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旅人物語─帝の治める大陸  作者: 痲時
第2章 たった一つの冴えないやり方
8/20

第8話:帰るということ


 港へ出たダグが珍しくすぐ戻って来て彼らの帰還を知らせて来たのは、ベンの祝い事が終わってルリの宿へ泊まった翌日だった。


「待たせたな!」

 まるで誰もがその登場を待っていたと疑いなく信じていたらしい彼は、船から満面の笑みを見せた。だがそんな船長を突き飛ばすかのように、船員はまるで軍隊めいた動きでタラップを降りて来ると、ルリエールの前に並ぶ。当然その筆頭はポールだ。

「お土産です、ルリエールさん!」

「お久しぶりです、ルリエールさん!」

「お変わりありませんか、ルリエールさん!」

 どやどやとルリエールに群がる連中に本人は動揺するかと思えば、慣れ切っているのかそれとも気付いていないのか、それはもう嬉しそうに笑顔を向ける。

「みなさん、おかえりなさい!」

 その一言でまた湧き上がる連中に、船内に一人置いていかれた船長は我慢の限界が来たらしい。

「おい、てめぇら! 俺を差し置いて陸に上がってんじゃねぇ!!」

「だってルリエールさんがお迎えに来てくださったんすよ、船長!」

「出迎えないと失礼でしょう、船長!」

 いや、出迎えられたのおまえらだし。


 俺と一緒に一時西大陸を離れていたシーバルトの連中が、ようやくこの港へと帰って来たのだ。

 ダグを見かけてすぐ、船員たちはルリエールを探し求めたのだろう。自分の娘の人気に無頓着の父は、おとなしくルリエールを連れて戻って来た。ルリエールにさも当たり前のように連れて来られた俺は、ポールの要らぬ激高を買わないよう少し離れて相変わらずの彼らの様子を見ていた。



 ルリエールに夢中の船員を諦めたのか、船長ジョー・クールは軽い舌打ちと共に俺のところへやって来た。

「お、ビル、おまえのほうが早かったんだな」

「いろいろあって、一足先に」

「……ああ、おまえに船で後れを取るとは……不覚だぜ」

 別に競った覚えもないし明らかに俺は反則なのだが、レイヴンがでかくなることとか人になることとか、あれこれはまだ広めたくないので適当に黙る。うん、話す鳥だってことぐらいしか、たぶんまだバレていないはず。


「俺らは北大陸から東大陸まで回っていたからな、うろうろしている間に時間かかっちまった」

「国に帰ったのか?」

「いや、ちょっとあれこれ物資調達に。──デヴィットが前の祭りで食べた団子がまた食いたいとか、 ポールがルリエールに珍しい土産買いたいとか、わがままばっかり云いやがって」

 海賊とは随分自由気ままな旅路のようだ。


 困ったように溜め息を吐いたそこまではいつものジョーだったが、

「ネイシャのことは俺も協力する、任せておけよ」

 表情を改めしっかりとした口調で約束してくれる。なんだ、もう知らせが行ってるのか。あんまり広げるのも申し訳ないとは思いつつ、ひとまず頷いておいた。



「離してよ!」

「ああ、だから、ちょっと待ってください!」

 船の奥でなぜだか北国の言葉が聞こえた。続いてどたばたと騒がしい音がしたので、流石の船員たちもルリエールからそちらに注目を集めた。さっきまでの真面目な顔は何所へやら、少し苦り切った顔でジョーは俺を見る。

「あーそうだった、ビルにはもっと一番に話さないといけねぇことがあったな」

「俺?」

 嫌な予感がして思わず俺も顔は険しくなったと思う。それと同時にばたばたと走って来る音がして、嫌な予感通りタラップの上にそれは姿を現した。

「本当にこんなところに居たのね、ビル!」

 威勢の良い啖呵は北国の言葉そのものだが、最後の固有名詞は万国共通だ。言葉が通じない連中でも、当たり前に視線は俺に行く。加えて現れた長身の女は、間違うことなく俺を指差していたからだ。人を指さしちゃあいけないと、両親は教えなかったのだろうか。

