7話 潜入
この世界に来てしまって二日目の夜。荒野の夜は昨日と変わらず冷え込んでいた。
白い息は空に昇り、月にかかった後は溶けて消える。地上がとても暗いせいで半月にも満たないのに月明かりはやけに眩しく見える。見上げた顔にそっと手をかざした。
月が星の海を泳いでいるようにも見える。
「月が明るい。街から見られてなければいいのだけど」
「そうっすね。でも、オレについて来て本当にいいんですか?」
「今更じゃないか、それ」
「……そうっすね」
ジアトーの街に戻るというマサヨシ君の護衛役を自分は強引に買って出ていた。昼の間に行動計画を簡単に立てて、食事と仮眠をとって体調を整えて日没を待ち出発、徒歩でジアトーの市街地に向かっている。
自分達二人と一匹の出で立ちは昨日からあまり変わらない。
自分は最初に着替えた時のままのワンピースに皮ジャケ、防寒にマフラーを首に巻いたぐらい。マサヨシ君も着の身着のままでここに行き着いたため格好は変わらない。彼のシャツとジャケットは血こそ落ちたが銃弾で穴が開いたままで、自分とサイズが違いすぎて替えがないためそのままだ。荒野の夜としてはあまりにも寒いため予備のマフラーを貸してあげた。
このマフラーはゲーム時代ではアクセサリー扱いとされ、装備すると耐寒性と敏捷のパラメーターが上がるようになっていた。その性能はこちらでも反映されているようで、マフラーひとつで不思議なほど寒さが和らいでいるのが実感できる。これは色違いのバリエーションがあり、自分は黒でマサヨシ君には赤を渡している。
しかし魔法の事といい装備品の効果といい、半端にゲーム時代での設定が今の現実に反映されているせいで戸惑うことが多い。
ジンの方は最初から巨体化してもらい、警戒態勢で目的地まで一緒に行くことになった。
車両のわだちがうっすらと街へ伸びるだけの道を二人並んで歩き、その背中をジンに任せる。
二人分のブーツが荒野の冷えた砂礫を踏みしめ、小石がはね飛ばされる音が耳に入る。一方でジンの足音は猫足なだけにほとんど聞こえない。その黒い体毛も相まって影みたいだ。
自分の拠点から市街地までは目算で一〇㎞。歩きでは一時間強ほどの距離だけど、それは平時の話。今の街は暴徒の巣窟になっている。この道も安全とは限らないため、警戒しながらの行軍は自然と遅くなる。
自分の月詠人としての鋭い感覚はこの非常時にとてもありがたい存在だが、どこまで頼れるか分からない。
今見える視界は昼間のように明るく、けれど太陽が出ている時みたいにギラギラと眩しいものではない。聞こえる音は小さくても拾え、砂漠に生息する生き物の動く音さえ捉え、肌で感じる風は針のように細かく感じとれてしまう。
あまりにも鋭く広い感覚は自分のものだという感覚を希薄にさせる。それが頼りなさを感じさせる原因にもなり、つまるところ自分が胸の内に抱えているモヤモヤした感触の源泉ということだ。
『ここからは念会話でコミュニケーションをとろう。夜は声が響く』
『了解っす』
昼の内に決めていた通り、ある程度街中に近付いたところで声による会話を止めて念会話に切り替えた。
夜に出す声は思っている以上に遠くへ響くもので、戦争手記とかでも敵の会話が離れてても聞こえるといった話があった。だから軍隊では声を出さずに意思のやりとりをするためハンドサインなどが作られている。けれどこれも相手が見える範囲でないと意味がないし、細かいニュアンスが伝わらない。
それがここでは念会話という大変便利なものがある。送信相手をイメージして頭の中で言葉を作れば相手に伝わる。周囲に漏れる事はないし、肉声のように細かい部分まで伝えられる。夜間の会話にはうってつけだ。
とは言っても、これから危険な街へ行くのにお喋りに興じながらというのはありえない。お互い肉声でも念会話でも無言で黙々と足を動かしていく。
横に並ぶ相手を見上げてみると、マサヨシ君の方は何か言いたげだ。けれど言葉にするのも躊躇われるのか口をへの字にして閉ざしている。
何を言いたいのか対人歴の浅い自分でも察しはつく。「どうしてオレに付き合ってくれるのか?」といった感じだろう。先程聞いてきた言葉もこの内容が含まれているように思われる。
一度助けた相手だから最後まで面倒をみる。ジンに対して言った言葉だけど、嘘は言ってはいない。
助けた人が危険な場所に行こうとしているのを見捨てるのは、本当に寝覚めが悪く気がかりな事だ。初対面の人を相手に随分とお人好しな事を考えてしまっているし、ここまで自分が人の事を気にするのも驚くことである。それでも不思議と後悔はない。
自分はもっと冷血漢な人間だと自己分析していた。街に戻ろうと考えるマサヨシ君のことを放っておくか、それ以前に暴走族じみた連中に襲われているのを放置しておくかぐらいはやっていそうだ。振り返って見ればそう思う。
それがそうならなかったのは……さて、なぜなのだろうか?
