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終末世界の創世記  作者: 言乃葉
3:10 to Yuma 邦題:3時10分、決断のとき
74/83

6話 リー→ルナ




 彼は眠りと目覚めの間、まどろみの中で穏やかな音を耳にした。

 伸びやかな弦楽器の音、ヴァイオリンが曲を奏でているのだとすぐに理解する。耳に優しく聞く者を穏やかにさせる。彼のようにまどろみの最中なら眠りへと引き戻されそうなくらいだ。

 所々音程が外れたりするなどミスのある演奏だけど気になるようなものではない。むしろ演奏者の気ままな性質が反映されて良いアクセントになっている。

 穏やかで伸びやか、何より気ままで自まま。演奏したいからする、というどう考えても自己中心的な気持ちが前面に出ている。そのはずなのに不思議と不快にならない。

 そんな曲が彼、リーの耳をくすぐっていた。


 眠りと目覚めの間、そのわずかな時間で夢を見た。夢は過去、昔の出来事を早回しでリピートする。

 共働きの両親に三つ年下の妹と日本ではごく一般的な家庭環境で育ち、何の疑問も持たずに明日が来ると思っていた若かった日々。

 それが唐突に崩れて、何もかもを失った――場面はスキップ多用で飛び飛び、超高速で過去の記憶が明滅フラッシュする――そうして彼の中で確固としたものが出来た。

 ヴァイオリンの演奏をバックに見た短い夢は、閉じた目蓋を通して感じた光に溶けていく。もう彼は夢を見たことさえ覚えていない。


 ゆるりと目を開けると、すぐ近くには知った顔の人物がヴァイオリンを演奏している。白い防具にピンクブロンドの髪が映える少女、アルトリーゼだ。

 ここはジアトー市庁舎の屋上で、リーは階段室の壁に背中を預けて軽い眠りを取っていた。何かと暗躍する彼のスケジュールは過密で、最近はロクに寝る時間がとれないでいた。

 僅かな時間を縫って誰もいない屋上で休憩していたが、知らない内に眠っていたらしい。腕に巻いた時計に目を落とすとまだ時間に余裕はある。安心してアルトの演奏が聴ける。

 彼女は屋上の柵の近く、柵に止まった三羽の鳥と向かい合って曲を奏でている。三羽ともどこか爬虫類じみた紋様の体毛に覆われた鳥。リーは詳しくないが、アリスイというキツツキの仲間らしい。普段は姿を隠していて滅多に姿を見られないが、これがアルトが従える使役獣になる。

 アルトは使い魔を観客にして朝の演奏会らしい。ヴァイオリンの音色が向けられる対象は明らかに三羽の方でリーではない。彼女はリーに気付いた様子もなくヴァイオリンを弾いていく。


 転移前の仕事柄リーは音楽を耳にする機会は多く、音楽を聴く耳はそれなりにあるつもりだ。

 その観点で聞いてみるとアルトの演奏は収録向きではない。コンクールよりもコンサート向きで、しかもクセが強くて他人と合わせる気が無いから完全に独奏会だ。ギターの時でもそうだが実に性格が出ている。

 曲は少しずつ盛り上がりクライマックス、という時にアルトの目とリーの目が不意に合わさった。


「――あ、起きた」


 曲は唐突に中断されてしまった。リーはそれを惜しいと思った。もう少し、せめてクライマックスぐらいは聞きたかった。


「おはようございます。良い朝ですね」

「おはよ。こんな所で寝ているなんて変な趣味しているね」

「騒がしいのは苦手なものですから。それで、続きは演奏しないのですか?」

「しない。人に聞かせるものじゃないし」

「残念、良い曲なのに」


 心底残念な気持ちでリーは素直な感想を口にしたが、アルトには届かなかったらしくそっけない態度でヴァイオリンを下ろしてしまった。

 柵に止まったままの使役獣三羽も気のせいか彼を睨むように見ている。演奏を止めたアルトの横顔は苦く辛い表情をしていた。あれほど伸びやかな演奏をしていたとは思えない落差だ。

