第16話:志
アーロン・メイスフィールドは眉間にしわを寄せたままではあったが、フレイヤーバード国王からの親書を丁重にジョーから受け取った。
「今後このような面倒事はないよう頼みます」
軽く頭を下げてはいるものの、内心ではものすごく怒っているのではないだろうか。いつものしかめっ面にさらに磨きがかかっている。彼も天帝の部下で、将軍の地位を持つ。あの爽やか頑固な将軍(名前忘れた)と同列の、何番目かの将軍らしい。最近天帝と一緒にこちらへ来たらしいが、軍部に居るばかりだから話したことはない。俺の存在を無視しているから、たぶん話したくないのだろうと勝手に解釈している。ここら辺で俺をこうして避ける人種は珍しくなりつつあり、俺は久しぶりにまともな神経のやつに出会えた気がした。流れ者の異国人など、戦争も大詰めの最中、邪魔でしかないだろう。
「おまえもだ、放蕩貴族」
まさかのとばっちりを受け、俺は肩透かしを喰らう。俺を嫌う人種はこの変人まみれの港町では珍しい。だから良いやつだと思ったのにこうして喧嘩をふっかけて来るということは、つまり興味がないわけではないらしい。残念だ。
「どいつもこいつも、勝手なことをしてセイルーンの面倒を増やす」
「──これで天帝の幼馴染なんだぜ」
こっそりというふうにジョーが教えてくれるが、すぐ聞きとがめられ睨みつけられる。いや俺、何も云ってないんですけど。セイルーン・クレイヴァの幼馴染と来たか。そういえばもともとが王族でもなんでもない、無法者の集団だとセイルーンは云っていた。身内みたいなもので固めた国というのは、さぞかし居心地が良いだろう。問題はそれが何所まで持つか、である。その答えは既に、天帝が西大陸を平定していることで出ている。まったく素晴らしいことだ。
「そもそも発端はおまえだろう。ただでさえ面倒事に人を割かれているというのに、シーバルトまで面倒な動きをされたら困るんだ」
「おいおい、ビルに当たるなよ」
ジョーの静止も聞かず、アーロンは真っ直ぐに言葉をぶつけてくる。
「俺はおまえが嫌いだ」
まぁそれだけで、こいつが充分まともな人間であることはわかった。ほらルリエール、俺がここへ来て誰だって感謝しているとは限らないぞ。
「おまえみたいな戦を知らない甘ったれた坊ちゃんが、勝手に戦場をかき回すな。それが余計な面倒に繋がることぐらいわかっておけ」
「俺だって関わりたくねぇよ。知らない環境に生まれたんだから仕方ないだろ」
だからと云って、減らず口をつい叩いてしまうのは俺の悪い癖だ。アーロンの眼光がこれ以上ないぐらい鋭い。あれそういえば、こいつの目、黒いな。髪も。肌が焼けたのは戦争の所為だろうが、もともとここの人間じゃあないのだろうか。と、余計なことを考える。
勝手に他国の王女を連れて来た張本人が、流石に悪いと思ったのか無謀にもとりなそうとしてくれる。
「まぁまぁアーロン、そこまで目くじら立てんなよ」
「おまえに口出しされることじゃあない」
「戦場を知らない甘ったれた坊ちゃんだった身としては、味方しておきたいんだよ。戦場に生まれちまうってのは、どうしようもない不可抗力だ。だがそれと一緒で、ぬるま湯に浸かった生活ってのは、自分で望んで生まれたわけじゃあねぇからな」
「そうだな」
無意味なとりなしをしなくても、適当に頷いておこうと思ったのだが、ここでまさかのデヴィットまで参戦してくれる。
「そこの甘ったれた船長もようやくそこまで育ったんだ。ビルなんてまだ立派なほうだろう」
「ちぇ、俺はおまえに云われたらどうしたって弱くなるだろうが。最後まで恰好つけさせろよ」
ジョーは苦笑するしながら、俺に向き直る。
「ま、おまえが悪いわけじゃあねぇよ、問題は実際直面してどう動くかだ。その点でビルは逃げ出さず、前を見てるだろ。なぁ、アーロン」
「俺が云いたいのは、それだけではない。無責任に女神を連れ出すからこういうことになる」
