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終末世界の創世記  作者: 言乃葉
3:10 to Yuma 邦題:3時10分、決断のとき
83/83

15話 to be……



『――この動乱は私達から様々なものを奪っていきました。友人、恋人、家族、あるいは暴徒になった彼らを自らの手で討たなくてはならない悲劇もあったはずです。私はそんな悲劇を止めたい。そのためにプレイヤーの皆さんを受け入れられるだけの受け皿、国を作りたかった。そしてその第一歩がここなのです――』


 その一室に流れるラジオ放送は一国の独立を宣言する決意表明だ。凛とした女声で流れる演説は聞く者の琴線に触れて、何らかの感銘を与えることだろう。実に宣言というものに相応しい声である。

 この放送をこの一室で聞くのは二人の人物。両者ともにアードラーライヒ帝国軍の軍装に身を包み、重厚なオーク材のデスクを挟んで対面で座っていた。

 一人は初老の男性。軍隊生活に永く身を置いてきた風貌をしており、軍の表も裏も味わってきた時間がシワとなって刻まれているようだ。もう一人の人物は軍服を着たリーだ。この世界に来るまで彼は自衛隊や警察といった組織に所属した経験はなかったが、不思議と軍装がしっくりと似合っている。


 ここは初老の男性がリーを呼びつけた部屋。ジアトーを脱出した飛行船が着陸した帝国本土の陸軍基地、その基地司令官の部屋になる。内装は華美にならない程度に調度品が配され、来客を迎え入れるに相応しいよう整えられていた。

 初老の軍人とリーの二人はデスクに置かれたラジオから流れる放送を黙って聞いていた。ライアの声で流れる独立宣言を聞く二人の表情に変化は無く、ここに第三者がいても二人の感情を推し量ることは出来ないだろう。

 ややあって、初老の軍人の方から口を開いた。


「一時はどうなるかと危ぶんだが、終わってみれば筋書き通りか」

「多少のアドリブは許されていると思っていましたが?」

「フン……何にせよ君の口車に乗って上手くいったのは確かだ。これでこの大陸に一時の平穏が訪れるだろう」

「そうですね、参謀副長閣下の願い通りです」

「……懸念があるとしたら君のような転移者の存在だが、イレギュラーも含めて今後は上層部で会合を重ねていく議題だろうな」


 話をしながら参謀副長と呼ばれた男は、軍服の内ポケットからシガレットケースとトレンチライターを取り出して一服し始めた。この手の場面で良く見るような葉巻ではなく、兵士に支給されているような紙巻きタバコから紫煙が立ち昇る。

 この初老の帝国軍人こそがリーと手を組んだ真の共犯者、帝国陸軍参謀副長の地位にいる人物である。この基地にリーが来ると聞いて来訪、司令官室を間借りして秘密の会談を開いている最中だ。

 室内に広がるタバコの煙が嫌なのか、リーは細い目を若干ひくつかせているが参謀副長は気にした風もない。ゆったりとタバコの煙を味わいつつ、視線を司令室の窓の向こうへ向けた。


「おお、見たまえ、君の元お仲間が『出荷』されていくぞ」

「そのようですね。予定では明後日、研究施設に『入荷』されるそうです」


 司令官室は基地の中でも高い場所にあり、そこの窓からは基地全体を一望できるようになっている。

 飛行船の運用も考えられたこの基地には広大な発着場が設けられており、リーの乗って来た飛行船もそこで船体を休めていた。二人が見ているのは飛行船の開かれたハッチから運び出される数個分の貨物輸送用コンテナだ。その中には兵員室で昏睡させられたプレイヤー達が昏睡したまま詰め込まれており、参謀副長が言うように貨物のように出荷されていく風景が見えた。

 ゲーム時代のアイテムを加工したガスで眠らされた彼らは、あと数日は昏睡が続く見積もりがされている。それまでに目的地には着いており、昏睡から目覚めたその時には逃げ出すことも出来なくなっているだろう。


