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旅人物語─帝の治める大陸  作者: 痲時
第2章 たった一つの冴えないやり方
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第9話:謝るということ


 あー……、いきなり出て行ったことは悪い。と思ってます。

 一応説明しておくと、西でちょっと世話していた餓鬼が居なくなって、それで探している状態。ただの家出とかそういう簡単な話でもなくて、厄介な奴に連れて行かれた可能性もある。まだ見つからなくて、当分帰れそうにない。

 と、思う。ごめん。

 落ち着いたらすぐ帰る。


 悪いけど、しばらく




「おおお、ビルにしては何やら真剣だな!」

「……ジョー」

 ぬっと大きな影に手元を隠されて、俺は溜め息を吐いてから顔を上げる。珍しく俺が外に出てがりがりと書き物をしているのは、家に居ても何も思い浮かばなかったからだ。このまま煮詰まるときっとずっと書かないままで、それはそれで罪悪感があるからと、 昼飯ついでにカーヴレイクまで出て来た。俺が出て行く前から中央の広場は活気を出そうとしていたが、戻って来てできていたのは、広場に置かれた机と椅子のセットだった。広場にぐるっと一周置かれたそれは、何所かの国から余った木材をもらって地道に作っていたらしい。つまり広場にカフェができたのだ。

 ここに来るまでは当然商店とかセオドアの店が立ち並んでいるが、ついでにここまで来るとちょっとした休憩や、飯が食える。つい少し前まで戦があったとは思えない復興ぶりだ。リヴァーシンがひとまずは平定された証なのかもしれない。


 人が多いからあまり気分は向かなかったのだが、やはりここに来たのは間違いだったようだ。

「何書いてるんだ、恋文か?」

「いや、反省文」

「反省文ってなんだよ!」

 反省文は反省文でしかない。ウェイアレイを放って来てしまったことは、間違いなく「反省」に値する。周りがどう思っているかはわからないが、俺なりにあいつのことは好きである。あいつに従わないのは、たぶん俺に我慢できなくて苦しむウェイアレイを見たくないからだ。ルーシアにも書くつもりではいたが、この間話したからもう問題ないだろう。それこそ向こうが5通送って来たら渋々1通送るぐらいの、滅多に手紙など返さない俺だが今回は仕方がない。

「いきなり出て来たから、一言反省文」

「おまえでも反省するんだなぁ」

 割と失礼な発言だが、まぁそう見えるのだからしょうがない。

「何も云わず出たら怒る……と思うから」

 目の前で突然飛び出て行ったのだ。ルーシアの言葉から推測すれば、たぶん相当に落ち込んでいる。あいつが本気で落ち込むと厄介なのは、流石によく知っている。そして割と俺の所為だとウェイの兄貴に叱られる。それもまた面倒くさい。

 ジョーは何も云っていないにも関わらず、さも当たり前のように俺の前に座る。

「おまえも自分の国には執着してるよなぁ」

「……しているように見えるか?」

「見えるねぇ、自然に。あ、俺は?」

「見えない」

「当ったりー! ま、完全にないっちゃあ嘘になるけどさ。国に執着はないんだ、本当に」

 そういえばあまり好きではないくせに、こいつはよく東大陸のほうにも船を出す。むしろデヴィットたちが嫌がるのか、南大陸側にはあまり行かないようだ。この世界は4つの大陸と3つの島国しかないとされている。この西大陸のずっと東に島国がもう一つあるとか、何所かの大陸とアリカラーナの間に隠れた島があるとか、噂話はあるものの誰も確認していない。島国3つは簡単に入国できるのがたった一つだけ、航海するには退屈ではないだろうか。

「国にはないけど、妹だけは置いて来て悪いなぁと思ってる」

「……おまえもか」

「なんだ、おまえもか」

 ジョーみたいに人生で後悔したことと云えるほど深刻なものではないが、ルーシアには悪いことをしているという気持ちが少なからずある。親父は俺に対して一番厳しく監視しているものの、それは同じ家の娘というだけでルーシアが逃れられるわけではない。そしてその原因は5年前に死にかけた俺にあるのだから、流石の俺でも罪悪感は生まれる。