マサヨシ君は見た目非常に恵まれた体格をしている。二m近い身長に分厚い筋肉で出来た天然の鎧。二〇代ぐらいに見える顔立ちは全体的に線が極太のたくましい印象だ。元々の自分の体と比べるまでもなく剛健な身体をもったマサヨシ君は弱そうな要素はかけらもないように見える。
護衛役より強そうに見えてしまう護衛対象もまた珍しい。武器のあるなしで護衛するとかいう話なら、彼に手持ちの武器を貸せば済む話のように思えてしまう。どうして自分は保護者気取りになっているのだろうか?
その消化不良の疑問がまたモヤモヤの原因になって、胸の中で澱のように沈殿していく。
「なんなんだろうな、この気分」
『どうかしたんすか?』
『あ、うん。大した事じゃないよ』
声に出ていたらしい。独り言体質はここでも発揮されている。気をつけないと不用意な発言をしてしまいそうだ。
『それより、もう市街地に入るけど物陰を移動しながら動く。軍隊とかでやっているようなあの動きだ』
『うっす。戦争映画とかで見たような感じでいいんすかね』
『どんな映画を参考にするかによる。そうだね『スターリングラード』を見たことは?』
『あるけど、オレにジュード・ロウやエド・ハリスみたいな感じでいけってことっすか』
『そう』
映画のキャストをそらんじることが出来るなんて、結構な映画好きなのか。
知らなかった相手の側面が見える度、澱は溜まっていく。もう赤の他人ではありえない不可視の重さが加わっていく。当面はこの消化不良の感傷を抱えて行動していくしかないのだろう。そんな未来が見えたような気がした。
市街地の墓標じみた廃墟はもう目の前にある。夜はまだ始まったばかりだ。
◆
街に入る際、マサヨシ君には武器を渡している。『ルナ』がバックアップ用に持っている小型のリボルバー拳銃と、建物突入用にしている手斧の二つだ。いくら護衛を買って出たといっても護衛対象も自衛できないと不味かろうという判断だ。
手斧を片手に持ち、拳銃を腰に差して自分の後ろについて来るマサヨシ君。その動きはたどたどしく、どこか危なっかしい。でも、人の心配をしていられるほどこちらも余裕があるわけでもなかった。
身を低くし、開けた場所を避けて廃墟になった建物の影に沿って歩き、周囲の気配を窺い狙撃に備え、街角に出るたびそっと顔を出して様子を窺う。じれったくなるような手順を踏んで街中を進んでいく。
自分は少々特殊な経歴と趣味を持っている以外は、大した事がないと自己評価を下している。どこかの特殊部隊に所属していたとかのマッチョな経歴はない。
いまやっている事も読む機会があった米軍の市街戦マニュアルや、日本の書店でも手に入る軍事系雑学本に書かれてあったことを思い出し、必死になって真似ているだけだ。その訓練を積んだ軍人から見ればきっと粗が多いことだろう。でも少しぐらいは効果が見込めると信じて実践していくしかない。付け焼き刃でも無いよりはましだ。
肩にスリングで担いでいる銃器は市街戦という近距離での戦いを考えてショットガンを選んだ。レバーアクションのショットガン『ウィンチェスターM1887』をモデルにした『ウィンチェスター・タイプ87』がコレの名称になる。
分からないという人には、映画『ターミネーター2』でアーノルド・シュワルツェネッガーが振り回していた銃と言えば分かるだろう。彼が劇中で振り回していたのは銃身と銃床を切り詰めたソードオフで、自分のはフルサイズだ。弾倉は全弾一粒弾のスラッグ、即応弾に鹿撃ち用のバックショットを用意してベルトのポーチに入れている。
装備の面ではひとまず万全、後は心構え。これはよろしくない。
ここまで様々に精神的負荷があるイベントが立て続けに起こり、今はこうして慣れないスニーキングミッションで神経をすり減らしている。昔プレイしたゲームに敵本拠地に潜入する工作員やら暗殺者というものがあったが、今なら彼らを心から尊敬できそうだ。こんな事は鋼鉄の精神でもないとやっていけない。
