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さよなら前世、よろしく今生。

 馬はいいな。

 目の前の牧場を颯爽と走り抜ける姿を見ながらしみじみそう思う。しなやかな脚の筋肉、動くたびになびく鬣、そして地面を踏みしめる蹄。夕日に浮かぶ、力強いその姿は見ているだけで人の心を揺り動かす何かがあるような気がする。・・・・・・だから同僚の間島さんはあんなに競馬にハマっていたのだろうか。いつも万馬券を握りしめてむせび泣いていたその背中は嫌に記憶に残っている。

 馬術の稽古をしている兄上がこちらに手を振っている。俺は笑顔でそれに応えながら、悲しい背中を記憶の片隅に追いやった。




 俺が生まれてから、もう4年たった。生まれた当初は、自分の状況が全く理解できなくて、更に精神が赤子の体に引っ張られたらしいこともあって、泣き通しだったことを覚えている。泣き疲れて眠り、起きても状況が変わらないことで、ようやくこれが現実なのだと受け止めることができた。

 しかしそこからが大変だった。何が大変って、何もできなくて大変だった。ご飯も、お風呂も、さらには下の世話だって何もかも人の手を借りなきゃできなかった。自分でできるはずのことができず、申し訳ないやら恥ずかしいやらで、その気持ちと付き合うのが大変だった。4歳になって、ある程度手足も伸びた今では大抵のことは自分でできる。これがどれほどの安堵感を俺に与えてくれたかは口では説明しきれない。思わずきれいに服を着た姿を周りに見せびらかしたほどだ……今にして思えばなんて恥ずかしいことをと頭を抱えそうになるが。


 この世界で分かったことがいくつかある。まず時代考証は現代から4、500年程前と思っていいだろう。電気はない。ガスもない。車ももちろん走ってない。抱っこされて見た外の世界は、コンクリートも、ビルも、看板もなく、現代日本で生きてきた俺にとっては正に“異世界”だった。

 更にどうやら新しい我が家は騎士のお貴族様らしく、家族以外に何人もの使用人達がいたし、時折父上が鎧を着こむのを見たことがある。生甲冑、生執事、生メイド……まるで物語の中に入ってきたかのような世界に俺の胸は高鳴った。


  だがこの世界は必ずしも喜ばしいことだけではなかった。

 次に分かったこと、それはこの世界の言語がまるで理解できなかったこと。にこにこと新しい家族のみんなが話しかけてきてくれたが、何を言っているのかさっぱり分からなかった。最初はまだ耳が発達してなくて聞き取れなかっただけかと思ったがどうやらそうではなく、自分の知る言語と全く違うと判明したときの絶望感は今でも覚えている。

 そんなときに俺を助けてくれたのは、新しい家族だった。まず朝一番に俺に声をかけてくれるのは母上で、海のように青い髪が印象的だ。毎朝聞く音は、恐らく「おはよう、(名前)」という言葉だろうと当たりをつける。それを入り口に、挨拶の言葉、単語、人名を聞き、必死にその音を覚えた。更に最も有力だったのが、俺が天使と崇める姉上だった。俺の4歳年上で、当時は絵本にご執心なようだった。暇な家族や使用人を見つけては、彼女が自ら読み聞かせを行っていた。詰まりながらも一生懸命本を読み上げるその姿は愛らしく、整えられたお髭を持つ父上などわざとらしく彼女の周りをうろうろと歩き回っていた。

 しかし周囲の大人はそれぞれ仕事を抱える身だ。いつも誰かが捕まえられるわけではない。そしてそんなところに現れたのが、動かない、いつでも暇そうな赤ちゃんこと俺だ。幼い彼女は俺がベッド寝転がっているのを見とめるとにっこり笑って、本を抱えて小走りに走り寄るのだ、それはもう嬉しそうに。その姿の可愛いこと可愛いこと。そして得意げに俺の傍に座って絵本を読みだす。絵本の内容は子供向けだけあって簡単な内容だし、彼女自身まだ言葉が拙いことから本の通りに丁寧に読み上げ、更に利発そうな兄上が訂正もしてくれたので、言葉が非常にわかりやすかった。英語を習い始めた中学生時代を思い出しながら、周りの環境に必死に付いていった。赤ちゃんは全員こんな大変な作業をしていたのかと当時は震撼したが、これだけ大変なのは恐らく、俺の中にすでに別の言語が根付いてしまっているからだろうと今にして何となく理解できた。今でも単語が分からなかったり、早口で喋られると聞き取れなかったりするが、子供生活を送るには不自由しない程度にはこの世界の言語を理解できている。



そして次に分かったこと、これが最も驚くべきことだったが、なんとこの世界には魔法があるのだ。しかも奇跡の出来事とかではなく、確立された技術として。

 初めての邂逅は俺が熱々のスープをこぼしてしまったときだった。慌てた母上が俺に向かって手をかざし、何事かを呟くとどこからともなく氷塊が現れて俺の腕の中にすっぽりと納まったのだ。思いもよらない出来事に俺はパニックになり、しばらく放心状態になった。周りの人が大丈夫かと話しかけてくるが、俺は突然現れた氷を口をあんぐり開けて見つめることしかできなかった。ようやく状況を理解し、この氷は何、と母上に尋ねると事も無げにこう言ったのだ。魔法よ、と。そのあとの狂喜乱舞ぶりは俺の名誉の為に省かせてもらうが、あまりの豹変にたまらなくなったのか母上はこうも言ったのだ。

俺には魔力があり、俺も魔法が使えるのだと。俺も、魔法が使えるのだと!!


 

 ここで改めて名乗らせてほしい。

 俺の今生の名前は、ロシェ・フロイタール。騎士貴族のフロイタール家に生まれた、今生は自分に素直に生きたいと切に願う、ちょっと変わった子供だ。将来の夢は、大魔法使いです。


 どうやら俺は、子供の頃に夢想したファンタジーの世界の住人になれたらしい。

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