03 やっぱり彼女はツンデレラ
仕事と称して、接待関係では美味しいご飯を食べるだけに留まった。すると考え込んでしまう。私は何のためにここに居るのかと――
「え? 何のためにって、響子は将来的には俺の妻になるんだし、傍に居てくれるだけで良いんだけど」
四六時中傍にいるのだ。
副社長とはだいぶフレンドリーになった。
東吾さんと呼べるほどにまで発展してしまう。慣れって怖い。
「明日はアラブ首長国連邦の、ワキヌマリゾート総支配人と食事会なんだ。響子もおいで」
「は、はい」
とりあえず、副社長の恥にならないように大人しくするつもりでいる。
「あの、東吾さんは外国語を喋られるのですか?」
「少しだけ。でも、今回は翻訳者を付けるかな。アラビア語は難しすぎてややこしいよ」
「え」
「アメリカ、フランス、ドイツ、ロシア、中国語くらいなら、翻訳者が要らないかな」
なんだこのボンボン。はっきり言って秘書いらんだろと思う。顔に現れてたのか、不満顔の私を見て膝の上に乗せられた。
「どちらにしても、パートナーは必要だ。未婚だと言い寄られる隙が出来てしまう」
「……そ、そうですか」
利用してるならはっきりそう言えばいいのに。
無言でいると、副社長に唇を啄ばまれた。考えてる事を読まれたらしい。どこまでデキるの、この人は――
「交渉事だと、所持してる切り札を出すタイミング、相手の顔を読むのは必然とされてるんだ。人と関わる仕事をしてると自ずと分かるよ。というわけで、響子の考えてる事も丸わかりってわけ」
「えぇっ!」
「響子がキスしたいなーとか、抱いて欲しいなーって思ったら即効で抱ける自信があるよ、俺は」
「そんなこと思わないですってば」
副社長に丸わかりだなんて、これでは隠し事の一つも出来やしない。今後はポーカーフェイスの練習でもするかなと思うけど、私には無理そうだ。奴に感づかれて手籠めにされるだろうと、そっぽを向いた。
***
「このドレスと着物も捨てがたい」
何やら副社長が唸っている。
背後からじーっと眺めていると、彼にくすりと笑われた。
「響子はドレスと着物、どちらが良い?」
「あの、それは私が着るのですか?」
疑問形で聞かれて、疑問形で返した。
社会人にあるまじき返答のやり取りだ。頭を切り替えて正確に答えねば、普段なら怒られてしまうもの。とりあえず副社長だから良いかと、楽天的に思えるようになるには一週間は掛かった。
「民族衣装の着物の方が、相手は喜んでくれるんだけど」
「は、はい」
「着物だと響子が苦しいだろ?」
着物は重くて肩が凝る。
腹を帯で締めるから呼吸もしにくい。
トイレで用を足すのもひと苦労だ。
長時間着るとなると倒れてしまうやもしれない。もしそうなったら、私では無理ですと申しつけてみるのも一興で。
「どちらにしても着れないですよ。私じゃ着つけなんて出来ませんし」
はっきり答えてやった。
幻滅しろ、そして私を解放すればいいと、眼差しを送ってみる。視線の意味に気付いた副社長がドレスと着物をテーブルに置き、こちらに近づいてきた。
まて、またスキンシップするつもりじゃ――
「んむぅ、ちょ、まっ、と、東吾さん……」
激しすぎるキスに、腰が砕けてしまう。そのままベッドに突入とか最近分かったことなので、細心の注意が必要だ。
肌蹴けられたシャツのボタンを片手で合わせて、恨みがましく副社長を睨みつける。すると、美味しそうにペロリと舌を出していた。今からご飯を頂きますみたいな、色っぽい表情やめれと思う。
「今回はドレスで。というか、響子には悪いけど俺は着物の着付けくらい出来るから」
「えぇっ」
肉食を思わす獰猛な瞳に囚われる。
この瞳が、身も心もおかしくするのだ。
目を逸らしても両頬を固定されて、ぴたりと視線を合わされる。
「俺の祖母が着物には煩くてね。五歳の頃から教養として身に付けさせられたんだ。いずれは響子にも教えてあげれるから全然、心配しなくても良いんだよ」
言いきられて、ソファに押し倒された。
あ、明日、食事会が――
***
節制するという言葉は、副社長の脳内辞書には無い。
あれからねっとりがっつりと頂かれてしまった。
社長室にいる社長に、間柄を問われたらどうするのと問い詰めたことがある。すると、彼はこう答えた。
「社長? あぁ、社長はアメリカのワキヌマリゾートでバリバリ頑張ってるよ。俺は日本のリゾートね。表向き副社長だけど、ここでは社長代理としても働いてるから」
初耳だった。
彼が日本で活躍するワキヌマリゾートの社長代理とは思わなくて、思わず尻ごみする。というか、隣室にある社長室に連れ込まれてベッドインするのだから、彼以外使う人なんているわけないかと、これまた場違いな事を思ってしまった。
「俺の部屋を勝手に使っても誰にも咎められないよ。俺の両親なら、さっさと手にしろグズとか言われるくらい」
「は……」
「響子に関しては全く心配いらないのにな」
社長室は仮眠室に使ってると言っていた。キングベッドが備えられて、生活感満載だ。ここでも寝泊まりできるように、冷蔵庫や洗濯機もあって、中身はどうなんだと覗けば色とりどりの野菜がお皿に盛られていました。
「おはよう、響子」
「おはようございます、副社長……良い匂いですね」
小さなお鍋が、沸々と煮えたぎっている。
日本の故郷を思い起こさせるような、懐かしい味噌の匂いだ。
「東吾だよ」
「とうご、さん。あの、何してるんですか?」
「野菜を蒸してる。最近の調理器具って便利だよなー。そうだ、味噌汁ができてるから一緒に頂こうな」
良いとこのボンボンが、朝早くから起きてご飯の支度をするなんて信じられないという風に見つめる。白いエプロンだって、三角巾だって、そんなの、いまどきの若い男がするのかと凝視した。
「可愛い……」
ぽそりと呟かれる。
私はというと、うさぎ着ぐるみパジャマを着たままだった。
「ぬ、脱いできます~」
「良いよ、食べてからでも。ここには俺しかいないから」
もふもふなパジャマの上から手を握られて、二人して食卓を囲んだ。味噌汁以外にも、焼き魚・卵焼きにサラダとひじきが添えられているではないか。
自分には作れそうにもないと絶句していると、向かい側に座る副社長が柔らかく笑む。
「あの、副社長はアラブの総支配人とお食事会では?」
卵焼きをじっと見つめておしゃべりする。
社会人にあるまじき行為。しかも、相手は上司よりもさらに雲の上・天上の人物でもある副社長だ。本当ならクビになってもおかしくはない。
「そうだよ、清水が迎えにくるから、それまでにフォーマルドレスに着替えて欲しい」
もぐもぐもぐ。
響子が卵焼きを食べれば、副社長も同じ品を取る。
味噌汁を啜れば、同じく味噌汁の具に手を付けていた。
「……私がお邪魔しても良いのですか?」
「大丈夫、逆に女性がいることで雰囲気が和らぐんだ。響子は、座ってご飯を食べてるだけで良いんだよ」
副社長の秘書になったのだから仕方ない。
タカを括ってドレスに着替えた。
作者は外国語なんてまったくできませんw日本語だって危ういです(゜エ゜)キリリッ☆