まぁ、それは確かに無責任だと云われたらそれまでだ。
「勝手な優しさを与えて出しておきながら、自分は要らないと勝手に捨てられやしない。手を出すんなら出すで、諦めて一生を注げ。それが嫌ならその場で手を差し出すな」
「その通りだな」
まったくもって正論なので、肯定しかできない。しかしそれがまたアーロンを苛立たせるのか、小難しい顔にさらに皺が寄る。まだ若いだろうに、なんでそんな難しい顔をして生きているんだろうか。疲れないのかなとさえ思う。
「おまえは……」
「俺はあいつ自身に結論を出してもらう。俺が決めるのはそれからだ」
俺は一生ネイシャと居るつもりなんて当たり前にない。ただあの時、出るか出ないか、選択肢を与えただけだ。そのあとに決めるのはあいつの役割であって、俺にはそれこそ決める権利などない。
「素直に云えよ、アーロン! ビルが自分と同じにならないよう心配してるってさ!」
「そ、そんなわけないだろう。──俺を一緒にするな」
まさか図星だと思うわけもないが、焦ったように云い返すとふいと顔を背ける。
「とにかく! そんな一生続くような面倒ごとに考えもなしに突っ込むな。仮にも王族ならわかるだろう、おまえの決定ひとつで神の国を振り回すんだぞ」
俺に母国を動かすような力はないんだけど、云い返すのも面倒で放って置くと、俺の胸中を見抜いたかのように、アーロンはまた鋭い目つきで俺を睨む。
「面倒事の塊のおまえが、セイルーンの面倒を増やすな。以上だ」
書簡を受け取りに来ただけだというのに、受け取ってからずいぶん長いこと居た気がする。まさか難癖付けに来たわけではないだろうに、嵐のような男だ。
そそくさと立ち去るアーロンを見ながら、ジョーは苦笑する。
「はは、悪い奴じゃあねぇんだけど、真面目過ぎるんだ。わかってやれよ」
別に嫌いになったりしない。俺は嫌いと云う明確な対象が居ない代わりに、好きと云う明確な対象も居ない。それほどあまり、人と関わらないようにしていた。いや、関わる必要がなかった。
「アーロンな、戦時中に子ども拾って年の離れた弟みたいなもんだったんだけど、結婚してからなーんかぎくしゃくしてんだよなぁ。お互い大事なのに表に出せないっていうかさ」
「あいつの云うことは正しい。──俺はそんな、かばってもらうようなことをしてないから。逃げてないとは云えないだろ」
あんな堅物が結婚とは、見合いかなどとどうでも良いことを考えながら返せば、ジョーは笑みを消す。
「云えるさ、おまえは人を斬る時、逃げなかった」
いやそれはなんか、違う。あの時は必死だったから迷う閑もなかっただけだ。だがジョーはその反論さえ許さないとでも云うように、かぶりを振る。
「大切な何かを守るために、迷わず剣を抜いた。俺はな、そう云う志、間違っていないと思う」
「甘ったるい国に生まれると甘ったるい考えしかできなくなるのは当然だ。だから問題は生まれた国じゃあない、実際その場面に出くわして、どう動くか」
続くデヴィットのらしい言葉に、俺はやはり続く言葉を失う。どう動くかなんて、あの時は必死で考えもしなかった。斬った後に、俺は人を斬ったのかと冷静に考えることができた。実際はただただ、現実味がなかった。
「俺は斬れなかった」
そんな俺から視線を逸らして、ジョーは呟く。
「剣術は習った。実際にいろんな人と手を合わせた。だけど命を賭けた戦いってのは、したことがなかった。そんな俺は、敵の前に立ったところで斬れなかった。やり方は知っているのに、手も足も怖くて出なかった。俺の誇りなんて、桜の花びらにも適わない、小さいものだった」
情けない話だろうと笑うのは、自分が「甘ったれた坊ちゃん」だったことに対する後悔なのだろうか。俺がもしここぞと云う時に斬ることができなくても、王族として生まれて来たことを後悔しないだろう。俺はあの家に生まれたから生きることができて、病気だから幸せだった。それだけは確実だ。