 ルーシアと同じというと若干語弊があるものの、ウェイアレイも同じだ。あいつと初めて会った時の記憶なんて、たぶんない。気が付いたら近くに居て、気が付いたら腐れ縁になっていたあいつは、レーイ以外で初めてできた「特別」だ。俺がこんな風になっても、あいつは昔と変わらない態度で俺に接してくれる。

 ──知っているわ、ビルはレーイが大好きで、レーイはビルが大好きなの。

 たぶんウェイアレイが俺の中で特別になったきっかけは、俺とレーイの存在を一番に認めてくれたからだ。他人からは異常にさえ思えるほどずっと一緒に居た俺たちを、唯一認めてくれた。


「無駄に戒律が厳しいあのなかに、あいつひとり置いて来ちまった。しかも俺は最後国を離れる時、あいつに若干の希望を与えちゃったんだよな。──あそこに居る限り、無駄なことなのに」

 どんなに願ったって叶わないことはある。不老不死と同じだ。努力して叶えられるものもあれば、努力はできても達成することが不可能なことは、いくらでもあるだろう。そんな生き方をしている人に、余計な情報を入れて夢を見させるのは少し残酷かもしれない。

「まぁでも、受け取る側によるだろ」

 餓鬼の頃は外に出ることさえ難しかった俺に、剣を教えると連れ出してくれたのは従兄だ。当初は無茶だと思われて、確かに何度か倒れたこともあったが、それでも連れ出してくれたことに感謝していた。少なくともあのまま屋敷でうなっているぐらいなら、少し辛くとも剣を持って動いているほうが良いとあの時は思っていた。屋敷で寝台に縛り付けられたまま死ぬより、外で遊んでいて辛くなって死ぬほうがよっぽど幸せだと。


 というようなことを適当にジョーに云えば、彼はけらけらと笑う。

「──おまえは本当、おもしろいよな」

 俺の体験談を素直に話しただけなのに、おもしろいと評されても。

「あいつもそう思ってくれていると良いなぁ」

 珍しくしんみりと云うジョーは、確かに国に対する主張は何一つしない。妹のことだけはこんなにも気がかりだが、それでも戻らないのはジョーがこうして、まったくの別人として生きて行くことを決めたからだ。それに対して今さら誰が云ったところで、ジョーは折れないだろう。

 



 俺は進まない手紙を諦めて、一応は途中までのそれを丁寧に折りたたんでしまう。きっと続きは書かない。俺が手紙を諦めたように、ジョーもあれこれ考えるのを諦めたのか、長い足を放り出してリラックスモードだ。そんなジョーはやけに目立つのか、彼めがけてまっすぐやって来たのは将軍だ。

「おお、二人共久しぶりだな。無事に帰って来てくれて何よりだ」

 てっきり帝都に帰っていたのかと思った将軍だが、西大陸東側での巨大都市メルクワールに軍の本拠地がありそこに駐在していた。一応は天帝側近の将軍だが、リヴァーシンが落ち着くまではこちらを管理されているらしい。カーヴレイク近くにも将軍の部下が残ってくれていて、彼らがネイシャを探すのに手伝ってくれたが、状況は芳しくないままだ。将軍はさっきようやくカーヴレイクに到着し、状況を確認したという。この先どれだけ大陸が広がっているのか知らないが、この半島の付け根に作られたメルクワールから、ネイシャ行方不明の報を聞いて駆けつけてくれたのだ。ネイシャのために軍が正式に動くと思っていなかっただけに少し驚く。


「復興の足がかりとしてメルクワールにはかなりの資金と資源を割いたが、その分この半島の舗装は遅れている。ネイシャの足でそんなに歩けるとは思えない」

 馬を走らせやって来た将軍でも、メルクワールからカーヴレイクまで寄り道を含め5日かかったという。もっと足の遅い徒歩の人間がそんな遠くまで行けるとは思わない。だがネイシャはたぶん、西を目指しただろう。北東にあるカーヴレイクを避け、南のリヴァーシンを避ければ、自然と行く先は西だけだ。もともとはリヴァーシンの土地だった場所を避けて、現在この間にある町村は7つぐらい。将軍は道中町で聞き込みをしたものの、これと云った情報は得られなかったという。

「そこまでしてくれたんだ」

 軍も動いてくれているようなことをカーヴレイクの連中が云っていたが、人数があまり割けずあんまり結果は芳しくないということぐらいしか聞いていなかった。まさかそこまで手をかけてくれているとは。