周囲に耳を澄まし、視界を大きくとって人影を探り、臭いで違和感を気取り、肌で空気の流れを読む。
感覚をフルに使って肉体をレーダーと化す作業はかなりしんどい。幸いこの身体のポテンシャルは高く、肉体としての疲労はまったく感じない。これだけでも結構助けられているし、使い魔のジンもいる。しかし持続してかかる精神へのプレッシャーは動きを鈍くしていく。
銃を扱ってきた事はあっても、銃で本格的な人命のやり取りをしたのは昨夜の一件が始めてだ。
いくら気持ちの上で覚悟を決めたとか言っても、実践に移すのはやはり簡単なことではなかった。口では何とでも言えるのだ。
それでもマサヨシ君という他人がすぐそばで自分を見ている。彼の護衛を買って出た以上は無様はさらせない。
そんな具合で外面は何とか繕えているものの、内面は緊張しどうしで足を進めているのが現状の自分ということになる。まったく、マサヨシ君の事は笑えない。
『それで、銀月同盟の拠点までは後どれほど?』
『えっと……あちこち壊れていて分からないところがあるけど、この先のT字路を右に曲がって道なりに行けば左に大きめの建物が見えてくるからそこを目指せば大丈夫っす』
『普通に行けば三〇分もかからない距離かな』
『そうっす』
『普通じゃないからもっとかかるんだろうけど、夜が明ける前には着きたいな』
『そんなにかかんないすよ』
マサヨシ君の案内の下、ジアトーの市街地を歩いて行く。彼は月詠人の自分と違い夜目が利かないため、前と後ろを自分とジンで固めて案内役に専念してもらっている。それがマサヨシ君の男心には少々気に入らないみたいで、念会話によって頭に響く言葉に不満のニュアンスがこめられている。
本人は気付いていないだろうが、やはり見た目が年下に見えるか弱そうな女の子に護衛されるのは男としていい気分ではないのだろう。振り返って見た表情もどことなく渋い。
そんな彼に無理やり付き合った自分が悪役になったような気分がして苦笑しかけた時、耳に気になる音が入った。いや、これは音ではなく声だ。
弛みかけていた緊張の糸が再び張り詰める。
『マサヨシ君、止まって。人の声がする』
『え? 人。敵か』
『分からない。分からない以上は静かにしてやり過ごそう』
声の出どころは沿って歩いているレンガの壁の向こうからになる。大きな屋敷の敷地を囲むレンガ塀の向こうから男声と女声の二種類の人の声が聞こえてくる。距離もそれほど離れていはいない。マサヨシ君に言ったように、敵か味方か分からない以上は静かにやり過ごす方が無難だ。
レンガ塀には無数の弾痕があり、中には砲弾でも当たったように大きく破壊されている箇所がある。声も大穴が開いている場所からだ。
肩にかけたウィンチェスターを手に持ち、後ろを見やる。マサヨシ君は手に持った手斧を握りしめて緊張しており、ジンは触腕を展開して戦闘態勢になっている。二人とも緊張状態なのが分かったし、多分自分もそうなっているのだろう。やり過ごすと決めたのだ、静かに声の主を窺うとしよう。
ジンには周囲の警戒を頼み、レンガ塀に開いた大穴から顔を半分だして向こう側を窺ってみた。マサヨシ君も自分の頭より上から顔を出して同じ事をしている。当然といえば当然だが、彼も声の主は気になるようだ。
向こうに見える人影は二人。屋敷の中庭だった場所で一人が石のベンチ腰掛け、一人が傍に立っているのが見える。
ベンチに腰掛けているのは若い女性で一〇代半ばの可愛い感じに見える女の子。白いマントに軽鎧、なによりピンク色の髪が特徴的。傍に立っているのも特徴あふれる人物で、陣羽織に袴と一本にまとめた長い黒髪でいかにもな侍スタイルをしている二〇代後半のやせた男性だ。
外見的特徴が激しく主張されている二人組みだが、プレイヤーならあの位の派手さはよく見られる。注意が向いたのは彼らの身に着けている装備品だ。
