10話 マサヨシ×ルナ
「――――――うそ、だろ」
現実離れしたその光景を見せつけられたオレの口から思わず声が出ていた。
我ながら間抜けな声だと頭の隅で変に冷静な感想が浮かんだが、案外これも現実を信じられないから逃避しているだけかもしれない。
こっちの世界に来てから二ヶ月ぐらいは経っていて地球では見られないものも色々と見てきたけど、これは想像したことがない光景だ。
頭上の空から地上へと墜落していく飛行船は首長国軍の軍艦で、当然武装と一緒に装甲だって分厚いはずのそれは綺麗に真っ二つになってゆったりと墜落していく。
真っ二つだ。対空砲で穴を開けられた訳でもなければ、魔法攻撃で爆発したわけでもない。まるで巨大で鋭利な刃物で断ち切られたみたいだ。いや、実際そうなんだろう。
周囲の仲間も呆然と落ちていく飛行船と、目の前にいる一人の侍とを何度も見比べている。刀を片手にだらりと自然体で持ち、進軍するオレ達の前に立ち塞がる形になっている陣羽織の男。
この男が今さっき無造作に刀を振るった結果がアレだ。衝撃波が出たとか、光のビームが出たようなところは見ていない。ただ距離と硬さを無視して斬り捨てたとしか言い様がなく、正直オレには何をしたかさっぱり分からない。
こいつの顔を見るのはこれで三度目。再会まで開いた期間はそれほどないのに何年も前の出来事の様に感じる。だけど忘れない。こいつはタカヨシの仇だ。
「さて、ここに来た以上は某の敵である、そう認識して良いのだな? ならば我が刃にかかって散れい」
ようやく地上に墜ちた飛行船が爆発炎上する様を背景にして敵は口を開く。侍然とした格好のくせに目だけが飢えた魔獣みたいに爛々と光っていて、持っている刀も血を求めてギラついているのは気のせいじゃない。
こいつがチーム『S・A・S』のメンバー、震電。その出で立ちは以前に見た時と変わらないはずなのに、見た印象はより凶悪になって漂う血の臭いも濃くなっていた。きっとあれから何人もの人を斬り殺してきたのだろう。簡単にその光景が想像できてしまう。
もう現地人だプレイヤーだと言う前に、人間なのか疑問に思えてきた。あれは……そう、古めかしい言い回しで悪鬼羅刹の類と言うのだろう。
郊外にある列車砲へ向う幹線道路。街から荒野へと伸びる灰色のアスファルトの道。その真ん中に一匹の剣鬼がいた。
ジアトーを奪還する作戦を首長国軍と合同でする事になったチーム『幻獣楽団』。ほとんど成り行きで所属しているオレでもこの街を以前のようにしたいと思って、作戦の参加を願い出た。
レジスタンスの幻獣楽団がこの作戦でやることは割合シンプルだ。首長国の軍が空から強襲するのに合わせて街のあちこちで同時多発に反攻を始め、帝国軍や暴徒化したプレイヤーの動きを押さえ込む。後は首長国軍と一緒に街を一気に占領してしまう、という流れだ。
ただ、言葉にすると簡単でも実際にすると大変なのは世の中には往々にしてある。これもそうだ。オレは下っ端だからよく分からないけど、リーダーのライアさん周りが色々と忙しかったのは傍で見ていても分かった。人の上に立つ立場っていうのは大変なんだな、などとつくづく思う。
奪還作戦中のオレの役どころは、街の郊外に陣取っている列車砲をチームの仲間と一緒に襲撃して鹵獲、つまりぶん取ってくる役だ。
あの巨大な大砲が街を狙っているのは作戦をする上では障害になる。でも単に壊すだけだともったいない。ならぶん取ってこちらの戦力にしてしまおうとチームで話がまとまって、首長国軍にも話を通して決定された。
街のあちこちにある拠点のひとつに仲間と一緒に身を潜めて外で激しい銃撃戦と爆発音が鳴っても待機、不安顔を突き合わせてしばらくすると、通信機と念会話の両方から出撃の号令が出た。
拠点から飛び出て一気呵成に突撃するオレ達。途中で帝国軍の小部隊や敵対するプレイヤーもいた気がしたけどガン無視、真っ直ぐに列車砲を目指した。
