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旅人物語─帝の治める大陸  作者: 痲時
第4章
20/20

第20話:おかえり

 

 生活感のない空家に帰った俺たちは、疲れ果てて眠ってしまった。ネイシャはカーヴレイクへ謝罪に行くと云っていたのだが、勝手に出て行くなと釘を刺したからか、身体も疲れには抗えなかったのか、大人しく休んだ。


 翌日カーヴレイクへ行けば、ネイシャを見た途端、一人またひとりと手を留めてその場に立ち尽くす。


「あの、この度はご迷惑をおかけして……」

 流石に天帝の前ほどガチガチではなかったものの、自分の勝手でみんなに迷惑をかけてしまったことは充分理解しているからだろう。申し訳なさそうに進み出た彼女に、小さな双子がひょっこりと顔を出す。

「あ! ネイシャ!おかえり!」

「あ! ネイシャ!待ってた!」

 それが皮切りだったかのように、わっとネイシャの周りに人だかりができる。流石に大勢の声が重なりあってしまうと、母国語ではないから細かくは理解できないものの、ほとんどが「無事で良かった」というような台詞だった。俺としてはその雑多な人混みを、だいぶ後ろで見ていて良かったと心底思う。あれに巻き込まれたら俺は生きている気がしない。いやこれは本気で窒息する。



「おーおー、大人気じゃねぇか」

 遠くで他人事のように見ていれば、俺よりも後ろから呑気な声が聞こえる。振り返るとシーバルト御一行が勢ぞろいだった。わざわざ船から全員引き連れて来たらしい。……本当に全員かどうかは知らないが、結構な人数ではある。中には滅多に外に出ないやつも居た。えーっと……名前は覚えてないが、ネイシャを助けるのにだいぶがんばってくれた東の法術師みたいな男。

「ああ、ビルさん。この度はお疲れ様でした」

 そんな彼と目が合えば礼儀正しく頭を下げられ、俺の方が困惑してしまう。

「いやえーと……ありがと。悪かった」

「え?」

「神官とまともな戦い方ができるやつって、ここじゃあ神官以外居ないから、正直あんたが居てくれて助かった」

 神官の能力を持った者はほぼネイシャが共同を望まない連中だ。ああいう超人的な能力を出されると、単なる物理攻撃でしかない剣術などなんの意味もなさなくなってしまう。国は違うと云えど似たような能力を出せる者が居て良かった。流石の俺でもあそこで天帝を引っ張り出すほど非常識なことはできない。

 しかし彼は──あ、思い出した、清隆だ──なんでもないことのように、ゆっくりとかぶりを振る。

「いいえ、朝臣のためになるのならそれで良いです」

「だーかーら、そこで俺を引っ張り出すなっての」

 がりがりと頭を掻いたジョーは、顔をしかめたままネイシャのもとへ行ってしまう。しかしそれを引き止めることもせず清隆は苦笑する。

「いつも朝臣がご迷惑をおかけして申し訳ありません」

「迷惑かけてるのはどっちかって云うと俺なんだけど」

「朝臣はその地位が嫌で出て来た方ですから、国を捨てられない私が居ることは朝臣にとって良いことはありません。恥ずかしいお話ですが、私は今回初めて朝臣の役に立てた気がして、少しだけ嬉しいのです」

 国を捨てられない──その一言だけで、他人事とは思えず胸がざわつく。

 俺はアリカラーナであの親父とおふくろの子どもとして生まれた、それだけは絶対に否定してはならない。誰にどう云われても、絶対に否定したくないことだった。だから俺は、国に居場所なんてないのにそんな自己存在証明が捨てきれなくて、国に縛られている。だがそれを失ったら、俺は本当に生きている意味を失くす。たぶん今みたいに死んでも良いという軽い気持ちではなく、死ぬだろう。


 仕えるべき主がそれを捨てているのに、それでも仕え続けるのは自分のためだ。だがどうしても、それを諦めきれない。だから彼は、異国で名前をそのままに居るのだろう。俺の沈黙をどうとったか、清隆は気にした風もなく続ける。


「陰陽道はこの西大陸で云えばたぶん、ただの占いに当たると思います。でも占いだって莫迦にはできない、我が国ではちゃんと理があって作られているんです」

 それを突き詰めた結果、通常には見えない者が使役できるという。母国で云うところの、召喚師みたいなもんだと俺の頭は理解する。

「朝臣は陰陽師としての力がとても優れていました。私は陰陽道の代表として朝臣に付いたというのに、その主のほうが強いのですから、尊敬と共につまらない嫉妬もありました」

「そんなもんか」

「そんなもんですよ。まぁ今はそういうことはありませんけど、今回お役に立ててほっとしています」

 不謹慎ですみませんと頭を下げられたが、俺が頭を下げるべきであって別段清隆自身は悪いことなど一つもない。それは俺というより、主であるジョーにするべきだろう。



 別に以外返す言葉も思いつかず、ぼんやりと集団を見遣る。

 騒がしくしている中に見えるネイシャは、俺と一緒に居る時と別の顔をしている。とても自然で良い顔で、そんな表情ができるようになったのだな、と時の流れも感じた。初めて会った時は、ひたすら辛そうな顔をしていた。ずっとこの世の中が悪いのは自分の所為だと思い込んで、子どものくせにあまりにも壮大な悩み方をしていた。

