7話 水鈴×アルトリーゼ
首長国軍の飛行船がジアトーの街へと接近する。それが私達幻獣楽団の行動開始の合図だった。
前日まではあんなにテンヤワンヤとしていたのに、当日になっていざ動き始めるとみんな様になっている。チームメンバー全員本番に強い性質なんだろうか?
作戦開始直後の騒がしい中、私の思考はそんな具合にちょっと横にズレていた。
『こちら水鈴。最初のチェックポイントに着いた。目標を確認、これから攻撃する』
『了解。後詰めもちょうど着いたところよ。派手な花火で盛り上げて』
『分かった。豪快にやっちゃう』
派手に、というリクエストなのでここは一発目から大きい魔法をぶっぱしようか。
脳裏から術式を呼び出し、愛用の杖をアンプにして出力を増幅させる。狐の尾が巻き付いた古木の杖『天狐尾杖』を振り上げる。
術式から呼び出された術式陣が目標の周囲に展開されて、照準用のガイドレーザーが照射された。目標は帝国軍が占領の際に街中に築かれた物資集積所の一つ。今回の大作戦で指定された破壊目標でもある。
脳裏の術式が血流に合わせて加速する。不可視だけど強力で強壮、確固としてここにある『魔力』が脈打つ。これが元の世界では作り話でしかなかった魔法を構成する素になる。
魔法を使うときに感じる一種の全能感を押さえ込み、全能から単能に変換、魔力を燃料に術式のエンジンは駆動する。口に出して詠む呪文は無い。あるのは圧縮に圧縮を重ねた圧唱だけ。
術式陣に紫電が奔った。スタンガンなんて目ではない圧倒的電力が生成され、雷を何十何百何千と束ねた一撃が編まれる。
「ふんっ!」
気合い一閃、掲げた杖を振り下ろす。遅れて上空にあった術式陣が反応して照射したガイドレーザーの何十倍もの明るさを持った雷が陣の中で渦を巻く。
雷鳴が出す音はゴロゴロといったものでは生温い。渦を巻いた雷電が出す音は極悪さを何倍にも跳ね上げていた。これだけでとんでもない威力を秘めているのが分かってしまう。そんなとんでもない物を私は操っている。
体内を駆け巡る魔力は最高潮、私の尻尾や耳の毛も最高潮に逆立っている。頃合いは良し。機を感じ取った私は術式の引き金を引いて、渦巻く万魔の雷槌を解き放った。
「吹き飛べぇぇっ!」
直後に目の前が真っ白になった。意識を失った訳じゃなく、撃ち放った雷の余りの光量に目が眩んでしまったのだ。
さらに次の瞬間には爆音が物理的な衝撃になって私の体を叩いた。凄まじい大音量に耳が音を音として認識しなくなる。多分だけど、普通の人なら襲ってきた衝撃波だけでボロボロになってしまうと思う。
そこは頑丈な身体と出来の良い防具のお陰で何ともなかった。せいぜい衝撃波で尻もちを着いた程度で済んでしまう。げにありがたきは頑丈なプレイヤーの身体だ。
目を潰す明るさと衝撃波は一瞬の出来事だった。視力が回復すると撃ち放った魔法の成果が見える。
『派手にやれって言ったけど、やり過ぎ。もう少し加減してくれない? 集積所、跡形もないんだけど』
「ごめん……吹き飛べって言ったけど、ホントに吹き飛んじゃうとは思わなかった」
土煙があっても目を遮る程ではなく、周りの様子は良く見える。魔法を撃つ前には確かにあった集積所は、私の魔法で更地に化けていた。正確には爆風であらかたのものが吹き飛ばされていて、雷で大きなクレーターが地面に出来ている。
練習では力を抑えてやっていたから分からなかったけど、こんなに強力な魔法だったなんて予想の上を行っている。ビックリだ。
せいぜい集積所の物資を壊す程度と思っていたところ、集積所を消し飛ばす威力だったので呆然としてしまう。下にいるメンバーからの抗議も頭をほとんど素通りしてしまった。
「あはは……やっちゃた」なんて乾いた笑いも口から漏れる。
そんな呆けた頭に活を入れるためじゃないだろうけど、他の方向から聞こえた爆音が私を正気付かせた。