そして、列車砲まであと少しというところで無視できない相手と出会ってしまった。
「このっ、くそっ、当たんねぇぞコイツ」
「こんなに撃っているのにかすりもしないなんてアリかよ」
「ヤバイ! こいつハイレベルのプレイヤーだ」
銃火器を持ったチームメイトが数人、震電目がけて銃弾を何発も浴びせているが一発も当たらない。地面をスケートリンクのように滑って、不規則に左右にブレながら射手に向って間合いを詰めていく。
今撃っている銃全てがマシンガンやらアサルトライフルやらの連射機能があり、銃弾を雨のように浴びせられるのが売りだ。なのに、あの侍は距離と火力の差をまったく物ともしない。ぬるり、と液体じみた動きであんなに開いていた距離が詰まってしまった。
詰まった距離に呆然とするオレ達を余所に、侍の刀は一閃される。ただの一振り、それなのに銃を撃っていた面子が一気に斬り倒された。
血飛沫が散る。アスファルトに斬り倒された仲間の肉体と血と臓物がぶちまけられ彼らの命が散った。だけどオレ達はここまで何度か人が死ぬ場面を見てきて、嫌な事に慣れてしまった。それが幸いして動きが固まらなかったのは皮肉なのかもしれない。
オレ自身も斬られた連中の姿を見て、長柄のバルディッシュから武装を代えて盾と戦斧に素早く持ち替えた。あの侍相手に大振りは厳禁、小回りの利く武器で凌ぐしかない。
「くそくそくそ……ぎゃ」
ナイフを二本持ったブレード使いが数合と持たずに首を刎ねられる。
「来るな、来るな! くる、ぐぁ」
ショットガンを撃ちまくって弾幕を作り、近寄らせまいとしたガンナーが実に簡単に接近を許して唐竹割り、縦に真っ二つにされた。
「た、助け、降参するから助け……て」
その場に膝をついて命乞いを始めた奴は論外、と言わんばかりに一刀のもとに斬って捨てられた。
そいつが目の前で血を噴いて倒れるのを横目にして、オレは震電の前へと踏み出した。引けば死ぬ、怯んでも死ぬ、命乞いなんて聞いちゃくれない。だったら前に出てひたすらに攻めまくるしかない。
元からしてそれしか能がない。だったら全力でぶつかるだけだ。
振りかぶり、斬り捨てられた仲間の影から戦斧を横殴りに震電へと叩きつける。
しゃおん、と金属同士が強く擦れる音が鳴って斧の刃があらぬ方向へ逸らされた。震電の刀がオレの斧を受け流した、そう理解する間もなく刀は悪夢めいた速度で翻って襲いかかってきた。
狙いは、首か!斧は間に合わない。ならば盾を刀の軌道に割り込ませて首を守る。
「ぐ、が」
何とか防御には成功。衝撃で盾を持った腕が痺れたけど体は無事だ。どれだけの力がさっきの一撃に篭もっていたのか、痺れる腕を中心に全身にガタついて、頭の中は衝撃音が響いて頭痛がしそうだ。
たった一撃でこれだ。連続攻撃や戦技でこられたら防ぎきれないかもしれないな。嫌な予感に吐く息が兜の中で荒くなって、嫌な汗が肌を流れた。
震電は今の攻撃でオレを仕留められなかったからか、素早く身を引いて距離をとっている。距離は約一〇mってところか。オレはこの距離を縮めるには二歩、向こうは一歩で充分。なるほどな、安全圏って訳か。
「某の剣を防ぐとは、その盾よほど出来が良いと見える。いいぞ、柔らかい物ばかり斬っていて飽きたところだ。骨がある者は歓迎する」
刀を構えてそんな事をほざく奴の顔は、本当に楽しそうな表情をしている。どういう経験をすればあんな顔が出来るようになるのやらだ。
元は平和な日本で平和にゲームやっていた奴だろうに、好き好んで人を殺して笑っている神経が分からない。
ロクに話なんてしていないけど何となく直感できた。オレと震電は例え言葉を尽くしても理解し合えないだろうと。もう敵と味方以外の何にもならない、こいつを見ているとそんな思いが湧いてきて否定する要素はどこにもなかった。
盾を前に斧は後ろに隠すように構える。ここまでの実戦経験で使い勝手が良いと感じた構えをとって、目の前の敵と相対した。覚悟なんて今更改める必要もないくらいに固まって完了している。後はもう一度ぶちかますだけだ。