それより、とジョーは目を輝かせる。
「おまえアリカラーナの出身だったのか、しかも王族ってマジかよ!」
「あれ、云ってなかった?」
唐突に話が切り替わったのは、きっとジョーなりに思うところがあったからなのか。てっきり将軍から伝わっていると思っていたのだが、そうではなかったらしい。別段もう隠す必要もない。町の人間が云いふらさなければ良いだけのことだ。
「そうだよ、説明適当だっただろ」
「あれは……ああ悪い。なんかジョーの国にするつもりはなかったんだけど」
「それで東の方って、嘘が下手にも適当過ぎるだろ。あのアリカラーナの王族とか、超がつくエリートじゃねぇか」
笑われながら超エリートと云われても。しかも俺はただの一部に過ぎない。俺自身は大したことない、玉座とはほど遠い、ただのぼんくら息子だ。
「初めて北大陸に渡った時は俺だって別に隠してなかったんだけど、アリカラーナの出身っていうだけで、なんか貴重種らしくてこの間みたいに急に拉致されることがある」
そうまでしてアリカラーナに入りたい人が居るようだ。信じられない。普通に入ってくれば良いものを、なぜか入れないと外の人間はみんな思い込んでいるらしい。昔西大陸の者が攻め入ろうとして、アリカラーナの周りにある祠を通った時、死に目を見たらしいという逸話の所為なのかもしれない。まぁ確かに攻めるのが目的ならばこちらだって精霊も使うだろうが、これが事実かどうかは知らない。唯一知っているだろう精霊に訊いたところで、そんなことあったっけ? とアバウトなものだった。
「だから別に好きで隠してたんじゃないんだけど、悪い」
「いや謝ることじゃあねぇだろ、外に出たら警戒心は大事だ。学習も大事。俺は全部それをこちらのデヴィット様に南大陸で教わった」
「あのようなぼんくらのままでは海賊になどなれなかっただろうな」
「結構今日はヘビーですね、デヴィットさん……」
苦々しい顔のジョーだが、デヴィットは事実だろうと涼しい顔だ。
「あれでもビル、西の言葉もしゃべれて、東の言葉もしゃべれるわけ?」
「うちの伯母にひとり、東から嫁いで来た人が居て教えてもらった」
西も北も話せるんならついでに東も聞いてみたらー? とか云う親父の適当さから、気付けば行くことが決まっていた。まぁ別にそこの従姉弟は苦手ではないから別に問題なかったんだが、おかげで領地を出て行ったはずの子どもの世話まで回されることがたまにある。俺の繋がりってきっと、こういうところから来ている。
「え! それってもしかしてタチバナのお姫さんじゃ……」
「……ああ、そう。そんな名前」
ヨシノ・タチバナ……何所の家だっけあの人。苗字が出て来ないのが俺のまた残念な頭だ。
「わーおすげぇなぁ、本当に王族と結婚したんだ」
「もともと流れ着いただけだって聞いたけど」
「そうそう、海賊ジョー・クルーみたいなもんだな。東大陸一帯で一種のおとぎ話になってるんだぜ。ただの庶民が神の国の王族に嫁いだって」
国で水遊びをしていたヨシノ伯母は、ひとり流されてしまったらしい。気が付いたら知らない島国に居て、そこからどうにか船に船を接いで行ったものの、最終的には南大陸からの船が難破しそのままアリカラーナに流れ着いたとか。その旅路を思うと辛かっただろうが、異国へ行く頑丈な船などアリカラーナにはない。つまり外に出るつもりがない。だからアリカラーナに辿り着いたのは、運が良かったほうだ。
「聞いてるかわかんねぇが、俺の国はものすごい上下階級が激しい。だから庶民の間で語り草になったのが、嘘くさい話で塗りたくられて貴族連中にも伝わってるんだ」
へぇ初めて知った。伯母は知っているのだろうか。まさか親戚がそんな有名になっているとは、まったく知らない者どうしのはずなのにその話題に触れることができるのは、素直におもしろいと思える。伯母は水遊びをするぐらいただの庶民だったと云っていた。それがどの程度なのかわからないが、割と身分があるらしいジョーでも知っているのなら、それこそ語り継がれてもおかしくはない。
