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旅人物語─帝の治める大陸  作者: 痲時
第2章 たった一つの冴えないやり方
13/20

第13話:天帝


「人間は意外と賢い生き物なので、生存するための学習機能があるんですよ」

 祝日の午前中、とてもゆっくりとした朝に、ごく柔らかい笑顔でルリエールは講釈を垂れ始めた。

「動物が弱肉強食の厳しい世界で生きて行くのと同じく、人間も本来は同じ動物です。戦前にいたずらばかりしてお母さんに怒られていた5歳の子が、戦時中そのいたずらからの知識でどうにか生き延びたとか」

 若干芝居じみた喋り方をしながらも、笑顔を絶やさず手も止めない。ルリエールを初めて見た人はおそらく、凄腕の看護師だと勘違いするだろう。


 だが非常に残念なことに、俺はルリが看護師でないことも、怒っている時ほど笑顔が続くことを知っている。

「……要するに俺には学習機能がないって云いたいのでしょうか、ルリエールさん」

「ないなんて云ってませんよ。きっとあります。ただご本人がすぐ忘れてしまうみたいで」

 にっこりと微笑みながら、ルリエールは最後の包帯をぎゅっと締め付けた。たぶん半分はわざとだ。痛いんですけど、とは流石に云えない。

 最近ルリエールの俺への扱いが随分と粗雑になって来て居る気がするが、それもこれも全部俺が悪いので文句は云えない。むしろこの怒りをぶつけてくれることで、あとで泣かないことを祈る。




 無言で敵の本拠地らしきものに近寄ったのは確かに愚かなことだったとは思う。毎度毎度倒れて知らないうちに運ばれて、気付いたらルリに看病してもらっていることが情けないとも思う。その上またティーガには嫌な別れ方をさせてしまった。

 事の次第は簡単だ。その後の進捗を教えてくれるために俺に会いに来た将軍が不在に気付きルリエールを訪ねたところ、誰も今日は俺の姿を見ていないという。カーヴレイクに遊びに来て居たティーガが、その日俺に会った唯一の人物だった。将軍はティーガから話を聞き、地図の話から俺の居場所を突き止め、天帝と一緒になって助けてくれたらしい。ここまでされてしまっては、学習機能がないと云われても、反論できる余地はないだろう。


「これぐらいで済んで良かった。終わりです」

 既に俺専用になりつつある医療箱を閉じると、ルリエールは仕切り直すように云った。その顔はいつも通りだ。そうやって切り替えないとたぶん、泣くのではないだろうかと俺としては不安になる。知人が怪我をして帰って来ることに、ある種トラウマを抱えているやつに、こんなことを毎回させてしまう罪悪感はある。もちろん好きで怪我をしているわけではないが、それをさせてしまうことをやめられない。

「ルリエール嬢にここまで云わせるなんて、流石だなビル殿」

 部屋の入口で見ていた将軍が、喉を震わせくつくつと笑う。俺としては笑い事ではないのだが、勝手に戦っては傷を作って来る男たちに嫌気がさしているルリに、こうも毎回手当をさせてしまっている身としては返す言葉もない。今回なんて戦ってもいないから大した傷ではないのに、気付けば身ぐるみ剥がされてしまった。落ちた時に打ち付けたらしい額からは若干の出血があり、それがたぶん無駄に大怪我に見えてしまったのだろう。柔らかい砂山だったら良かったのだが、大地が乾いていた所為で出血してしまった。出血して良かった、しないほうが後々怖い。

「お話が終わったら教えてくださいね、デューグレイト将軍。ビルさんはこの後お食事をしなければいけませんので、あまりお引き止めせず」

 にこにこと晴れやかに部屋を出て下へ行くルリエールは、おそらく食事の用意でもするのだろう。とんとんと階段を降りる音が若干騒がしいのは、怒っているからなのだろうか。


 将軍にまで釘さして行ったよ、あいつ。どんどん逞しくなる一方だ。

 俺が最初に気を失ったのは頭を打ち付けたことによるものだったが、あの後目を覚まして天帝と会話してから意識が途切れたのは、転落という衝撃を受けて本当に発生してしまった発作の所為だった。しばらくはおとなしく薬を飲んで養生していないと、ルリエールの監視は厳しくなるだろう。しばらくは宿に逗留しろと厳命されてしまった。文句も云えず厭味でしかない講釈からようやく逃れた俺は、ひとまずシャツを羽織る。