『オレがコイツを抑える。だから列車砲は頼んだ』
『出来るのか?』
『やるしかないだろ。オレが最初に突っ込むから、横から抜いてくれ』
『分かった、頼む』
後ろにいる仲間と振り向かずに念会話で話をつける。作戦は成功させないとダメだし、障害になる敵は無視をするか排除するかしないとダメ。無視も排除も無理なら誰かが足止めしないといかんか。
震電とやり合ったためオレはこのチームの中で一番前に出ている。客観的に見るなら、アイツの剣を前に生きていた奴が足止め役に相応しい。
戦斧の柄を強く握ると、手に馴染んだ感触が返ってきて気力が湧く。ぐっと身を沈めて力を溜めて膝を曲げ、爆発させた。
◆
「おおおぉぉぉ――――ッ!」
震電との距離を詰める突貫。一〇mの距離を縮める一秒未満の時間がやけに長く感じる。
一秒の時間の中で震電はおもむろに刀を振りかぶった。まだ五mぐらいは距離があるのになぜに? と不思議に思う。
思ったらすぐに嫌な予感と解答が同時に襲ってきた。何もない空間を斬るように刀が振るわれる。その軌道に入ってはマズイ、直感が突貫姿勢の体を無理矢理動かした。
踏み出した足を軸に体を半回転。さらに体を仰け反らせ震電に対して体を真横に。刀の軌道から逃れた。
無茶な体の動かし方をしたせいで痛みが走り、口からうめく声が漏れ――る前に鼻先数㎜のところを見えない断層が超高速で通り過ぎた。
普通ならここで立ち止まる。だけどそうすると震電は引いて距離をとるだろう。だったらオレは、お構いなしで突っ込むのみ。
半回転させた体勢から勢いのままさらに回転。斧を振りかぶる力に遠心力をつけて、残りの五mを詰めたオレが震電に躍りかかった。
またしゃおん、と擦れる音が鳴る。震電に向うはずの斧が逸らされた。コイツ、マジで強い。
とはいえ怯むのは厳禁、隙を突かれてズンバラリンだ。斧がダメなら盾。斧が捌かれたと悟ったらすぐさま反対の盾で殴りかかる。
「ちぃっ」
盾の向こうから盛大な舌打ちが聞こえる。どうやら悪くない手を打てたみたいだ。
奴の気配が引くように感じて、オレは素早く体勢を立て直して間合いを詰める。攻める、攻める、攻める。戦斧を振るって、盾を駆使して震電の動きを意地でも縫い止める。
相手の動きを制するように先手先手をとって、動きを封じていく。傍目にはオレが優勢で震電を押しているように見えるだろう。けど追い詰められているのはむしろこっちだ。
一瞬でも気と手を緩めればすぐに反撃がかっとんで来るのは確実、首と胴体がお別れだ。そうならないよう必死こいて攻めているだけだったりする。
激しく攻めている分スタミナの消耗は早く、対して向こうは最小の動きで攻撃を捌いて身を守って息一つ乱していない。全くの余裕。タカの仇はこんなにも強かったのか。
だけど、今のオレにとって仇を討つのは後回し、仲間を無事に通すのが役目だ。
『今の内だ、みんな早く』
こいつを倒すのは仲間が全員通った後でも遅くはない。
念会話で合図を飛ばすと、後ろでスタンバイでもしていたのかみんな一斉に動き出してオレと震電を左右から抜いていく。全員で二十人、まだ列車砲は本格的に稼働していないから制圧をかけるには充分な人数だと思う。行く先にも震電のような高レベルの奴が居ないこと前提ではあるけど。
一瞬だけ追い抜いていく仲間の一人と目が合った。申し訳なさそうな顔をしているので、大丈夫だと不敵な笑みを浮かべて見せると今度は困ったような、引きつった笑い顔をして去っていく。なぜあんな顔になるんだ? 解せぬ。
とにかく、これでオレは囮役として仲間を無事通すのに成功したわけだが、正面に見据える震電の顔色に変化が無い。横を仲間がすり抜けていっても手を出す素振りどころか一瞥もくれなかった。
ここを抜かれても問題無いってツラをしている。まさか、他にもこいつくらいにヤバイのが控えていたりするのか?
