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旅人物語─帝の治める大陸  作者: 痲時
第3章 繰り返しの、終わり
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第18話:再会


 祈りの間──そこはそう呼ばれていた。実際に見るのは初めてだったが、確かにここからだと真っ直ぐ私の居た祠が見える。女神と呼ばれていたものが見える場所だった。


「リヴァー神、今こそ……力を」

 神官は熱心な信者そのもので、今やただの廃墟でしかない祠に向かって祈りを捧げていた。あそこにはもう、何もない。私が必死に祈り続けた祠は、今はただがらんどう。ただただその様子を、私は座ってじっと見ていることしかできない。

 あの時と同じだ、と思う。

 外の世界はとても眩しくて暖かいのに、祈れば祈るほど寒くなる。この国を守りたいなんて、そんな大きなことは考えられない。ただ目の前で行われる戦を止めたくて、ただそれだけのために必死で祈っていた。今も同じだ。神官の祈りが正しい方へ向かわないか、ただ祈ることしかできない。散々余計な話をしたので、今は言葉を封じられている。神官の近くを離れたら問題なく話せるのだが、そもそも神官が私の傍から離れることがない。


 そこへ唐突に大きな音で大扉が開かれ、祈りの間から静寂が奪われた。

「神官!」

「──ここは女神の居わす場所ですよ、お静かに願います」

 冷ややかな視線で同僚を嗜める神官の表情が、怒りに歪められたのは随分と久しぶりのことだった。汚らわしいものでも見るかのように、外からの光さえ嫌がる。ここで云う女神とは私のことらしいが、女神らしい扱いをされているかと云われたら微妙だ。

「し、失礼しました。あの、賊徒の軍団が押し寄せています」

「来ると思っていましたが真っ向から来ましたか……。ではお相手はお願いします」

 さも当たり前のように神官に手を取られる。そういえば神官は、いつからこうして私を平気で触るようになったのだろう。以前は神官と云えど高貴なる女神に触れてはいけないと云っていた。別にもう女神なんかじゃないから良いんだけどでも、神官のその変化が気になる。


 もしかして神官も、焦っているのかな。その横顔を見ながら、不思議な気持ちになる。

 気が付いた時にはずっと一緒に居た神官。おばあさまを神と崇めていた人。どうしてこんなにも心がすれ違うようになったのだろう。幼い頃は懐いていた気がするのに、今ではそちらのほうが思い出せない。




 そんな神官に連れられた地下は、非常に冷えていた。

「ここを抜ければ王宮まで一気に辿り着けます」

 王宮、今までだったら安堵の場所だったはずのそれが恐ろしく聞こえる。また祠に閉じ込められてしまうのだろうか。あのがらんどうの祠に。

「大丈夫ですよ、女神」

 神官はでも、にこにこと私に微笑む。

「リヴァーシンは復活します、女神はこの土地にまだいらっしゃるのですから」

 ああ、この人は、国が失われたことを憂いている。今までずっと国が一番だったから、その国が失われたことに動揺しているのだ。祠に入った時からずっと付いてくれている神官ヤオン・ヤードは、冷静に考えたら神官にしてはすごく若い。将来有望だとおばあ様が云っていた。この人は小さい頃からきっと、国のために神官になるために、女神のために仕えて来た。幼い頃すぐに祠へ入ることを強要された。──私と、一緒だ。



 私はこの人を救ってあげることは、できるのだろうか。

「キヨタカ!」

 その時びっくりするほどの大きな声が通路に響き渡った。私の知っているその声の主を探そうとしたものの、神官が小さな舌打ちをする。

「陽動でしたか……」

 私の手を握り直そうとした神官の手は、力を失ってふらりと落ちる。さっきまでの余裕ある笑顔など忘れたかのように、彼は悪態を吐く。

「小癪な……! 東の術師か!」

「ネイシャ、そのまま動くなよ!」

 その強気な声は間違うことない、一時西大陸を去ったジョーのものだった。そう、彼と一緒に西大陸から忽然と居なくなってしまった、あのジョーのもの。


 私は怖かった。なんで唐突に居なくなってしまうのだろう。昨日まで居てくれたのに、急に姿を消されてしまって、まるで今までの日常が嘘になってしまったかのようだった。せめて行って来るとか、またなとか、一言あれば良いのに、彼らはそんな言葉もなく行ってしまった。だが居なくなってしまったことに驚いたのは私だけで、ルリエールたちはあっけらかんとしていた。今度は何所まで行くんでしょうね、などと日常茶飯事のように語る。それは、また帰って来ると信じていたからだ。



 周りには何も居ないのに、神官の身体が勝手に動いて私から離れる。でも彼の形相は必死で、私を捕まえようとしていることがわかった。動くなと云われた手前動けないが、たぶんそう云われてなくても動けなかった。その神官の表情が、とても悲しい。私みたいな何もできない子どもにすがらなければならないほど、彼は切羽詰っている。そしてその要因が、私にもあるということが──。


