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旅人物語─帝の治める大陸  作者: 痲時
第2章 たった一つの冴えないやり方
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第11話:ひとりということ


 その後俺ができることは何もなく、ただ無為に時間を過ごすだけだった。その間も少し時間が空くといろいろ考え出してしまうため、気分転換に外へ出た。カーヴレイク、ルリの宿、孤児院。気付けばこの歩きにくい大地も慣れ、ここらでは俺の仮家が一番西だから、それ以上西へ行かなければ迷うことはない。俺が書いた地図の中には西南側も入っていたから少し行ってみたい気持ちはあったが、まだ整備されていない知らない土地を歩くのは自殺行為だ。戻って来られる気がしない。そうして俺が行く先と云えば、町か宿しかない。町中だとまた面倒事に引っ張られる気がしたので、なんとなく足が港に向いた。ダグはきっと船で出ていていないとわかっていたが、あのあっけらかんとした性格は今この何もできない時間を和ませる力がありそうだった。

 案の定空振りの港に居たのはルリで、俺を見た瞬間に目を丸く見開いて一歩下がる。……ん?

「……おはよ」

「こ、こんにちは、ビルさん。……えっと、珍しいですね、どうされたんですか?」

「うん、ただふらふらしてただけ」

 そういうルリは昼食をダグに届けに来たのだと云う。ルリのやたら忙しい日課の一つだったが、もうそんな時間だったらしい。あれこれ考えながら歩いているうちに、時間が経ちすぎたようだ。いつもならその間にもルリエールは今日はこの後どうたらと話出すのに続かない。不思議に思ってルリを見れば、なんとなく気まずそうにうつむいている。


 ……ああ、数日前、宿で壮絶な話を聞いてから会うのは初めてだ、とようやく思い至る。なんとなくバツが悪いのかもしれない。早々に立ち去ったほうが良さそうだ。それじゃと軽く声をかけて踵を返すと、

「あ、ビルさん……!」

 と後ろから慌てた声が飛んで来る。

「お時間あるのならうちに来ませんか? あの……えっと……あ、簡単なお昼ならお出しできます」

 振り返ればなぜかルリエールは必死に俺を引き止める。面倒くさいが何かしら腹に入れないと薬が飲めないので、今から結局カーヴレイクへ行かなければと思っていたところだった。ありがたい申し出だが明らかに無理矢理な感じが出ていた。

「良いよ、なんか買いに行くから」

「……あ、そうですか」

 明らかに残念そうに肩を落とされると、断ったことが申し訳なく思えるから不思議だ。だがそれも一瞬で、次に顔を上げた時には、既にいつもの調子のルリエールに戻っている。

「じゃあ夜来てください! ちゃんとお料理出しますから!」

 なんで俺の顔を見るとみんな食って行けと勧めるのだろう。というか、ルリエールはなんでこんな必死になっているんだろう。気まずいのはルリのほうではないのか。

「……ありがと」

 いろいろ考えたもののこれ以上断るのも意地を張っているみたいになるので、大人しく受けておいた。ルリはそれにほっとしたように安堵の溜め息を吐く。

「いえ、その……では買い出しに行って来ます!」

「いや良いよ、適当にあるので」

 どうせまたダグが大漁とか云って、食いきれないほどの魚を持って帰って来ることを知っている。俺が最初に妥協したのを理解したのか、渋っていたルリは結局諦めてくれた。俺の飯のために買い出しに行くと云われて、流石に付いて行かないわけにはいかない。そうしたら結局カーヴレイクまで行くことになる。今日は町に行く気分にはなれなかった。あの雑踏のなかにネイシャが居ない。そのことに罪悪感でもあるのだろうか。自分のことながら莫迦みたいだが、そわそわして落ち着かない。



 宿に夜まで居ても良いかと問えば、当然ですと答える。さっきのちょっとした戸惑いはなんだったのか、もう吹っ切れたのかと不思議に思いながらも、敢えて深いことには突っ込まず大人しくルリと宿に向かった。だがその宿に先客が立って居り、彼はこちらを見るとちょうど良かったと笑顔を見せた。

「貴殿を捜していたのだが、やはりルリエール嬢と一緒だったか」

 相変わらず律儀な将軍様は、わざわざあの軍拠点から俺の家に寄りそのまま宿に来たのだと云う。地図を書き終えた俺が、ぱったりカーヴレイクへ行かなくなったことに気付いているのだろうか。ここらの人たちは変なところで敏いから恐ろしい。


 すぐに帰るという将軍を、ルリはどうぞと中に招き入れた。将軍は肩をすくめて、大人しくルリエールに従う。応接室というのかなんなのかへと座った矢先に、将軍は興奮した様子で俺の手を握る。

