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乙女は獅子に恋をする

甘い恒例行事

作者: 龍田 環

「セラ様、こんな感じでいいでしょうか?」


「美味しそう。ツヤが出るまで木べらでよく練ってね」


 私はハンナと一緒にチョコレート菓子を作っていた。西方大陸では二の月十四日に殿方にチョコレートを渡す行事がある。日頃の感謝を伝えてもいいし、もちろん愛を伝えてもいい。想う人に渡して愛の告白をするも良し。老いも若きも、乙女も元乙女も、この日だけは朝から大はしゃぎだ。


「ねぇ、ハンナは誰に渡すの?」


「えー言わなきゃダメですか? セラ様はもちろんユリシーズ様ですよね」


「うん。四六時中甘いもの食べてるくせに、昨日からずっとチョコの話ばっかりしてるのよ、あの人」


「期待しまくってるんですね」


「たまには甘くない大人の味にしようと思って。カカオ豆の配分が多いチョコを使ってガトーショコラにしたの。香りづけにちょっとお酒をたらしたホイップクリームを添えたらいいかなって」


「う、美味しそう。私にも作れるでしょうか?」


 良い子で器用で何でもできるのに、ハンナは致命的に料理ができない。おととい、クッキーを作ってみたから味をみてほしいと言われて、炭を食べさせられたので椅子から転げ落ちそうになった。お菓子は計量をしっかりやって、手順を守って、落ち着いてやれば大体成功する。私もそうだったから。


「もちろん作れるわよ! 今度、一緒に作りましょ」


 私がそういうと、ハンナは頬を染めて満面の笑みを浮かべた。この感じ。これは絶対好きな人がいると思う。なぜだかハンナはむちゃくちゃ口が堅い。お菓子で宥めても、泣き落としても頑として口を割らない。そこまで仲良くなれてないのかな、ってちょっと寂しくなるけど、こればかりは仕方ない。


「そういえば、エマが誰にあげるか、セラ様ご存知ですか?」


「アキムにあげるって言ってたわ。いつもお世話になってるからって」


「好きな人、といえば範疇に入りますけど。どう考えても恋愛対象じゃないですよね」


「さっきから事務方さんや、出入りの商人のおねえさん達が大勢押しかけてたわよ。恋愛対象だったら一大事じゃない。恋敵多すぎよ」


「むっちゃもてるのに、本人は女性が苦手ってのが皮肉ですよね。おまけに女子力が私達より数段上だし。私よりボタンつけが早くてきれいで完璧って……」


「ホントよね。自信なくすわ。で、ハンナは誰にあげるの? リオンとか?」


「げー、絶対絶対あげません! 性格最悪なんだもん!」


「あはは! ねぇ教えてよ、好きな人。いるんでしょ? ホラホラ言っちゃいなさいよ。楽になるわよ」


「何か、セラ様がユリシーズ様に似てきた。その笑い方、悪そうです」


「やだ、悪そう?」


「おいハンナ。誰の顔が悪人ヅラだって?」


「ぎゃっ、ユリシーズ様!」


 窓の外から響いたユーリの声に、私は思わず窓から身を乗り出した。厨房の裏庭にいるのは鶏ぐらいなんだけど、なんで領主様が裏庭に?


「ユーリ、そんなところで何してるの?」


「窓の外にいる不届き者を成敗しに来た。オラ、さっさと領館に戻れ。アルノーに仕事押し付けて何やってんだ」


 窓の下にはいつもの面子が座り込んでいた。と思ったら、アルノーじゃなくてカインが座ってた。カインの直属上官ってアルノーだよね。アルノーがこんな理不尽な命令だすとは思えないんだけど……。


「もおおお! あとちょっとでハンナが誰を好きなのかわかりそうだったのに」


「お前らじゃないのは確かだな。いつまでもそんなとこに座り込んでると踏んづけるぞ」


「痛い! もう踏んでる! 足どけて!」


「何だよ、自分にはもう相手がいるからって! その余裕がムカツク! 超ムカツク!」


「ハハハハ。今日の俺のおやつはセラのお手製ケーキだ。三べん回ってワンと言えたらわけてやってもいい」


 見下した冷たい目線と、ふんぞり返った尊大な態度が抜群に似合う。言ってる内容はおバカだけど、黒い騎士服と相まって絵本に出てくる悪い騎士そのものだ。前にそれを本人に伝えたら「ひどい……」ってとっても悲しそうな顔になったから、二度と言わないけど。傷つきやすい乙女みたいだから下手なこと言えない。