「おい、通してしまっても良いのかよ」
「構わん。これまでは量を斬ってきたが、今後は質を求めたいと思っていたところだ」
「はあ? 一体何を?」
「早い話が、他の有象無象を斬るよりもお前一人を斬った方が有意義だと思った。良いぞ、某の刀に血を吸わせたいと心から思える。斬られろ」
OK、理解した。つまり向こうに伏兵とかは無く、震電はオレとの戦いに集中したいから他の連中を見逃したのだ。こいつはどこまで戦闘中毒患者なんだよ。
ついでに、オレの有利な状態はもう終わっていたりする。仲間を通すのに一度打ち合いを中断したせいで間合いが開いてしまった。さっきのように突進する手は使えないし、詰んだかなコレ。
震電がゆったりと刀を持ち上げるのに合わせてオレも戦斧と盾を構える。正念場はここから、どれだけ保つかだ。
「殺ァァァ!」
攻守はさっきと反対、震電の攻勢が始まった。奇声を上げて間合いを詰めようとする奴の姿がブレる。かと思えば、もう目の前に刀の刃が迫ってきていた。
身体が許す限りの速さで盾を振って、刀を横から突き上げて軌道を変える。逸れた刃が鎧を擦ってシャリシャリと音を鳴らすのが耳に響く。
その逸れたはずの刀が悪夢的な速度をさらに超えて、非現実な切り返しで戻って来た。これもどうにか斧で防ぐも、斧の刃が欠ける。
刀の速度はそこからさらに増して剣閃が七つ。もうほとんど目で追いきれず、反射と勘で盾と斧を振るうしかない。
一度で斧がさらに欠け、二度で盾の表面が大きく切れ、三度で盾が欠け、四度で兜の面体が切れ、五度で斧が柄だけに、六度で鎧に大きな切り傷、七度で盾が吹き飛んだ。
止め、とばかりに振るわれる八つめの剣閃。それは今までの線を描く軌道から点、喉笛を狙う突きだ。
これは死ぬ。目ではどうにか見えても体が動かない。回避不能、デッドエンド、ゲーム―オーバー。この世界からの強制退場が超高速で迫る。
瓦吟、と肉が貫かれる音の代わりに金属が弾ける音が耳を叩いた。
音源は迫ってくる刀の刃から。一秒後にはオレを串刺しにするはずのそれは、どういう訳か長さを減らしている。減った分の刃は宙を舞って、日の光を反射して光る。
つまり、震電の刀が折れた。なんで? 何があった? などと考えるよりも前に身体が好機を感じ取って動く。
柄だけになった戦斧でも重量はそれなり。棍棒のように振るって、折れた刀に呆然となっている相手の脳天目がけて打ちつけた。
「な、なぜ――がふっ」
クリーンヒット。打撃は綺麗に頭に決まり、あんなに殺されると思っていた敵があっさりとぶっ倒れた。死んではいないようだけど、ピクリとも動かない見事な気絶だ。
ここでようやく震電の持っている折れた刀に目がいく。鍔のところから三分の一の部分がポッキリいって、折れた刃も道路上に転がっている。
これが無ければオレは死んでいた。でも何で折れた? 戦いの緊張が解けてようやく頭が回るようになり疑問が浮かぶようになった。
周りを見渡す。戦いの場はとっくに列車砲のある場所に移っていて向こうからは銃声とか怒声、爆音まで聞こえる。反対の市街地を見ても同じく戦闘をしている音が響いてくる。ここはそんな戦場に挟まれたエアポケットみたいになっていた。
吐く息がさっきからずっと荒い。耳の奥では鼓動の音が鳴りっぱなしだ。死体から出た血の臭いが乾燥した土を湿らせる臭いが鼻を突く。
そして遠くから飛行船の出す機関音が聞こえて、徐々に大きく近付いて来る。上を見上げたら日が遮られて影が出来る。頭上を飛んでいる飛行船のサイズは小さく船というよりボート、飛行艇だ。低空で空を飛んでいて市街地に向おうとしている。
ボートの舷側、甲板の上に見覚えのある姿を見つけた。すぐに分かった、彼女がオレを助けてくれたんだ。
「――ルナさんっ!」
甲板の上でライフルを片手にこちらを見下ろす人影にオレは力の限り手を振った。
対してこちらに気付いたルナさんは、表情こそ変えなかったけど軽く親指を立ててサムズアップして応えてくれた。久しぶりに見る黒髪は風で煽られて大きく広がり、ジャケットが翻る姿は純粋に綺麗だと思う。
近付いて来た時と同じ速度で飛行艇は遠ざかっていく。ルナさんの姿もあっという間に小さくなっていく。久しぶりに見た姿だから惜しいと思ってしまう。
今すぐにでも飛行艇を追いかけたくなるけど、今はダメだ。まだ戦いの時間は続いていて、仲間が今もそこに身を投じている。だからこの戦いが終わってから会いに行こう。アストーイアでのあんな別れ方が最後、なんて願い下げだ。
だからまた一瞬でも顔が見られたのはとても嬉しい。だからまた必ず会おうと心に決めた。
そんな感慨に耽っていたのがどうも隙になっていたらしい。
「こ、こんな奴に……」
「え?」
後ろから声が聞こえて、振り返ると気絶したはずの震電がゆらりと立ち上がっている。手には折れた刀を持って振りかぶっていた。
おいおい、こんなオチはないだろ。緊張の糸が切れているせいで反応は出来ない。こんどこそ回避不能のデッドエンド、それも気を抜いたせいで詰めを誤ったマヌケな終わり方だ。
「し、ね――ごふぅっ」
「……今度は何」
「ようボウズ、危なかったな」
「あ、オッサン」
二度あることは三度ある。三回目の逆転で今度こそ決着がついた。
刀を振りかぶった震電がいきなり前のめりに倒れ、後ろからレイモンドのオッサンが拳を突き出した格好で姿を現わした。それでようやく何があったのかオレでも分かる。彼が震電の後頭部をぶん殴って危ないところを助けてくれたのだ。
敵はまたうつ伏せで倒れて気絶している。今度は勝手に動かないようロープで手足を縛っておくか。
オッサンはアストーイアの戦いで見たことがある戦闘衣装を着込んでいて、ハードボイルドなリザードマンからいかにも格闘家って姿になっている。
彼もこの戦いに参加するだろうと予想していたけど、いざ姿を見てみると想像以上に頼もしく思えてくるから不思議だ。
「父さん、その人がマサヨシ? ボロボロだけど大丈夫なの」
「そうだな。ボウズ、ケガは?」
「あちこちに。大したケガじゃないっすけど……」
誰? と思ってオッサンの後ろから現れた女の子に目がいく。特徴的な耳と尻尾からして人狼族、見た目の歳はオレとタメか少し下、肌の露出が多い衣装の上に外套を羽織っている格好で、体のあちこちに拳銃のホルスターが見える。
顔立ちはルナさんが綺麗という感じに対してこっちは可愛い。ぱっと見で明るい雰囲気が伝わってきて、親しみやすいように見える。
そんな女の子だけど、少し待とうかマサヨシ。この娘、レイモンドのオッサンに何て言った? 『父さん』だって?