「貴殿のおかげだ、ビル殿!」

 やけにテンションの高い将軍にぶんぶんと握手され俺は呆けるしかない。そんな俺に将軍は小さく頷いて数日のあらましを教えてくれた。

 俺が地図で編み出した居場所は、あらかた彼らが将軍たちが当たってくれたらしい。空振りの場所もあったが全部で23箇所回ったところ、そのうちの15箇所もに残党が居た。今まで追いかけっこ状態でなかなか捕まらなかった彼らを、ようやく無事に捕らえることができたという。残党刈りというと聞こえは悪いが、別段罪に問われるわけではない。ただ今後は一つの国として無意味な戦を起こさないという了承を仰ぐだけだ。

 残念なことにリヴァーシン国王は未だ渋っているらしく軟禁状態にあるのだが、それ以外の折れた幹部やら貴族は、すでにクレアバールの国民になっているとか。絶対的な女神が天帝に従えと云うのだから、おとなしく従えば良いんじゃないのかと国王に対して思うことはあるものの、余所者の俺があれこれ云う必要はない。


 ルリエールがお茶を出して来た頃には、将軍の厚い握手も終わり少しは冷静になってくれた。しかしそれだけ大変だったのだろうというのが実感できた。

「いやぁ、今までだいたいの検討はつけていても、到着するとすぐ何所か違う場所に雲隠れしてしまってな。いたちごっこだったんだ。部下にも幾らか被害が出て困っていたところでな」

 被害という言葉に物騒なものを感じつつも、将軍はひとまず解決したことに喜んでいる。

「あと3箇所に絞れたのだが、そこらがちょっと厄介でな……」

 話によると一般人が入るには厳しい砂の大地や、深い渓谷を超えた奥地だったため、軍の一部が物見に行ってくれているらしい。何所も遠いのでもう少し時間がかかりそうだとのこと。

「あと一つは比較的近いんだ。ほら、ビル殿が以前囚われた場所、覚えているか?」

「……ああ、なんとなく」

 ネイシャが教えてくれた、教会と礼拝堂だ。将軍が俺の地図を広げて場所を指せば、確かにここから割と近い。孤児院よりもっと南西に行った辺りだった。孤児院から南に2キロほど行けばそこは既にリヴァーシン王国の敷地だ。

「あの教会が倒壊寸前でな……周囲に人は居ないのだが流石に大勢で押し寄せるわけにもいかない。目的地である慰霊塔はその前を通らないと行けないのでな。しかし少数で行って神官が居た可能性を考えるとまた難しい」

 あの将軍の技には軍も手を焼いているようだ。リヴァーシンの神官だけが持つ特別な力というが、いったいどういう原理なのかたぶんあの技に強い人はそんなに居ないだろう。たぶんあれに耐えられるのは、気楽自由で女のことしか考えていない従弟ぐらいではないか、いや流石に失礼か、などとどうでも良いことを考える。


「というわけで、明日明後日ぐらいに2箇所から帰って来ると思う。それまでもう少し待っていて欲しい」

 すまないと頭を下げられるが、むしろ俺がありがとうと頭を下げるほうではないだろうか。

「良かったですね! お疲れ様でした、ビルさん」

 にこにことルリエールは機嫌がすっかり直っている。いやもともと悪かったわけでもないのだが、不思議な違和感はあった。素直なやつだから仕方がない。

「うん、むしろお願いします」

 将軍もルリエールもひとまずの前進が嬉しそうだ。だから俺もたまには素直に頭を下げてみたのだった。


・・・・・


 3箇所の何所かにネイシャは居る。そう信じるしかなかった。


 例の近い場所にある慰霊塔はしかし、話が進んでいなかった。大勢で行って突然教会が倒壊したら危険だし、先に壊してしまうにもここまで設備が導入がされるのはまだまだ先である。先延ばしにしている間に崩れてくれたら良いんだが、と将軍は物騒なことすら云う。近隣に人は居ないからむしろ崩れてくれて問題はないが、リヴァーシンの建築物は古いから崩れたところで残ったものも使えるかどうか難しい。建築物としてそのまま使えたら良かったが、そうできないならしょうがないとも。あの将軍もおそらく修羅場をくぐって来たからか、変なところで冷静だ。


 もどかしいのはまた部屋でじっと地図を見ているからか。他に何かしようにも、昨日ふらふら出歩いて結局何にもならなかったことを思うと外に出る気も失せる。将軍と話している時は冷静で居られるものの、後々考えると少しすらまだなのかと焦れてしまう。自分勝手な話だ。