男が腰に差しているのは刀、女の子が手で弄んでいる杖、二人が身にまとっている軽鎧と陣羽織、いずれも記憶が正しければ高レベルプレイヤー垂涎の高性能レア装備のはずだ。
ゲームでの能力がどこまでこの世界に反映されているか分からないし、彼らが善良な人間とは限らないため接触はしたくない。改めて結論を下した。
彼らはこちらの存在に気付いた様子がない。だから当初の予定どおりこのまま彼らをやり過ごそうかと考えていると、頭上のマサヨシ君の様子がおかしい。高性能になった耳には彼の呼吸が早まる様子や、筋肉が強張る収縮音が聞こえてくる。早い話、体が震えている。
『マサヨシ君、どうかしたのか? 彼らについて思い当たることがあるのかい?』
彼の目線はあの二人に固定されている。表情筋までも強張ったのか、見上げた彼の顔は無表情だ。
どう考えてもあの二人に原因がある。
こちらの問いかけに、しばらく間があってマサヨシ君の思念が返ってきた。
『あいつらがこの街をぶっ壊した連中です。ピンク髪の女が魔法撃ちまくって建物壊してたし、あの侍野郎は辻斬りです。友達も刺されました』
『……そうか。あいつらが』
つまりこの街で今一番遭いたくない手合いを見つけてしまったのか。
それにしてもマサヨシ君の言葉は返答に困る。自分はスコープ越しにこの街の惨状を見てきたが、現場にいたマサヨシ君はその惨状を体感してきたのだ。震えるなというのも無理な相談というもの。かける言葉がない。
気の利いた事が言えないため、マサヨシ君よりあの惨状を作り出した彼らの方に意識が向いた。
耳を澄まし二人の会話を拾う。こちらに気付いた様子がない彼らは念会話ではなく肉声で話しており、この距離なら音が拾える。
「でだけど、スコアはどーなったの? とーぜんこの魔法美少女アルトリーゼちゃんの勝ちよね」
「……お主に花を持たせる気などさらさらないが、確かに殺害スコアは某が二〇〇と五つ、お主が三百十一でお主の勝ちだ。まったく我ながら早まったものだ。召喚魔法が使えるとなれば単純に手数が増えるからな最初から勝負にならん。しかし、今思ったのだが数が少なくないか? 召喚魔法で軍勢でも喚んで千や二千の人間を血祭りに上げていそうな気がするのだが」
「あ~、それね。あたしも最初はそう考えたのだけど、それやっちゃうとMPがガシガシ削られちゃうのよ。とっさの時にMP切れなんて笑えないでしょ? それにあたしは人を焼くのもやってたけど、略奪もやってたのよ。人斬りマニアな震電と違って女の子ですもの~、宝飾店とか服飾店とかから根こそぎ、ね」
「ふむ、略奪に際して相手の靴まで奪うのは女子の仕業と聞く。お主が根こそぎと言うのだ、何も残さないのだろうな」
「とーぜん! でさ、勝利者であるあたしに何か賞品とかないの?」
「お主の強欲さには勝てんな」
聞こえる会話は非常に和やかなムードだ。あくまでムードだけで、内容自体は血生臭い。
内容をそのまま信じるなら彼らはこの街の人間を相手にマンハントを行い、殺した人の数を競っていたというのだ。おそらくはマサヨシ君の友人が刺されたのもスコアの一つとして数えるためなんだろう。
猟友会で仕留めた獲物の自慢話とかは聞かされたことはあるが、彼らの会話はそれに似ている。殺した人間をまるでシカやイノシシと同じに見なしており、人と思っていない。正直に言って猟友会の自慢話よりも聞いていて気分が悪くなる。
だけどここで彼らに喧嘩を売るというのも悪手だ。
会話に出てきた二人の名前に思い当たりがあった。アルトリーゼと震電、どちらも『エバーエーアデ』において高レベルプレイヤーとして名前が知られている。
ピンク髪の少女、アルトリーゼは魔法系の主だったスキルを制覇した魔法使いとしてはハイエンドなキャラクターの一人。侍スタイルの男性、震電は敏捷さに重きを置いた剣士で、高レベルなキャラの一人として数々の大型イベントに参加して活躍していた。