「当たり前だ、今回はネイシャのための出陣なんだ。まぁついでに、リヴァーシンの神官による迷惑行為もあるようだから、彼らを捕縛する目的もある」

「ネイシャ個人のために軍を動かすのか?」

「ああ、天帝からそう命が出ている」

 将軍はさも当たり前のように云うが、俺は腑に落ちない。亡国の元女神が居なくなったことで、帝都パクスカリナの天帝さえも動かしてしまうなんて、そんなに影響力のあるやつだったか。


「神官の迷惑行為ってなんなんだ?」

 俺と違う疑問を持ったジョーが将軍に尋ねると、難しい顔をして将軍は頷く。

「リヴァーシン近くの町に出没しているようなのだ。何が目的かはわからないが、あの神官の術をたまに仕掛けて来るらしく、町の人々は怖がっている」

 まったくもって厄介だと将軍は小さな溜め息さえ吐く。相当お忙しいようだ。

 神官のあの妙な術、精神的な攻撃だとルカは云っていた。そんなものを唐突に仕掛けられたら静かには暮らせないだろう。俺でさえそんなことをされたら流石に殴り込みに行く。何が目的なのかさっぱりわからない。いやたぶん、国を取り戻したいのだろうが、リヴァーシン近くの町で暴れてどうにかなる問題でもない。

「逃げた神官ってどれぐらい?」

「登録されている神官から捕縛された人数を引けば200人に満たないぐらいなんだが、正式かはわからん」

 意外に多い。長年続いた王朝の王族は、確かに何所までが親戚かわからないぐらい広がる。それは自分自身もそうなのでわかってはいる。

「200人だとはぐれ者も居るとしたら、4つのぐらいの集団かもな」

「ああ、全員が一致団結しているわけでもないだろうが、おおかたそれぐらいだろう」

「全体の筆頭はヤオン=ヤードだろ」

「だろうな、まだ若いが彼が一番現在の王に近い血筋らしい。神官としての能力も相当高い」

 ぽんぽんと俺の前で会話が弾んでいる。

 何所の国でもやはり現在偉いのは、現在の王の血縁なのだろうか。ヤオン=ヤード。青白いその顔には、張り付いたような笑顔ばかり浮かべていた。それも王族としての使命の賜物なのか、俺には到底真似できない。


「天帝も近々来られる」

 思わぬ台詞に、俺は我に返る。天帝が、来る?

 リヴァーシンを平定するために来た時は、ちょうどすれ違いになって会わなかった。

「なんで天帝が」

 俺は思わず口を出す。たったひとりの少女探索のために、国の主がわざわざ足を運ぶとはどういう状況なのだ。

「これでリヴァーシンとの諍いを終わりにしたいのだ」

 将軍の声には、切実な思いが詰まっていた。


・・・・・


 フレイヤーバード大国からの書簡をレイヴンが持って帰って来たのは3日後の夕暮だった。簡単にまとめると、娘が面倒をかけて申し訳ないという謝罪とともに、しばらく迎えに行くことができないので、逗留を許してもらいたいということだった。これでテーマが宿に来たら最悪だと思いはしたものの、身柄はしばらく責任を持ってシーバルトが預かることとなった。本来なら帝都へ護送したいのだが、ここからパクスカリナへ行く手間を考えると、港町に居た方が良いこと、またいつでも逃げられる船に居ることは最も安全と云えたからだ。


「おまえ宛の書簡もちゃんと読んでおけよ」

 思わぬ労働をしたレイヴンは疲れ切ってはいても、俺をいじることは忘れなかった。そして案の定、フレイヤーバード国王陛下からのありがたい書簡には、ろくでもないことしか書いていない。どうして俺にばっかり面倒が降りかかるんだろうか。自分の子どもの管理ぐらい自分たちでして欲しい。それと同時にネイシャのことを考え、俺にそんなこと云う権利もないと思い出す。いや別に、自分の子どもではないけどでも、守ってやるべき存在ではあったはずだ。



 最早日常になっているルカの家から出て、ふらふらと商店街を歩いたのは単なる息抜きだ。56、57、58……。ただ散歩しているだけなのに、歩数を数えるのが当たり前になってしまった。

 ──あ、リュース、あれ見て!