「く……っ!」


「騙されないぞ。ワンって言ってもやらないつもりだろ、このドS!」


 子どもの頃から一緒にいるだけあって、よくわかってる。私の騎士様は「わけてやってもいい」って言ったら、絶対に分けない。私にはなぜだか「やってもいい」が「やるよ」と同意だけど。ちょっとだけ優越感があるのはナイショだ。


「ユーリ、そんな意地悪したらダメよ。マリーさんが領館の厨房でいっぱい作ってたから、皆の分もちゃんとあるわよ」


「お母さんじゃん! お母さんからのチョコはノーカンなの!」


「えー」


 何て困った人達なの。ちょっとだけユーリの気持ちがわかった気がする。面倒くさいってこのことね。


「セラ、施しは必要ないぞ。甘やかすとつけあがる」


「大きい型で作っちゃったわ。お茶のときに皆で食べようと思って」


「俺達、一生姫様についていきます」


 マルセル、フーゴ、エーリヒ、なぜか一緒にいるカインが揃って私に向かって騎士の最敬礼を捧げてきた。私は頑張って高飛車に見えるように胸を張って大きく頷いた。


「良くってよ。それじゃユーリ、あとでね」


「うん」


 窓の外から「自分だけズルイ!」とギャースカ騒ぐ側近達と「ハイハイ」とかったるそうに答えるユーリの声がする。あんなに言い合いしてても、一時間もすれば軽口言い合ってるんだよね。いいな、男の子は単純で。ハンナがまだ洗ってそのままにしておいた器に、テンパリングしたチョコを流しこもうとするのを止めようと、慌てて窓から離れた。


「ハンナ、待って待って! 型をちゃんと拭かなきゃ!」



 城下町の時計塔が昼三時を告げた。私はエマとハンナと一緒に二階の作戦室へとやってきた。もちろんワゴンには私が焼いたケーキと、マリーが今朝から仕込んだトリュフが乗っている。幹部達が週一度の会議を終えた時間を見計らってきたので、ちょうど休憩の時間だった。


「皆さん、お茶をお持ちしましてよ」


 上座にいたユーリが書類から顔を上げて、ニヤッと笑った。


「待ってた」


 ユーリ達が大量の資料や報告書をまとめている横で、私達もお茶の準備をする。エマがお茶を、私がケーキを準備して、ハンナが配膳。私達は長く働いてきた侍女仲間のように息ぴったりだ。


「マリーのチョコレートもあるんですよね。今日のお茶請けは豪勢だな」


「ゲオルクさんは奥さんから貰えるでしょ、ケーキは俺にくださいよ」


「断る。嫁は嫁、姫は姫」

 

 ゲオルクさんはニカっと笑って、マルセルの進言を華麗に無視して報告書をまとめていく。大きな背を丸めている姿は森のくまさんみたいで、ちょっとかわいらしい。


「フレデリクさん、執務室のあのチョコの山はなんすか。セラ様のまで貰おうとはおこがましいとは思わないんですか」


「全然。私がレディ達の気持ちを無碍にする男だとフーゴは思ってるのかな? もちろんセラ様のは別格。セラ様、私とゲオルクで外交中のジェラルドの分を頂きますので、切り分けを」


「ひどい。日持ちしないからって勝手に食うとか」


 エーリヒが悲しそうな顔で呟いた。確かに日持ちしないから、フェアバンクス公爵領に出張中のジェラルドさん達には侍女達全員でチョコレート味の焼き菓子を渡す予定なんだけど、言ってなかったかな。


「ユーリも机の上にチョコてんこ盛りだけど。あれどうするの?」


「セラと二人でいただくよ」


「っかー、乙女の真心をなんだと思ってんだ。イヤミな奴」


「すまないな、俺がもてるばかりに」


 そうだよね。もてるんだよね。王都で貴族のお姫様とか侍女とかにチヤホヤされてたって、後で知ったもの。確かにカッコいい人だもんね。何でこの人が私のこと好きになってくれたのか、今でもよくわからないし。