「あっと、次行かないと」
時間は限られている。上空を見ると飛行船が街へ向けて降下を始めていて、空を飛ぶタイプの魔獣に集られているのがここからでも見えた。
これは聞かされた予定が結構前倒しになってない? 限られた時間が余計に短くなっていくような気がする。
銃声とか大砲の音とかが数を増やして大きくなっていく。今まで経験したどんな戦いよりも大きな戦い、その始まりがこれなんだ。そう思うと震えが背筋を昇ってくる。
怖いから? 緊張から? 興奮から? 違う、それ全部。全部の気持ちが私の体を突き動かしている。
他のメンバーに移動すると告げてるのもそこそこに、衝動のまま私は足場にしていた給水塔から跳んで次のポイントへ。首に巻いた赤いマフラーが髪と一緒に風を巻いてたなびいた。
『こちら水鈴。第一目標の破壊を完了。これから次の目標に向う』
『うん、派手に花火を上げたのがここからも見えた。最初に言って置いてなんだけど、今度はもうちょっと抑えて』
『ごめん』
どう考えても派手にやり過ぎてしまった。こんな大規模魔法をポンポン撃っているとあっという間にガス欠になってしまう。現に今ので総量の一割弱は消耗した感覚がある。数値として計れないのがゲーム時代との大きな違いで不便なところ。
バッグの中には回復薬を常備しているけど節約するに越したことはないね。銃使いほどじゃないけど、残弾に気をつけないと。
跳躍から落下、そして別の建物を足場にして飛び石伝いに跳んでいく。人の常識を外れたところにあるプレイヤーだからこそ出来る移動方法だ。特に俊敏さに重点が置かれた私のような獣系統の人だと、街中で車に乗るより早く移動できる。
ここにさらにアクセルを加える。速力を上げる増強呪紋を脳裏に展開、走りながら臙脂色の袴に包まれた太ももを手で叩いた。脚に熱が広がって踏みしめる腿力が倍になる。足場にしたコンクリートの床が割れて弾けた。
より速く、より強く。頭に浮かぶモヤモヤを置き去りにするスピードで私は朝日に照らされたジアトーを駆け抜けていく。
このジアトー奪還作戦の概要をザックリと掻い摘むと『同時多方面攻撃』と一言で説明できる。
街にいる幻獣楽団を始めとしたレジスタンス一同が連携を取って一斉に攻撃を仕掛け、さらに武装が充実した首長国軍が攻め込むことで占領している帝国軍の対応能力を超える飽和攻撃が作戦のキモだ。
作戦開始と同時に魔法攻撃が得意なメンバーが軍施設に高威力の魔法を放り込んで次々と破壊、街のあちこちで上がる火の手で帝国軍を右往左往させる。
敵が浮き足だったところを待ち構えている後詰めのメンバーが各個撃破していき、首長国軍と一緒に占領された地域を解放していく。と大まかな作戦の流れはこんな具合になっていた。
建物から建物へと飛び移りながら移動している最中、横目で街の様子を見る分には今回の作戦は上手くいきそうな感触があった。
街の各所からは炎が噴き上がった、大きな氷の塊が降ってくる、局所的に竜巻が発生するといった様子が見て取れる。メンバーが各々得意な魔法で帝国軍施設に攻撃を仕掛けているのだ。それに街路からは連続して銃声や剣戟の音も聞こえ、後詰めのメンバーも本格的に動き出したのが分かった。
どこもかしこも戦いで騒がしいはずの街中にポツリと音が聞こえたのはこの時だった。それはとても場違いな弦楽器の音色。
音が聞こえて耳がピンと立つ。弦を弾くギターならではの音がいくつも重なって曲になって耳に入る。
街全体に響き渡るように聞こえるその涼やかな音は、その実死の宣告に等しいものだった。
ギターの音がワンフレーズ鳴ったその時、背筋を悪寒が奔って耳や尻尾の毛が一瞬で逆立つ。経験上、これはこっちを害する何かが来る感覚だと直感した。
悪寒を感じた瞬間、ほとんど反射でその場に止まり防御呪紋を展開させた。寒気を感じた方向――真上に手の平を向けて『シールド』を広げた。
