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宝の鍵

作者: にぃに

感想いただけたら嬉しいな〜なんて……





ガチャ


古い青いドアを開ければ、校庭の野球部の掛け声が聞こえてくる。

さすがに放課後の屋上はとても寒くて、容赦なく吹きつける北風が恭哉の頬を赤く染めた。


「さぶっ。」


彼はそう呟いて少し荒れた手をポケットにつっこんだ。


彼の名前は中野恭哉。K高校の教師である。担当教科は数学。白衣はただの防寒のために着ている。

すらりとした身長に、適度に整った顔。にも関わらず気取らぬ態度。ほとんどの生徒が彼を好いていた。そして、彼を

「先生」

としてではなく、一人の

「男性」

として見ている女生徒も少なくはなかった。

去年のバレンタインデーには三人泣かせた。恭哉が

「気持ちに応えられないから。」

と言ってチョコを断ったからだ。



恭哉は屋上の端のフェンスへと足を進めた。


「あら、また来たの?恭哉。」

にやにやと嫌な笑みを浮かべ、フェンスにもたれかかるようにして立つ彼女の名は神谷律子。恭哉の高校の生徒だ。


「何度言ったらその呼び方やめるんだよ。」


そう言いながら、恭哉は律子から少し離れた場所に腰を降ろしてフェンスに背中を預けた。


「いいじゃない。恭哉。いい名前だし。」


この女はずれている、恭哉は改めて思った。


律子はK高校の生徒である。よって恭哉の生徒でもある。胸のあたりまで伸びた髪はパーマで痛んだらしく毛先だけ茶色くなっている。しかし短いスカートから伸びる白く華奢な足、グロスで潤った唇はそのへんの女子高生とは何か違った雰囲気を放っていた。


「あのな、俺一応先生だから。お前生徒だから。いい加減分かれ馬鹿女。」


「馬鹿女に構ってる馬鹿男に言われたくなーい。」


引きつった笑顔で律子を見上げ、一言、

「お前本当むかつく。」

と恭哉は言った。


恭哉は律子が苦手だ。生意気、掴めない、それでいて何か構わずにはいられない。その理由を恭哉はまだ知らない。


「なあ、そんな馬鹿男と関わりたくないだろ?早く鍵返せよ。」


鍵とは屋上の鍵である。

二ヶ月前に屋上の鍵が紛失する事件があった。結局鍵は見付からず、そのままになってしまった。セキュリティ上どうなのかとも思うが、一ヶ月もすればその事件は忘れ去られていた。そんなとき、たまたま屋上に行った恭哉が目にしたのは、右手に例の屋上の鍵を持ち、フェンスにもたれる律子の姿だったのだ。


「何してる。」


そう言う恭哉に、彼女は


「ばれちゃったか。」

とだけ言って笑った。


それから一ヶ月、こうして毎日放課後屋上に来ては、雨の日以外は絶対にいる律子に鍵を返せと催促しているのである。

恭哉は怒ろうとは思わない。こういう生徒に説教は向かないと思ったからだ。

だが、さすがにもう一ヶ月が経とうとしている。もういい加減返してもらおうと恭哉は言った。


「いい加減にしてくれないか?鍵、返しなさい。」


いつもより低い声で言われ、一瞬驚いたような顔をした律子だったが、すぐにへらりと笑い、


「いいよ。」


フェンスから体を離し、恭哉の手に鍵を握らせ、彼女は階段へのドアへと歩いていく。


「おい!本当にいいのか!?」


恭哉は自分の口から出た言葉に驚いた。返せと言っていたのは確かに自分だったが、こうもあっさり返されて彼は動揺していた。


「ねえ、先生。」


律子が背中を向けたまま立ち止まった。


「お前、呼び方…」


「私、嬉しかった。」


恭哉の言葉を遮り、律子は続ける。


「先生が毎日屋上来てくれて、本当は雨の日だって雪の日だって来たかったくらい。」


思わず恭哉は立ち上がる。

「その鍵は私の宝物だった。でも、もう返すよ。」

振り返った律子の顔は悲しく歪んでいた。


「さよなら先生。楽しかったです。」


そう言ってすぐに走り出した律子を恭哉は思わず追い掛けた。いや、追い掛けずにはいられなかった。


律子の手がドアノブにかかった瞬間にその体を恭哉の腕が抱き締めた。


ビクッ


固まる律子の真っ赤な顔は恭哉には見えない。


「なあ、お前さ、教師と生徒の恋愛ってどう思う?」

恭哉が律子の肩に顔を埋めると、律子の鼻をすする声が聞こえてきた。


「俺さ……ありえないと思ってたよ。世間体がどうのっていうよりそんな年下と……みたいな。絶対ないと思ってた。」


律子の涙がひたひたとアスファルトを濡らしていく。

「もういいよ。聞きたくないよ。先生」


「恭哉。そう呼べよ。」


その言葉に対し、目を見開いて振り返った律子の視界が一瞬暗くなった。そして再び明るくなり、離れていく恭哉の顔を見て、唇を奪われたのだと悟った。

「え?せんせ……」


「好きだ。」


「ッッ!」


今度は正面から律子を抱き締める恭哉。


「今まで何もないと思ってた。ただの掴めない面倒臭い女だと思ってた。だけどだんだん知らないうちに屋上にいくのが楽しみになってた。理由は分からないけど雨の日はひどく寂しくて……けどさっき分かったんだ。お前ともうあんな風に会えなくなるって思ったら、急に答えが出た。」

律子は恭哉の胸に顔を埋める。


「俺は、お前が好きなんだ。」


しゃくりあげて泣く律子の髪を撫でる恭哉。


「なあ、お前は?」


恭哉は自分の胸元の白衣を握りしめるその小さな手にさえ愛しさを感じた。



そして、小さな吐息のような声が、そっと呟いた。












「あたしもッ……好きぃッ」









真っ赤な夕日に照らされて、二つの影はいつまでも離れなかった。

最後まで読んでくださりありがとうございました!

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