「はぁ……?」

「はぁ? とは何よ。相変わらず失礼な男ね!」

 ぺらぺらと異国語で話す女に、大陸に居た連中は全員あっけにとられている。どちらかと云うと俺も驚いているのだが、その本人を知っているだけに驚きの種類が違ってくる。俺が混乱したいというのに、周りからの視線は痛々しいほど俺に突き刺さる。


 どうしてこう、俺の平穏なる生活は壊されるのだろうか。


「なにがどうなってここにテーマがここに居るんだよ……」

 ここで妹のルーシアとか先生とかならまだ許容範囲だ。まぁそのどっちも嫌だけど。でもこれは、なんというか、まったく予想もしないところから球を投げられた気分。いろいろな云い訳と共に、どうしようもない絶望感が俺の中を駆け巡る。

「あんたがここに居るってニーナに聞いたからに決まっているでしょう! だいたいあたしがあんだけ頼んだのに次の日にはさっさと帰ってるってどういうこと!?」

「……頼むからそこらへんで落ち着けよ、変な外人と見られて国外退去されても俺は知らねぇぞ」

 あんまりにも興奮していたのか俺が冷静に突っ込むと、意外にも周囲の目にようやく気が付いてくれた。辺りを見回してから慌てて咳払いする。今さら取り繕ったところで遅いのだが、金髪碧眼の多いこの土地で、明るい茶の髪に日焼けを知らない真っ白な肌は異様に浮き立つ。

「あ、ごめんなさい、あたしったら焦っちゃって」

 今さら上品にレジーク語しゃべったって遅ぇんだよ。

「──で、なんでおまえがジョーの船に乗ってこんなところまで」

「あんた今の話、なんにも聞いてなかったの? それとも北国の言葉を忘れた?」

 後ろから彼女を追って来たらしい千鶴ちづるが困ったように俺と彼女を見合わすが、俺はできる限りそいつを大陸に降ろして欲しくない。仕方なくルリエールとその親衛隊の近くまで寄ってやる。

「この間、約束したでしょう。今度西から帰る時こそ一緒に行ってくれるって。それなのにニーナに訊いたらもうとっくに帰ったって云われて! 悔しくてどうしようかと思っていたところで、たまたまジョーさんが拾ってくれたのよ」

 約束した覚えもない。……そういえば初めてここに来たのは書簡を届ける仕事だったが、それを俺に押し付けたのは誰もない、テーマだ。その時なんか云ったか。いやでもこいつを連れて帰る約束なんて、流石の俺も了承しないはず。

「……ジョー……」

 流石に恨みがましくなってしまうのだが、ジョーは罰が悪そうにしながらも、 やはりいつもの調子を取り戻す。

「だってたまたま知り合いが一緒とかってすげぇだろ? こりゃ偶然ってやつで…… え、俺いま責められる状況下にあるわけ?」

「当たり前だろ、こいつを国から出した責任が無関係の俺に来るじゃねぇかよ」

「大丈夫大丈夫、お父さんもお母さんも諦めているから!」

「そういう問題じゃねぇんだ、餓鬼は黙ってろ」

 本国でも再三迷惑をこうむったというのに、どうして外に出てまであらゆる餓鬼の世話をしなければならないのか。

「テーマ、おまえはタラップから降りるな。この大陸に乗るな」

 タラップから途中まで降り来てしまった長身の女テーマは、不服そうに俺を睨みつける。あれこいつ、また身長伸びたんじゃねぇの、 俺と頭一つ分ちょっとしか違わない気がする。餓鬼の成長って真面目に怖い。

「わかった、降りない。だからビル、お願いだからあたしを連れて帰ってよ!」

「無理。俺こっち来たばかりだし、しばらくは帰る予定ない」

「え、嘘! だって北を……ああ! またレイヴンを酷使させたのね?!」

「緊急事態だったんだよ。それよりテーマ、おまえはおまえの国へさっさと帰れ。レイヴン連れて行って良いから」

「そうはいかないわよ、せっかくビルが居るんだもの。一緒に帰るチャンスでしょ?」

「だーかーら。おまえの帰る場所は北だっての。もし出ようとしたら強制的に戻せっておまえらの親にも先生にもものすごく煩ーく云われてるんだよ」

「ビルは出てるのに? いじわるね」

「くそ餓鬼、俺とおまえじゃ立場がちっとも違うっての」

「あのー、ビル。そろそろそこの内輪もめやめないと、女泣かせだっておまえの株また下がるぜ」

 なんの株だよ……勝手に下がれ。不毛な争いにケリを付けてくれるのは良いが 事の重大さをわかっていないジョーに思わず苛々してしまう。ネイシャのことで切羽詰まっていたのも事実だが、余計な面倒事はこれ以上ごめんだ。