 今はどうだろう。俺と居る時に見せる、困った顔ぐらいか。とすれば、すべての原因は俺で、どうしてこんなことになったのかな、とも思う。思うが今さら仕方がない。しばらくは待つと決めたのだ。あいつの判断に任せるしかない。



 しばらく雑談を清隆と続けているうちに、そんな雑念も消え去っていた。その俺のところに、小さな影が二つ近寄って来た。

「ビルもキヨタカも何してるの?」

「一緒に遊ぼうよ! 今日はお祭りにするんだって!」

 ミアーナとロアーナは相変わらずのテンションで俺たちに近寄って来る。

「あ、ネイシャはね、出掛けたよ」

「は?」

 突然のことにびっくりして集団に目をやれば、主役のようにもてはやされていた存在が居なくなり、みんなそれぞれに祭りの相談をしている。戻って来て早々なのに何やってんだよ、あいつらは。血の気が引くとはこのことだ。


 急激に慌て出した俺に、ミアーナが笑顔で続ける。

「孤児院に行って来るって、ジョーと一緒に」

「ビルに伝えといてって云われたの」

 ひとまずの危険性が失せて、ほっとする。

 ジョーも一緒なら大丈夫だろうし、孤児院なら俺はなるべく行きたくないというか顔を合わせたくなさそうなやつが居るから行かない方が良いだろう。たぶんネイシャもそれを察してジョーを連れて行ったのだろう。


 ──ネイシャが帰って来たら、孤児院で預かろうと思っています。

 あの話はわざわざ、俺からネイシャにしていない。ただ孤児院には顔出せよと云ったのは俺だ。


 安全だとわかっているのに、胸の当たりに何かしっくり来ていないものがあることは、ひとまず無視した。


・・・・・



 集まってくれている中に、ベルクスの姿が見当たらなかった。孤児院に行けとリュースからも云われていたので、ジョーにお願いして訪ねてみると、忙しそうにしているベルクスが居た。見るからに忙しいとわかるのに、彼は変わらない笑顔で私を出迎えてくれた。

「ネイシャ! 良かったよ、無事で」

「うん、いろいろと心配かけてしまってごめんなさい」

「ううん、こちらから会いに行けなくてごめんね」

 現在の孤児院は院長先生の体調があまり思わしくないため、ベルクスがほとんど取り仕切っている。もちろん天帝も助力はしているが、人手まではなかなか回せないようだ。加えて子どもたちは自我が出てやんちゃになり、まだ完全に危険性が失われていないこの国で野放しにはできない。大きくなって頼れる面もあるものの、そう簡単にすべてを任せきれない部分がある。つまりベルクスへの負担は相当大きいようだ。


 適当に座っててと云われ、促されるがままに座る。庭を見ると、子どもたちと戯れるジョーの姿があった。帰って良いと云ったら半目で睨まれたので、大人しく待って居てもらうことにした。子どもたち相手に相変わらずの全力で、見ているこっちがおもしろくなってしまう。


 慌てたように向かいの椅子に座ったベルクスは、私を全身見て良かったと改めて云う。

「怪我もないみたいだね」

「うん、ごめんなさい」

「もう過ぎたことだ、無事だったんだから良いんだよ」

 そこへお茶だよ!と子どもたちが運んでくれる。私も知っている子たちだが、にこにこと笑ってすぐに出て行ってしまった。


「来てくれたと云うことは、ビルさんは伝えてくれたんだね」

「え、うん。孤児院には顔を出しなさいって云われてたから」

「そっか」

 ベルクスは子どもたちが持って来たお茶を一口飲んで、周囲を見回す。しばらく来ていなかったけれど、変わらない賑やかな孤児院だ。孤児院という響きが暗くさせてしまうのかもしれないが、ここにはそんな影など一つも見られない。


 静かにカップを置いたベルクスの視線は、そのまま私のところへと来る。

「ねぇ、ネイシャ。提案なんだけれど、君もここで、暮らさないか」

「え?」

 唐突の申し出に、驚きの声しか出ない。

「院長先生も良ければ養子に迎えると仰ってくれている。ネイシャはみんなに好かれているし、加えてここは君ぐらいの年齢の子が極端に居ないからね。ちょっと手伝ってくれるとありがたいというのも正直な話なんだ」

 僕だけだとあちこち手が回らなくてと笑う。それはそれで本音なのだろうけれど、ベルクスの意図はたぶんそれとは別にあるのだろう。私がなんて云えば良いのかわからず悩んでいると、

「ビルさんは国がある人だ。それもアリカラーナと云う平和な国だ。彼自身も、そこからは離れられないと云っていた」

 核心を突いて来たのは、わざとなのだろうか。


 そんなことはわかっている。いつまでも一緒に居たいというのは私のわがままで、もう良いと云ったらリュースは簡単に何所かへ行ってしまうだろう。

 でも。


 ──おまえが決めるまでは、ここに居る。


 そうやって、私のことを考えてくれるから。私がリュースの傍に居る権利をくれるから、私はその手を離せない。


 黙ってしまった私の気持ちを、ベルクスはよくわかってくれている。

「もちろん、今すぐとは云わないよ。考えておいて、くれるかな」

 頷くことしかできない私に、疲れているはずのベルクスは静かに微笑んでくれた。



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