「……」


「ユーリ様、セラ様が」


「義理、義理だから。全部! 使用人一同とか取引先とかだから! セラが心配するようなことはなにも」


 考え込む私に、ユーリが必死に言いつのる。何でそんなに必死なんだろ。愛想をつかして北方大陸に帰っちゃうかもって思ってるのかな。そんなこと、あるわけないのに。慌てるユーリにマルセルが綺麗な濃紺の包み紙の箱をつきつけた。


「嘘つけ。これは何だ。セラちゃんというものがありながら。どこのお嬢さんからのチョコだ」


「無記名は全部処分したはずだが」


「よく見なよ。それ、リオンさんの字だよ」


 アルノーがお茶を飲みながら答える。ハンナに礼を言ってケーキを受け取ると美味しそうに食べ始めた。よかった、お口にあったみたいで。


「行き過ぎた主従愛……」


「バカだろ。セラ、これやるよ」


「うん」


 びりびりびり。べり。


「キャー! フィア・シリス王室御用達の高級チョコボンボンだぁ! ありがとユーリ! エマ、ハンナ、夜のお茶会で食べましょ!」


「一日限定三十個のあれですか!? キャー、嬉しい!」


「ユーリ様、ありがとうございます! ついでにリオンもありがとう!」


 私達はきゃあきゃあひとしきり喜んでから、師団長達にもお菓子とお茶を配り始めた。


「……いつ買ったんだろ。昨日からアキムさんとエーラースに行ってるよな」


「自分で並んじゃいないよな。フーゴ?」


「まさか。んなこと頼まれたらさすがの俺も切れるよ? パシリ扱いすんな」


「それより夜のお茶会って何すんの。夜の、ってのが隠微な響き」


 キッとマルセルを睨み付けると、ユーリは胸倉をつかみそうな雰囲気でずずい、と押し迫った。本当に口の減らない人ってマルセルのことだと思うわ。


「おい。俺のセラに何か言いたいことでも?」


「いいえ。滅相もない。夜のお茶会にユーリも参加すんの?」


「……させてもらえると思うのか?」


「いえ。失礼しました団長」


 ニコニコしながらアルノーはユーリのケーキにフォークを刺そうと席を立った。もう食べちゃったんだ。


「ユーリ、ケーキ食べないの。俺が食べちゃうよ? このケーキ大人の味ですごく美味しいよ。クリームも甘さ控えめで酒が利いててさー」


「まてまて、俺のに手を付けるな。や、やめてアルノー!」



 その夜。


 エマ達とのお茶会という名のおしゃべりを切り上げて部屋に戻ると、ユーリが私の部屋の前が待っていた。


「あら、今日はこっちで休むの?」


「いや。ちょっと野暮用」


『森の館』にはユーリのお部屋もあるんだけど、めったにこっちでは休まない。理由は教えてもらえないけど、ユーリなりに何か考えがあってのことだからあえては聞いてない。藪蛇になりそうな気がする。


「!」


 首をかしげていると、急に引き寄せられて、キスされた。


「昼間のお礼」


「なななな」


「フィア・シリスのチョコはこういう感じか。甘いな」


「ああああ」


「さっきからどうした。皆の前でお礼をしたほうがよかった?」


「ち、ちがっ。私にあっさりチョコを譲ったのって」


「ん? へへへ。おやすみ!」


 悪戯成功! って顔をして、素早く階段を下りていく。その背に慌てて追いすがった。


「お、おやすみ!」


 振り返った顔は、とっても満足そうだった。やっぱり私より乙女だわ、私の騎士様って。キスで限定チョコを味わうとか、そうそう思いつかないよ……。





 おしまい




出遅れたバレンタイン短編。

結局、ハンナの好きな人はわからずじまいです。答えは本編にて。

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[良い点] セラちゃんが魅力的で、ユリシーズがセラちゃんより乙女で尻にしかれてるところ(笑) [一言] 二人の力関係がよくわかるお話しだと思いました。これからも二人のラブラブ話しを楽しみにしています。…
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