響子獣人
響子→猫の獣人
東吾→人間
育ててやってるだけでも感謝しろと、育ての親に言われて育つ。
同じ年頃の女の子や男の子とは明らかに境遇が違った。
女の子は綺麗なドレスを着せられて、男の子も清潔でかっちりとした服を着せられている。
対するわたしは、みんなのお下がりだ。
男の子が着るような簡素な服で、スカートではなくズボン。穴は自分で開けて尻尾を出した。本当は、出したくないのだけど――
憩いの場として御息女様達が使っている部屋で、私は紅茶を出していた。その際、この家の長男に尻尾を触られてしまう。私の反応を面白がっているのだろう。何度も尻尾を撫で廻し、終いにはお尻を撫でられた。
この方達に火傷を負わせるのは死を覚悟しなくてはならない。紅茶のカップをテーブルに乗せて、お盆を胸に抱いてから長男様から距離を取った。
彼は一瞬だけむっと顔を顰めたが、またいつもの意地悪い顔に戻る。この方は最近、私の身体を触るようになってきた。性に興味があるのかもしれない。やたらと胸を凝視してきて気持ち悪い。
御息女様は私と長男のやり取りを見ると、またかと呆れた顔をして本に没頭する。この方は長男様の性格を分かっているのだ。標的が私に移っていると安心して傍観している。
「キョーコ、話があります」
一階の部屋の扉が開いた。
この家の母親、アリュシェモンヌ様だ。
「は、い。お母様」
母と呼ばれる人物に付いていき、書斎に呼ばれる。
通常、ここに出入りするのは私以外のご家族様方だけなのだが。
「あなた、先月で年齢が10歳になりましたね」
「はい」
「キョーコには王宮の下働きとして奉公に行ってもらいます。準備をしなさい」
持っていくものなど何もない。
強いて言えば、産まれた時から持っていたペンダントだ。
シルバーの鎖を外されそうになるたびに、どれだけ力を込められようとも。
手が痛くなって力尽きるのは外そうとする人間の方である。
諦めた家人達は興味も失せて、それきりだ。私には何もない。
「ようやくこの家から獣臭い匂いが消えるわ。本当は、あなたをここの住まわせるのは反対だったのですからね」
最低限の下着や服だけを、鞄に詰め込まれた。
どこへ行っても私の場所がないのなら、諦めようと思う。夢や希望など、あるだけ無駄なのだから。
***
王宮から迎えに来る馬車に乗り合わせて、家を去る。
家族と呼ばれる人はだれも送ってはこなかった。
人だかりの多い街の中、王宮の馬車がやって来るので乗り合わせる事になっている。
身分証明である家督のサインされた用紙を見せて乗り込む。私と同じ年の子から大人の女性まで、三名が簡素な服で座っていた。
「あら、あなた獣人なの。やだ、こんな子と同じ馬車に乗るなんて」
「ちょっと! 言い過ぎじゃないですか」
年上の化粧が濃い、黄色い髪の人が端っこに座った。
隣に座っていた、赤毛の女の子が嗜める。
向かい側に座っていた緑色の髪の子が、私を手招きしてくれた。
「こちらへ座って。彼女は相手しなくていいから」
「なっ! なんですって!」
「私達は下働きで雇われるのよ。いわば同僚。上も下もあるのかしら」
「私は貴族よ。勉強の為にと、来てあげたものなんですからね!」
くすりと笑う緑色の少女に、他の二人が怯える。
「私も貴族だけど。奴隷から貴族まで奉公に上げられるのは幅広いわ。獣人もしかりよ」
「だけど……っ」
「国王陛下の定める獣人を保護する法を御存じ? 格下と乏しめる時代なんて古いのよ」
手を差し出された。
柔らかい女性特有のあたたかみに、気遅れしながら握りしめる。
「私はラミュール・トルフォード……あなたの手が乾燥してるわ。あとでお薬付けてあげるわね。え、と、あなたの名前を聞かせて頂いてもよろしいかしら」