 まぁでも騙されるのも仕方ない。むしろ騙すようにして連れて来てもらったのだろう。残念なことに餓鬼だが莫迦ではないので、テーマも知り合ってすぐジョーの気の良さに便乗したのだ。

「どうもこうも……、まぁこいつが悪いけど、それに身元も確認せず出したおまえも悪い」

「だからなんで俺!?」

「おまえにも非はある」

「デヴィット……」

 テーマの居るタラップとは別につないだ緩やかなタラップから、千鶴に押されてデヴィットが降りて来た。どうやら千鶴も彼女の扱いはひとまず諦めたらしい。

「済まない、ビル。俺は止めたんだが、ジョーが話に乗ってしまってな」

「だから、俺が悪いみたいな流れを作るなよ! ビルに会いたいって云うレディを連れて来ただけだぜ! なんで非難されんの?」

 デヴィットが居ても止められないとは、テーマおそるべし。もう説明すら面倒くさくなった俺は、諸悪の根源に丸投げすることにした。

「テーマ、おまえを送ってくれた恩人に自己紹介でもしたらどうだ。どうせちゃんとしてないんだろ」

「……は?」

「あ、きちんとした自己紹介もまだでしたね。ごめんなさい、慌てていたから。フレイヤーバード第一王女テルマーナ==フレイヤーと申します。この度は親切なお声かけをくださり、大変助かりました」

 流石のデヴィットもそこまでの予想はしていなかったらしく、普段あまり表情の変わらない彼の頬が引き攣ったように見えた。ジョーはと云えば、間抜け面晒して視線は俺とテーマの間を行ったり来たりさせる。


「う……。あ、ビル、なんでビルは王女と知り合いなんだよ!」

 困った末に出た質問がそれか。

「俺が世話になったり世話してる先生の血縁」

「ちょっと、先生はビルの世話して仕事あげてるのよ!」

 はぁ。

 溜め息がさらに深くなる。恩師は恩師だがこうして面倒を持って来られると、俺としては素直に恩師だと尊敬する気持ちもなくなってくる。俺が食うに困らず異国でも賃金が稼げるのは確かに先生のおかげだ。だがこんな面倒まで引き受けた覚えはない。


「……こうやって年も考えず、先生の婚約者になるんだと意気込んでは、国をしょっちゅう抜け出して大好きな先生にお会いしに行くのがここ数年流行なんだと」

「でも第一王女だろう? ならば結婚を考えてもおかしくはないのではないか?」

 事の重大さが1番わかってくれていそうなデヴィットですらどうやら騙されたらしい。

「こいつは今年9歳になったばかりの、餓鬼だよ」

 俺の婚約者だと云ってもたぶん誰も疑わないであろう外見の彼女は、俺の母国でもこの西大陸でも、年齢的には正真正銘の餓鬼だった。


・・・・・


 身長は俺より頭一つ分低いぐらいの背丈になってしまったテーマは、生まれてまだ9年しか経っていない。幼い頃先生にかわいがってもらい、「将来は先生のお嫁さんになる!」とお決まりの気持ちを持ったテーマは、「もっと大きくなったらな」と先生のこれまたひねりのないよくあるお決まりのセリフを本気にして、「大きくなる」ことを目標に日々努力し、その結果が莫迦に大人びた身体だった。


 要するに、中身はまったく変化していない。


 先生の両親は、父親がフレイヤーバード人、母親がアリカラーナ人で、王弟の父が母を連れ帰って結婚したらしい。仮にも王族であるというのにあっさりと結婚できたのは、アリカラーナの神国意識が働いていたからかもしれないと先生は云っていた。そんな両親から生まれた先生は、母から聞くアリカラーナという土地に興味を持ち、今では移住して最高学府の教師にまでなってしまっているから恐ろしいものだと思う。

