいがどこからともなくしてくる。

 体を起こそうとすると脇腹のあたりに違和感を感じる、麻酔を打ったのだろうか、感覚がそこだけ鈍くなっていて、上から白いガーゼがされているのでどのようなことになっているかはわからない。

 病室のドアが開く、そこに立っていたのは、叔母さんだった。

 何も言わずに僕に歩み寄って叔母さんは僕のことを抱きしめた。


「おかえり、よく頑張ったね」


 叔母さんの声は少しかすれていて、疲れが滲んでいたけれど、優しい声だった。


「ごめん、叔母さんに忠告されたのに、活かせなかった」


「そんなのはいいんだよ、陽一が生きてさえいてくれれば」


 叔母さんに聞いた話では、僕は丸一日意識が無かったらしい。

 優秀な医師が最適な治療を施してくれたのと、幸いにも内蔵には届いていなかったことで奇跡的に後遺症もないとのことだった。

 意識が戻ったことで僕はその日のうちに退院して家に帰ることになり、久しぶりに叔母さんが料理をすることになった。

 彼女が作る料理は、僕が料理が出来なかった数年前おいしいと感じたのと変わらなかった。



 次の日の学校は、特に僕がいてもいなくても関係ないとでも言いたげにいつも通りに授業が行われていた。

 僕が刺されたらしいと言いう話題で持ち切りということはなく、普段と変わらない日常だった。

 あそこの場面を誰かが見ていたというわけでもないし、ラグビー部などの運動部の激しい練習によって負傷した生徒を病院に運ぶために救急車が学校に来ることも珍しいことではなかったので、誰もそんな事件があったことを知らない様子だった。

 誰かに昨日のことを聞かれたときにどう誤魔化そうか考えていたのだが、その成果を発揮することはないようだ。

 そもそもこのクラスには僕に興味を向ける人がいないんだった。

 笑えない。



 同好会の部室に向かうと、日野だけがいなかった。日高先輩はいつもと何も変わらないし、城崎もドアが開いたのに少しだけ反応したぐらいだった。


「日野はどうしたんですか?」


「日野君は昨日も今日も学校に来ていないらしい、君との一件でのショックが大きかったみたいだね」


 先輩は何があったか、知っているようだった。気の毒そうに顔をしかめる。


「そうですか、城崎は日野から何か聞いてないかな?」


「聞いてないですね、連絡先知らないですし……何があったんですか、先輩の口から教えてください」


 不安そうな表情で見つめてくる城崎。

 城崎への嫌がらせをやめるように言ったこと、日野と相田が言い争いになったこと、僕が刺されたことを話すと城崎は静かに聞いていた。


「なんでそんな勝手なことしたんですか、私、先輩に何かしてほしいなんて頼んでませんよね、勝手に手を出して、それで、刺されたって、死んじゃってたかもしれないんですよ。自分が何とかできるって考えるのは思いやりとかやさしさじゃないですよ、そんなの自惚れじゃないですか」


 そう言っている城崎は苦しそうに眉をひそめている。


「城崎の言う通りで僕は自分に酔ってただけかもしれない、城崎が思う最善とは程遠いことをしてしまった自覚もあるんだ。でも、何もせずにはいられなかった。城崎は僕の大切な友達だから。僕なりに勝算があったんだ。でも、相田という女の子は話で聞いていた人物像や僕が想像していた人物像とはかけ離れていた、僕は詰めが甘かった」


 校舎裏であった相田由紀は異質な存在だった。

 僕を刺した後の笑顔が脳裏に焼き付いている。


「なんで、怒らないんですか、お前のためにやったのにって、救ってやったのに何で怒られなきゃいけないんだって、私を軽蔑してくださいよ、そうじゃないと私、私、先輩になんて言っていいかわからない、お願いですから、先輩を傷つける原因になった私のことを拒絶してください」


 泣きながら訴える城崎の声は少し鼻にかかっていて、零れ落ちるように言葉になった。


「城崎は頑張ったよ、これ以上傷つく必要はないんだ。僕は、城崎を拒絶したりしない」


 城崎は泣いていた。

 これまでのことを表情に出さなかった分の悲しみや苦痛が出ているようだった。

 友達だと思っていた人に絶交されたこと、それを隠し自ら一人になったようにふるまわなければいけなかったこと、城崎は頑張った。

 気が付いてやることが出来なかった、僕が一緒にご飯を食べようと言ったあの時も、日野の背中を押してやったあの時も城崎は一人で耐えていたのだ。

 事情をよく知りもしなかった僕が頑張ったというのはおこがましいことだとわかっているけれどそう思わずにはいられなかった。

 そう言わずにはいられなかった。


「相田由紀は表向きは両親の仕事の都合ということで転校することになったそうだ。昨日からもうこの学校にはいない。能登君が望むのなら、彼女と君に起こったことを公表するべきだと思う。相田由紀が君にしたことは犯罪だからね」


 これ以上相田由紀と接点を持つのは危険な気がした。

 彼女は法律や道徳という規範から逸脱したところにいる存在で、更生や改心するようには思えなかった。

 本気で善悪という人間が作り出した概念にとらわれずに行動している。

 そう思えるくらい危険な思考をしていた。


「やめておきます、彼女と関わるのは危険としか思えないので」


 日高先輩は「そうか」と言って腕を組んで目を瞑った。

 城崎のすすり泣く声以外は何の音も無い重たい空気になる。

 どういう風に声を掛けようか考えていると、引き戸が勢いよく開いた。


「おお、お前ら三人ともいたんだな」


 吉岡先生はいつもと同じけだるげな声だ。


「能登は刺されたらしいな、一日しか休んでないけど、大丈夫なのか?で、城崎は何泣いてんだ?」


「今日一日過ごしましたけど、何も問題なかったですよ」


 城崎は何も答えない。

 手で顔を覆いながら、泣いている。


「何、お前なんかしたの?」


 間の抜けた顔で僕の顔を見る吉岡先生の空気の読まなさに感謝しつつ話途切れないように言葉をつなぐ。

 僕らがこうなった理由を説明した。


「能登、お前の行動力には驚かされるが、時にそれが裏目に出ることがあるということを学べてよかったな。ちと、代償が大きすぎたような気もするが。城崎は、自分を責めるな。あと泣きたいときは好きなだけ泣けばいい」


 吉岡先生はそのけだるげな声のまま、僕らに言った。


「俺がここに来たのは、日野についてなんだが、親御さんの話では、部屋から出てこならしくてな、そこで、同じ同好会のよしみということでお前らが日野に話をしに行ってやってくれないか、城崎は今回はやめておくとして、日高はあんまり関係ないから、能登お前が言ってきてやってくれないか」


 そう言って、吉岡先生は、日野の家がどこにあるのかという情報を教えてくれた。

 日野の親御さんには許可を取っているらしかった。



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