トンネルの幽霊の祟り
通学路の途中にある車両通行止めになっているトンネルには、幽霊が出るという噂がある。もっとも、そんな話は私達の高校の生徒のほとんどは信じちゃいないだろう。
だけど、そのトンネルの幽霊は実際に祟りを為してしまった。高見という女生徒が、その所為で体調を悪くしてしまったのだ。
事の起こりは、その高見が同じクラスの畑君という男生徒に悪戯をしようと言い始めたことだった。彼は臆病で有名で、だからきっとそのトンネルでも怖がるだろうと、そう彼女は言ったのだ。
なんだか悪ノリが変な方向に転がってしまって、「面白そうだ」とみんなでそれをやる事になってしまった。そして、その悪戯はとても上手くいったのだ。高見が畑君を誘ってトンネルに連れて来て、つい最近演劇部で使った道具でみんながお化けの振りをして彼を脅すと、物の見事に彼は騙されてくれたのだ。声も身体も震えさせて、
「早く逃げて、高見さん! 僕がなんとかするから!」
なんて彼は言った。
きっと、決死の覚悟だったのだろうけど、その彼の言葉には大爆笑が返って来た。その悪戯に加わった全員が笑っていたけれど、恐らく一番笑っていたのは高見だったろう。彼女はこの手の悪戯が大好きなのだ。
悪戯だと悟ると、畑君は顔を真っ赤にして怒った。そしてそれから何も言わずにトンネルの外に出て行ってしまった。
高見は非常に上機嫌で、その時も「ああ、面白かった」なんて言っていた。よっぽど気に入ったのか、彼女は次の日もそれを話題にしては喜んでいた。
「声を震わせて、足もガクガクだったのに、畑君たら無理しちゃって、わたしのことを守ろうとしていたのよ?」
もちろん、畑君は面白くないだろう。非常に不機嫌そうにそれを聞いていた。ところが、高見は次の日もまた次の日もそれを話題にしたのだった。
「あの時の畑君が忘れらなくってさ」
なんて言って……。
その件で、畑君はすっかり高見を嫌いになってしまったようで、それ以来口を利いていないらしい。高見は気楽に「そんなに怒らなくても良いのにね」なんて言っていたけど、まぁ、無理もないと私は思う。
その辺りまでは、高見はなんともなかった。むしろ体調は良さそうだった。ところが、それから徐々に高見は元気をなくしていってしまったのだった。
明らかに具合が悪そうで、自分でもどうしてなのか心当たりがない。病院にも行ったらしいのだが、どこにも異常がないと言われてしまったのだとか。つまり、原因不明。それで、誰ともなく、トンネルの幽霊の祟りではないか?と言い始めたのだった。
俄かには信じられなかったけれど、実際に高見は体調を崩している。それで私は、近くの席に座っている鈴谷さんという女生徒に「なんとかならない?」と相談をしてみたのだ。
彼女は民俗学とか、そういった方面に強くて、だからこういった場合の対処方法も知っているのじゃないかと思ったのだ。幸い近くの席で、色々と話しているのを聞いているはずだから詳しい事情も知っているはずだ。
私の頼みを聞くと、彼女は悩んでいたようではあったけれど、「保証はないけど、それじゃ、やれるだけやってみましょうか?」と、そんな事を言った。そして、放課後に高見と一緒に私は教室に残ることになったのだった。
私は彼女がお祓いのような事をやるつもりなのかと思っていたのだけど、彼女はそんな用意は何もしていなかった。
「だって、あのトンネルの幽霊がどんなものなのか来歴も言い伝えも何も分からないもの。用意しようもないわよ」
なんて彼女は言う。
どうも、そういうものらしい。
「その代わりに、ちょっとばかり状況から推理して霊を説得する手段を考えてみたの」
「推理?」
「そう。何を霊が怒っているのか、それが分かれば説得の手段も見えてくるでしょう?」
そう言うと、彼女は高見を見やった。
「まず、注目すべきなのは、祟りに遭っているのが高見さん一人だという点。あのトンネルの中で悪戯をやった人はたくさんいたのに、何故、彼女だけが祟られたのかしら?」
私はこう返す。
「それは、高見が一番失礼な事をしたから……。なにせ、首謀者だし」
「そう? でも、失礼っていったら、あの場所でお化けの振りをして待機していた他の人達の方がよっぽど失礼じゃない? それに首謀者かどうかなんて幽霊には分からないだろうし」
私はその説明に違和感を覚えた。幽霊なら、その程度のことはお見通しなんじゃないのだろうか?