 そんな先生の兄が、現在北国で最大の土地を持つ、フレイヤーバード王国の王であり、その愛娘がこの9つになるテーマである。王弟血筋の先生の兄が王になったのは直系が途切れて回って来たとかなんとか……面倒くさいしややこしいし覚えていたくないので、以下省略。




 正式な関係としては叔父と姪になるのだが、懐き方が尋常ではない。

「それでね、それでね、先生ったらね!」

「……もう先生の話は良いから」

 テーマに会う度困るのが「先生の自慢話」である。こちとら帰る度あれこれこき使わされているし、助手になれだの試験受けろだの煩くて困っているというのに、こいつはそんな先生に会いたいとほざく。

「だって先生、恰好良いんだもの!」

「テーマは本当に、先生が好きなのね」

 孤児院の子どもたちと同い年だというのに最初は敬語を使いっぱなしだったルリエールだが、テーマからの「お友だち」という要望に沿って、子どもたちと同じ扱いをしてもらっているらしい。一国の王女にそんなと最初は遠慮していたルリエールだったが、テーマが話す度に打ち解けている。それは背がでかく大人びていると云えど、テーマの内心がまだ子どもだからだだろう。話しているうちにそれはだんだんとわかってくるものだ。外見は大人になれど、中身が伴っていない。




 場所はシーバルト内ヘキシ号の船室。流石に異国の王女を勝手に逗留できないということで、シーバルトは大慌てだ。下手したら王女誘拐の罪にもなり得る。ひとまず連れて来てしまったこの事態を、天帝たちに知らせなければならない。自分の不始末に頭を抱えたジョーだったが、決めたら早い。さっさと将軍たちのもとへと行ってしまった。将軍に俺はまだ会っていないが、ネイシャ探索も含め数箇月前から近くにできた駐在所に居るらしい。

 適当なテーマの両親を知っている俺としては、そこまで騒ぎ立てることではないと思うのだが、流石に今の緊張状態にある西へ簡単に王女を連れて来たというのはまずい。俺にも責任が少々ある(ないと云いたいが)ので、レイヴンにテーマの迎えを寄越すよう、フレイヤーバードまで飛ばした。テーマがおとなしく云うことを聞くようにしなければならないから、迎えは相当大事になるかもしれない。こっちについてから何かと飛びっぱなしのレイヴンはしかし、流石に文句も云わず旅立った。ここで丸く治めるのには、俺が仲介に出た方が1番早いとわかってのことだろう。俺が初めて異国に出たのが北大陸だったのは、先生の故郷という伝手があったからで、たぶんそのとっかかりがなければ俺は今頃、北国で売られていたかもしれない。



 周囲の苦労も知らない9歳の餓鬼は、残念なことに通常運転だ。

「大好きよ! でも先生ったら、ビルに会ってからビルの自慢話ばっかり」

「……俺が先生に付いたのって、おまえ生まれたばっかの頃だろ」

「生まれたばかりじゃあないわ、2歳です」

 国家機密でも話すような真剣な表情で訂正される。大して変わんねぇ。

「それからずっとビルの話ばっかりなの! その前まではもっとおもしろいお話いっぱいだったのに」

「悪かったね、つまらない話のタネで」

「本当よ。しかも先生の云うことを聞かない話ばっかり」

「あの人の云うこと全部聞いてたら俺は一生学院から出られねぇよ」

「本望じゃない」

 ──何を当然、というような表情で、テーマは一掃する。まったく面倒くさい。

「この間のお手紙もビルの名前ばっかり。私が書いたことの返事もくれたけど、ずっとビルが先生と一緒に居たと思うと悔しくて悔しくて」

 なんで俺が嫉妬されないといけないんだ。むしろ代わってくれ。


 テーマの勢いに負けたわけではないだろうが、なんとも辛抱強いルリエールは、そこでようやくにして質問をする。

「先生っておいくつなんですか」

「え、あー……親父よりは年下だよな」

 何歳だ、あの人。知らん。若くは見えるものの、年齢不詳である。

「知らないわ、イリシャントゥラス卿がおいくつか、だなんて」

「俺も知らないけど、流石にもう20代じゃあないよな。30代?」

「またいい加減ね。先生は今年で32歳よ。パートナーなんだから覚えておきなさい」

 実に嬉しそうに語るテーマは見る分ではちょうど良い年頃なのだが、23歳差の恋を考えると少々やけっぱちというか、気が狂っているとしか思えない。年の差なんて問題はないのだが、その好きになり方が異常である。それこそリヴァーシン並みの新興宗教でも作れそうだ。

