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しがない文学同好会の日常  作者: 間島健斗
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 城崎と日野と一緒に昼ご飯を食べるようになって2週間がたった。

 城崎は表面上は平静を装っていたが、時折、珍しく、ぼーっとしていたり、何か考え込んでいて小説や課題に集中できていない様子だった。

 でも、簡単に動くことはできなかった。

 というのも、嫌がらせの張本人である相田由紀は最初こそ城崎に言い負かされたものの、それ以降は、尻尾を出すこともなく、彼女にやめるように交渉するためのこちらの手数が足りていなかった。

 日高先輩の盗聴器を借りようとも考えたが、部活に所属しておらず、かつ、自分の周りの人間に対しても城崎に対して嫌がらせをしているということを明かしていない、表向きの周りからの評価は優等生であり、周りを自分の思うままに動かすことによって城崎の立場を悪くするという方法をとっている彼女は学校では、徹底して自分の本性を出すことはしなかった。

 あれから、日野とも何度か話あったけれど、有効な打開策は思いつかなかった。

 それこそ、何か変わるとしたら、直接相田という少女に話をしに行くことぐらいだった。

 他にも有効な策はあったかもしれないが、僕に思いついたのはそれぐらいだった。



 僕が立っているのは、放課後の校舎裏の人があまりいない花壇の植え込みの近くだ。

 相田由紀を呼び出す際、下駄箱に手紙を入れるときは、緊張して鼓動が早くなった。

 こんなことで彼女を呼び出すことが出来るのか、という不安と呼び出せたところで機械は何かいい方向に転がるのかという不安があった。

「放課後、校舎裏に来てください」と飾りも何もない事務連絡のような文面のそれを彼女の下駄箱に入れて僕は一日を過ごした。

 日に日に長くなっていく日照時間と梅雨明け前のジメジメが残りながら、もう夏が来たのではないかというくらいの暑さの中で僕は、相田由紀を待つ。

 シャツの中を暑さか、緊張で出ているのかわからない汗が伝っていく。


「もしかして、あなたですか、私の下駄箱に手紙を入れたのは?」


 背中の方から声が聞こえてきて慌てて振り返る。顔に出ていたのか、そこにいた少女は口に手を添えて上品に笑った。


「相田由紀さんだよね?」


「そうですよ、私が相田由紀です」


 彼女は終始笑顔だ。

 とても、誰かを貶めようとするような女の子には見えない。

 人は見た目ではない、はっきりとわかる瞬間がある、それが今だと思ったし、こんなタイミングでこんな状況でそう思えてしまうことが嫌だった。


「そっか、来てくれてありがとう、さっそくなんだけど、城崎にちょっかいを出すのはやめてくれるかな?」


「城崎さんにですか、なんのことですか?」


 相田は本当に何のことだかわからず困った顔をしている。

 唐突な僕の言葉に反応すらしないのは隠すのが上手いのだろう。

 けれど、彼女の綺麗な瞳と違って、心の中は、城崎に対する感情は濁りきった沼のように底が見えない。

 単なる、逆恨みや嫉妬だけではない何かが含まれている気がした。


「誤魔化そうとしても無駄だよ。僕は君から広田くんのことを振ったってことも、その話を作り変えて、城崎に言いがかりをつけたことも知ってる」


「それを知っているからってなんだっていうんですか?」


 なおも相田は笑っている。

 取り繕ってというより、心から楽しんでいるように笑っているように見える。

 人は相手にしてほしい表情をしてもらえない時に不安になるということを知った。

 僕は彼女に少しでもいいから、焦ったり、僕に対しての不信感のある表情をしてほしかった。


「城崎をこれ以上追い込むのはやめてほしいんだ」


「なぜですか、あなたには関係ないことじゃないですか、あなたは城崎さんの何なんですか?」


 僕は城崎の何なんだろう、ただの同じ同好会の先輩と後輩で、休日にどこかに一緒に出掛けるわけでもなく、放課後の少しの時間を一緒に過ごすだけの存在。別に特別親しいわけでも、彼女が僕に好意を抱いているわけでも僕が彼女に好意を抱いているわけでもない。