 そこが気にはなったリーだが追求しようとは思わない。アルトに配慮したからではなく、これからの事を思えば他人に深入りするべきではないという自己保身からだ。

 アルトもリーも口を閉ざしてしまって屋上には沈黙が降りた。帝国軍が占拠して以来ジアトーの活気は失われており、朝の賑やかな時間帯なのに周囲も静かだ。

 その静けさを破ったのはアルトの使役獣、三羽の内の一羽が上げた鳴き声だった。


「来た。この音は飛行船? 数も多い」

「具体的な数は分かりますか?」

「んー……十より先は多すぎて聞き分けられない」

「そうですか、ありがとうございます」


 ジアトーにやって来る敵の襲来を耳の良いアルトが真っ先に感じ取った。彼女の耳には接近する飛行船が出す機関音が聞こえている。アルトの報告を聞いて、リーはいよいよ今回の大詰めが始まったと予感した。

 さっそく行動を起こそうと背中を預けていた壁から離れ、床から立ち上がると体のあちこちの関節からポキポキと音が鳴った。寝ている間に体が固まっていたらしい。

 服に着いたホコリを落として身をほぐすように伸びをして首や肩を回していると、遠くの空から重く低く唸るような音が聞こえてきた。アルトが聞き取ってから数分、ようやくリーの耳にも聞こえるぐらいに敵が近付いて来た。


 この機関音に誘われるように街の各所からも花火が弾けるような音が幾つも轟く。爆発音だ。

 屋上から見える限りでも五箇所から煙が上がって、すっかり耳慣れた銃声がそこから聞こえてくる。レジスタンスもこの場面に呼応して攻勢をかけてきたようだ。

 第一幕の幕引きは早手回しで行われるらしい。一気に何もかもを片付ける腹積もりだ。リーはこの攻勢を仕掛けた人物を思い浮かべ、薄く笑った。


「それじゃあ、こちらはチームに知らせてきます。迎撃の魔獣は飛べる物は全部上げちゃって下さい」

「分かった。飛行タイプは全部出せば良いんだね」

「出し惜しみして余らせるよりずっと良いですよ。じゃ、ご武運を」


 ひらりと片手を振って、リーは階段室の扉の向こうへ姿を消した。下階にいる他のメンバーに敵の来襲を知らせに向ったのだ。リーダーのストライフ不在で臨時リーダーとして細かい指示もあるため念会話だけでは不足があるらしい。

 残ったアルトはリーを見送って、しばらく彼の消えた扉を見詰める。転移からここまで一緒に行動する機会が多かった彼女だが、リーの真意は今に至っても掴めない。何を考えているのかさっぱりだ。

 あちこちで暗躍して戦いの種をばらまいているのは分かる。利害が衝突するよう誘導して、調整して、火種を作って、そして今日の様に炎上させる。転移してからこっちリーの行動の大体がこれだ。

 アルトとしては戦闘という賑やかな祭とその準備で楽しかったから良いが、果たしてリーは何を目的にして戦争作り《ウォーメイキング》に励んでいたのか分からない。それがアルトの気にかかっていた部分だ。


「でも、まあいっか。気にしたところで何が変わる訳じゃないし。それより今は祭の号令出さないと」


 屋上の柵にまだ止まっている三羽の使役獣に目を向けて念会話で軽く意思を伝える。三羽は同時に羽を広げて空に飛び立つ。庁舎の上空高くまで飛び上がって、各々別方向へと飛び去っていくのをアルトは確認する。最低限の下地はこれで出来た。

 三羽が向うところはジアトー市街地の外れ、アルトを中心として三角形を描く頂点の位置に陣取る予定だ。そうする事で『音の結界』が形成され、彼女が操るあらゆる音について制約がなくなる。

 例えるならアルトの使役獣は、アンプでありエフェクターでありスピーカーなのだ。ルナの使い魔ジンや水鈴の使役獣の三匹と比べると数段能力は低いものの、演奏をサポートするという機能においては欠かせない相棒だ。


 手にしたヴァイオリンを弓と一緒に背中のバッグにしまい込み、代わりに真っ赤なエレキギターを取り出してストラップで首から下げた。

 ネックを握り、ピックで軽く弦を弾く。ただそれだけでアルトの胸は高鳴った。弦の張りを調整して、使い魔に念会話で音調整を要請してからワンフレーズ。

 狙い通りの満足いく音が出たので口元が緩んだ。


「よし。じゃあレッツロックンロールっ!」


 ピックが弦を弾いて音を爆発させた。アルトの細い指がネックを這い、的確にコードを押えて曲に仕上げる。そして曲は術式になり街に蠢いていたものに命令を下した。

 曲が楽節に差しかかる時、庁舎の周りが騒がしくなる。鳥が羽ばたく音を何倍にもしたものと、人の悲鳴や怒号だ。羽ばたく音は時間が経つにつれ大きくなっていき、それにかき消される形で悲鳴と怒号は小さくなっていく。