「あの人とパートナーなんか絶対嫌だ。その前に学院の教授なんて面倒くさいことしたくない」

「先生を侮辱することばっかり云わないでくれる?」

 俺を使って先生に会いに行こうとするくせに、俺に対する扱いは酷くぞんざいだ。テーマの場合、先生以外はすべてどうでも良いのかもしれない。まぁ今まで研究一番だった先生が俺に目をつけてからというもの、閑さえあればビルビルと俺を呼ぶからだろう、最初はテーマにそうとう嫌われていた。勝手な内輪もめに巻き込まれて非常に迷惑なのだが、だからと云ってこれを適当に放置していくほどに冷たくはなれない。



 テーマは俺たちの苦労も知らない。知っているのかもしれないが知らないふりをするから、そういう意味でも餓鬼だ。

「この間先生からビルがそろそろ帰って来るってお手紙が来たのよ。だからてっきりもうすぐ帰るんだと思っていたのに……」

「それってもう随分前の話だろ、先生だっておまえが脱走しないよう考えて書いてる。それで俺を恨んだって知らねぇよ。ちゃんと餓鬼卒業してから堂々と来い」

「その間に先生が結婚でもしようものならどうしたら良いのよ」

 論外と却下されるのも、いつものやりとりだ。だから餓鬼は面倒くさい。

「先生と鴉王あおうからの許可がちゃんと取れたら、その時はちゃんと連れて行ってやるから、もう少し大人になって来い」

「ビル、いじわる」

「俺がこんだけ譲歩してやってんのにおまえね……」

「でもありがとう」

 突然素直になる。そういうところもまだ子どもだからなのだろうか。

「ニーナにも謝っておけよ」

「わかった、ビルが西国で散々遊び歩いて楽しんでるって伝えておく」

「おまえね」

「でもビル、北に居たときより楽しそうだもん」

 子どもの直球な言葉に、俺は続ける台詞が思い浮かばない。今この瞬間は楽しくもなんともないと云ったら余計に面倒くさそうで、しかしそんな軽口を叩く余裕もなかった。楽しそうに見えるのか、俺。そもそも楽しいと思ったことが、ここ数年あったんだろうか。俺の短い人生の中で楽しかったことなんて、そんなにたくさんない。それほど俺は、子どもらしくない子どもだった。そんな俺でも、楽しそうに見えるのだろうか。


 北大陸が決して嫌いだったわけではない。無知な俺を助けてくれたニーナの店は、居心地が良く今でもたまに行きたいと思える。一見何所もかしこも平和そうに見える北大陸も裏では物騒で、なぜかマフィア集団が王女と知り合いというわけのわからない国家だ。そう、俺は北大陸でマフィアに助けられ、西大陸では海賊に助けられている。謎だ。

「ニーナの店に居る時はくつろいでたけどね、今ほど楽しそうじゃなかったもの」

 良いなぁと俺の胸中など知らず、テーマはぼんやりとつぶやく。テーマから見て楽しそうなら、それはおそらくレイヴンだって同じ感想だろう。だから放置されているんだろうか。親父に何も云わず出て来たのは今回が初めてのこと。俺が親父に逆らわないのは、逆らったところで意味がないからだ。たぶん無言で出て行っても見つけられて拉致されて屋敷に軟禁されるだろう。そんな面倒な事態になって余計に自由でなくなるのなら、最初から抵抗しないほうが良い。

 そんな俺を親父の忠実な部下であるレイヴンが出て行くことを促し、ここに居ることを容認しているのは、命の危険がないのもそうだが、もしかして俺が楽しそうに見えるからなのだろうか。そう思い付くと、嫌な気分になる。


 小さく溜め息を吐きながらジョーとデヴィットが帰って来る頃には、テーマは子どもらしく疲れて眠ってしまった。


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