 入口で控えていた将軍がルリエールを微笑ましく見送ると、先ほどまで彼女の城と化していた丸椅子にちょこんと座る。大の男には小さ過ぎる椅子だ。

「いやしかし、大した怪我ではなくて本当に良かった。ルリエール殿は手厳しいな」

「じゃあ適当なところに放置しておいてくれたら、そのうち起きて自分で帰ったのに」

「莫迦を云うな。そんなことをしたら、私たちがルリエール嬢に叱られる」

 当たり前のことを云うなと付け足され、いつからここはルリエールの帝国になったのだろうかと思う。まぁどちらにせよ、将軍が血流して倒れているやつを放っておける人ではないことぐらい知っている。

「……どちらかというと、私は貴殿の持病の方が気になるのだが」

「生まれつきだからしょうがない、治るとは云われてない」

 そうこれは、生まれた時から持っている仕方のないもの。そういう状態で生まれた俺は、それを受け入れるしかない。弱い身体には苛つくこともあるが、俺は病気を否定することはできない。病気で居たいわけでは当たり前にないが、俺には持病がないといけない。俺からこの弱い身体を取り上げては、俺の今までが否定される。生まれたことは俺だけの問題ではないから否定できない。

「治らない? でも治療は続けているのか?」

「治療というか、検査。国に居る時はふた月に1回。薬は毎日」

「そこまでしているのならまぁ我々が口を出すことでもないが……」

 将軍は云い淀むようにして口を閉ざしたが、彼が云いたいことはもうわかっている。


「どうせまた、心臓止まってたんだろ」

「──わかっていたのか」

「何度もあるからわかる。5年前に死にかけてからしょっちゅうあった」

 5年前、一度死にかけて生還してしまった俺は、その後も何度か発作を繰り返した。ひと月ほどは絶対安静を云いつけられたものの、俺はそのひと月の記憶がほとんどない。生きているのか死んでいるのかもわからない状態で、呼吸器付けてひゅーひゅーしていただけだ。

「流石に一時的とは云え心臓が止まるのは危険な状況だろう」

「だろうね」

 わかってはいる。だが俺は別段、そこまで深刻に考えていなかった。誰かが揺すってくれると自然戻る場合もある。最悪、召喚獣で身体に弱いショックを与えるとか、心臓マッサージとか重病人みたいなことをしないといけないのだが、流石に5年も経てばなくなって来ていた。だが細かいことを将軍にあれこれ説明する気はない。治らない病気ではなくとも、俺がそもそも治す気がないのだから、何を云ったところで意味がない。

「まずいと思ったらすぐに教えてくれ。パクスカリナの医療技術は割と進んでいるんだ」

「ありがと」

 恩で返事はしたものの、行くことはたぶんないだろう。実家に帰った方が早い。あー……嫌だなぁ。入院になったら最悪だ。今の王宮はどうしても近寄りたくない。子どもの頃王宮へ行くと自然そのまま王立病院に連れて行かれ、結局熱が出たりした。

 思い返していたら放置して来たあらゆることが思い浮かび、増々帰るのが嫌になって、俺はその面倒事をすべて放り投げる。



「で、将軍は何? どしたの」

「いや、朝から押しかけて済まなかったな。体調が悪くなければ昼の後か、明日の朝に少し時間をもらえたら助かるんだが」

 もらえるもなにも、俺は何もすることがない。ネイシャを見つけることだけだ。

「何?」

「天帝が貴殿と話したいとのことだ」

 そうだ、倒れる前にそんな約束をした。ぼんやりとあの幼い顔を思い出して、俺はわかったとひとまず頷いていた。


・・・・・


 有無を云わさない笑顔で朝飯、昼飯と続けて用意してくれたルリエールに、腹減ってないと云うこともできず大人しく従って寝台で過ごしたあと。約束通り出かけようとして、そういえば何所へ行けば良いか訊かなかった。こういうところで抜け過ぎている。あの軍の施設は行って良い気がしない。ていうか将軍もなんで云わなかったんだろ、いつもの莫迦丁寧さから考えると迎えに来てくれるつもりなのか。


 あれこれ考えていると、宿の部屋にこんこんとノックされる。屋敷では誰もノックなどしてくれないのに、ここの奴らはなんて行儀が良いんだろうか。半ば感心していたのに、俺が扉を開ける前に開かれた扉の先に居たのは、将軍でもルリでもなかった。




「やっほー、ビル。気分はどう?」

 天下の天帝はあまりにも軽い調子で尋ねて来た。

 そう、天下の天帝がなぜか宿に来ている。……いや本当なんなんだろうここの人は。俺の想像を斜め上を行く行動を平気でしてくる。母国じゃあ俺が非常識な奴だと思われているが、割と異国では常識人になれている気がする。