 でも城崎の力になりたいと思った。

 そう思わせてくれるだけの存在それは、


「僕は城崎の友達だよ」


「いいですね、そういうの、友達とか、恋人とか、私はそういう人間関係を壊すのとか、壊れるのを傍から見るのとか、綺麗だった人間が壊れて堕ちていくところとか、たまらなく好きなんです、城崎さん、頑張ってますよ、クラスの友達から絶交されても、優等生の私から、彼を寝取った女として嫌われても、なかなか彼女は壊れない、そんな彼女がどんな音を立てて壊れるのか楽しみで仕方ありません、だからやめてあげることはできませんよ、残念ですけど」


 相田は瞳を輝かせながらそう言った。


 絶交?

 城崎は僕に、「ほとぼりが収まるまでは一人でいる」と言った。

 城崎が友達だと思っていた人から絶交されていたなんて一言も言わなかった。

 城崎は嘘をつかない、と思っていたのは僕の思い込みだった。

 彼女は周りを必要以上に巻き込まないように嘘をついた。自分の中に押し込んだ。

 城崎が何を思って僕に嘘をついたのか、どれだけ苦しかったのかということをわかってやることが出来なかった。


「残念ですけど、じゃないわよ、あんた自分のやっていることがどんなことかわかっているの!」


 僕の横で僕の中の熱量も載せたような怒声が飛ぶ、日野の声だった。


「私がやっているのは、壊すことただそれだけよ」


 広田と別れたのも、城崎とクラスメイトとの関係も壊すことを楽しんでいるようにしか取れない言いかただった。

 相田由紀という少女はどこか壊れてしまっている。


「ふざけないで、あんた以外の人間が全部あんたのおもちゃじゃない、そんな風に思っていいわけがない、そんなの人間じゃない」


 日野は、強く拳を握りしめて言っている。

 さっきまでの勢いは影を潜め、彼女の声は少し震えていた。


「そうね、私は人間じゃないのかもしれない、良心や道徳というものが抜け落ちているの、あなたが善だと思っているものを私は善だとは思わない、あなたが悪だと思っているものも悪だとは思わない、ただそこにある物が私にとって面白いかそうでないかそれだけなの」


 相田はいつの間にか、鈍く輝く刃物を持っていた。一瞬もその笑顔を曇らせることはなかった。

 きっとまずいことになる、脅しとかじゃなく、彼女ならやるという本気を感じさせる狂気を纏った笑顔だった。


「例えば、ここであなたを傷つけたとしたら、そこの彼はどんな顔をするのだろうとか、想像と結果にずれがあればあるほど、私は興奮するの」


「えっ、ちょっと、何言ってんの」


 日野はほとんど最後の方は恐怖で声がかすれていた。

 後ずさることも忘れて日野はその場に立ちすくんでいる。

 相田は地面を踏み込み日野との距離を一気に詰める。

 恐怖で体が動かないのだろう、日野は深く目を瞑っているのが視界に入った。

 考えるより先の体が動いていた。

 僕は迫りくる刃物と日野との間に入る。

 思っていたよりも軽く、刃物が自分の体内に入った感覚がある。

 痛みというよりは、刺さった部分が熱を持っていて、カッターシャツの白がじわじわと赤色に染まっていく。

 立っていることが出来ず、倒れこんだ視界に入ったのは、日野の今にも泣きだしそうな顔と、相田のうっとりしたような瞳だった。


 相田の心は黒い渦が下に向かってとめどなく伸びていて他の誰と比べても異質なものだった。

 覗いているとこちらまで呑み込まれそうになる。

 僕は、ようやくやってきた痛みに耐えることが出来ず、意識を手放した。




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