直後、視界と耳を真っ白に染める轟雷が空から降ってきた。
「――が、くぅ」
降ってきたのが稲妻と分かったのはシールドで受け止めた直後、衝撃が防御呪紋を叩いて体にも響いた。口からは悲鳴もまともに上げられない。
何回も降ってくる稲妻のスコール。耳には雷鳴と一緒にギターの音も轟く。ロックミュージックのように弦をかき鳴らす激しい曲調のサウンドが稲妻と一緒に空から降ってくる。
何十分も稲妻を防いでいたように感じたけどそれこそ錯覚で、実際には十秒も経っていなかった。唐突に始まった雷撃は唐突に止む。口の中が乾いて、吐く息がいつの間にか荒くなっている。
今のは反応できなかったら死んでた。銃弾が顔を掠めるよりも分かりやすく『死』を感じさせる攻撃に身がすくんだ。
『こちらエクセズ、ミリがやられた! 酷い、黒コゲになって……』
『珠里だけど、こっちは五人やられた。死んではいないけど、動けないと思う。後退させて』
『トージョーだ。狙撃班の13班がいた建物が今ので吹っ飛んだ。たぶん置いていた野戦砲の弾薬に誘爆したと思われる。呼びかけてはいるが反応はない。作戦はこのままでいいのか?』
『ライアよ。みんな落ち着いて。特にエクセズ、慌てたら同じ班にも不安は伝わるよ。珠里、後退はすぐにでもして後詰めに任せて。トージョーは13班の様子を見てきて、作戦は続行よ』
念会話の回線には次々と被害の報告が悲鳴のように流れてきた。リーダーのライアは必死になってチームの立て直しをしているのが念会話を聞いているだけでも伝わってくる。
周囲を見渡せば街のあちこちから黒い煙が立っているのが見えた。落雷の跡、街にいるレジスタンス目がけてピンポイント攻撃を仕掛けたみたいだ。
こんなに広範囲をカバーして尚かつ目標にピシャリと雷を落とすなんて、敵はどれだけの上級者なんだか。耳にはまだギターと雷鳴の残響がして少し痛い。
数秒でチームメンバーが何人もやられた攻撃に呆然としていると、私にもライアから指示が飛んできた。
『水鈴、敵の位置とか分からない?』
『ごめん、こっちにも攻撃が来て防ぐのに精一杯だったから位置までは分からない』
『分かった。……水鈴、この雷撃を撃ってきた敵を任せたいけど、大丈夫?』
つまり、囮か抑え役か仕留め役、どれか一つでもいいからチームに被害が出ないように敵を引きつけて欲しいってところかな。
この攻撃は広範囲だけど雷が降ってきたタイミングとかは一緒みたいだ。敵は複数じゃなくて単独の可能性は高い。そこまでは考えが及ぶ。抑える相手が一人なら何とかなりそうだ。
でも問題は、どこに居るかなんだよね。
『任されたって言いたいけど、位置が分からない事には』
『そうよね、他のメンバーにも声をかけてみる。位置が分かり次第、お願いね』
『了解、頑張ってみる』
引きつけ役になるのに否やはない。誰かがやらなきゃダメなら、モメるよりも私が率先してさっさとやってしまう方が気が楽だったりする。
それに助けられなかったベルの事を思うと、動かなきゃって思うのだ。杖を握る手にぐっと力が入った。
雷撃を撃ってきた敵を探して視界を周囲に広げていると、街の外から重い機械の音を立てて飛行船が沢山やって来るのが見えた。速度と高度をだいぶ落として、あと少しで地上に着陸しようとしている。何回見ても宙に浮かぶ船というのは不思議な光景だ。
首長国軍の増援ももうすぐやって来る。奪還作戦もこれで本格的に始まったかな。
こっちのそんな緩んだ思考を読んだ訳はないだろうけど、ギターの音が再び聞こえたのはこのタイミングだった。
さっきのサウンドより重々しく低く唸るような音が街全体を巡る。嫌な予感はさっきほどではないけど、危険な感じには変わりない。
みんなに念会話で警告を飛ばそうと思いたつけど、行動に出るのは向こうが早かった。