 少なくとも、天帝と呼ばれるような人が勝手にこんな一般国民の家まで直接は来ない。


「え、何してんの」

 思わず呆れて呟いてしまうが、天帝は気分を害した様子もなく小首を傾げる。

「あれ、ウィリアムから聞いてない? 会いたいってお願いしたんだけど」

「いや聞いてる、聞いてます」

 どうして俺の周りの偉いやつって、こういうのしか居ないんだろう。頭痛い。もう何かを否定するのが面倒くさくなって適当に返事をすると、当の将軍が階段を登って来た。

「すまないなビル殿、唐突で。具合でも悪くなったか?」

「いや唐突じゃないだろ。むしろ、わざわざ来てもらわないでも行ったけど」

「倒れたばっかりの病人を呼び出すほど鬼畜じゃあないよ、僕は」

 むしろそれこそ心外だとばかりに、天帝は俺の顔をじっくり見る。自然俺も見てしまう。この西大陸を、閑さえあれば戦しかしていない西大陸を、ほぼ一つにまとめていたという実力者を。

 幼いとは云ったが本当に幼いわけではなく、童顔の所為か若く見えるという程度だった。天帝と云うからもっと将軍みたいなどっしりした人物を想像していたが、割と小柄で俺よりも少し背は低い。そんな西大陸の天帝は、まるで大陸を表すかのように、綺麗な金色の髪と緑の瞳を持っている。外見だけなら何所かの貴族と云われても俺より絶対に信じてもらえそうだが、その肌は長い金髪が強調されるぐらい黒く焼けている。ずっと外に居た人の勲章とでも云おうか、もちろん好きで外に居たわけではないだろうが、ぬるま湯の生活をしてこなかった人の色だ。




 しかし当の天帝は俺と同じく外見を見ていたわけではなかった。

「倒れていた時よりはずっとましだけど、やっぱ顔色悪いね。ひとまず怪我が大したものじゃなくて良かった。あ、常備薬後で教えてね」

「天帝は一応、医者の技量を持っている」

 おまえは医者かと思った俺の内心を読んだわけではないだろうが、ご丁寧に注釈を加えてくれる将軍に、俺はわざわざ返す言葉もない。

「持っているってだけで免許じゃないからね。まぁ医療免許なんて作ったの最近だから、まだ整備されていないこっちの医者にはかからないほうが良いよ。診療所のワイスバールっていう、ルカの付いている先生が専門違うけど腕利き」

 ご忠告をどうも。とすると、ルカは珍しく腕の良い看護師だということになる。あいつやっぱりすごかったんだな。


「それで……天帝自らわざわざ俺の健康診断に来てくれたわけでもないだろ」

「ああうん、まぁそうだけどね。お邪魔しまーす」

 今さら立ち話だったことに気付いたのか、室内に入って天帝はさも当たり前のように寝台横にある椅子に座る。

「……いやもう起きてて平気だから普通に座って」

「そう?」

 至って平然と椅子を応接できるテーブルへと戻して、天帝はようやく座った。立っていて構わないと云い出す将軍にも、俺の肩身が狭いから座ってくださいとお願いし、どうにか落ち着かせた。俺が会いに行ったほうが疲れなかったような気がする。俺がルリエールの城と化している丸椅子に座ると、どっと疲れが押し寄せるのを感じた。




 しかし俺の疲れなどまったく気にした風もなく、天帝はそうそうと口を開く。

「セイルーン・クレイヴァです、半年前から部下がお世話になりました」

 言葉は丁重にしかしあくまで軽い調子で天帝セイルーンは自己紹介する。そしてそれはさして重要でもないかのように、俺の答えを待つことなく話を始める。

「まずビルのおかげで結構な残党が見つかって助かってます。ありがとうね」

「いや、特に何もしてないんだけど」

「ううん、女神関連の建物は回ってはいたんだけど、たぶん移動しているのか空振りだったんだよね。あとは神官の術に翻弄されていたちごっこ。ちっとも楽しくない。ビルが指摘してくれた場所は、何所にも属さないものもあるけど、だいたいリヴァーシン教会の歴史になぞると3通りに分けることができた。敬虔な信者たちは筋さえ読めれば動きはわかるからね。これはビルのおかげ、本当ありがとね」

 まるで子どもの世話を見てくれてありがとうとでも云うような軽さだ。この雰囲気で脱力してしまってもはや敬うとか敬語とかそういうのをすっかり忘れたが、そのちょっとふざけたような話し方が親父にそっくりだからだと思い当った。

