後編『俯瞰する者にとっての瑣末なる座興』
ジャンル:ヒューマンドラマ(ただし視点は人外)。
裁きの場で、王子は騎士や衛兵に取り抑えられていた。
罪人の亡骸に寄りすがろうとしたためだ。
法官が述べる。
こうなっては骸を引き回して晒すしかないと。
神官が告げる。
未来永劫、葬ることも弔うことも赦されぬと。
冥海に飛来した■■は、急降下し、没する寸前の魂をすくい上げた。
なぜ、どうしてと魂の『彼女』が問う。
このまま波間に揺蕩い、消えるべきであるのにと嘆く。
否、と■■は答えた。
そして、ひとつの提案をした。
ただし未来の保証はできない。
受けるかどうかは、そなた次第だ、と。
王子が目を剥いた。
その視線の先を、皆が次々と追って、そして誰もが目を疑った。
羽根が降っていた。
何もない宙から次々と現れ、光りながら舞い落ちる。
仰臥した令嬢の体に吸い込まれてゆく。
すると――なんと、傷口がふさがり、血の気が戻ってゆくではないか!
やがて確と立ち上がった令嬢は、王子を見つめた。
彼の目を。涙を。
湛えられた疑念の色を溶くように、ひたと目を合わせたまま微笑んだ。
たちまち、それは歓喜へと変わった。
そうして令嬢は、もろもろの衆生を見回し、凛と声を上げた。
潔白であることを。
冤罪であることを。
それが証拠に、神は私を生かしたもうた、と。
騒然となった。
――とある王国に起こった醜聞の顛末である。
無辜の令嬢を陥れた佞臣がいたという。
王座を約束された青年と深く信愛で結ばれていた令嬢。
それを追い落とし、自らの娘を王妃にせんと企んだのだ。
同じく我欲を充たそうとした奸人が多数、愚挙に加担した。
無実の罪で世を去ろうとした令嬢は、しかし奇蹟によって蘇った。
そして王子が強く主張し、容疑の洗い出しがおこなわれた。
結果、確かに無罪であったことが証明されたのだ。
かの令嬢に罪を着せた者どもは、ことごとく相応の刑に処された。
そこから先は誰も知らない。
これから『彼女』自身が描いてゆく未来だからだ。
□□は哂った。
本当に愚かな同族だと。
己の意志で現世に顕現するなど。
受肉して、ただの人の、肉の器を補填するなどと。
永劫に生ける我らには魂がない。
転生の機会は与えられない。
もし『彼女』という器がまた大幅に損壊されたなら?
一体化している■■とて、諸共に滅してしまう。
もしも『彼女』が再び処刑の憂き目に遭っていたなら、塵となって消えてしまっていたのだ、それこそ永劫に。
世界を俯瞰しているだけの立場に留まれば、安穏でいられるものを。
そのような危険を冒してまで肩入れするとはな――
□□は双翼を畳んだ。
世界の縁に腰を据えた。
人の一生涯など、我らにしてみれば寸暇の出来事。
そのあいだの無聊は、あの愚かな友を観賞することで晴らすとしよう。
なに、『彼女』が生を全うするまでの辛抱だ。
器から開放されて帰ってきたら、大いに笑ってやる。
そう心に決めたからであった。
――了
最後まで読んでいただいて、ありがとうございます!
特にどうということもない補足。
「烏兎(=太陽と月)」と「星霜」。
これは、どちらも「年月、歳月」って意味です。
で、「冥海」が造語です。(冥界と溟海を足して二で割った)
まあ、異世界の「あの世」的な。
これを合わせて、なんか宇宙に広がる海っぽいイメージで、どうかひとつ。