建物の屋上から空気を裂いて太い光の帯が伸びた。稲妻だったらもっと速い。でもこの光の帯は稲妻なんかよりずっと威力があると私は感じる。これは魔法を使っている内に養われた直感だろう。
光の帯は降下中の飛行船に当たる。効果はすぐに現れた。船が音もなく散り散りに分解されていく。当たった光に溶けていくみたいにハラハラと消えていっている。爆発とか炎上とか派手な演出は一切無しで、数秒の後には船が跡形もなく消滅していた。
破壊ではなく消滅、私は最初の稲妻よりもよほど恐ろしいものを見せられた気がした。でも、あの船の犠牲で居場所は分かった。
「……見つけた」
光が伸びる元の地点はジアトーでも一際高い建物からだった。現代日本の感覚なら高層とは言えない高さでも、低い建物が大半の街なら目立つ建築物。
この街の中心で行政機関を入れた市庁本舎、高さ約五〇mの地点が私の目標みたいだ。
『敵は市庁舎の屋上にいるみたい。行ってくる』
『お願いする。頼む』
『うん、了解』
ライアの返答は短かった。ここまで接してきたから分かる。彼女は色々と言いたい事があるはずなのに立場やしがらみから言葉を飲み込む人だ。この短い言葉の中にどのくらい飲み込んだものがあるかは本人のみが知る。
どこまでいっても他人な私に出来るのは、きちんと言葉を返してあげるだけ。それでもってきちんと成果を出さないと。
目標地点までは直線でざっと三〇〇m、水鈴の身体能力なら十五秒で辿り着ける。ぐっと足に力を込めると足場にした屋根が音を立ててへこむ。徒競走でスタートラインに立った気分になってきた。
号砲は無い。心の準備が出来次第足を踏み出した。
◆
弦をピックで弾きエフェクトをかけて変調、術式はアルトの曲調に合わせて形態を変え、敵目がけて弾き出された。
炎弾一〇〇発を的の周りに展開して即座に発射。敵の周りにいきなり現れて逃げ道をふさぐ魔法の弾丸は相手に反応を許さない。
これまでの敵だったらこれでだいたい確実に殺せる。そうでなくとも怪我は必至で逃げ足は遅くなって仕留めやすくなっているのが普通だった。
だというのに、今回の敵はどうしたことか仕留められないでいた。
「ダメか。ならコレはどう?」
魔力弾の包囲陣が三回も破られたのが遠目にも見えたので曲調と魔法を変え、屋根伝いにアルト目がけて突撃してくる敵に魔法の照準を合わせた。
横からの包囲がダメなら下と上からの挟みうちだ。足元から次々と突き上がる拘束呪紋の光の巨大トゲ、上からは雷撃の攻撃呪紋、拘束呪紋で足が止まった瞬間に雷撃を食らう素敵仕様なダブルスペル。
しかしコレすら敵は食い破ってみせる。拘束呪紋の方が設置型だと察したようで、攻撃呪紋で魔法が設置されている箇所を吹っ飛ばし、上の攻撃呪紋は防御呪紋を傘にして強引に突っ込んできた。
距離が縮まってアルトの肉眼でも敵のハッキリした姿が見えてきた。特徴的な狐耳とフサフサ尻尾は妖狐族、巫女にも道師にも見えて手には杖を持った着た女の子。それが敵の姿だった。
「あたしと同年代っぽいかな? でも手加減する理由には、ならないんだよねっ!」
ピックを握る左手に力がこもる。反対にネックを握る右手は素早く弦を抑えられるように力を抜いた。
一気にテンポを上げて弦を鳴らす。真紅のレフティギターがテンポアップした音で吠え、8ビートが16ビートに。脳裏の術式も倍速で展開される。
高火力でアウトレンジから攻め立てるのがアルトの得意戦法だ。特に使役獣のサポートを得ている状態なら、カバー範囲内どこでも攻撃可能という一種のオールレンジ攻撃が出来るまでになっている。
その広がったカバー範囲を狭め、その分火力を敵一人に絞っての集中砲火。敵を確実に屠る術式へと仕立て上げた。
敵に襲い掛かる魔法の弾幕はこれまでの比ではなく、下方向を除いた全方向から圧し掛かってくる砲火の雨が敵へと殺到する。