 ふと店先に出されている小物に目が行く。そういえば、ネイシャはああいうものに飛びついては、散々目を輝かせて見ていた。要るかと訊くと、きょとんとした顔でかぶりを振る。ただ珍しくさを楽しんでいただけで、それが自分のものにできるとは知らない顔は、何所までも無防備だった。


 俺が国から慌てて来て、もう7日ぐらい経つ。未だ進展はない。この寒い季節もそろそろ終わりを告げようとしている。冬が終われば、春が来る。

 ──春が来た頃には、きっと私ほど幸せな女は居ないわ、ビル。

 あいつが待ち望んで、結局迎えられなかった春は、これで何度目だろうか。俺はもう19になってしまっていて、あいつの時は14で止まっていて。

 ──11、だったかな。

 それはネイシャも同じだった。あの祠の中で生かされながらも、自分の時は止まっていた。本当に何所までも、あいつは俺の何かを引き留めさせる何かを持っている。

 ──ネイシャが来たのは4の月だから、誕生日は4月だね。

 ──ああ、そうですね。その時はみんなでお祝いをしましょうね、ネイシャ。

 ベルクスが決めたあいつの誕生日を、本気で喜んだルリエール。ネイシャは嬉しさよりも戸惑いの方が大きくて、すべてを受け入れ切れていなかったが、必ずしようと約束していた。それなのにあいつは俺が居なくなったことで、すべて忘れて出て行った。俺という存在だけが居なくなっただけで、あっけなく他のものは置いていかれた。

「莫迦じゃねぇの……」

 思わずひとりごちる。


 ──嫌だ、リュース……っ!

 あの時の必死な声が思い返される。




 いつの間にか目をつぶっていたらしい、開けた瞬間、目の前にぬっと同じ顔が出て来る。

「──おまえらいい加減もっと普通に声かけられないのか」

 ……心臓に悪い。

「だってビルがいつもぼうっとしているんだもの」

「私たちは普通に声をかけただけだよ」

 ああそうですか。

 一日の大半俺がルカの家に居ることを知ってから、ロアーナとミアーナの双子もたまに訪ねて来るようになってしまった。あの狭い部屋に興味津々なのか、二人で何やら楽しそうにしているものの、なんで俺は異国でも子守をしなければならないのだろうという疑問だけが俺の中にはある。

「お仕事終わったの」

「もう帰るところなの」

 確かにもう少ししたら日が暮れる。これ以上やっても集中できそうにないから、俺も帰るか。そう思ったのを見計らったように、双子は今日も綺麗なユニゾンを聞かせてくれる。

「ビル、ロアたちのおうちに来て!」

「ビル、ミアたちのおうちに来て!」

 はもって云うが、なんでいきなりお呼ばれされているんだろう。

「おいしいお料理ご馳走してあげる」

 随分と得意げな顔で云うのはロアーナだ、こいつが姉らしい。外見だけだとまるっきりそっくりだからか、見分けはそんなにつかない。むしろ見分けなどつけられないようにしているのではないだろうか。会った時より成長した双子は、暮らしていく余裕ができたようで、洒落た髪飾りをするようになった。おそらく商店の仕業だろう。そんな小さな飾りすら二人してまったく同じものなのだから恐れ入る。


「ロアとミア、二人で合わせたらなんだってできるの」

 眩しいぐらいの笑顔で、俺に自慢げに云ってくる姿が羨ましい。


 ……羨ましい?

 一瞬そう思ってしまった自分に動揺する。ああ、羨ましいのか、俺。

 ──ビルさんがとても、傷ついているということ。

 ルリエールに云われたことを思い出す。まだよくわからない。俺は傷ついているのだろうか。従兄に会いたくないと云われ、周囲からは恐れられ、そういうのがすべて面倒くさくて逃げるようにして国を出て来ただけだ。従兄はもっと傷ついていたし、親父はあの時から余計におかしくなったし、ルーシアは自由奔放さがなくなった。俺なんかよりわかり易く悲しんでいる人たちがたくさんいるなかで、自分が傷ついたなんて考えたこともなかった。でも今俺は、こいつらを見て羨ましいと思ってしまった。そのことに、衝撃を受ける。


「……ああ、そうだろうな。二人なら、なんだってできるよな」

「ビルもわかってくれる?」

「ああ、わかるよ」

 そう思える気持ちが懐かしくて、俺はほんの少しだけ淋しいと感じた。



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