「そういうものなの?」
そう尋ねると、彼女は「ええ、そういうものなのよ」なんて澄ました顔で答える。
「高見さんだけが犯した唯一の罪は、畑君を酷く傷つけたことよ。自分を守ってくれようとした彼を馬鹿にするなんて、普通は考えられない。
きっと、あのトンネルの幽霊は、畑君に同情しているのね」
そう鈴谷さんが言うのを聞くと、高見は悲しそうな表情を見せた。
「別に……、彼を傷つけるつもりだった訳じゃ……」
なんて言う。
それに鈴谷さんは少しだけ微笑んだ。
「だけど、それなら解決方法は簡単よ。畑君が高見さんを許せばいいの。そうすれば、幽霊だって祟るのを止めるでしょう」
私はその鈴谷さんの説明に大いに疑問を覚えた。
「本当にぃ? そういうものなのぉ?」
だからそう言ったのだ。しかし、それでも鈴谷さんは相変わらずに澄ました顔をしていた。
「論より証拠よ。実際に、彼に許してもらいましょう。畑君、入って来て!」
そして、そう彼女が言うと、戸惑った顔で畑君が教室に入って来たのだった。どうやら鈴谷さんが呼んでいたらしい。その姿に高見は表情を歪める。そんな彼女の近くにまで来ると畑君はおずおずと口を開いた。
「あの…… 確かにショックだったけど、祟られるほどではないと思っている。だから、もう、別にいいよ。気にしてない。許す」
畑君は顔を真っ赤にしていた。物凄く照れているらしい。それを受けると、高見まで顔を赤くした。そして、
「ありがとう。ごめんなさい」
と、そうお礼と謝罪とをしたのだった。
なんだか、見ているこっちが恥ずかしくなった。
そのタイミングで、鈴谷さんが言った。
「どう? 高見さん。まだ、体調は悪い?」
高見は首を横に振る。
「ううん、もう平気みたい。楽になった」
「そう。良かった」と、それに鈴谷さんは返す。少しだけ笑っていた。
それが終わった後、帰り道で私は鈴谷さんに話しかけた。
「凄いわね、鈴谷さん。まさか、本当に上手くいくなんて。ああいうような、霊の説得方法とかってのがあるの?」
それを聞くと彼女は笑った。
「あんなのだたのデタラメよ」
それに私は「へ?」と返す。
「だって、実際に高見は楽になったって。あれって霊の祟りがなくなったって事でしょう?」
「ある意味じゃ、そうかもね」
「ある意味って?」
「だって、高見さんが体調を悪くしていたのって、単なる恋煩いだと思うから」
その彼女の言葉に私は「はぁ?」とそう言った。
「何でそう思うの?」
「高見さん。畑君が守ってくれようとしたことを随分と嬉しそうに話していたじゃない。悪戯の前からか、その後かは分からないけど、きっと彼の事が好きになっちゃったのね。だから、畑君の事が忘れられなかったのだと思うわよ。
……でも、本人は自覚していなかったのかしらね?」
そう言われて、私は思い出してみる。確かに高見は畑君が守ろうとしてくれた事を喜んでいたようにも思える。悪戯のエピソードがあったから、そうは思えなかったけれど冷静に考えてみれば、あれは馬鹿にしている感じではなかった。
だけど、それに畑君は怒ってしまっていて、いつまでも喋ってくれない。それで不安になって、恋煩いに……
なんてこった。意外に乙女じゃないか、高見のヤツ。
そこまでを考えて、私はふと気が付いた。
「あ、もしかして、さっき畑君が物凄く照れていたのって……」
鈴谷さんは頷く。
「そう。その事を彼に伝えてみたの。そうじゃなかったら、許してくれそうにないでしょう?」
それを聞いて、私は再び先の光景を思い出してみた。なんだか、さっきよりももっと恥ずかしくなってしまった。