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横顔  作者: 水上実結
4/5

expectation

ほとんどの生徒が教室に入り、朝礼が始まった。先ほどまでの喧騒が嘘のように、聞こえるのは、舞と広澤の足音だけ。それもきっと、朝礼が終わるまでのほんの束の間のこの時間だけのこと。


彼女達2年生の教室は二階にあり、保健室は一階の隅にある。

その途中、舞は、ふたりの足音が階段に響いていることに気付き、その静けさを意識した。


階段の踊り場をすぎ、再び階段を下り始めたあたりで、ふたりの足音が揃った。


ーあ、揃った。


すると、前を歩く広澤がくるりと振り返った。

「ごめん、歩くの早かった?」

思わぬ質問に、

「え、ううん、大丈夫」と首を降る。

「良かった」


そこでふたりははたと気が付いた。

階段の段差がふたりの身長差を埋め、目線の高さも揃っていることを。


☆☆☆☆


ごくり、という音は、どちらの音だったのか。

広澤は再び前を向き、「行こっか」と言った。


舞は恥ずかしさをごまかすように、歩きながら広澤に話しかけた。

「広澤くんって、遼ちゃんと知り合いだったんだね。知らなかった」

「うん、去年同じクラスだったから」

「そっか。歩くんは?」

「歩は幼馴染み。桃もね」

「そうなんだ、知らなかった~。桃ちゃんもなの?」

「うん」


ー幼馴染みで、付き合ってるのかな?


「一条さんは?」の声に意識を引き戻される。

「ん?」

「歩と知り合いだったんだね」

「うん、あのね、歩くん、去年のクラスによく遊びに来てたの。歩くん、サッカー部でしょ?私の隣の席のコが、連続でサッカー部でね、それでよく話しかけてくれてたの」

「一条さん、桃ともずっと席近かったんだっけ」

「そうなのっ!桃ちゃんね、1年間ずっと席近かったの。桃ちゃんから聞いてたの?」

「うん、なんとなくね」


☆☆☆☆


階段を下り、ふたりは一階の廊下を歩く。続く会話を途切れさせることのないよう、自然と横並びになっていた。

一時間目が移動教室のクラスは、早々に朝礼を終え、生徒達が動き始めたようだ。

保健室は、教室の並びとは反対方向のため、生徒達の音は遠くに聞こえる程度だった。


「一条さん、時田くんと仲良いんだね」

「うん、中学から一緒だし、いま部活も一緒だしね」

「それだけ?」

「え?」

「いや、中学や部活が一緒でも、ふたりほど仲良くなるのは珍しいと思って」

「そうかなぁ?遼ちゃん面倒見いいから、誰にでもああいう感じじゃないかな」

「付き合ってる、わけではないの?」

「違う違う!」

「・・・そっか」

そのときの、広澤の笑顔に舞は目を奪われた。


☆☆☆☆


「広澤くん、やっぱり、やっぱり広澤くんを撮りたいです!撮らせてください!」

広澤が口を開く前に、がらりと扉が開いた。

「あら、何してるの?」


広澤が少し早口で応じる。

「先生。彼女、具合が悪いみたいで」


「大丈夫?熱はあるかしら。ごめんなさい、私いまちょっと呼ばれてしまって。ベッドは空いてるから、休んでいてもらえるかしら」

「先生、後は俺が」

「助かるわ!ごめんなさいね、すぐに戻れると思うから!」

「わかりました」


先生と入れ替わるようにふたりは保健室に入った。


「とりあえず、熱測る?横になってた方が楽かな?」

「このままで大丈夫」

「じゃあ、はい」


広澤に体温計を手渡され、舞は椅子に座り測り始めた。


「広澤くん、さっきの話の続きなんだけどね」

「昨日、あんまり眠れなかったの?」

「・・・うん」

「俺ね、一条さんは、今年も子供達を撮るんだと思ってたんだよね」

「・・・え?」

「だから、ちょっと残念」

「それって、どういう」

ピピピッと体温計の音が鳴る。


「あ、何℃だった?」

「36.5℃の平熱です・・・」

「良かった。でも、本当に顔色あんまり良くなかったから、ゆっくり休んだ方がいいよ」

「ありがとう」


広澤に促され、舞はベッドに座った。

「じゃあ、俺、戻るね」

「本当にありがとう。授業、始まっちゃったね、ごめんね」

「ううん」


そうは言いつつも、遮られてばかりだった舞は、我慢出来ずに最後にもう一度声をかけた。

「広澤くん、さっきの話なんだけどね」


広澤は、ゆっくりと舞の前にしゃがんだ。

「いいよ、やるよ」

「いいの!?」

「やってみて無理だったら、諦めてね」

「ありがとう!」

「無理だったら、諦めてね」

「大丈夫っ」


やったー嬉しい~!と喜ぶ舞に広澤は、

「よろしくね。被写体ってやったことないから」と声をかけた。

「こちらこそよろしくお願いします!」

舞は両手を差し出し、広澤は戸惑いながらも握手した。

「でも、どうして急にやる気になってくれたの?」


すると、握手をしたまま広澤は立ち上がりかけた。その様子に舞は力を緩めたが、広澤の手に、ぐっと力が入る。

驚いている舞の耳元で、広澤が言った。

「寝不足になるぐらい、俺のこと考えてくれたんでしょ?そこまで考えてくれたなら、引き受けてもいいかな、と思って」


舞は顔をあげられなかった。

だから、広澤がどんな顔をしていたかはわからない。


「じゃ、また後で。ゆっくり休んで。おやすみ」という広澤の声に、

「おやすみなさい」と答えるのが精一杯だった。


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