「君も少し運命が違っていれば、彼らと同じようになっていたかもしれんぞ。何か思うところがあるだろう」

「取り立てては。彼らは彼らですし、私は私です。同情はしますが、自害には及びたくないですね」

「その冷徹さは軍人に必要な資質ではあるが、人心を失うぞ」

「自覚しております、かなり昔から」


 彼ら昏睡したプレイヤー達の行く先は帝国軍の管轄下にある研究施設だ。そこで彼らは肉体を徹底的に研究される予定である。

 プレイヤーの常識を外れた身体能力や種族特性を超えた魔法資質など、軍のみならず帝国全体にとってもプレイヤーの身体は魅力ある宝物と捉えるようになってきた。

 リーは彼を頼って脱出してきた仲間を帝国に手土産として売ったのだ。参謀副長はその冷徹、冷酷さを指摘したのだが、本人は薄く笑う程度で返した。

 ここまでリーは何人もの人と手を結び、その後裏切ってきた。だというのに彼は今も涼しい顔でここにいる。その本心を誰にも悟らせずに。


「煮ても焼いても喰えん男だな、君は」

「蒸しても揚げても刺身でも喰えないようになりますよ、私は」


 参謀副長の軽い悪態にも彼は混ぜ返し、相手を呆れさせる。その呆れた表情のまま溜め息を吐き、参謀副長は吸っていたタバコを手近にあった灰皿に捨てると、その手でデスクの隅にあった大判の茶封筒をリーに投げ渡した。

 受け取ったリーはすぐに中身を見た。出て来たのは軍の正式な書式で書かれた書類と階級章のワッペン。帝国陸軍が定めるデザインによればその階級章は少佐の階級を表していた。

 それを確認したリーは薄い目を軽く見開き、また薄い笑いを口元に浮かべる。


「これで私も本格的に宮仕えの身ですか。もう少し自由な空気を味わいたかったというのも贅沢な話ですかね」

「君には首輪を着けておく必要があるだろう。安心したまえ、飼い犬にはキチンとエサはやるとも」

「ありがたい話です。せいぜい忠犬になれるよう努めます」


 座っていた椅子から立ち上がり、リーは軽く敬礼をしてみせた。軍服と同様にその姿も不思議と似合っている。


「では、元仲間が運ばれていく様子を間近で見に行ってきます」

「ああ、せいぜい別れを惜しんでおけ」


 リーが司令官室を後にする。その場に残された参謀副長は相手が充分に部屋から離れた頃合いを見計らい、大きく溜め息を吐いた。

 帝国の国益になると判断してリーと手を結んだ彼だったが、悪魔との契約みたく危険な取り引きだったのではないか? そんな不吉な考えが頭から離れない。

 そんな考えを拭おうと参謀副長の手は次のタバコへと伸びていた。士官学校を出てから愛飲している銘柄のタバコ、同じく尉官の頃から使って手に馴染んだトレンチライターが彼の心をなだめていく。口から出る紫煙が天井へ昇っていき、それを目で追っていくと塞いだ心がどうにか和らぐのだ。

 何にせよ、すでに事態は走り出している。すでに止めることは出来ないし、止めるつもりもない。あの劇薬のような男を帝国のために使いこなしてみせよう。

 決意を新たにした参謀副長は、吸い終わったタバコを灰皿に押し付けると部屋を出て行った。彼が向うところは帝国軍の中枢、帝都にある参謀本部。今後のために次の策謀を練るべく男は自らの巣へ帰ったのだった。



 ◆



 こうして僕は最初の場所に戻ってきた。ここに戻って来るまで数ヶ月の時が流れており、季節は初夏から真夏に変わり強烈な日差しが地上を灼いていた。

 乾ききった荒野に膝をついて、簡素な墓石の前に軽く頭を垂れた。石に刻まれた名前はジン、自らの使い魔を弔うためにここに彼の墓を作ったのだ。金魚の墓を幾らかグレードアップさせた程度の手作りの墓だけど、こういうものは弔う側の気持ちが問題なので僕が良い思っているから問題なしだ。

 この墓石の下には戦場跡から回収されたジンのコアが埋まっている。魔法から生み出された人工生命体である使い魔は遺骸が殆ど残らない。ただ例外としてこの核が遺され、ゲームではこれを元にまた新しく使い魔を製作できるようになっている。

 けれど僕は新しく使い魔を持つ気にはなれず、これを墓穴にうめることにした。この世界でも使い魔の再生は可能だろうが、そうするのは何か違うような気がしたのだ。


「感傷が過ぎる、かな?」


 己の内面を探るようにポツリと言葉が口から漏れた。

 今後を考えると人手が欲しいと思う中、使い魔の再生を放棄するのは愚かな選択と言える。再生した使い魔と再び良好な関係を結べるか自信がない、という感情で動き自分の首を絞めているのは傍から見ると馬鹿らしい話だ。