「オッサン、この娘は一体」
「ああ、俺が息子を捜しているって話は以前したよな?」
うん、覚えている。オッサンと出会った時は格闘技の賭け試合に出てお金を稼ぎ、その金で息子の行方を捜していた。
そんな彼がここにいて、しかも『父さん』と呼んでくる少女を連れている。これから考えられる事は――
「まさか、息子さんが見つからないから女の子を引っかけてパパとか呼ばせる疑似親子プレイを」
「するか馬鹿野郎。こいつは勝又総司、ちゃんとした俺の息子だ。ただこっちでは女子になっているだけだ」
「頼むからここではそっちの名前はやめて。はぁ、こうなるって分かっていたら父さんに『エバーエーアデ』紹介しなかったよ」
オッサンは目的の息子さんと合流できた。ただし肝心の息子は娘になっていたのが誤算だったようだ。
彼女の名前は壱火。得物は多数の拳銃と身軽な身体。ルナさんと違ってドンドン前に出る火力押しのガンナーらしい。確か聞いた話だとオッサンに似ず大人しい性格だったハズ。でも目の前の女の子は大人しいって風には見えない。正反対の派手な風には幾らでも感じるのだが。
とか戦場にいながら場違いな事を考えていると、壱火がオレの前までやって来ておもむろに手を伸ばしてきた。
「何を」
「動かないで、回復呪紋を起動するから。使える魔法の中でも一番苦手なんだから動かれるとズレる」
「お、おうわりぃ、助かる」
壱火の手から柔らかい光が出て、かざされた部分の傷がぬるま湯に浸かった感触を感じるとともに塞がっていく。もう何回も体験した回復呪紋の光だ。ただ苦手と言っているのは本当みたいで、傷の塞がる速度は今まで経験した中では一番遅かった。
治療を受けている間に周りを警戒して見渡していると、オッサンも同じ様に周りを警戒していて目が合った。リザードマンの顔でもオレを心配しているような表情は分かる。
「派手にやられたな。あのデカイ大砲を分捕るのは分かるが、何人行ったんだ?」
「二十人ぐらいっす」
「物足りないな。少し待ってくれ、こっちにも人をやるよう連絡してみる」
オッサンは額に手をやって何か考え込むようなポーズをとった。多分念会話をして降下してきた連中と話をしているのだと思う。
戦いで興奮していた体から熱が冷めていく。塞がっていく傷がかゆみを感じて、太陽のギラつく暑さを感じる。ここで初めて吐く息が荒くなっていたのを自覚した。確かに派手にやられた。だけどまだ戦える。
地面に転がっている震電に目が落ちた。コイツがタカを殺した光景はまだハッキリと覚えている。間違いなく仇なのだが、こうして気絶している姿を見ているとこれ以上どうこうする気はなくなってしまう。人を殺すのが嫌だからというのもあるけど、オレは元から仇討ちとかそういうの考えて戦った訳じゃないからだろうな。
タカが死んだことよりも鮮やかなものに出会ってしまったせいだ。オレって自分で思っている以上に薄情だったのかもしれない。
自己分析に苦笑と自嘲が混じった笑い声を口から小さくだしながら、オレは空を見上げた。
「おかえりっす、ルナさん」
ああそうだった、笑いの成分に彼女と再会できた嬉しさもあったのを忘れてはいけない。
市街地の方向に姿を消した飛行艇にもう一度だけ目をやってから、気合一発「よしっ」とばかりに自分の頬を叩く。斧と盾はダメになったけどバルディッシュは残っている。だからまだ戦える。
「もういっちょ、行こうか!」
◆◆
「ジン、次の弾倉」
「承知」
すぐ隣から差し出されたフルに装填された弾倉を受け取り、代わりに撃ち尽くして空になった弾倉を渡す。
膝射の姿勢を維持したまま手早くマガジンハウジングに差し込んで装填、次の標的を探してライフルを構える。ここまでに撃った弾数は百を超えていた。足元には大量の空薬莢が転がって、連射のせいで銃身が熱を持っている。銃を握る手はグローブ越しでも熱さを感じた。
「ジン、7.62mmの残り弾数は?」
「残り二百といったところだ」
転移して以降戦闘が何度もあったせいで弾薬の備蓄も心元なくなってきた。一度アストーイアで補給はしたが、まさか一度でここまで消費する機会があるとは思わなかった。