何より、彼らが所属しているチームが有名どころだ。
『Mr So And So』――略称S・A・Sと称する彼らが所属するチームは全員が高レベルプレイヤー、所属するには一定以上のレベルが必要という制限まである精鋭主義で有名なチームだった。チート行為など少々素行が悪い噂はあったが、それでも大型イベントには必ず顔を出し、上位に名前を連ねるだけの実力を有しているとされていた。
ここで彼らにマサヨシ君の友人の復讐を名分に襲撃をかけるのは簡単だろう。浅い所見だが、この距離からウィンチェスターでスラッグを不意打ちで浴びせれば仕留められる自信はある。
だが、彼らの後ろには高レベルプレイヤーで揃えたチームが控えている。チームと仲違いをしてあの二人だけで行動している事も考えられるが、希望的観測だ。
高レベルに育て上げられたキャラクターのステータスが反映された肉体は、元の世界の常識からは計り知れないがあり、装備品が持つ特殊効果や威力、具現化したスキルの実際の威力なども加味すればもう未知数の強さになっているだろう。
その上でこの混乱で彼らにも相応に戦闘経験は積まれているはずだ。人を殺すのに一切の躊躇がない連中だ、考えるに恐ろしい。
やはりここはやり過ごすのが一番の手段という結論に改めて行き着いた。けれど友人の仇を前にしたマサヨシ君は納得しないだろう、そう思い再び頭上を窺ってみるが彼の姿はなかった。
頭を巡らし振り向いてみれば、レンガの壁に寄りかかってうな垂れている彼がいる。もう体に震えはないようだが酷く落ち込んでいるのが自分でも分かる。
『マサヨシ君、大丈夫かい?』
こういう時だけ人付き合いのなさが悔やまれる。もう少し声のかけ様というものがあるはずなのに、当たり障りのない事しか言えない。
けれどここで声をかけてあげなければ駄目な気がする。今のマサヨシ君の様子は、自分でもそう思わせるほどの危うい雰囲気を持っていた。
『オレは情けない臆病者っす。タカ、友達の仇がすぐそこにいるっていうのに仇討ちよりも逃げる事に考えが回って、挙句体もロクに動かないから逃げる事さえままならない。笑っちゃいますよね、映画とかだと真っ先に死んじゃうモブその一ですよ』
「……」
まいった。どう返答したらいいのか分からない。
いきなりこの場で「かたきだぁ!」と言って襲い掛かっていかないのはありがたいけど、こういうのもどう返したらいいやら……まいった。
今は耐えるとき、と言って励ますか、逃げてもいいんだよ、と慰めるべきなのか対人関係の薄い自分にはリアクションが選択できない。でもこちらから声をかけた以上は何か返してあげないといけない。
結局、思念として出たのはまたも当たり障りがないものだった。
『マサヨシ君、行こうか。今は自分自身の安全を図る時だ。そういうのは一度落ち着いてから考えよう』
『……うっす』
結論の先送り。いつ再び会えるか分からない相手に対してあまり良いとは言えない提案だけど、こちらはソフトもハードも万全ではない。彼らを相手取るにはまだ早すぎる。
『歩ける? 彼らを避けて路地を迂回したいのだけど、いける?』
『大丈夫、なんとか。行きましょう』
『分かった。ジン、悪いが彼の面倒を見てくれないか』
『承知』
二人組のいる屋敷から離れて迂回路を探すことに決めて落ち込んでいるマサヨシ君はジンに任せ、自分はウィンチェスターを手に路地に入っていく。
告白してしまうが、今のマサヨシ君を自分は正面から向き合うことは出来そうになかった。生々しい人の感情に触れる事を怖がった自分の臆病さからきているこの行動に自嘲してしまう。彼は自分自身をチキンと言ったが、それはこちらにも言えることだった。
夜なのにやけに明瞭に見える空の下、己の不甲斐なさを再確認してしまった。