 独り言で出たように感傷が過ぎる。今からでも墓穴から核を掘り出して再生するのが賢い選択だ。なのに、全くそうする気が湧かない。やはりそれは何か間違っているからだ。

 だから僕がすることは、墓石に向って感謝の気持ちをこめて黙祷するのみだった。


 しばらくの時間そのままの姿勢でジンを偲び、胸の内で気持ちの切り換えが出来たところで立ち上がる。

 昔から気持ちの切り換えは早い方だ。外から見ると薄情と捉えられていたようだが、僕からすると他の人はいつまでも拘っている様に見える。務めも感情の処理も済ませたのだ。なら早く次の行動をした方が良いに決まっている。

 踵を返してその場を立ち去る間際、一度振り返ってジンの核を埋めた墓石を見やった。彼にかける言葉はシンプルだ。


「ありがとう。さようなら、ジン」


 使い魔と別れを済ませて、僕は自分の拠点へ戻るため丘を登る。視線の先にはゲーム時代から自分の拠点、廃工場があった。

 怪我から快復、退院してからここまで一週間の時間が経っている。その間僕はこのジアトーの街で再出発をするために様々な手続きに追われていた。

 退院してからその足で拠点の廃工場の様子を見に行ったのが最初にやったことだった。廃工場の外観が幸いして帝国軍にも暴徒にも荒らされておらず、全くの無傷の拠点を見た僕は住まいをこちらに移そうと決めた。

 別荘を貸してくれたクリスには悪いと思ったが、本来の住まいが無事ならそこに居を構えるのが自然だと思えたからだ。

 そこから一週間、クリスに話を通し、ジアトーに新設された役所にも書類を提出し、車両を回収し、ライフラインの増設に立ち会い、等々諸々の手続きと作業にずっと追われていた。地元有力者のクリスと個人的な交友があるお陰で幾分か手間が省けたのが幸運だったけど、また借りを作ったような気がして後が怖い。

 現在はそれら手続きは全て終わり、こうしてジンを偲ぶ時間が出来ている。いや、時間というなら僕のこれからの予定は全くの空白になっている。一応今後の生計立てていく方法を考えるという方針はあるものの、差し迫ったスケジュールはなかった。

 さて、これからどうしようか。頭に浮かぶ色々な考えを弄びながら住まいへと向う。予定は立てている時が一番楽しい。この世界でのこれからの生活を思い、現金なものでいつの間にか浮かれた気分になっていた。


「あ、あんなところに。おーい、ルっナーーーっ!」


 声は行く先から聞こえた。廃工場の中から水鈴さんが出てきて、こちらを見つけるなり大声を出して走って来る。一体何が嬉しいのか彼女の顔は笑顔で一杯だ。

 お互いの距離が後数mになった途端に跳躍、両腕を一杯に広げて飛びかかって来た。実に綺麗なフライングボディアタックである。

 一応スキンシップだと理解しているので、彼女の安全のためにもこのまま受け止めるつもりだ。けど、もしここで身をかわして地面とハグさせたらどんな反応をするだろうか等と意地の悪い考えが頭の隅にはあったりする。

 二人の友好関係にとって幸いなことに誘惑の天秤はそのまま受け止める方向に傾いた。水鈴さんの体の重みが勢いをつけてかかって、彼女の匂いに包まれた。


「捕まえたぁ~、フフフ」

「ふ、ふご……ぷは、それで何の用かな水鈴さん。ボディアタックするほど緊急の用件が僕に?」

「ボディアタックじゃないよ、ハグよハグ。んー、ルナの体って抱きしめるとすっぽり感が堪らないわ。大きなヌイグルミみたい」

「そう。幸せそうで何より」

「うん、幸せ」

「……それで、用件」

「もう少しこのまま」


 この身体の優れた身体能力のお陰で飛びかかって来た水鈴さんをしっかり抱きとめられた。けれど背は彼女の方があるため、受け止めると同時に圧し掛かられるような格好になってしまう。もちろん人一人程度圧し掛かられても平気な体だけど、息苦しい上に過剰なスキンシップに気持ちが拒絶方向に傾いた。

 僕よりもずっと豊かな乳房が顔に押し付けられて、女の子特有の甘い匂いに枯れ草の匂いのブレンドが鼻に入る。普通の男子諸兄にとってこれは羨ましい状況だろうな。ただし、僕はこの普通には該当しない。