「この返礼は考えておくとして、ロウリーンリンクのお嬢さんは別に助けるよ」

「いや返礼とか要らない」

「一回ぐらい受け取っておいてよ。あ、孤児院の強化とか道の補修とかはなしで」

 思わず将軍を見ると、天帝を応援するかのようにそうだそうだと頷く。どうしてこの生真面目な将軍はあれこれすべて天帝に伝えているのか。でも他に何も頼むことなんて何もない。



「ああでもね、今回ロウリーンリンクのお嬢さんを助けるのに、条件があるんだよ」

 条件という言葉に嫌なものを感じたのが伝わったのか、天帝はけらけらと笑う。

「簡単、簡単。ビルにはうちの正規軍に入ってもらいます」

「──は?」

「軍の決まりは絶対。破ったら協力関係はなしだよ」

「いや俺は……」

「単独行動の癖がついている命知らずには、少しぐらい痛い目見てもらわないとねー」

 ちらと将軍を見れば、今度は素知らぬ顔をしている。ただおそらく、前回の件も含めて俺が勝手に行動することを止めるための約束だ。つまり俺が死なないための約束。そんなもの、天帝になんの得があるというのか。

「どうする? 嫌だと云うのならもちろん、ビルはこの件から外れてもらうよ」

「外れるって、もともと俺の勝手な頼みだろ」

「お願いされたから動くっていうのもあるけど、ロウリーンリンクのお嬢さんはもう、クレアバールの民の一人だ。攫われたらそれは当然、捜す義務がある。そうだろう?」

 ──ああこの人、本当に親父と同じだ、と感覚で思う。だから天帝になれたのだということを思い知る。俺が何を云ったところで無駄だ。

「……わかりました」

「話が早くて助かるよ」

 にこにことする笑顔の裏の本位はわからない。ただやっぱり、天帝になるだけの人なのだと思い知る。




 すっかり詳細を話すのを忘れていたが、あそこで神官に会ったこと、ネイシャの持ち物を拾ったことを伝える。ついでにあの遠い残りの2箇所もはずれだったことを天帝は教えてくれた。

「そうなんだよねぇ、ばれちゃってるんだよね、僕らが神官の居場所突き止めたこと」

「あ、それだけど」

 と、俺は机の上に放置していた地図を持って来て、天帝たちの前に広げる。天帝か将軍がきちんと持って帰って来てくれた地図は、砂で汚れてしまったもののちゃんと役目を果たしていた。

「たぶん、ここ。正確にはこの慰霊塔」

「しかしそこはしばらく誰も居なかったぞ」

「それは手前の教会が倒壊騒ぎになる前だろ」

「ではそのあとに? 危険過ぎないか?」

「そう、だけどたぶん、神官たちはあの教会を通らずに慰霊塔まで行っている」

 困惑するのも無理はない。だから俺の云う矛盾はちゃんと一から説明しなければならない。

「前にネイシャを連れ出した時、地下からわらわらと出て来ただろ。あの地下の深さ、たぶん3……メートルぐらい。今はもう歩けない旧街道っぽい道から砂山も、3メートルぐらいだった」

 云いながら計算が合っているか少しだけ不安でもある。異国の単位は馴染まない。

「で、この慰霊塔から真っ直ぐ線を南に引けば、王城へ繋がる。たぶん王城の地下からここまで真っ直ぐ出られるようになっているんだと思う」

 何かがあったときの逃げ道として、慰霊塔を使用できる。近くに教会も礼拝堂もある。そう、いざというときは王城を捨てて、ここをリヴァーシンの根城にするこができるのだ。


 俺の説明に天帝はへぇ、とおもしろそうに笑う。

「じゃあ神官は要するに、王城をねぐらにしてるってこと?」

「たぶん。……移動しているかもしくは地下に潜んでいる可能性もあるけど、たぶんずっと地下じゃあ冷えるから王城内に居るんだと思う」

 天帝軍が見回りをしているからそう安穏と暮らしているわけではないだろう。だが一度は空にした王城を、天帝軍もわざわざ毎日見回りをしない。城というのは無駄に広いから見回りにも時間がかかる。神官はそれをわかっていて、逃げ道もある王城を本拠地とした。俺が来た時にわざわざ顔を出したのは、自分たちがあの慰霊塔に居ると思わせるためだろう。本来の王城から、警備を薄める効果もある。またあそこに、神の国を造るつもりなのだ。


「エントランスから中庭……ああ、そうか。中庭から階段で上がるから、地下に空間があるかもなぁ」

 無駄に広い城の内部を思い返しながらか、天帝は俺の地図を片手に中を見上げている。それからまた地図を何度か見回して、ふぅんとまた楽しそうに呟く。

「まぁこれは、正々堂々と挟み撃ちしかないね」

 挟み撃ちが正々堂々かどうかは、突っ込まないでおいた。


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