 救うなんて、おこがましい。



 浸っている閑はなかった。言葉を失って神官をじっと見ていたら、突然後ろから伸びて来た腕に身体ごと引っ張られ、たたらを踏みながらも倒れこんでしまう。何事かと驚いて声を上げられなかったのもあるが、すっぽりと包まれた私は、その存在が誰なのかすぐにわかった。理解したと同時に動けなかった。

「ジョー、良いぞ」

 知っている声。探していた声。待っていた声。それがすぐ後ろから聞こえる。

「りょーかい! いけるか、キヨタカ!」

「ええ、なんとか。ビルさん、そのまま直進してください」

 私の知らないところで、知っている彼らが何かを話している。そうたぶん、私を助けに来てくれたのだ。この間みたいに簡単に捕まった私を。


 そして今私の手を握ったのは、冷たいけど安心するあの手だ。

「リュース……!」

 それに答える声はない。その代わりに、繋がれた手に力がこめられる。何かから守るように頭から抑えられている所為で、顔を上げたいのに上げられない。

「無理すんなよ、ジョー」

「はいはい、おまえもほどほどにな」

 リュースの胸に押さえつけられていた私は、身体を離されたがそのまま繋がれた手を引っ張られる。……ああ、リュースだなと、ぼんやり思いながら、足は自然とその後ろを行ってしまう。少し粗雑だったけど繋がれた手は優しい、急いでいるのも余裕がないのもわかるなかで、リュースは変わらず優しい。




「女神……! くっ……斬心ざんしん!」

「あ……すみません、アソン。式神が破れました」

「キヨタカ、どんぐらい必要だ?」

「1もかかりません」

「おう、それぐらいなら余裕だ」

 ジョーと誰かのやり取りを置き去りにして、神官とさっき向かっていた王宮側に向かってひたすら走る。さっき神官と向かっていた時みたいな、悲しい気持ちが消えて行く。見慣れた後ろ姿に、私は泣きそうになっていた。


・・・・・


 疾走の末に出て来たのは、本当に王宮の内部だった。以前式典に行く時に通ったことがあるその場所は、がらんとしていてまるで私の知らない場所のようだ。リュースは急いで地下から繋がっていた扉を閉めると、紙のようなものを張り付ける。


 と、そこで限界だったらしい。ぜぃぜぃと荒い呼吸を繰り返し、突然むせ始める。扉にもたれてそのままずるずると座り込んでしまう。手が繋がれたままだったから、自然私もそのまま座ってしまった。慌てて顔を覗きこむと、ずいぶんと顔色が悪い。

「リュース……、大丈夫? しっかりして……!」

 どうしようと悩んだのも束の間、たぶん近くに誰か居るのではと思って立ち上がろうとする。しかし繋いだ手から力は抜けず、むしろ引っ張られて私はまた座り込んでしまう。

「リュース、大丈夫? 今誰か呼んで……」

「……この、莫迦」

 徐々に収まりつつある咳の合間に漏らされたのは、そんな罵倒の言葉だ。どうやら話せる程度の元気はあるようだと思ってほっとしたものの、リュースの罵倒は止まらない。

「俺に、無理させてんの、誰、だよ。……出て行くんなら、自立してからにしろ。この莫迦」

 息も切れ切れなのにそんな説教をされて、流石の私もいらっとする。

「自立して出て行こうとしたんじゃん!」

「こうなるって、わかっていて、出て行くことが、おまえの、考える、自立なのか」

「それ、は……でも」

 助けてくれなんて云っていない。そんなことは流石に云えなかった。口ごもって視線を逸らそうとしたが、その前にリュースが顔を上げて目が合ってしまう。そこで私は久しぶりに、リュースの顔を真っ直ぐに見た。うまく説明できないが、見た瞬間に怒りの感情が消えていく。走った苦しみの表情かと思ったが、今私が見たのは焦りとか動揺とか、普段のリュースからはまったく見られないもの。どちらかというと、悲しそうなその表情に私も苦しくなる。


「リュース……」

「あんま心臓に悪いこと、すんなよ」

「……私、あそこに居て……リュースと居て、良いの?」

「まぁ……おまえが嫌でなければ」

 困ったように、戸惑ったように云うのは、少しリュースらしくない。前だったら勝手にしろとか云われそうだったのに、思わぬ返事にきょとんとする。

「良い、の?」

「だからおまえがもう嫌なら……」

「私今もとりあえず、リュースと一緒に居たいの」

「……俺もひとまず、居てくれた方が助かる」

 呆れたように溜め息を吐かれたが、そう云って諦めたように少し笑ったリュースを見たら、もう駄目だった。莫迦みたいに涙がいっぱい出て来て、リュースが居る現実を確かめるように、しがみついて泣いた。リュースはもう文句も云わず、ぽんぽんと頭を軽く叩く。リュースの心臓の音がばくばくとまだ速い。あんなに無理して走るからだ。でもその無理を、私のためにしてくれたんだと思ったら文句も云えない。


「リュース……!」

 私は久しぶりに、心から安心する居場所に帰ったのだった。


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