撃った魔法は四属性六種類の魔法。様子見は充分したので全弾必殺、人を一人殺すには過剰すぎる威力がこもっている。何とか避けようと敵が身を捻るけど無駄、今度のはある程度の追尾機能も備わっている。そして一発でも命中すると連鎖的に周囲の全ての魔法弾が連鎖的に弾けて爆発にする極悪仕様になっていた。
程なく避けきれなかった一発が妖狐族の敵に命中破裂した。すると彼女の周囲にあった数十個の魔法弾も一緒に爆発して敵のダメージをかさ上げする。狙い通りの命中、、アルトは手応えありと感じた。
少し待って敵の居た場所から爆発で舞い上がったホコリが晴れる。アルトの視界には敵の無残なミンチ死体が現れるはず。
ただ現実にはミンチ死体など無く、爆発で開いた大穴の横に一匹の狐が座っている予想外の光景があった。前後の状況の繋がらなさにアルトは数秒動きを止めて、狐を凝視してしまう。
視線にさらされるのを嫌がったのか、一声「ひゃん」と鳴いて狐が大穴に飛び込んで姿を消す。
いきなりそんな不思議な光景を見せられたアルトは文字通り狐につままれた顔で固まった。動きを止めたのはわずか数秒、それで充分だった。
「そこぉおぉぉっ!」
突貫と吶喊の声がアルトの上から降ってくる。
弾かれたように顔を上げて声の方向を見ると、地上にいたはずの敵の少女が空からこちら目がけて落ちて来た。
「っ! チッ、やられた」
一瞬で何をされたのか大体を察して思わず舌打ちしてしまう。
使い魔か使役獣に自身の姿を真似させて囮にして突っ込ませる。その間に本人は悠々と別方向から市庁舎を登ってくれば良い。
単純、だけど実際にやられるとこんなにも効果的な戦法にアルトは焦った。焦ると同時に口元は笑っている。ようやく面白いのが出てきたのだと。
ギターを構えなおして迎え撃つ。相手も杖を槍のように突き出して落下してくる。衝突まで二秒、この短時間でお互い出せる魔法が一瞬で現れぶつかり合う。
アルトの出す雷撃を狐耳の少女は炎で包み防ぐ。鈍い音と一緒に互いの得物がぶつかって、高温と高電流が鎬を削る。
ガギン、と楽器と杖がぶつかったとは思えない鈍い音と衝撃が二人の間に巻き起こった。
敵の顔が間近にあった。銀色の髪に縁取られた白面、こちらを真っ直ぐに見詰める瞳はどこまでも真剣で胸の裡まで見通される印象。
ああ、これはヤバイ、どんぴしゃりに好みだよ。アストーイアでルナと戦った時以来の興奮を覚えたアルトは深く大きな悦びに打ち震え、杖とぶつかったギターに力を込めた。力任せに振り払われたギターと一緒に敵も吹き飛ばれる。
数mの距離を飛ばれて体勢を立て直す敵。市庁舎の屋上がそのまま決闘の場になった。
「――この子が演奏者」
「特等席で聴きに来た? 大歓迎、あたし達でお祭りをもっと盛り上げようよ」
真っ赤なギターが再び吠える。高速で展開される術式陣、莫大な魔力の源泉を持っているアルトにとって速射砲のように魔法を連射するのは訳もない。
対して狐耳の少女は目の前の空中に次々と現れる術式陣を前に対抗するように杖を構え、術式を展開、溜めも抜きで一気呵成に魔法を撃ち出す。
合わせてアルトも魔法を撃つ。炎弾と風弾、雷と岩杭、風刃と防盾……アルトが手数で押せば敵は火力で押し返す。攻めても守り切られる。元の世界ではあり得ない魔法での撃ち合いに彼女はすっかり魅了されていた。
ルナを相手には肌がひりつくような危機感を味わい、この狐耳少女を相手にはワクワクする高揚感を覚えている。やっぱりこの世界にやって来たのはアルトにとって、とてもとても喜ばしい出来事だったのだ。
「楽しいね! もっと、もっとやり合おうよ」
「……最悪なのに当たっちゃった」
爆発と銃声、悲鳴と怒号、火薬の臭いに血の匂い、それら全てを混ぜた戦場。アルトが祭と称した戦い朝日と共に始まった戦闘は、日が高くなるにつれて気温の上昇以上の熱気を噴き上げていった。