「せーんちょー! ちょっと来てくださーい! 清隆が急用で呼んでます!」
「おーう!」
俺に軽く手を上げて、身軽に船へと戻って行く。ポールに呼ばれて答えるジョーは、最早上流階級の人間には見えない。上流階級というものが外の世界でどういう役に立つのか、身に染みた結果がこれか。俺は別段階級制度すべてに反対するわけではない。無駄に見えるものでも、もしもの時には意外に役に立つこともあるからだ。だがその皮から出たジョーの今は、とても生き生きとしていて、何よりもジョーらしいと思えた。
・・・・・
珍しく呼び止めて来たデヴィットに、さも当たり前のように差し出されたのは少し歪んだ剣だった。
「おまえが戦うことはないと思うが、念のためこれぐらい持って行け」
差し出された剣の後に、腰元の剣を見る。母国では使い道のない剣を、異国へ出る最低限の荷物と共に、俺はいつも関所に置き去りにしている。そのまま持って来た剣は、前回ここで硝子を叩き切り、人を斬ったものだ。
「あるから」
「それで斬れるとは思えん」
剣なんて全部同じに見えるのに、デヴィットは誤魔化し切れない。母国へ帰って新しい剣を持って来ることもできたのに、俺はそれをしなかった。おそらく今取り出したところで錆びて欠けて何も斬れないその剣を、ぶら下げているだけだ。
「斬る必要ないから」
「斬らねばならないときもある、おまえはそれを瞬時に理解できたはずだ」
あの時は必死だったからできただけであって、俺の身が危ない時に果たして俺は剣を出して応戦できるのか自信はない。痛いのは嫌だけど死ぬのはそんなに嫌ではないと今でも思ってしまう。
「この大陸では斬るのが当たり前だろ。俺が出した剣が斬れないなんて思わないから油断する、とか?」
差し出した剣を受け取れずにそんな屁理屈を云うと、デヴィットは小さく溜め息を吐いて、その鞘から剣を出した。静かに出されたその刃は見事な曲線を描いて逸れていて、歪んでいるかと思ったそれはわざと湾曲していたのだと気付く。俺の疑問に気付いたのか、デウィットはほんの少しだけ視線を動かす。
「おまえにも珍しいか」
「ああ、うん……俺の国にはない」
「そうか」
一閃。
何かを斬ったのかと思うぐらい、冷徹な風が吹き荒れた。ほんの少し手を上げただけのようだったのに、そこにある空気が切られた。これがジョーの惚れ込んだ、武士の力量か。
「やはり勝手が違うな」
何が気に食わないのか、デヴィットは小さく溜め息を吐いて剣をしまう。
「最近できたばかりのこのサーベルは、南大陸のものを真似て作ったとされている。おまえが持つ直刀状のものより、湾曲していたほうが何かを斬ることに適している」
デヴィットはサーベルと己の背中に差してある剣を交換した。デヴィットが戦っているのを見たことはあるが、近場でこうして剣を見るのは初めてだ。黒塗りのそれはやはり鞘からして曲がっていて、キンッと小気味良い音がして出されたその刃もやはり湾曲していた。
「……カタナは古来より南大陸のものだったが、もともと東とは、南の人間が渡って新しい土地を作った場所故に、使用するのは南と同じカタナ。結果、北と西は剣を、南と東はカタナを扱うようになった」
浅く腰掛け直して片足を踏み込んだその瞬間、空気が振動した。さっきとは比べ物にならないぐらいのその威力に、俺はただただ圧倒される。何かを斬られたわけでもないのに、そこに居るだけで恐ろしいと思えた。これはたぶん、剣術をやらない人でもわかる恐怖の感覚だ。実際大した腕ではない俺がビビったのだ。
デヴィットは目の前の剣から目を離さない。
「西大陸はこの剣を使い捨てにする。だがカタナは、武士にとっての命だ。幾重に人を斬ろうとも、幾重に磨き上げてまた人を斬る。俺はずっと、このカタナと一緒だ」