 音の主達はそれほど時間をかけずアルトの視界に入ってきた。それは小型飛行機サイズの巨鳥であったり、旅客機並の飛竜ワイバーンであったり、空を浮遊する目玉であったり、空中を足場にする獣であったりした。

 空中戦が可能な魔獣をS・A・Sは用意していた。その数、およそ五〇。その全てをアルトの命令で一斉に解き放った。


 アストーイアやゲアゴジャで彼らがやって見せた魔獣の暴走、これはその焼き直し。異なるところは襲撃に使うか迎撃に使うかの違いくらいだ。

 魔獣の出現で事情を知らない人間が騒ぎ出し、レジスタンス達はもっと騒ぐ。それに遅れる形で街中に警報のサイレンが響き渡った。

 帝国軍が首長国軍を警戒して街の各所に設置したスピーカーが出す音だ。単調で大きいだけのサイレンの音に顔をしかめるアルト。けれど内心は悪い気はしなかった。開幕を知らせるベルと思えば多少味気ないぐらいがきっと良い。味付けは演奏者の腕にかかっている。

 興奮で震えそうな手でネックを強く握ったアルトは、近付いてくる飛行船に向って歓迎の気持ちをこめて演奏を始めた。



 ◆



 銃声砲声が耳を打ち、悲鳴と怒号が船の上を行き交う。自分が乗っている小型艇は一瞬で戦火の中へと放り込まれた。


「三号艇、化け物のブレスで爆散っ! 八号艇にも被害が出ています!」

「畜生、37㎜でも効果が薄いぜ。.50口径はもっと効かねえ」

「効果が薄くても構わん、弾幕を張り続けろ。敵を後衛に行かせるな」


 戦場は鉄火場そのもの。次々と襲来する魔獣に対応するべく艇長が爆音に負けないぐらいの大声で指示を飛ばす。乗組員達は優秀らしく、戦場の空気に身をすくませる事なく的確に動いている。

 連装式の重機関銃はさっきから忙しなく動いて銃弾を空へとバラ撒き、空薬莢が甲板にもこぼれ出てくる。機関砲も似たような状況で、機関銃よりも重い発砲音を鳴らして襲い来る魔獣を追い払うのに必死だ。

 .50口径の重機に37㎜の機関砲。この船に搭載されている火器は普通の生物相手なら数発でミンチになってしまうほど高威力だ。帝国軍の機甲部隊を相手にしても乗員の練度と合わせて考えれば相応の戦果が望めると思う。ただし、それはあくまで常識的な生き物を相手にしている時だけだ。

 ここから見ていると、今船団に襲いかかっている魔獣には何発も弾が当たっているはずなのに大したダメージがとおっているようには見えない。流石に無傷ではないが、飛び去る様子は全く窺えない。むしろ半端に傷付けたせいで怒らせている。

 他の船の様子も似たようなもので、彼らだけで撃退するのは無理のようだ。だからここは自分が動くしかない。


 魔獣の攻撃を回避するため大きく揺れる小型艇の甲板の上を走る。腰を落として体の重心を下げて動き、射撃ポイントに着いた。

 素早くライフルを構えてボルトを前後、初弾を装填し膝撃ちの姿勢をとった。横目では艇長がこちらを睨むように見ている。早く敵を追い払えと口にせずとも伝わってきそうだ。これは口に出してくる前に敵を撃ち落とさなくてはなるまい。

 まず狙うは直上の巨鳥、ジャイアントホークは急降下からの爪攻撃がゲーム時代では恐れられた魔獣だ。すでに向こうは攻撃態勢、今にも飛びかかってきそうだ。銃身を跳ね上げてスコープの向こうに鳥顔を捉えた。