 軽く溜息を吐く。次いで彼女を受け止めた腕を使って強引に密着を解除させた。「意地悪」と言い出す相手を無視して引き剥がし、地面に立たせる。

 ここ最近の水鈴さんは時折こんな風に幼くなる時がある。心に余裕が出来た証拠なのだろう。僕が付き合い切れるかどうかはこの際置いてくものとする。


「用件」

「もう……レイモンドがお昼ご飯出来たから呼んで来いって。サンドイッチとコンソメスープだよ」

「分かった。今行く」

「一緒に行こ」


 用件はなんて事はないただのランチのお知らせ。敵襲や襲撃なんてない平和な報告だ。

 僕の拠点だった廃工場だけど、現在はなぜかシェアハウスじみた状態になっている。戦いが終わっても行き場がなかったマサヨシ君と壱火が僕を頼ってきたのが始まりで、壱火の親のレイモンドが申し訳なさそうに、何故か幻獣楽団という戻る場所があるはずの水鈴さんまでがこれに乗って来た。

 さらにこの話をどこで聞きつけたのか、ライアさんが僕の拠点をシェアハウスに改装するよう手配までしてしまい、廃工場は僕を含めて五人の共同生活の場として機能し始めていた。

 元が工場なだけあって五人でも余すほどの広さはあるけれど、ジェットコースターのような事態のハイスピードぶりには正直ついていけない。

 水鈴さんに手を繋がれて引っ張られる今でも「どうしてこうなった」と思わずにはいられない。

 ただ――


「ルナ、前からちょろっと出ていたけど自分のこと僕っていうんだね」

「……素の時は」

「そうなんだ。じゃあ、ルナにはもっと素のままでいて欲しいかな、私としては」

「ああ、まあ、善処する」


 ――ただ、少し前とは違って今の僕は他人を少し受け入れてみようという気になれていた。だからか、こうも過剰にスキンシップをとってくる水鈴さんも悪く思っていない。この世界に来る前、あるいは来た直後だったら確実に拒絶したことだろう。これも進歩というのだろうか。

 不意に振り返ってジアトーの街を見やる。戦いで荒廃した街並みはこの一週間で驚異的回復力を見せて新築の建物が姿を現し始めている。離れた場所にあるここにまで復興の活気と熱気が伝わってくるほどだ。風に乗ってくる匂いは昼時とあって食べ物の匂いが強く、一番近くにある食べ物の匂いはレイモンドが用意しただろうコンソメスープのものだった。

 これらの匂いに釣られたんだろう。僕も空腹を感じるようになった。どうしようもなく平穏な日常だ。

 映画やマンガ、小説、ゲームといった物語とは違って戦いが終わって平穏が戻りハッピーエンドとはならないのが現実だ。リモコンで停止ボタンを押したり、本のページを閉じたり、ゲーム機のスイッチを切れば終了という方法も現実にはない。死ぬまで終わりがなく、だから生き抜いてみせようと思ったのだ。


 銃弾が飛び交う戦場も平穏な日常も等しく僕の生きる場所だ。こうして始まった日常の始まりに気負うところはそれほどない。一つ要望があるとすれば、せめて最期は穏やかでありたいものだ。

 いつの間にかジンの小さな墓石に向いていた視線を戻し、水鈴さんに軽く微笑んでみせる。もっとも、この手の表情を作るのは苦手なので微笑みの形になっているか怪しいが。


「それより、レイモンドが呼んでいるんだ、早く行かないと」

「うんうん、食事は大事。みんな待っているよ、駆け足!」

「ちょっ、おおぉぉぉ……」


 走り出した水鈴さんに繋いだ手を引っ張られ、強引に走らされて残りの距離を駆けていく。繋いだ手に伝わる彼女の体温の熱さ、肌に感じる乾いた風、風に混じって鼻に入る匂い、目に入る色は全部が鮮明で眩しく、身体中に感じる一切が僕がここに居ると感じさせてくれる。

 引っ張られていた足はもう慣れて、僕達は並んで家までの道を走った。扉を開けて最初に口にする言葉は一つ。


「ただいま」


 そう言えることが不思議と嬉しく思いながら僕は家に帰った。




 この回で一部完になります。ここまでお付き合い頂き有り難うございます。

 第二シーズンについては近いうちに投稿しようと思っています。

 それではまた。


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