飛行艇の二つある銃座でも連装機銃と機関砲がそれぞれに火を噴いて地上の味方を援護しているが、一隻の飛行艇では出来る事が限られる。
味方の援護ばかりではなく空から来る魔獣や対空兵器にも対処する戦力を振り分けないとダメで、何よりもここまで来られた飛行艇の数が少ないせいで市街地上空を中心にあっちこっちに引っ張り出されているのが現状だった。
スコープの向こうに土嚢を積み上げた急造の機関銃陣を捕らえる。機関銃の銃口は進撃している味方。浴びせられている銃弾ですでに数人犠牲が出ている模様。進撃する味方にはああいったものは一番の障害だ。まっさきに排除する。
銃手の頭部を捉える。距離は三〇〇m未満、飛行艇の上から撃つのを計算に入れても照準修正は簡単で目標としてはイージー。引き金を引いて一秒とせずに血を噴いて相手は倒れた。
さらに銃口をズラして倒した敵が使っていた機関銃を破壊する。対物狙撃銃なら一発だが、7.62㎜では数発を要した。これで機関銃は二度と使えない。さらに追撃とばかりに飛行艇の連装機銃が残存した敵を蹴散らす。
味方の首長国軍がこの隙に進軍、あっという間に陣地を制圧していく。その内の何人かが上空、つまり自分の方へと手を振ってきた。
「デカブツの時のように応えなくて良いのか?」
「良いよ。第一に向こうから肉眼でこっちの姿が見える距離じゃない」
隣で器用に触腕で弾薬を詰める作業をしているジンがそんなことを言ってくる。そのせいで、胸に沈めたはずの罪悪感が軽くぶり返してきた。
デカブツ、マサヨシ君は前回の事なんか綺麗に水に流したように手を振っていた。だけど自分は割と過去の事は気にする方で、彼の姿を見た瞬間に胸の裡が微かに軋む感触を味わった。
見かけた彼が危ない場面だったので咄嗟に助けたけど、サムズアップは余計だったと後悔もしている。
それが嫌なら最初から彼の下を出立しなければ良い、というのが正論だろう。しかし、集団に馴染めない自分には『幻獣楽団』に所属する気は無かった。
誰の上にも下にもつかず独り静かに生きていたい。そんな我が儘のためにこれまでやって来たつもりだった。なのに因果がどう捻れたのか今はこうなってしまっている。
苦笑してしまう。それらが悪くないと思えるようになるとは、なかなかに重症だ。
「市街中心部で戦闘が激化していると連絡を受けた。これより援護に向う。各銃座、弾を補給しておけっ!」
「了解っ!」
「お嬢さんもだ、頼むぞ」
「了解」
艇長が周囲の音に負けない大声で指示を飛ばし、飛行艇の進路が市街外縁から中心地へと向う。
それは地上の戦いが進み、中心部に向っていることでもあった。クリスに見せてもらった計画書よりも進行が早い。おそらくは予想以上に奇襲効果が高かったのだろう。
目的空域まで数分。その間は手早く体と武器のコンディションを整えるインターバルだ。
船の前後にある銃座では射手と装填手が銃身の交換、弾帯の補給、空薬莢の掃除を始めている。自分もスプリングフィールドライフルに簡易な手入れをして長期戦に備えた。
弾倉を外してボルトを引いて弾薬を抜く。バッグから出したスプレー式のオイルを銃の各部に吹きつけて、同じく取り出したボロ布で余分な油を拭き取る。拭き取ったボロ布を見やるとススでそれなりに汚れていた。さらにスプレーをバレルの中にも吹き、紐で縛った小さな布を何回かバレルの中を通せば終了だ。
少しでも休める暇があるなら武器の手入れをしておきたい。こんな些細な手入れひとつでも、やるかやらないかで生死を分ける原因になってしまう。一分で簡易クリーニングを手早く終わらせ、ジンから新しい弾倉を受け取って装填。次の戦闘に備えた。
飛行艇は市街地を低空で飛び、時折敵の機銃陣や野砲陣に弾を降らせて味方を援護しつつ目的空域に到達する。
この周辺は市庁舎、背の高いビル、電波塔と高い建物が多い。艇長が建物に接触しないよう大声で注意し、操舵手は心なしか顔がさっきより強張っていた。
地上の戦いは激しくなっている。一つの通りを巡って銃撃戦が展開され、二つの陣営の間を数百発の弾丸が飛び交い怪我人と死者を量産していた。弾丸に混じって魔法も撃ち出され、爆発と一緒に人が吹き飛ばされる。