 引き金を三度引いてすっかり馴染んだ撃発と反動を体に感じる。その時にはもうジャイアントホークの頭は撃った銃弾で吹き飛ばされていた。

 血を撒き散らして船の横を通り過ぎて落ちていく巨鳥の姿、それを最後まで見届けることなく次の敵へと銃口を滑らせる。

 弾倉を一個使い切るまでに五匹の魔獣を地面へと落とす。けれど向こうの数は相当なもので、自分一人では乗っている船を守るのが精一杯だった。


「いいぞお嬢さんっ! その調子で化け物落としまくってくれ!」


 機関銃のターレットに着いている乗員がはしゃいだ声を出してきた。目を向けるとサムズアップで大笑いしてきた。随分楽しい人みたいだ。

 手早く次の弾倉に交換している間、艇長に再び目をやると軽く頷いた後船の指揮に戻る姿が見えた。とりあえず乗船代ぐらいの働きは出来たらしい。

 大口径の機関銃や機関砲が通用せずに、より威力が小さいはずの自分のライフルが通用するのは変な感じがする。でも戦える手段があると分かったなら考える必要は無い。

 全ての思考を戦闘用へと切り換える。自分の目はすでに次の標的を探していた。


 後方の艦隊でも砲火は上がっている。小型艇に積んでいるものより大口径の火砲を使っており、ここまで砲声が響いて乗員の必死さが伝わってきそうだ。

 100㎜以上の火砲ともなれば直撃すれば魔獣でもバラバラになる。ただ空中を早い速度で飛び交う飛行タイプに当てるのは至難の技で、さっきから懸命に大砲が火を噴いても落ちる魔獣の数はそれに見合うものではなかった。

 船に押し込まれている他のプレイヤー達も対空戦に加わってようやく追い返せている形だ。どうにも空中戦は分が悪い。

 艦隊の偉い人もその分の悪さを悟ったのか、後衛の兵員輸送の船に動きが見えた。あれは下降している?


「艇長、司令艦から通達。これより強行着陸を実施してジアトー近郊から攻略を始めるそうです。我々には上空からの援護を命じられました!」

「分かった。予定を前倒し、これより近接航空支援に入る。各火砲担当は弾薬の補充を忘れるな。それとルナと言ったかお嬢さん」

「ええ」

「引き続き化け物退治を頼む。他の小型艇にもあんたのお仲間が乗っているが、まともに動けるのはあんた一人みたいだ。頼むぞ」

「了解」


 最初と違ってかなり乱暴な言葉遣いになった艇長。おそらくこちらの方が地だろう。

 そして他の小型艇にもプレイヤーが乗っているのは初耳、エカテリーナさんからも聞かされていない話だ。

 試しに近くを航行している小型艇にスコープを向けてみると、舳先近くに身を縮めて丸くなっている人影が見えた。軍隊の戦闘服風な格好だけど首長国の物とは違うし、手にはドラグノフらしき銃を抱えている。あれがプレイヤーのようだ。

 どういう経緯であのプレイヤーがあんな所にいるかは分からないが、あの姿を見る限り今回の戦闘ではまともに戦えないだろう。他の船も似たような感じか?


「ヘイ、お嬢さん! 六時方向、仰角四〇に新たな化け物だ」

「――っ」


 例の機関銃手の言葉を耳にして、体は半ば条件反射的に動いて言われた方角に銃口を向けた。逆光になって詳しくは不明だけどシルエットからして宙に浮く巨大目玉、フロートボールの系列だ。なら強敵ではない。

 相手の攻撃射程に入る前に撃ち落す試みはあっさりと成功、銃弾二発で事足りた。巨大な目玉が落下する光景は少しシュールだ。

 そんな風に敵の落下を見送っていると、別の方向から人の悲鳴と銃声が鳴った。その方向を見ると、さっきのプレイヤーがジャイアントホークに襲われている。

 丸くなっていたところを急降下の爪でも受けたのだろう。ピクリとも動かなくなって巨鳥に体を突かれている。その船の乗員は魔獣を恐れて避難していて、助けようという気配はない。最初から見捨てられている。

 そして自分も見捨てる。弾薬には限りがあるし、魔法も同じ。非情ではあっても赤の他人に情をかける余裕は無かった。


 降下する艦隊に向けて地上から対空火砲の花火が上がる。帝国軍も本格的に動き出した。戦闘もこれからが本番だ。

 丁度使い切って空になった弾倉を交換、この短時間ですでに三個目だ。新しい弾倉を入れた銃を手に一瞬だけ目をつむって祈る。神には祈らず、ここまで命を預けた銃に祈る。

 どうか生き残る力を貸して欲しい。銃を握る手に力が篭もった。




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