 ……あれ。

「……そもそもなんでここしか通れないんだ?」

 ずっと自分の書いた地図ばかりを見ていたからか、久しぶりに公式のリヴァーシンの地図を見て違和感を覚えた。教会の隣には礼拝堂がある。神官が逗留した上に古いということは、謂れのある建物なのかもしれない。また俺が考え出したネイシャの居るかもしれないその先には、慰霊塔と書かれていた。なんでそんなところに居るかもしれないと思ったかは、やはりルカ先生様々である。

 リヴァーシンの町や村には、必ず礼拝堂か教会がある。比較的大きな町になると、それらは隣接して建っているという。そしてその近場には、だいたいと云って良いほど慰霊塔というものがある。この慰霊塔とは戦死者を祀るためにあるではなく、今までの女神代理を祀ったものらしい。つまりすべての慰霊塔は女神のためにあるもので、月に一度は周辺の町村集めて慰霊祭をする……というのがルカ先生の本の受け売りだ。



 それが教会と礼拝堂のある比較的大きな町のどん詰まりにある、というのは。他の場所を見てみれば、だいたい慰霊塔は開けた場所にある。あらゆる町村人が、必ず慰霊祭に行けるよう交通路は十字にしっかり取られている。だがここに関しては、昔の地図も今の地図も、もともとがどん詰まりになっている。


 戦禍の影響で通行止めになったならまだしも、3年前から通り抜けできない道。


 この間近場に潜んでいたのにまだその近くに居ると思わない、まさかそんな簡単なはずはないと思うものの、あの教会が倒壊寸前というのも気になる。



 気付いた時には既に家を出ていた。一旦カーヴレイクに出ようかと思ったが遠回りだ。地図を片手にどうにか目的地の方まで進むには、孤児院がちょうど良い。


 孤児院を目指すつもりで歩いて行くと、孤児院付近で見知った顔が現れる。

「あれ、ビル兄!」

 ティーガに会うのは久々だ。ベルクスはあまり刺激しないほうが良いと思って、孤児院にはあまり顔を出していない。たまにカーヴレイクで会うものの、最近は俺も引きこもってばかりだったから久しぶりだった。

「何所行くの? ビル兄の家、あっちでしょ?」

「──ちょっと散歩。おまえは?」

「カーヴレイクに行こうと思ったんだけど……ねぇビル兄。俺も一緒に行っちゃ駄目?」

 すっかり一人でカーヴレイクまで行けるようになったらしい。子どもの成長は早い。

「駄目」

「ビル兄、また危ないこと、するの?」

 何を感じ取ったのか、ティーガの声のトーンは下がる。そういえば神官に襲われて倒れた俺を助けたのはティーガだ。ビル兄と気軽に呼んでくれるぐらいだ、ティーガがだいぶ俺に懐いていることはわかっている。そんな存在が砂場に倒れていたら戦争孤児は何を思うだろう。不可抗力だったもののそんなものを見つけさせて悪いとは思っている。

「大丈夫だ。その……ちょっと仕事」

「ビル兄、いつから働いてたの?」

 目を丸くされ素直に驚かれると、どんだけ俺は駄目なやつなんだと思う。まぁいつもふらふらしているだけだから、わからないではないし当然の反応だろう。


「ほら」

 罪悪感からかしゃがみこんで書いた地図を見せてやると、すぐ興味が動いた。

「うわぁ、細かい! 何これ」

「地図、ちょっと合ってるか見て来ようと思って」

「ビル兄が書いたの?」

「そう」

「すっごいねー!」

 おそらく地図というものすら初めてみたのではないだろうか。戦争が酷い時は一日という単位すら適当だったから、いつからか月日だけは世界共通にしたらしい。この世界での共通とはアリカラーナと同じということだから、俺はとても助かる。ただの違いは精霊文字かどうかぐらいだ。ともかくそんな大陸で地図などというものに需要があるとも思えない。こうして地図があるのは、レージング王朝とリヴァーシンぐらいだったんじゃないか。ティーガが詳しく何所の生まれなのか知らないのを、その時になって初めて気付く。


「これ何所なの?」

「孤児院よりちょっと先だ。おまえは大人しくカーヴレイク行って来い」

「んー……わかった。でもビル兄、ミアロアばっかりじゃなくて俺ともまた遊んでね!」

 遊んでねと云われてもちゃんと遊んでやった記憶などないのだが、なんでここらへんの餓鬼も俺に懐くのか不思議なままだ。

 ティーガが孤児院から一人でカーヴレイクへ行くようになったのは、孤児院に住むのが怖いというロアーナとミアーナの双子に会うためらしい。幼いながらに一応は二人で稼いで生活している彼女たちに、何かしら思うところがあったのか、年齢も近いからか今ではかなり仲が良い。子ども同士で遊んでいたら良いんじゃないか、と適当なことを思う。


 小さな背中がちゃんとカーヴレイクの方へ向かうのを確認してから、 俺は孤児院からそっと西に逸れて歩き出した。


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