カタナ、それは俺の知らない呼び方で、しかしデヴィットの云い方から、剣とはまた別物だというのがよくわかる。
「我々武士は、この刀に命を吹き込んでいる。ここにあるものこそ、俺の誇り全て。たとえ片足がなく踏み込むことができなくとも」
デヴィットは再度刀を振るう。まるで踊りでも見ているかのような美しさだ。
「志を折るものは、斬る」
まるで俺が斬られる対象かのように感じたが、まさか心の内が聞こえたわけでもないだろうに、デヴィットは俺を見ないまま答える。
「おまえを斬ったりはしない。志のあるものは斬らない」
「そんな大層なもの、俺にはない」
買いかぶりも良いところだ。従兄姉弟妹はさも当たり前のように自分のやりたいことを進めて行った。王の剣になると云った従兄、文官になると云った従兄、商人になるという奇特な従兄も居た。みんなそうやって何かしら決まる一方で、俺はずっと宙ぶらりんだった。なんにも興味が持てなくて、一緒にやってみようと誘われたところで、数日後に体調を崩している俺はそれにも付いて行けない。やる気なんて欠片もない。
たぶん俺はあの家に生まれなかったら、とうの昔に死んでいたかもしれない。
何か曲げられないものがあるなら、異国にだって来ていない。だがデヴィットはいつも通り、無表情に俺を見ている。
「俺には、わかんねぇよ。足がなくなっても戦おうとする理由なんて」
そんなの、わかんねぇ。
いつも穏やかにしている千鶴の、あの無表情を思い出す。あいつのあんな顔を見て、俺でさえ心苦しくなったというのに、千鶴に甘いデヴィットは、それでも志とやらを曲げない。
「俺が刀の腕を磨いて誠に仕えていた時、東の国から来た大貴族の長男が剣術修行とかで来た」
デヴィットの話は脈絡がないものの、無駄な話はないというのが最近になってわかって来ている。
「自身の力量と家柄を信じ込んでいたその輩は、斬られそうになっても相手を斬れなかった。自分の信念を貫くために刀を振るうことができる者、それこそが武士だ。その輩が信じて来たものは刀だったはずなのに、奴は自身の身が危ないときに刀を振るわなかった。正確には振るえなかった。後で聞いたら、怖いとかそれ以前に、刀と云うものに圧倒されていたそうだ」
自分が殺されるかもしれない場面だったら、俺も振るえないかもしれない。しかしそれを云ったところで否定されるのは目に見えている。
「反撃して来るだろうと思っていたのに斬らなかった。だから俺は彼の目を斬った」
ああ、やっぱりそうなのか、と何所かで聞いたことのある話の顛末を知る。細かいことはわからないがそれでも、デヴィットの云いたいことは充分だった。
刀をしまったデヴィットは、ようやく俺を見る。その鋭い視線でどれだけの人を斬って来たのだろう。
「──ビル、おまえはリヴァーシンで向かって来た人を斬った」
うん、確かに斬った。あの時はただ、目の前にある障害を取り除こうとしただけだ。
「わかっていないだけで、行動はできている。おまえの信念に基づいて、おまえは人を傷付けられる」
でもそれは、信念とかそんなご立派なもんじゃない。ただ目の前で起こっていることを、処理しようとしただけ。自分ができることをしただけ。
「ネイシャを守らなければならない、そのためには目の前の相手を殺すしかない。冷静には考えてはいないだろうが、目の前の相手を自分の信念のために、向かって来る敵を殺すことを選んだ。一瞬で選択できる人間は、意外と少ない」
「そんなこと……」
「俺が生きて来た世界ではそうだった。人を殺しさえすれば武士だと云う者が居れば、簡単に主君を裏切ってしまう輩も居た」
デヴィットには珍しく、噛み締めるように吐き出される言葉。顔はいつもの無表情のままだと云うのに、声だけは不自然に苦しそうだった。
「俺には何が正しいかなんてわからない。ただ俺が斬ってきたもの、俺がして来たことをすべて知っているこの刀に、嘘を吐くことだけはできない」