優勢なのはやはり味方の首長国軍とレジスタンス。勢いがある上に魔法での火力も上乗せされてどんどん敵の防衛戦を突破している。しかし帝国軍と暴徒連中の抵抗も激しくて膠着しかかっているのが上空から見た状況だ。
このままどこかに篭城されて時間をかけられるのは攻める側の望むところではない。だから上空からの航空支援となるわけだ。
空域には他の飛行艇は見あたらない。どうやらここには一番乗りのようだ。
整備と弾の補給を済ませた銃座が回る。狙うのは敵が路上に作った臨時のトーチカ。銃眼から出ている機関銃が味方を釘付けにしているようだ。味方の進軍を邪魔する障害物の排除、それがこの飛行艇の任務だ。
機関砲の砲口が狙いを定め、飛行艇は射界がとりやすいように船体を傾け攻撃態勢に入った。手すりに掴まって傾く甲板から地上の様子を見る。
地上の連中はこちらに気づき、銃口を空に向けて撃ってきている。空を航行する飛行艇にそう当たるものではないし、歩兵の持つ小銃弾程度では当たってもダメージにもならない。まぐれで甲板に当たった弾丸が木屑を飛ばす程度だ。
そして機関砲が砲声を上げてトーチカに砲弾を見舞う。臨時に作られたものだけに脆かったらしく、数発でトーチカは火を噴き、弾薬に引火したのか爆発炎上して周囲の敵を巻き込んだ。
爆風が肌をなでて、髪をたなびかせる。金属や土、火薬などの焼ける臭いが鼻をついた。
――直後に何か致命的に危険な感触が背筋を滑り降りる。
爆音、爆風、悲鳴、怒号、銃声砲声、戦場の空気そのものに混じり、冷え冷えとした冷気が飛行艇の上をすり抜けた。
ただ上空の冷たい空気が流れたものとは違う。感覚でしか捉えられない危険信号を肉体が温感で感じたと言えばこの感触に近いかもしれない。
危険に対する条件反射で冷風を感じる方向に顔を向けると、中心街から立ち昇る煙を切り裂いて一条の真っ赤な光のラインがこちらに向って襲いかかるのが見えた。
見えた時にはすでに手遅れ、光のラインは飛行艇の船体を舳先から船尾にかけてあっさりと切り裂いた。まるで魚を二枚に卸す様に似ている。
二つになる船、二つになる機銃、二つになる艇長、それらが目に入った直後に崩壊は始まった。
「う、うわぁぁぁっ!」
「なんだぁぁ!?」
乗組員の悲鳴がして船は二つになって浮力を失った。当然ここからは万有引力の出番だ。浮いていた物は必ず落ちる。
「主っ!」
ジンが行動を促す声をかけてくれた。呆けている場合ではない。危機に陥ったなら真っ先に生存の手段を。傾きながら落下する船の上で自分は立ち上がって素早く周辺の様子を探る。
現在高度は一〇〇mもない。近接航空支援のために低空を飛んでいたせいで地上までの距離は短い。短いけれどこの高さから落ちるとプレイヤーの肉体でも真っ赤なトマトになれる。
手近に安全地帯は、あった。落下中に高い建物へ跳び移ればあるいは。ここから跳び移れる距離にある建物は、市庁舎か。
「はっ、まるっきりアクション映画じゃないか」
これからやろうとしている行為に自嘲したが、自分が取れる方法はこれしかない。パラシュートみたいに気の利いた物はないし、最速の手段をとるしか今は方法がない。
飛行艇は落下速度を上げ始め、エレベーターに乗った時のような浮遊感が体を包む。素早く目的地点までの距離を測り……八m位、走り幅跳びの世界記録クラスか。落下する船の甲板上という悪条件で跳べるか? いや、躊躇う暇があるならさっさと行動しなくては。
「ジン、向こうに跳び移る。先行して」
「承知!」
指示を飛ばすとジンは一切のためらいもなく返事を返してくる。これは信頼だろうか? 何にせよ応えないと。
手にしたライフルのセレクターをセミからフルに切り換え、腰だめに市庁舎の窓を狙う。乾いた発砲音と一緒に無数の弾丸が吐き出され、狙い通りの着地予定地点の窓に穴を開けた。ただ窓に突っ込むよりは割りやすいだろうと一手間かけた。
その一手間が終わるやいなや「では先行する」とジンが甲板を蹴って空中に跳んだ。空中で尻尾と触腕を使って上手くバランスを取り、さらに弾痕の空いた窓ガラスを触腕で破ってダイナミックに突入する。