知らない人から初めて優しくされたことに感動。
顔が赤くなっているからもしれないので、顔を伏せる。
ただ、尻尾がぶんぶん振っていたので喜びに満ちていたことは他の三人には分かっていたらしい。
自分の名前をポソリと呟けば、可愛いと言ってもらえた。褒めてもらったのも初めてだった。
***
部屋割りなど言われ、偶然にも今日来た三人は同じ部屋となる。初めて来た部屋であちらこちらに視線を這わせていると、ラミュールが話しかけてきた。
「二段ベッドは私が下、あなたが上を使う?」
「え、私が上ですか?」
「上は嫌い? あなたが好きな方を使ってくれてもいいのよ」
どれだけうろうろしていただろう。
ベッドを使わせてもらえるのなんて初めてで、あっちへいったりこっちへ行ったりしていたら、ラミュールに手を握られた。
「にゃっ……!」
「!」
あぁ、しまった。
猫語はできるだけ使わないようにしてたのに。
あまりに嬉しくて人間の言葉を使うのを忘れてしまうなど、いつぶりだろうか。
「決められないなら、その日の気分で決めてもいいのよ。さ、お薬付けましょうね」
「あ、ありがとう、ございます」
綺麗な手をしたラミュールに、キョーコは恥ずかしくなった。
「あぁ、恥ずかしがらなくていいの。私の手もいずれ乾燥するから。でもキョーコのは酷いわね。ちゃんと手当しないと」
「だ、大丈夫ですよ」
耳をピンと立てて大丈夫だと言えば。ラミュールは首を横に振る。丸い入れ物に手をやり、白いクリームを塗られた。
「これから毎日、朝晩と塗ってあげるわね。だいぶマシになると思うわ」
「あの、そんな高そうなもの、私は……」
「いいから。家から沢山送られてくるのよ。あなたにも何個かおすそ分けするから」
指の間や腕まで丁寧に塗られ、少し乾燥してくるとメイド服に着せられた。私のは人間服と同様、尻尾穴が無いと思いきや……
「??」
「どうしたの、キョーコ」
「あの、尻尾穴があります」
「そうね。それがどうかしたの?」
自分の為にあつらえたかのようなメイド服だ。
それだけではない。キョーコのサイズにピッタリ当てはまる。
驚いていると、王宮のメイド長が部屋にやってきた。
「キョーコ、いきましょ。さぁ。」
「うん、ラミュール」
謁見の間とやらは豪華な部屋だった。
窓も壁も、以前住んでた部屋とは比べ物にはならない。
その中央で王族達や騎士達を見た。
一同に整列された騎士達の逞しいこと――どの人達も鎧を身に纏い、キョーコ達をじっと観察していた。
キョーコやラミュール達は顔見せの為に集わされひと通り並ぶと、皆が腰を低くした。キョーコも習って低くする。
「メイド長。今年、奉公に来た女子たちはこれで全部か」
「はい。国王陛下。四人連れてきましたわ。左からルッチ、クレイナ、ラミュール、キョーコです」
「ん? 最後のキョーコとやらは獣人か」
「はい、そうですわ。キョーコ、顔を上げなさい」
いつまで経っても顔をあげないキョーコに、ラミュールが焦った声で囁く。おずおずと顔を上げると、好奇の視線に晒された。
「なるほど、ベネオス家の御息女か。キョーコ……といったな。どうだ、王宮で働けるな?」
「は、い」
「それならいい。どうした、トウゴ。お前らしくない、惚けているではないか」
「いえ、可愛らしい方が入ったなと思って……」
謁見の間からは、ざわつく音がした。
「ほう、トウゴは今まで女に興味が無かったのではなかったのか」
「それは、そうですが」
「まぁ良い。仕事は明日から始めてくれて構わないからの」
トウゴからキョーコへ視線が射抜かれる。
どうしても馴染めなくて、キョーコは視線を逸らした。