続けて自分も突入するために重しになるライフルをバッグにしまおうとしたその時、不意に目の前が急に陰った。
見れば銃座にあった機関砲が宙に浮いてこちらに向って飛んできていた。固定が甘かったらしく、船が二つになったときに銃座から外れたようだ。頼もしかった機関砲もこうなっては重さ数百㎏の重量級障害物でしかない。
慌てて身を反らして機関砲から身をかわす。しかし長物のライフルは回避に間に合わなかった。手に衝撃が走ると同時にライフルが吹き飛ばされて甲板の向こうへと転がっていく。パリンとスコープのレンズが割れる音も聞こえた。場違いにも高かったスコープを惜しむ気持ちが湧く。
拾いにいく暇は当然無い。選択する時間も無い。ここまで戦ってきた相棒だけに愛着もあったけど、もう惜しむ時間さえ無い。
「くそっ」
色々なものに毒づき、甲板を助走。地上まであと十数秒。飛行艇の浮遊機能がわずかに残っているおかげか普通より落下は緩やかだった。
下の船室から生きている乗員が出てきたが無視。生存のためなら構う時間さえ許されない。甲板の縁を踏み切りにして脚に思い切り力を込めて跳んだ。
船の上よりも激しい落下感。耳には空気を切るごうごうとした音が鳴る。
腕は着地に備えて顔の前でクロスして構え、目は目標地点で待っているジンだけを見据えた。
程なく衝撃が体を襲う。割れた窓ガラスがさらに砕けて、着地の勢いを殺そうと床を転がる。その途中で机らしきものにぶつかって、二度目の衝撃を味わった。
割合に痛いが予想範囲内で耐えられる。すぐに床に寝転がった状態から体を起こして体を確認。打撲したところはあるけど、捻挫、出血などの深刻な怪我はなかった。戦闘行動に支障はない。
確認が終わった辺りで重い衝撃が外で巻き起こった。割れた窓がさらに割れて別の窓ガラスも衝撃で震える。すぐ傍で飛行艇が落ちたのは見なくても分かる。
見殺しにした乗員達の顔が浮かんでもすぐに割り切った。感傷に浸るゆとりはどこにもなく、もとより深い思い入れもない。冷徹に割り切る。
むしろライフルを喪失した事が痛い。長物はウィンチェスターの散弾銃が残っているけど、ロングレンジの戦いはこれで出来なくなった。ただこれも無いなら無いなりにやるしかないと無理にでも割り切る。手元にある武器でやりくりしていこう。
「ジン、怪我は?」
「五体満足、全く問題無い。主は?」
「ライフルを無くした以外は問題ない」
「市街地の屋内戦なら散弾銃でもなんとかなるのではないか?」
「そのつもり」
ジンに声をかけるかたわら手はバッグからウィンチェスターを取り出してショットシェルを装填する。散弾の種類は鹿撃ち用で警察や軍にも使われるダブルオーバックを中心に弾倉に入れる。目は周囲の観察と索敵。ここは市庁舎の一室でオフィス風にデスクと棚がセットされている。『庶務第二課』と書かれたプレートが天井から吊されているところを見るに本当に市役所のオフィスのようだ。
自分もジンも戦いの中では必要最低限の事しか口にしない。この辺り主従は似ているのだと思う。
市庁舎の外が飛行艇の落下で騒がしいけれど、内部も騒がしくなってきた。ブーツが床を踏む足音が多数聞こえ、数多くの声が飛ぶ。それらに混じって武器と思わしき金属音も聞こえてきて、武装した敵の接近を察知した。
このオフィスの外、距離は余りない。漏れ聞こえる話からすると、落下する飛行艇から自分が跳び移ってきたのを目撃した者がいて確認のためにやってきたようだった。
腰を落としてデスクの影に身を潜ませる。ジンもすぐ後ろに控えていつでも飛び出せるよう伏せている。
レバーを前後に動かし初弾を装填、耳に馴染んだ金属の擦れ合う音と一緒に戦意も装填された。そしてほんの数秒だけ軽く目を閉じた。
この街から始まったここまで一連の騒動に決着を付ける時が来た。願わくばこの戦いを最後にしたい。だから全力で、渾身で、全霊で戦おう。今ここに誓う。手にした銃を立てて『捧げつつ』。この姿勢に意味は無くただ気持ちの問題だ。
外の足音の主達が部屋の前まで来たところで目を開く。時間だ。
「Let's Play」
ジアトーを戦場にした二度目の戦いが始まった。